難病「中大動脈症候群」の原因遺伝子を世界で初めて特定

2025年6月11日 公開

RNF213の異常が全身性の血管狭窄の発症に関与:マウスモデルで病態を実証し、治療法開発に道

ポイント

  • 原因が長年不明だった全身性の血管狭窄疾患「中大動脈症候群」の原因として、RNF213遺伝子の異常を世界で初めて明らかにしました。
  • 患者の全エクソン解析でRNF213のバリアントを同定し、同一変異を導入したマウスモデルにおいて疾患発症を実証しました。
  • これまで治療法が存在しなかった中大動脈症候群に対し、RNF213を標的とした新たな治療戦略の開発が期待されます。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 発生発達病態学分野の高木正稔教授および臨床医学教育開発学分野の鹿島田彩子助教らの研究チームは、全身の血管が狭窄する希少難病「中大動脈症候群」の原因遺伝子を、全エクソン解析[用語1]によって探索しました。その結果、RNF213遺伝子が原因候補として同定され、マウスモデルを用いた実験により、この遺伝子の異常が疾患の原因であることを明らかにしました。

中大動脈症候群は、全身の大血管が狭窄することによって主要臓器への血流が不足し、さまざまな障害を引き起こす希少疾患です。病変は全身の大血管に及ぶため外科的治療が困難であり、その病態もこれまで不明だったことから、有効な薬剤治療も開発されていませんでした。

本研究では、中大動脈症候群の患者に対して全エクソン解析を行い、RNF213遺伝子の異常を原因候補として同定しました。この異常が病因であることを検証するため、患者と同一のバリアント[用語2]を持つノックインマウス[用語3]を、ゲノム編集技術を用いて作製しました。このマウスは生後早期に死亡し、その原因が肺の構造異常および炎症であることが確認されました。この結果から、RNF213遺伝子のバリアントが病原性を有し、中大動脈症候群の原因であることが強く示唆されました。

今回の発見により、中大動脈症候群の責任遺伝子が初めて明らかとなったことで、この遺伝子を標的とした治療法の開発が現実味を帯び、将来的な新規治療への道が開かれました。本成果は、6月10日(現地時間)に「JCI Insight」誌に掲載されました。

図 血管狭窄の表現型と責任遺伝子、その病態の関連を示した模式図

背景

中大動脈症候群は、小児および若年成人に発症する極めて稀な疾患であり、全身の中動脈および大動脈が狭窄することによって、重要な臓器への血流が制限される深刻な病態を呈します。大動脈狭窄症全体の0.5〜2%を占めるとされており、腎動脈や内臓動脈への病変により、高血圧や脳卒中、腎機能障害などの重篤な合併症を引き起こします。

また、モヤモヤ病との合併例も報告されていますが、その病態や責任遺伝子については長らく不明のままでした

RINGフィンガータンパク213(RNF213)遺伝子は、これまでモヤモヤ病や肺動脈性高血圧症との関連が指摘されてきましたが、そのバリアント(遺伝子配列の変化)が疾患の発症にどのように関与しているかについては、これまで解明されていませんでした。

研究成果

本研究では、中大動脈症候群の患者2名に対して全エクソン解析を行い、共通する変異としてRNF213遺伝子のバリアントを同定しました。さらに、患者と同一のバリアントを持つノックインマウスを作製し、その病態を解析した結果、バリアントを持つマウスは出生直後に死亡しました。死因は、肺の構造異常と重度の炎症であることが判明しました。

これらの異常は、炎症カスケードの活性化およびNF-κBシグナル経路を介した炎症反応の亢進によって引き起こされており、RNF213のバリアントが単球やマクロファージの過剰な活性化を促すことが示唆されました。

以上の結果から、RNF213が中大動脈症候群の病因遺伝子であると結論づけられました。

本研究では、中大動脈症候群の患者2名に対して全エクソン解析を行い、共通する変異としてRNF213遺伝子のバリアントを同定しました。さらに、患者と同一のバリアントを持つノックインマウスを作製し、その病態を解析した結果、バリアントを持つマウスは出生直後に死亡しました。死因は、肺の構造異常と重度の炎症であることが判明しました。

これらの異常は、炎症カスケードの活性化およびNF-κBシグナル経路を介した炎症反応の亢進によって引き起こされており、RNF213のバリアントが単球やマクロファージの過剰な活性化を促すことが示唆されました。

以上の結果から、RNF213が中大動脈症候群の病因遺伝子であると結論づけられました。

社会的インパクト

今回の成果により、中大動脈症候群の診断精度の向上が期待されるだけでなく、RNF213遺伝子を標的とした新たな治療法の開発も、現実的な目標として視野に入ってきました。

さらに、本研究で作製されたノックインマウスは、モヤモヤ病や原発性肺高血圧症といった関連疾患の病態解明や創薬研究にも応用可能であると考えられます。

今後の展開

RNF213の異常が炎症をどのように惹起するのかについて、さらに詳細な分子細胞生物学的メカニズムの解明を進めていく予定です。あわせて、治療法の開発に向けてバイオマーカーとなる指標の探索にも取り組んでいきたいと考えています。

付記

本研究は、科研費21K15858および Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases(IRUD)の支援を受け行われました。

参考文献

[1]
Connolly JE, Wilson SE, Lawrence PL, and Fujitani RM. Middle aortic syndrome: distal thoracic and abdominal coarctation, a disorder with multiple etiologies. J Am Coll Surg. 2002;194(6):774-81.
[2]
Rumman RK, Nickel C, Matsuda-Abedini M, Lorenzo AJ, Langlois V, Radhakrishnan S, et al. Disease beyond the arch: a systematic review of middle aortic syndrome in childhood. Am J Hypertens. 2015;28(7):833-46.
[3]
Kamada F, Aoki Y, Narisawa A, Abe Y, Komatsuzaki S, Kikuchi A, et al. A genome-wide association study identifies RNF213 as the first Moyamoya disease gene. J Hum Genet. 2011;56(1):34-40.

用語説明

[用語1]
全エクソン解析:ヒトゲノムに含まれる全ての遺伝子のうち、タンパク質をコードするエクソン部分のみを、次世代シークエンサーを用いて網羅的に解析する手法。
[用語2]
バリアント:従来は「変異」や「多型」などと表現されていた用語で。標準的な配列とは異なる遺伝子配列ことを指す。
[用語3]
ノックインマウス:CRIPR-Casの遺伝子編集技術を用いて、特定の塩基配列を遺伝子に導入(置換)したマウス。

論文情報

掲載誌:
JCI Insight
タイトル:
De novo variant in RING finger protein 213 causes systemic vasculopathy
著者:
Ayako Kashimada, Tomoko Mizuno, Eriko Tanaka, Susumu Hosokawa, Tomohiro Udagawa, Yuichi Hiraoka, Keisuke Uchida, Tomohiro Morio, Kenjirou Kosaki, Masatoshi Takagi

研究者プロフィール

鹿島田 彩子 Ayako KASHIMADA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
臨床医学教育開発学分野 助教
研究分野:小児神経学

髙木 正稔 Masatoshi TAKAGI

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
発生発達病態学分野 教授
研究分野:小児腫瘍学、難病

髙木 正稔教授 鹿島田 彩子助教

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東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 発生発達病態学分野

教授 髙木 正稔

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