ポイント
- 伝搬する光ビーム中にトポロジカル構造であるホプフィオンを生成する手法を開発。
- 偏光と空間モードが制御された2色の光を重ね合わせて、時間変化する偏光の時空構造にホプフィオンの周期構造を形成。
- 次世代の情報通信技術や計測技術における情報の担い手として期待。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院の林文博(リン ウェンボ)助教、東京大学 先端科学技術研究センターの岩本敏教授、慶應義塾大学理工学部の太田泰友准教授、シンガポール南洋理工大学(Nanyang Technological University, Singapore)の申艺杰(シン イージェイ)助教とNilo Mata-Cervera(ニロ・マタセルベラ)大学院生らの国際共同研究チームは、伝搬する電磁波の中に周期的な3次元トポロジカル構造を生成する手法を開発しました。
ホプフィオン[用語1]は、近年理論的に予測されている、非自明な3次元トポロジカル[用語2]構造です。実際に固体や電磁波などのいくつかの物理系で観測されており、高密度かつ安定にデータを保存・転送できる媒体として注目を集めています。そうした工学的な応用を広げるにはホプフィオンの結晶状態の発見が不可欠ですが、ホプフィオンが高密度で並ぶ周期構造は今までどの物理系でも発見されていませんでした。
本研究では、二つの周波数に対して、自由空間内を伝搬する電磁波の偏光[用語3]状態と空間強度分布を適切に設計してその重ね合わせを作ることで、偏光状態が時間的・空間的に変化し、4次元時空内にホプフィオンの3次元構造が周期的に生成されることを見出しました。
本研究で開発した、伝搬する電磁波の中にホプフィオンを生成する手法は、光通信や無線通信へ利用することで、転送容量・エラー耐性を大幅に高める可能性があります。また、物質中にトポロジカル3次元構造を創り出し、操作する技術の開発の道筋を照らすものでもあります。
本成果は、8月21日付(現地時間)の「Physical Review Letters」誌に掲載されます。

背景
幾何学的な変化に対して不変な性質であるトポロジーは、自然科学の広い領域において重要な概念とされています。特に、粒子のように局在化したトポロジカルな構造は、多少の外乱では乱されず、堅牢に情報を保存し運ぶことのできる媒体として、次世代の情報処理や通信に利用する動きが活発化しています。近年では、2次元のスキルミオン[用語4]や、3次元のホプフィオン(図1)といったトポロジカルな構造が現実の物理状態として次々と発見されており、トポロジーを背景とした応用の道筋は整いつつあります。

特にホプフィオンは、優れた安定性を持ち、情報を密に詰め込むことのできる媒体として期待されています。しかし、固体中の磁気構造などの現実の物理系で発見されたのはごく最近であり、その特性の多くはいまだ明らかになっていません。特に、2次元構造を持つスキルミオンで確認されているスキルミオン結晶のような格子状態が、3次元構造を持つホプフィオンでも現実の物理系で実現するかどうかは不明でした。ホプフィオンが3次元的に密に並んだホプフィオン結晶は、ホプフィオンの物理についての理解を深める上で極めて重要になります。また、トポロジーを用いた超高密度で超安定的な情報の保存・転送を実現する上でも鍵となる要素であり、その発見が期待されていました。
研究成果
本研究では、伝搬する電磁波の中に周期的なホプフィオン構造を生成するために、複数の周波数、偏光状態(電磁場の振動方向の偏り)、そして空間モードを割り当てた電磁波を重ね合わせるというアプローチを着想しました。周波数と偏光が異なる二つの電磁波を重ね合わせると、その電場ベクトルは複雑な軌跡を描き、偏光状態が時間的に変動するようになります。同時に空間モードも調整することで、偏光状態は時空全域にわたり変化するようになります。周波数を適切に選べば、偏光の時間変化は周期的となり、空間構造も含めてうまく調整することで、ホプフィオンの時空結晶(時間的・空間的な周期構造)が作られると考えられます。
研究グループはまず、ガウシアンビーム[用語5]を用いて、ビーム断面には周期性がなく、伝搬方向もしくは時間軸方向にのみ周期性がある1次元のホプフィオン配列を作る手法を提案しました(図2)。このとき、空間モードとして、複数のラゲールガウスモード[用語6]を一定の規則に従って重ね合わせます。この構成では2次元空間断面において、スキルミオンの入れ子構造(スキルミオニウム)が現れては消えます。この偏光構造を時空全域にわたって確認するとホプフィオン構造を取っており、ホプフィオンを特徴づけるトポロジカル不変量(ホップ数)を計算すると1周期で整数になることが確認されました。

次に研究グループは、ビーム断面が2次元の周期構造となるように光ビームを生成する手法を開発しました。この手法を用いて、ガウシアンビームの場合と同様に複数の周波数を重ねることで、空間断面にも周期性を持つ3次元のホプフィオン結晶が形作られることを確認しました(図3)。電磁波の時空構造が正方格子状の周期的な偏光分布を示し(図3(a))、その1つ1つがホプフィオンとなっています(図3(b,c))。電磁波の伝搬する特性として構成されるホプフィオン結晶構造であるため、空中を飛ぶホプフィオンであると言えます。

社会的インパクト
トポロジカルな物理構造は、情報の担い手となるだけでなく、計測や基礎物理の探求において重要な役割を果たすことが期待されています。本成果は、トポロジカルな構造の中でも特に、3次元空間で極めて高密度かつ堅牢に存在できると期待される、ホプフィオンの3次元周期構造を初めて発見しました。これは、自然界に存在するトポロジーに関する理解を深めるとともに、その応用範囲を新しい領域へと押し広げる成果です。この構造が、伝搬する電磁波の性質として見出されたことから、次世代の光通信や無線通信への道が拓かれていくと考えられます。今後、ホプフィオンの新しい形態がさらに明らかになれば、多様な分野でのホプフィオン応用の火つけ役ともなることが期待されます。
今後の展開
今後は、本研究が呼び水となって、ホプフィオントポロジーを利用した情報通信理論や計測技術の開拓が進むと期待されます。また、電磁波だけではなく、弾性波などの他の波や、固体中の磁気構造などのさまざまな物理系においてホプフィオンの結晶構造を見つける動きが刺激され、ホプフィオンを情報の担い手とした多くの情報通信・情報記憶技術が開花することも期待されます。また、光格子に利用することで、新たな光と物質の相互作用が見出される可能性もあります。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「トポロジカル集積光デバイスの創成(課題番号:JPMJCR19T1)」の支援により実施されました。
用語説明
- [用語1]
- ホプフィオン:代表的な3次元トポロジカル準粒子(粒子のように局在するトポロジカルな構造を持つもの)の一つ。スピンベクトルのような3次元ベクトル量が示し得る結び目を持つ3次元構造として現実世界に現れる。数学的背景はHopf(ホップ)写像と呼ばれる、3次元空間から球面への写像が持つトポロジカル不変量であり、それゆえHopfに粒子を表す-onを付けてHopfionと呼ばれる。
- [用語2]
- トポロジー:物体や空間を連続的に変形させたときに保たれる性質を調べる学問。位相幾何学とも呼ばれる。トポロジカルは形容詞である。
- [用語3]
- 偏光:電磁波の振動の向きが持つ偏り。電場(もしくは磁場)ベクトルの描く軌跡が直線なら直線偏光、円形なら円偏光、楕円なら楕円偏光と呼ばれる。一定の軌跡を描かずに乱雑に変化する場合には無偏光となる。
- [用語4]
- スキルミオン:ある種のトポロジカル準粒子の総称であり、特に2次元平面内でベクトル場が渦巻きながら上下反転するベイビースキルミオンが広く知られている。次元が異なる空間を結ぶ写像であるホップ写像とは異なり、スキルミオンは、次元が同じ空間同士を結ぶ写像(ベイビースキルミオンの場合、2次元空間から球面への写像)が持つトポロジカル不変量をその数学的な背景とする。
- [用語5]
- ガウシアンビーム:伝搬軸からの広がりが十分に小さいときに波が取る固有モードであり、ガウス関数で表される。
- [用語6]
- ラゲールガウスモード:ガウシアンビームのうち軸対称なもので、径方向の分布がガウス関数に加えラゲール陪多項式で表現される。径次数と方位次数の二つの次数を持ち、方位次数が高次のモードは軌道角運動量を持ち、光の場合には光渦として知られている。
論文情報
- 掲載誌:
- Physical Review Letters
- タイトル:
- Space-time optical Hopfion crystals
- 著者:
- Wenbo Lin, Nilo Mata-Cervera, Yasutomo Ota, Yijie Shen, Satoshi Iwamoto
- DOI:
- 10.1103/hh5s-cprt
研究者プロフィール
林 文博 Wenbo LIN
東京科学大学 総合研究院 助教
研究分野:フォトニクス
Nilo Mata-Cervera
南洋理工大学 大学院生
研究分野:フォトニクス
太田 泰友 Yasutomo OTA
慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 准教授
研究分野:フォトニクス
申 艺杰 Yijie SHEN
南洋理工大学 助教
研究分野:フォトニクス
岩本 敏 Satoshi IWAMOTO
東京大学 先端科学技術研究センター 教授
研究分野:フォトニクス