長引く神経障害性疼痛に新たな治療の可能性

2026年11月2日 公開

神経損傷から3週間後のFas–FasL阻害でも、マウスの痛みに対する過敏反応が軽減

ポイント

  • 神経損傷後に痛みが長期間持続するマウスでは、神経細胞を取り囲む「衛星グリア細胞」において、炎症や免疫に関連する遺伝子の発現が変化することを明らかにしました。
  • 神経細胞と衛星グリア細胞などの間で、炎症性物質IL-6やFas–FasLを介したシグナル伝達が、痛みの持続に関与する可能性を示しました。
  • 神経損傷から3週間後にFas–FasLの働きを抑制したところ、触刺激や冷刺激に対する過敏反応が軽減し、長引く神経障害性疼痛に対する新たな治療法の開発につながる可能性が示されました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 整形外科学分野のチェン・スー(Su Chen)大学院生、平井高志准教授らの研究チームは、神経損傷後に長期間持続する痛みについて、神経を支える細胞の変化に着目し、新たな治療法の開発につながる可能性のある仕組みを、マウスを用いて明らかにしました。

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本研究では、感覚を伝える神経細胞の細胞体が集まる「後根神経節(DRG)[用語1]」に着目しました。神経損傷後には、神経細胞を取り囲む「衛星グリア細胞(SGC)[用語2]」において、炎症に関連する遺伝子の発現が変化するとともに、炎症性物質であるIL-6(インターロイキン6)[用語3]に対する反応や、Fas–FasL[用語4]を介したシグナル伝達に関連する変化が認められました。

さらに、神経損傷から3週間後にFas–FasLの働きを抑える物質を投与したところ、触刺激や冷刺激に対する過敏反応が軽減し、炎症や細胞死に関連する反応も減少しました。本研究成果は、神経細胞とその周囲の細胞との相互作用を調節することが、長引く痛みに対する新たな治療法の開発につながる可能性を示しています。

本研究成果は、2026年9月29日(現地時間)に国際科学誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました(Article in Press)。

図1. 本研究の阻害実験の概要。マウスの行動から、痛みに関連する触刺激・冷刺激への過敏反応を評価しました。Suらの論文の実験内容をもとに作成。

背景

神経の損傷や病気によって生じる「神経障害性疼痛[用語5]」では、軽く触れただけで痛みを感じたり、冷たい刺激に対して強い痛みを感じたりするなどの症状が現れることがあります。痛みが長引くと、日常生活や睡眠にも影響を及ぼしますが、現在の治療法では十分に改善しない場合もあり、痛みが持続する仕組みの解明が求められています。

感覚を伝える神経細胞は、周囲の細胞と情報をやり取りしながら機能しています。脊髄の近くに位置する後根神経節では、衛星グリア細胞が神経細胞を取り囲み、その周囲の環境を維持しています。しかし、神経損傷後に、こうした神経細胞を支える細胞の働きがどのように変化し、長引く痛みにどのように関与するのかについては、十分に解明されていませんでした。

研究成果

(1)痛みが持続する時期にも神経を支える細胞に変化

研究チームは、末梢神経の一部を損傷した雌マウスを用いて解析を行いました。触刺激や冷刺激に対する過敏反応は、6週間の観察期間を通じて持続し、後根神経節においても、神経細胞や衛星グリア細胞に関連する組織の変化が認められました。
公開されている細胞ごとの遺伝子発現データに加え、後根神経節全体および衛星グリア細胞を多く含む細胞集団について、遺伝子発現を解析しました。その結果、衛星グリア細胞を多く含む細胞集団では、炎症や免疫に関連する遺伝子の発現が変化していることが明らかになりました。

(2)炎症性物質と細胞間の情報伝達に着目

炎症に関わる物質である「IL-6」の遺伝子発現は、主に神経細胞の集団で認められました。一方、衛星グリア細胞では、IL-6の受容体や、IL-6に対する応答に関連する遺伝子の発現が増加していました。
また、細胞死や炎症に関わる「Fas–FasL」に関連する分子の発現増加も認められました。シグナルを伝えるFasLは主に衛星グリア細胞で、その受容体であるFasは衛星グリア細胞や免疫細胞に発現しており、これらの細胞間の相互作用が痛みの持続に関与する可能性が示されました。

(3)痛みが持続する段階での介入により過敏反応が軽減

神経損傷から3週間後に、Fas–FasLの働きを抑える実験用物質「KP7-6」の投与を開始しました。その結果、対照群と比較して、触刺激や冷刺激に対する過敏反応が軽減しました。また、後根神経節では、炎症や細胞死に関連する反応が抑制され、免疫細胞の集積も減少しました。さらに、神経細胞の周囲の環境維持に関わる分子「Kir4.1[用語6]」の発現も部分的に回復しました。
補足的に実施した培養細胞実験においても、IL-6刺激によってFasLの発現や炎症に関連する反応が増加し、KP7-6によってこれらの反応が抑制されました。ただし、この実験では衛星グリア細胞とは異なる末梢グリア細胞を使用しているため、衛星グリア細胞においても同様の仕組みが働くかどうかについては、さらなる検証が必要です。

社会的インパクト

本研究は、長引く痛みの仕組みを理解するうえで、神経細胞とそれを支える細胞や免疫細胞との相互作用が重要であることを示す成果です。特に、神経損傷直後ではなく、痛みに対する過敏反応が持続する段階でFas–FasLの働きを抑制しても、過敏反応が軽減したことは、すでに慢性化した痛みに対する治療法を検討するうえで重要な手がかりとなります。

今後、こうした細胞間の情報伝達を適切に調節する方法が確立されれば、既存の治療法では十分な改善が得られない神経障害性疼痛に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます。

今後の展開

本研究は、マウスと培養細胞を用いた基礎研究であり、ヒトにおける痛みの軽減効果や安全性を示したものではありません。また、IL-6、衛星グリア細胞の変化、Fas–FasLを介したシグナル伝達、痛みの持続に至る一連の因果関係についても、十分に解明されていません。今後は、特定の細胞において関連分子の働きを変化させる実験などを通じて、それぞれの役割を検証していきます。

また、動物実験は雌マウスのみを対象としているため、性差を含めた検証も必要です。Fas–FasLは正常な免疫機能にも関与することから、全身への影響を評価するとともに、標的となる細胞に選択的に作用させる方法を検討することが、臨床応用に向けた今後の課題となります。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:23K08582)の支援を受けて実施されました。また、Chen SuはChina Scholarship Council(CSC)の支援を受けています。

参考文献

[参考文献1]
Qiu X, et al. Satellite glial cells in sensory ganglia play a wider role in chronic pain via multiple mechanisms. Neural Regeneration Research. 2024;19:1056–1063.
[参考文献2]
Zhou YQ, et al. Interleukin-6: an emerging regulator of pathological pain. Journal of Neuroinflammation. 2016;13:141.
[参考文献3]
Hu L, et al. FAS mediates apoptosis, inflammation, and treatment of pathogen infection. Frontiers in Cellular and Infection Microbiology. 2025;15:1561102.

用語説明

[用語1]
後根神経節(DRG):脊髄の近くに位置し、皮膚や筋肉などからの感覚を伝える神経細胞の細胞体が集まる組織。
[用語2]
衛星グリア細胞(SGC):後根神経節などで神経細胞の細胞体を取り囲み、周囲のイオンバランスなどを調節することで、神経細胞の働きを支える細胞。
[用語3]
IL-6(インターロイキン6):細胞間の情報伝達を担うタンパク質の一種で、炎症や免疫反応の調節に関与する。
[用語4]
Fas–FasL:細胞表面に存在する受容体FasにFasLが結合することで、細胞内にシグナルを伝達する仕組み。細胞死の誘導だけでなく、炎症や免疫反応の調節にも関与する。
[用語5]
神経障害性疼痛:感覚を伝える神経系の損傷や疾患によって生じる痛み。軽く触れただけで痛みを感じるなどの症状を伴うことがある。
[用語6]
Kir4.1:細胞膜に存在し、カリウムイオンを通過させるチャネルタンパク質。神経細胞の周囲のイオン環境を維持する働きに関与する。

論文情報

掲載誌:
Scientific Reports
タイトル:
Satellite glial cell remodeling associated with IL-6-associated Fas–FasL signaling contributes to chronic neuropathic pain after nerve injury
著者:
Chen Su, Fan Yang, Mengmeng Yan, Mitsuhiro Enomoto, Jingquan Chen, Wenchao Gu, Kunikazu Tsuji, Shingo Sato, Chihiro Akazawa, Toshitaka Yoshii, Takashi Hirai

研究者プロフィール

チェン・スー Su Chen

東京科学大学 医歯学総合研究科 整形外科学分野 博士課程大学院生
研究分野:整形外科学、末梢神経、神経障害性疼痛、
神経とグリア細胞の相互作用

Su Chen

平井 高志 Takashi Hirai

東京科学大学 医歯学総合研究科 整形外科学分野 准教授
研究分野:整形外科学、脊椎脊髄外科、末梢神経、神経障害性疼痛

Takashi Hirai

吉井 俊貴 Toshitaka Yoshii

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 整形外科学分野 教授
研究分野:整形外科学、脊椎脊髄外科

Toshitaka Yoshii

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