多重ヘリカルナノグラフェンの高選択的な合成に成功

2026年10月8日 公開

最大136の立体異性体から目的生成物のみを選択的に合成

ポイント

  • 最大8つのらせん構造を導入したナノグラフェン分子の高選択的合成に成功
  • [2+2+2]付加環化反応とショール反応を組み合わせた2段階プロセスによって、形成されるらせん構造の巻き方向を高度に制御する合成戦略を開発
  • 近赤外領域に近い高効率な発光を示すキラル材料の合成を達成

概要

東京科学大学(ScienceTokyo)物質理工学院 応用化学系の清水亮太大学院生、野上純太郎助教、森田楓人大学院生(研究当時、現 京都大学)、前田千尋准教授、田中健教授、同大学 理学院 化学系の岸田裕子大学院生、植草秀裕教授の研究チームは、最大8つのらせん構造を有する多重ヘリカルナノグラフェン[用語1])の高立体選択的な合成戦略を開発しました。

ナノグラフェンは従来のエレクトロニクス材料に替わる次世代の炭素材料です。この材料にらせん構造をなすヘリセン[用語2]を導入し、有機溶剤への溶解性を向上させるとともに、らせん不斉[用語3]に起因したキラル光学特性[用語4]の発現を図る分子設計戦略が知られています。しかしながら、らせん不斉を複数導入すると、望みとしない立体異性体[用語5]が副生し、煩雑な分離操作が必要となります。

そこで研究グループは、形成されるヘリセン骨格の巻き方向を制御できる[2+2+2]付加環化[用語6]によってナノグラフェン前駆体を合成し、その後ショール反応[用語7]を施すことで、望みとする立体異性体のみが生成する高選択的な多重ヘリカルナノグラフェンの合成を達成しました。この2段階プロセスを経由することで、最大136種類の立体異性体が生成する8重ヘリカルナノグラフェンにおいて、望みとする構造を有する立体異性体のみを選択的に得ることに成功しました。また、合成した化合物の1つである6重ヘリカルナノグラフェンは近赤外領域で高効率な発光特性を示し、近赤外キラル光学材料の開発に向けた分子設計指針を見出しました。本成果は、多重ヘリカルナノグラフェンの立体選択的ならせん構造構築を可能とし、さまざまな複雑ナノグラフェン分子の高選択的な骨格構築に貢献すると期待されます。

本成果は、9月22日付(英国時間)の英国科学雑誌「Nature Synthesis」に掲載されました。

本研究の概要図

背景

2次元上にベンゼン環が縮環して構成されるナノグラフェンは、グラファイト(黒鉛)の単層構造として高い材料安定性と半導体特性を有する化合物です。ナノグラフェンは従来の無機シリコン材料に代表されるエレクトロニクス材料に替わる次世代炭素材料の候補として注目されています。そのため、ナノグラフェンは有機溶剤に対する低溶解性の向上や材料特性の変調を目的とする分子設計のもと、研究が行われています。特に、らせん構造を形成するヘリセン骨格を組み込んだヘリカルナノグラフェンは、ナノグラフェンの非平面化による溶解性の向上に加えて、らせん不斉に起因したキラル光学特性の発現が期待できます。一方で、ヘリセン骨格を複数導入すると立体異性体の数が増加します。副生する立体異性体の中には、望みの材料特性を示さない成分が混ざっている可能性が高く、目的とする材料特性を示す立体異性体のみを得るために煩雑な分離操作が必要となってしまいます(図1)。

図1. 多重ヘリカルナノグラフェンの概要
ナノグラフェンに右巻き(赤色、Pと表記)または左巻き(青色、Mと表記)のヘリセン骨格を組み込んだものをヘリカルナノグラフェンと呼ぶ。組み込んだヘリセン骨格の数に応じて2重(2つ)、3重(3つ)、6重(6つ)ヘリカルナノグラフェンと呼ばれる。組み込んだヘリセン骨格の数が多くなるにつれ、右巻き左巻きの比率と位置の組み合わせが多くなり、結果的に立体異性体の数が指数関数的に増加する。

生成するらせん不斉を制御し、望みの立体異性体を選択的に得る方法として、不斉合成[用語8]が注目されています。特に、我々の研究室で開発されてきた[2+2+2]付加環化は、らせん構造の巻き方向が異なるエナンチオマー[用語9]のうち、片方巻き方向のヘリセン骨格を選択的に形成する有用な合成手段です。[2+2+2]付加環化を複数のらせん不斉の形成に利用すれば、望まない立体異性体の生成を抑制し、目的の化合物のみを作り出すことができます。これまでに3つのらせん不斉を有する3重ヘリカルナノグラフェンの不斉合成[参考文献1]や、4つのらせん不斉を高選択的に制御した4重ヘリセン様分子の不斉合成[参考文献2]が報告されてきました。しかしながら、原料の反応部分が複雑になるとらせん不斉の同時制御が難しくなるため、4を超えるらせん不斉を選択的に形成させた報告はありませんでした。したがって、複雑な構造をとるナノグラフェンの精確な合成手段の拡充に向けて、5つ以上のらせん不斉をすべて制御可能な合成手法の開発が求められてきました。

研究成果

合成戦略

本研究は、5つ以上のらせん不斉をすべて制御した多重ヘリカルナノグラフェンの合成を目的として行われました。我々はヘリセン骨格の形成プロセスを次の2段階に分けて反応を行うことを考えました。

  1. [2+2+2]付加環化によってヘリセン骨格をエナンチオ選択的に構築しナノグラフェン前駆体を得る。
  2. 1.で合成したナノグラフェン前駆体に対して、ショール反応を施す。このとき、1.で構築したヘリセン骨格が分子全体をゆがませることで、形成させるらせん構造の巻き方向が制御される。これによって選択的にジアステレオマー[用語10]が得られる。

以上の2段階反応によって、望みとする立体異性体のみが生成する高立体選択的(エナンチオ選択的かつジアステレオ選択的)な多重ヘリカルナノグラフェンの合成が可能となることを期待しました。本合成戦略では全てのらせんの巻き方向が一致した立体異性体の生成が期待されますが、これは立体異性体の中で最大のキラル光学特性を示すと想定されます。

図2. 本研究で開発した多重ヘリカルナノグラフェン合成の2段階合成戦略
Arには異なる構造を有するアリール基が置換している。2段階目では置換しているArが回転でき、立体的に混み合っていない構造から生成物が誘導される。誘導される構造は1段階目で構築したらせん骨格の巻き方向によって決定されるため、望みとする全てのらせんの巻き方向が一致した立体異性体が生成すると期待した。

多重ヘリカルナノグラフェンの立体選択的合成及び結晶構造

異なる構造を有する3種の原料に対し、不斉金属錯体[用語11]を用いて[2+2+2]付加環化反応を施したところ、それぞれヘリセン骨格の形成に成功しました。反応させる条件を検討することで、最大でe.r. = 97:3の鏡像体比率[用語12]でナノグラフェン前駆体が得られることを見出しました(図3)。これらを前駆体として種々の酸化剤を用いたショール反応を進行させると、高いジアステレオ選択性で単一の2重/4重ヘリカルナノグラフェンを得ることに成功しました。また、トリインの2倍体であるへキサインに対して2回の[2+2+2]付加環化を施すことによって、2重ヘリセン前駆体が85:15の鏡像体比率で得られ、続くショール反応によって8重/6重ヘリカルナノグラフェンを合成することに成功しました。以上の化合物は、単結晶X線構造解析[用語13]によってすべてのらせん不斉が揃い高度な非平面構造をとっていることが確認されました。特に、8重ヘリカルナノグラフェンは136種類の立体異性体が生成する可能性がありますが、そのうち目的としていた2種類の立体異性体のみが確認され、かつ右巻きらせん構造をとる立体異性体を過剰に生成することが可能となりました。

図3. 本研究で合成した多重ヘリカルナノグラフェンの例

光学特性

合成した多重ヘリカルナノグラフェンはそれぞれの構造に応じて異なる発光色を示しました。図4のように可視光領域の範囲内で自由に光学特性の変調が可能であることが分かりました。発光効率を表す蛍光量子収率[用語14]は通常のヘリセン(~4%)よりも高く、特に6重ヘリカルナノグラフェンにおいては50%と高い値が確認されました。キラル光学特性に起因した吸収/発光も観測されたことから、ヘリセン骨格の導入はキラル光学特性を示すナノグラフェン分子の合成手法として有効であると言えます。特に、6重ヘリカルナノグラフェンは炭素と水素のみで構成されているにもかかわらず、近赤外領域[用語15]において高い発光輝度を示す数少ないキラル光学材料です。このような化合物はエレクトロニクス材料への応用のほかに、高解像度バイオイメージングへの活用が期待されます。

図4. 合成した多重ヘリカルナノグラフェン溶液の発光イメージ
合成した多重ナノグラフェンの溶液の発光色を発光波長に応じて並べた。合成した多重ヘリカルナノグラフェンは可視光領域(400~720 nm)全体をカバーするように異なる発光色を示した。さらに、8重ヘリカルナノグラフェン15は近赤外領域(720 nm以上)に発光を示した。

社会的インパクト・今後の展開

本研究は、[2+2+2]付加環化反応とショール反応から構成される2段階プロセスによって、系統的に多重ヘリカルナノグラフェンを立体選択的に合成可能であることを示した成果です。本合成戦略を利用することで、さまざまな複雑ナノグラフェン分子の高選択的な骨格構築が容易になり、次世代エレクトロニクス材料の開発に向けた広範かつ高効率な材料合成に貢献すると予想されます。

また、合成された6重ヘリカルナノグラフェンは近赤外領域に発光をもち、かつ高い蛍光量子収率を示す数少ないキラル光学材料の1つです。近赤外発光を示すキラル材料は、3Dディスプレイといったエレクトロニクス材料への応用のほかに高解像度バイオイメージングへの活用が期待されます。この優れた光学特性を示した要因を調査することで、新たな近赤外発光材料を開発するための分子設計指針を明確にしたいと考えています。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP24H00005)、学術変革領域研究(A)(JP26H01334)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2180)の支援を受けて行われました。

参考文献

[参考文献1]
Yubuta, A.; Hosokawa, T.; Gon, M.; Tanaka, K.; Chujo, Y.; Tsurusaki, A.; Kamikawa, K. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 10025–10033.
[参考文献2]
Huang, S.; Wen, H.; Li, Y.; Qin, W.; Wang, P.; Lan, Y.; Jia, S.; Yan, H. Nat. Commun. 2025, 16, 500.

用語説明

[用語1]
多重ヘリカルナノグラフェン:グラファイト(黒鉛)の単層構造であるグラフェンに複数のヘリセン骨格を組み込んだ化合物。

[用語2]
ヘリセン:複数の芳香環がらせん状に連結した分子。左巻きと右巻きの2種類の鏡像異性体が存在する。
[用語3]
らせん不斉:らせん構造の巻き方向(右巻きと左巻き)に由来した鏡像関係。便宜上、右巻き/左巻きのらせん構造をそれぞれP/Mと記述している。
[用語4]
キラル光学特性:キラルな分子(鏡像関係を持つ)が示す光学特性。特に右回りと左回りの光との吸収差(円二色性、CD)や、発光強度差(円偏光発光、CPL)を指す。
[用語5]
立体異性体:紙面に描いた時は同じ分子に見えるが、3次元的に見ると原子同士の配置が異なる化合物。鏡合わせの関係にある鏡像異性体(エナンチオマー)とその関係にないジアステレオマーのことを指す。
[用語6]
[2+2+2]付加環化:π電子系どうしの反応によって環状化合物を与える反応。
[用語7]
ショール反応:芳香族分子のC-H結合同士を、酸化剤を用いることで脱水素を伴いながらカップリングさせ、新たな炭素-炭素結合を形成させる反応。
[用語8]
不斉合成:鏡像異性体のうち、いずれか片方のみを選択的に作り分ける化学合成法。エナンチオ選択的な化学合成法。
[用語9]
エナンチオマー:鏡像異性体とも呼ばれる。鏡合わせの関係にある立体異性体。化学的/物理的性質は同一であるが、異なる光学特性を示す。片方のエナンチオマーが過剰に得られることをエナンチオ選択的と呼ぶ。
[用語10]
ジアステレオマー:鏡合わせの関係をもたない立体異性体。ジアステレオマー間の化学的/物理的性質は異なる。特定のジアステレオマーのみが過剰に得られることをジアステレオ選択的と呼ぶ。
[用語11]
不斉金属錯体:金属中心に不斉を有する分子(配位子)が配位した化合物。本研究では金属中心として、中性のニッケル金属またはカチオン性のロジウム金属を用いた。
[用語12]
鏡像体比率:エナンチオマーの比率。ここでは右巻き/左巻きらせん構造を持つ化合物間の存在割合を表す。
[用語13]
単結晶X線構造解析:分子が規則正しく配列した結晶物質にX線を照射して起こる回折現象を利用して、分子構造を調べる解析手法。
[用語14]
蛍光量子収率:分子が吸収した光子のうち、蛍光発光として放出される割合。値が100%に近いほど効率的に発光している。
[用語15]
近赤外領域:可視光領域(400–700 nm)よりも波長の長い電磁波。第一近赤外光(NIR-I, 700–900 nm)と第二近赤外光(NIR-II, 700–1700 nm)に細分される。可視光線と比較して人体や物質を透過しやすいため、対象物を傷つけずに測定する技術等に利用することが期待される。

論文情報

掲載誌:
Nature Synthesis
タイトル:
Enantio- and diastereoselective synthesis of multi-helical nanographenes
著者:
Ryota Shimizu, Juntaro Nogami, Yuko Kishida, Futo Morita, Chihiro Maeda, Hidehiro Uekusa, & Ken Tanaka*

研究者プロフィール

清水 亮太 Ryota Shimizu

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 博士後期課程学生
研究分野:有機合成化学、触媒反応化学、構造有機化学

野上 純太郎 Juntaro Nogami

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 助教
研究分野:有機合成化学、触媒反応化学、構造有機化学

森田 楓人 Futo Morita

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 博士後期課程学生(研究当時)
(現・京都大学大学院工学研究科 化学理工学専攻 JSPS特別研究員(PD))
研究分野:有機合成化学、触媒反応化学、構造有機化学

前田 千尋 Chihiro Maeda

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授
研究分野:有機合成化学、触媒反応化学、構造有機化学

田中 健 Ken Tanaka

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
研究分野:有機合成化学、触媒反応化学、構造有機化学

岸田 裕子 Yuko Kishida

東京科学大学 理学院 化学系 博士後期課程学生
研究分野:有機結晶化学、構造化学、機能性材料科学

植草 秀裕 Hidehiro Uekusa

東京科学大学 理学院 化学系 教授
研究分野:有機結晶化学、構造化学、機能性材料科学

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東京科学大学 物質理工学院 応用化学系
教授 田中 健

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