ポイント
- らせん構造を持つ分子を用いた単一分子接合において、電気伝導性と熱電能が機械操作によって変化することを実験的に実証。
- 単一分子接合に適したπ拡張ヘリセン分子を新たに設計し、金電極とπ電子の多点相互作用による安定な分子接合の形成に成功。
- 分子スケールの熱電デバイスやナノ電子デバイスの設計指針につながることに期待。
概要
東京科学大学(ScienceTokyo) 理学院 化学系の藤井慎太郎特任准教授の研究チーム(後藤晴紀大学院生、西野智昭准教授)と、同大学 物質理工学院 応用化学系の田中健教授の研究チーム(森田楓人博士、高橋奏音大学院生、野上純太郎助教、岸田裕子大学院生、清水亮太大学院生、植草秀裕教授)は、らせん状のπ共役分子「ヘリセン[用語1]」を用いた単一分子接合[用語2]において、電気伝導性および熱電能(ゼーベック係数)[用語3]が機械操作によって変化することを実験的に実証しました。
研究チームは、π共役系[用語4]を拡張した炭素骨格ヘリセン分子を設計・合成し、金電極との多点π相互作用を利用した安定な単一分子接合を形成しました。さらに、電極を押し込んで分子構造を圧縮した際の分子接合の性質を、ブレークジャンクション法[用語5]を用いて測定しました。その結果、電気伝導性および熱電能が大きく変化することを確認しました。特に、熱電能は最大−44 μV/Kに達し、π共役分子の単一分子接合としては大きな値を示しました(図1)。本研究は、分子構造に対して圧縮や伸張といった機械的変形を加えることによって電子輸送特性を制御できることを示したものであり、将来的には分子スケールの熱電デバイスやエネルギー変換材料の設計指針につながることが期待されます。
本成果は、4月27日(現地時間)に科学誌 Nature Communications に掲載されました。
背景
分子1個を金属電極の間に挟んだ「単一分子接合」は、電子の流れを分子レベルで制御できることから、次世代のナノ電子デバイスやエネルギー変換技術の基盤として注目されています。特に、温度差から電圧を生み出す「熱電効果[用語6]」を単一分子で利用できれば、極めて小型なエネルギー変換素子の実現につながる可能性があります。
一方、らせん構造を持つπ共役分子「ヘリセン」は、分子の長さや形状を圧縮や伸張といった機械的な変形を加えることで電子輸送特性が大きく変化する可能性が理論的に予測されていました。しかし、従来の分子では電極との結合が十分に安定せず、機械的な変形による電子輸送や熱電特性の制御を実験的に実証することは困難でした。
研究成果
研究チームは、金電極との相互作用を強めるために、π電子面が露出したπ拡張ヘリセン分子を新たに設計・合成しました。本研究では、ヘリセン骨格のπ電子面を金電極と直接相互作用させるという分子設計を採用することで、機械的変形に対して安定な単一分子接合の形成を可能にしました。従来の単一分子接合では、分子と電極を安定に接触させるために硫黄などのアンカー基を導入する方法が一般的でした。しかし、この方法では分子構造を機械的に変形させても電子状態の変化が小さく、機械操作による電子輸送や熱電特性の制御は困難でした。本研究ではヘリセン骨格のπ電子面が金電極表面と複数の位置で直接相互作用するように設計することで、アンカー基を用いずに安定な単一分子接合を形成しました(図2)。ブレークジャンクション法を用いて電気伝導性と熱電特性を測定した結果、電極を押し込むことでヘリセン単分子が電極間でわずかに圧縮され、電気伝導性とゼーベック係数が大きく変化することを確認しました。特に、ゼーベック係数は最大で−44 μV/Kに達しました。これは一般的な有機分子単一接合で報告されている数 μV/K〜十数 μV/K程度値と比べても大きな値です。この結果は、従来は難しかった「単一分子の熱電特性の機械制御」を実験的に実証した成果であり、分子構造の機械的変形によって熱電応答を制御できることを示しています。
社会的インパクト
本研究は、分子構造を機械的に操作することで電子輸送やエネルギー変換特性を制御できることを示した成果です。これは、分子1個を基本単位とした超小型電子デバイスや、ナノスケールの熱電変換デバイスの実現につながる可能性があります。また、分子設計によって電子機能を制御するという新しい材料設計の考え方を示した点でも意義があります。
今後の展開
今後は、ヘリセン分子の構造や電子状態をさらに精密に設計することで、熱電変換効率の向上や電子輸送特性の制御を目指します。また、今回の分子設計の考え方を他のπ共役分子へ展開することで、分子スケールの電子デバイスやエネルギー変換材料の開発につながることが期待されます。
付記
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP24H00005)、および科学技術振興機構戦略的国際共同研究プログラム(SICORP、JPMJSC22C2)の支援を受けて実施されました。
用語説明
- [用語1]
- ヘリセン:ベンゼン環が連続して縮環し、らせん状の立体構造を持つπ共役分子。分子内部で電子が広がる性質を持ち、特徴的な電子輸送や光学特性を持つ。
- [用語2]
- 単一分子接合:1個の分子を2つの金属電極の間に挟んで電流を流すナノスケールの接合構造。分子1個の電子輸送特性を直接測定できる。
- [用語3]
- 熱電能(ゼーベック係数):温度差によって生じる電圧の大きさを表す物理量。熱電変換性能を評価する重要な指標である。
- [用語4]
- π共役系:炭素原子などが連続して結合し、その中でπ電子(パイ電子)が分子全体に広がって動くことができる構造。ベンゼン環などに代表され、電気伝導や光学特性の発現に重要な役割を果たす。本研究で用いたヘリセン分子もπ共役系に属し、π電子が金表面と相互作用することで単一分子接合を形成する。
- [用語5]
- ブレークジャンクション法:走査型トンネル顕微鏡の探針を金属表面に接触させて引き離す操作を繰り返すことで、単一分子接合を形成し電子輸送特性を測定する手法。
- [用語6]
- 熱電効果:温度差によって電圧(熱起電力)が生じたり、逆に電流によって温度差が生じたりする現象。熱エネルギーを電気エネルギーに変換する原理として利用される。
論文情報
- 掲載誌:
- Nature Communications
- タイトル:
- Partially π-exposed 3D carbohelicene for mechanical tuning of conductance and thermopower in single-molecule junctions
- 著者:
- Shintaro Fujii,* Futo Morita, Kanato Takahashi, Juntaro Nogami, Yuko Kishida, Haruki Goto, Ryota Shimizu, Tomoaki Nishino, Hidehiro Uekusa, & Ken Tanaka*
研究者プロフィール
藤井 慎太郎 Shintaro Fujii
東京科学大学 理学院 化学系 特任准教授
研究分野:表面科学
田中 健 Ken Tanaka
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
研究分野:有機合成化学