ポイント
- 神奈川県および富士フイルム株式会社と連携し、膝の痛みが現れる前から、膝の中で進む変化をMRIで捉える「神奈川ひざスタディ」の追跡調査を開始します。
- 約8年前のMRI画像や生活習慣などの情報と今回の追跡調査を比較し、将来の膝痛や変形性膝関節症を早期に予測できるかを検証します。
- 新たに見いだしたMRI所見「ポケットサイン」を手がかりに、膝が悪くなりやすい人を早期に見分ける方法の開発を目指します。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)国際医工共創研究院 再生医療研究センターの関矢一郎教授らの研究グループは、神奈川県および富士フイルム株式会社と連携し、膝の痛みが出る前から、膝の中で進行する変化をMRI[用語1]で捉え評価するプロジェクト「神奈川ひざスタディ」の追跡調査を開始します。本研究では、関矢教授らと富士フイルム株式会社が共同で開発してきた膝MRI三次元画像解析技術を用いて、骨、軟骨、半月板[用語2]の形態を定量的に解析し、変形性膝関節症[用語3]の発症・進行の早期予測につながる手がかりを探ります。
2018年に開始した神奈川ひざスタディでは、膝のクッションである内側半月板が本来の位置からはみ出す「半月板逸脱[用語4]」によって、半月板で守られていた軟骨が摩耗し、変形性膝関節症が進行していくことを明らかにしました。
今回、初回調査から約8年が経過した参加者を対象に再調査を行い、膝の構造変化と症状の変化を縦断的に解析します。特に注目するのは、神奈川ひざスタディにおいて本研究グループが見いだしたMRI所見「ポケットサイン[用語5]」です。これは、半月脛骨靱帯[用語6]付着部にみられるポケット状の液体様信号で、変形性膝関節症に伴う構造変化と関連する可能性があります。8年前のMRIでこの所見が認められた人では、その後に半月板逸脱や軟骨摩耗[用語7]、膝症状が進行しやすいかどうかを検証します。あわせて、膝関節構造の変化と膝症状、生活習慣、ME-BYO指標[用語8]との関係を明らかにし、「将来、膝が悪くなりやすい人」を早期に見分ける手がかりを探ります。
なお、本追跡調査の基盤となるポケットサインに関する研究成果は、2026年6月2日付で国際学術誌「Scientific Reports 」に掲載されました。
背景
膝関節は、歩行や階段昇降など、日常生活に欠かせない役割を担っています。膝の痛みや変形性膝関節症は中高年以降に広くみられ、生活の質(QOL)や活動量の低下につながる重要な健康課題です。
変形性膝関節症では、軟骨、半月板、滑膜、関節液など、膝関節を構成するさまざまな組織に変化が生じます。しかし、痛みの程度と画像上の変化は必ずしも一致せず、どのような構造変化が膝痛の発生や病態の進行に関わるのかについては、いまだ多くの点が明らかになっていません。
また、医療機関を受診した患者を対象とした研究だけでは、痛みが現れる前から膝の中で進行する変化を捉えることには限界があります。一方、地域住民を対象とした追跡調査では、医療機関を受診する前の段階から膝関節の構造変化と症状との関係を長期的に明らかにできる可能性があります。
これまでの研究成果と今回の追跡調査
神奈川ひざスタディでは、これまでに英文論文10編を報告しており、AI三次元MRI解析技術[用語9]を用いて地域住民の膝関節構造を解析してきました。特に、膝のクッションである内側半月板が本来の位置から外側へはみ出す「半月板逸脱」が、軟骨摩耗や変形性膝関節症の進行に深く関わることを明らかにしました(図2)。
70歳代女性の膝MRI三次元解析画像を、変形性膝関節症の重症度に応じて左から右へ並べたもの。内側半月板逸脱が進行する部位に沿って、本来は半月板で保護されていた軟骨の摩耗が広がっていく様子が分かる。[参考文献1]より改変。CC BY 4.0。
また、神奈川ひざスタディでは、半月板逸脱に関連するMRI所見として、半月板を脛骨に固定する半月脛骨靱帯の剥離を示す「ポケットサイン」に着目してきました。この所見は、レントゲンで評価される変形性膝関節症の重症度が高くなるにつれて陽性率が上昇することが示されており、膝が悪化する前の変化を捉える手がかりとなる可能性があります(図3)。
MRIでは、半月板を支える半月脛骨靱帯の付着部に、液体が入り込んだような小さなポケット状の所見がみられることがある。本研究では、この所見を「ポケットサイン」として評価した。ポケットサインは、膝OAのX線重症度を示すKellgren-Lawrence(ケルグレン・ローレンス、KL)分類[用語10]が高くなるほど高頻度に認められ、膝関節の構造変化を反映するMRI所見である可能性が示された。[参考文献2]より改変。CC BY 4.0。
今回の追跡研究では、初回調査から約8年が経過した参加者を対象に再調査を行い、横断研究[用語11]で見いだした構造変化が、実際に同じ人の膝で時間の経過とともに進行するかを縦断的に解析します。特に、初回調査でポケットサインが認められた方では、その後に半月板逸脱や軟骨摩耗、変形性膝関節症が進行しやすいかどうかを検証し、「将来、膝が悪くなりやすい人」を早期に見分ける手がかりを探ります。
MRI画像に加え、膝の症状、生活習慣、身体機能、ME-BYO指標なども収集し、膝関節の構造変化と健康状態との関連を総合的に解析します。
本研究の特徴は、主に神奈川県庁でデスクワークに従事し、膝疾患による通院歴のない方を多く含む集団を対象としている点です。膝への負担が大きい仕事に従事する人や、すでに膝の病状が進行した集団では、初期の変化を捉えにくい場合があります。一方、本研究では、膝への負担が比較的小さい日常生活の中で生じる初期変化を追跡することができます。
さらに、同一地域・同一組織に継続して所属する参加者を多く含むことから、初回調査から約8年後の変化を同じ参加者で評価しやすいという利点があります。
社会的インパクト
骨粗しょう症では、骨密度を定量的に測定できるようになったことで、発症リスクの把握や治療効果の評価が進みました。同様に、変形性膝関節症でも、ポケットサインの有無や軟骨の厚さを定量的に評価できれば、膝が悪化するリスクや、運動・生活習慣の改善などの介入効果を客観的に評価できる可能性があります。
膝に痛みがあっても、レントゲンで明らかな変形性膝関節症の所見が認められない段階は、専門的には「早期変形性膝関節症[用語12]」と呼ばれます。これは、健康か病気かを二分するのではなく、連続的に変化する状態として捉える「未病」の考え方とも重なります。この段階では、医療による治療だけでなく、運動、生活習慣の見直し、体重管理といった未病改善の取り組みが重要になります。
本研究により、痛みが強くなる前から膝の状態を可視化できれば、膝の状態に応じたウォーキングやサイクリング、半月板への負担を軽減する生活習慣、体重管理など、日々の行動につなげるための判断材料となることが期待されます。さらに、こうした取り組みを行っても膝痛が改善しない場合には、適切な時期に医療機関の受診につなげる仕組みづくりにも役立つ可能性があります。
また、本研究は、神奈川県が推進する「未病」の考え方とも親和性の高い取り組みです。健康か病気かを二分するのではなく、膝の状態が少しずつ変化していく過程を捉えることで、県民一人ひとりが自分の膝の状態を理解し、日々の健康行動につなげることを目指します。
神奈川ひざスタディでは、関矢教授らが富士フイルム株式会社と共同で開発してきたSYNAPSE VINCENTの膝MRI三次元画像解析技術を用いて、地域住民の膝関節構造を解析してきました。この技術により、骨、軟骨、半月板を三次元的に表示し、軟骨の厚さや体積などを定量的に評価できます。開発以前は、医師が三次元画像を一例作成するのに1日程度を要していましたが、現在では、三次元再構築用に撮影したMRI画像から5分程度で三次元画像を作成できます。診察時には、医師がMRI画像を確認しながら三次元画像を作成し、患者に膝関節の状態を立体的に示しながら説明することも可能になっています。
今後の展開
今後は、神奈川県および富士フイルム株式会社との連携のもと、神奈川ひざスタディ追跡調査を進め、MRI画像、膝症状、生活習慣、身体機能、ME-BYO指標などのデータを統合的に解析します。
特に、初回調査で認められた「ポケットサイン」(半月脛骨靱帯付着部にみられるポケット状の液体様信号)が、その後の半月板逸脱や軟骨摩耗、変形性膝関節症の進行にどのように関わるのかを検討します。8年前のMRI所見から、将来、膝が悪くなりやすい人を早期に見分けることができれば、膝痛や変形性膝関節症の予防、早期介入、さらには未病改善に役立つ評価法の開発につながることが期待されます。
将来的には、膝が痛くなってから治療するだけでなく、痛みが現れる前から膝の構造変化を捉え、生活習慣の見直しや適切な受診につなげる医療・保健システムの構築を目指します。これにより、住民が長く自分の足で歩き続けられる健康長寿社会の実現に貢献することが期待されます。
関矢一郎教授のコメント
神奈川ひざスタディでは、参加者の皆様のご協力により、膝の軟骨や半月板の変化について多くの知見を得ることができました。これまでの研究から、膝疾患による通院歴がない方を含む集団でも、MRIでは半月板や軟骨に変化が認められることが分かってきました。
今回の追跡調査では、前回のデータと比較することで、こうした膝の構造変化が時間の経過とともにどのように進行するのか、また将来の膝痛や変形性膝関節症の進行とどのように関わるのかを明らかにしたいと考えています。
この病気は、痛みが強くなってから治療するだけでなく、早い段階で変化を捉え、予防や早期介入につなげることが重要です。本研究の成果を参加者の皆様への情報提供や地域の健康づくり、未病改善に役立てられるよう、神奈川県および富士フイルム株式会社と連携しながら研究を進めてまいります。
黒岩祐治神奈川県知事のコメント
約8年前、私自身をはじめ、多くの県職員が参加した「神奈川ひざスタディ」が、今回、追跡調査という新たな段階を迎えることを大変うれしく思います。
昨年11月の「ME-BYOシンポジウム2025」では、関矢先生から前回の調査をもとに多くの研究論文が生み出されたことをご紹介いただきました。また、今年5月には、関矢先生が長年取り組んでこられた、膝の半月板を修復する再生医療が、このたび製造販売承認を取得し、患者に新たな治療の選択肢を届ける段階まで進んだことも、大変意義深い成果だと感じています。
今回の追跡調査からさらに新たな知見が得られ、その成果が、県民一人ひとりの未病改善や健康づくり、さらには健康寿命の延伸につながっていくことを期待しています。
付記
本研究は、東京科学大学が神奈川県および富士フイルム株式会社と連携して実施します。富士フイルム株式会社とは共同研究契約に基づき、同社が開発した画像解析アプリケーションを活用するとともに、技術的助言を受けながら研究を進めます。
参考文献
神奈川ひざスタディでは、これまでに、AI三次元MRI解析を用いた半月板逸脱と軟骨欠損との関連、膝レントゲン所見がMRI上の半月板逸脱や軟骨厚を反映すること、膝蓋大腿関節や大腿骨・脛骨軟骨における欠損の特徴、早期変形性膝関節症における半月板断裂の頻度など、変形性膝関節症の病態解明につながる複数の成果を報告しています。
- [参考文献1]
- Three-dimensional MRI shows cartilage defect extension with no separation from the meniscus in women in their 70s with knee osteoarthritis. Scientific Reports. 2022 Mar 10. doi:10.1038/s41598-022-08092-5
- [参考文献2]
- Meniscotibial ligament pockets on MRI are associated with radiographic severity of medial knee osteoarthritis. Scientific Reports. 2026 Jun 2. doi: 10.1038/s41598-026-52184-5.
- [参考文献3]
- Morphological analysis of three-dimensional MR images of patellofemoral joints in asymptomatic subjects. Scientific Reports. 2023 Oct 5. doi:10.1038/s41598-023-42404-7
- [参考文献4]
- Medial Tibial Osteophyte Width Strongly Reflects Medial Meniscus Extrusion Distance and Medial Joint Space Width Moderately Reflects Cartilage Thickness in Knee Radiographs. Journal of Magnetic Resonance Imaging. 2022 Sep. doi:10.1002/jmri.28079
- [参考文献5]
- Association of AI-determined Kellgren-Lawrence grade with medial meniscus extrusion and cartilage thickness by AI-based 3D MRI analysis in early knee osteoarthritis. Scientific Reports. 2023 Nov 16. doi:10.1038/s41598-023-46953-9
- [参考文献6]
- Relationship between medial meniscus extrusion and cartilage measurements in the knee by fully automatic three-dimensional MRI analysis. BMC Musculoskeletal Disorders. 2020 Nov 12. doi:10.1186/s12891-020-03768-3
- [参考文献7]
- Difference in the joint space of the medial knee compartment between full extension and Rosenberg weight-bearing radiographs. European Radiology. 2021 Sep 7. doi:10.1007/s00330-021-08253-6
- [参考文献8]
- Femoral cartilage defects initiate from medial meniscus extrusion or tibial cartilage lesions and expand in knee osteoarthritis as revealed by 3D MRI analysis. Scientific Reports. 2024 Oct 29. doi:10.1038/s41598-024-76725-y
- [参考文献9]
- Regional dependency of sex differences in height-adjusted knee cartilage thickness in KL0 knees using 3D-MRI. Journal of Orthopaedic Science. 2025 Nov. doi:10.1016/j.jos.2025.04.014
- [参考文献10]
- Medial meniscus tears in early-stage medial knee osteoarthritis: Prevalence and type in a Japanese cohort. Journal of Orthopaedic Science. 2026 Jan. doi:10.1016/j.jos.2025.06.010
用語説明
- [用語1]
- MRI(エム・アール・アイ):磁気を用いて体内の構造を画像化する検査法。レントゲン検査では主に骨の形や関節のすき間を評価するのに対し、MRIでは、軟骨や半月板、滑膜、関節液など、膝関節を構成する軟部組織を詳しく評価できる。
- [用語2]
- 半月板(はんげつばん):膝関節の大腿骨と脛骨の間にある、三日月形の線維軟骨。膝にかかる荷重を分散し、関節を安定させるクッションの役割を果たす。近年は、半月板が膝関節の機能維持や変形性膝関節症の予防に重要な役割を果たすことが認識され、損傷した半月板をできるだけ切除せずに残す治療の重要性が高まっている。
- [用語3]
- 変形性膝関節症(へんけいせい・ひざかんせつしょう):関節軟骨や半月板がすり減り、関節に炎症や変形が生じる病気。現在、痛みを和らげる薬はあるものの、傷んだ関節の構造そのものを改善する薬剤は確立されていない。進行すると痛みや機能障害が強くなり、人工膝関節置換術が必要となる場合がある。
- [用語4]
- 半月板逸脱(はんげつばん・いつだつ):半月板が本来ある位置から外側にはみ出す状態。半月板は膝にかかる荷重を分散する働きを持つため、逸脱が進むと軟骨にかかる負担が増え、軟骨摩耗や変形性膝関節症の進行に関わる可能性がある。
- [用語5]
- ポケットサイン:「神奈川ひざスタディ」で本研究グループが見いだしたMRI所見で、半月脛骨靱帯付着部にみられる液体様信号を指す。MRIでは、半月板と脛骨の間にポケット状の隙間として認められる所見である。レントゲンで評価される変形性膝関節症の重症度が高くなるにつれて陽性率が上昇することが示されており、変形性膝関節症の早期変化や進行に関わる画像バイオマーカーとなる可能性がある。
- [用語6]
- 半月脛骨靱帯(はんげつ・けいこつ・じんたい):半月板を脛骨に固定し、半月板の位置を安定させる靱帯。この靭帯に剥離が生じると半月板が外側へ逸脱しやすくなり、膝関節内の荷重分散が乱れる可能性がある。
- [用語7]
- 軟骨摩耗(なんこつまもう):膝関節の骨の表面を覆う軟骨が薄くなったり、一部が失われたりすること。軟骨は関節の動きを滑らかにし、衝撃を和らげる役割を持つため、摩耗が進むと痛みや変形性膝関節症の進行につながることがある。
- [用語8]
- ME-BYO指標:ME-BYO指標は、生活習慣、認知機能、生活機能、メンタルヘルス・ストレスの4領域から、現在の未病の状態を数値等で「可視化」する指標である。本研究では、参加者のアンケート回答などからME-BYO指標を収集し、膝関節の構造変化や膝症状との関連を検討する。
- [用語9]
- AI三次元MRI解析技術:富士フイルム株式会社の医用画像解析アプリケーションSYNAPSE VINCENT(シナプス・ヴィンセント)に搭載されている技術。本技術はMRI画像から骨や軟骨、半月板などの膝関節構造を抽出し、三次元的に表示・定量評価することができる。本研究では、関矢教授らが富士フイルム株式会社と共同で開発してきた本機能を用いて、地域住民の膝関節構造の変化を評価する。
- [用語10]
- Kellgren-Lawrence(ケルグレン・ローレンス、KL)分類:膝レントゲン画像を用いて、変形性膝関節症の進み具合を0~4の5段階で評価する分類。0は変形性膝関節症の所見がない状態、4は最も進行した状態を示す。KL分類の数値が大きいほど、関節のすき間が狭くなる、骨棘(こつきょく)がみられる、骨の変形が進むなどの変化が強くなる。
- [用語11]
- 横断研究:横断研究は、ある時点で多くの人の状態を調べ、個人差や病気の重症度との関係を解析する研究である。縦断研究は、同じ人を継続して調べ、時間の経過に伴う変化を解析する研究である。本研究では、初回調査から約8年後に同じ参加者を再調査し、膝関節の構造変化を縦断的に解析する。
- [用語12]
- 早期変形性膝関節症(そうき・へんけいせい・ひざかんせつしょう):膝に痛みなどの症状がある一方で、レントゲン検査では明らかな変形性膝関節症の所見がまだ認められない段階を指す。MRIでは、軟骨や半月板、滑膜、関節液などの変化が捉えられる場合があり、症状が進行する前の予防や早期介入を考える上で重要な段階である。
研究者プロフィール
関矢 一郎 Ichiro Sekiya
東京科学大学 国際医工共創研究院 再生医療研究センター 教授
研究分野:再生医療、整形外科学