ポイント
- 負熱膨張材料の安全かつクリーンな新しい合成手法「共沈酸化同時プロセス」を開発
- 有害な窒素酸化物(NOx)の排出や爆発のリスクがある酸化剤を使わない画期的な手法
- 負熱膨張材料のみならず、超伝導物質などの機能性酸化物への応用が可能
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 自律システム材料学研究センターの西久保匠特定助教(兼 神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)、東正樹教授、米国ノースウェスタン大学のケネス・ポッペルマイヤー教授らの研究グループは、加熱すると体積が収縮する「負熱膨張[用語1]」という性質を持つペロブスカイト型[用語2]酸化物 BiNi1-xFexO3の、安全かつクリーンな新しい合成手法を開発しました。
負熱膨張材料は、半導体製造装置や光学機器といった極めて高い精度が求められる分野での活用が期待されていますが、負熱膨張材料BiNi1-xFexO3の従来の合成では、有害な窒素酸化物(NOx)の排出や爆発のリスクを伴う酸化剤の使用が避けられず、安全性・環境負荷の面で大きな課題がありました。
本研究では、逆共沈法[用語3]と次亜塩素酸イオン(ClO⁻)による同時酸化を組み合わせた新プロセス「共沈酸化同時プロセス」を開発しました。高度に酸化された非晶質[用語4]前駆体を用いることで、酸化剤を添加することなく、短時間かつ低温での合成に成功しました。また、この手法によって材料の微粒子化が可能となり、広い温度範囲で安定して機能する優れた負熱膨張特性を引き出すことに成功し、さらに、他の機能性酸化物の合成にも応用できることも見いだしました。今回の研究成果は、半導体製造装置や光学機器などの分野において、より広範囲かつ安定した熱膨張制御を実現し、機器のさらなる高性能化に寄与するだけでなく、高温超伝導体をはじめとする他の機能性酸化物の合成にも応用可能です。
本研究には、米国ノースウェスタン大学のライアン・パウル博士、東京科学大学 物質理工学院 材料系の廣岡孝聡大学院生、松野夏奈大学院生、前林航紀大学院生(いずれも研究当時)、同大学 総合研究院の山本隆文特定教授(現 京都大学理学研究科教授)、大阪公立大学 大学院工学研究科の森茂生教授、笠井秀隆准教授、丁炯特任研究員が参加しました。
本研究成果は、6月18日(現地時間)付で「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。
背景
多くの物質は熱を加えると原子や分子の運動が活発になり、それらの間の平均的な距離が広がるため膨張しますが、一部の材料は逆に収縮する「負熱膨張」という性質を持ちます(水も0~4℃ではこの性質を示します)。負熱膨張はさまざまな理由で起きますが、そうした性質を持つ材料は、通常の材料と組み合わせることで熱膨張をゼロに抑えられる(温度が変化しても材料のサイズが変わらない)ことから、半導体や光学機器といった極めて高い精度が求められる分野での活用が期待されています。
本研究の対象であるBiNi1-xFexO3(ビスマス・ニッケル・鉄酸化物)は、非常に大きな負熱膨張を示す有望な材料で、数GPa(ギガパスカル)という高圧下で合成されます。日本材料技研株式会社から「BNFO」の商品名で市販されていますが、その合成には硝酸塩を熱分解することで得た反応性の高い前駆体を用いる必要があり、有害な窒素酸化物(NOx)の排出が問題となっていました。また、5価のビスマス(Bi5+)や3価のニッケル(Ni3+)といった「異常高原子価」状態を安定させるために、爆発の危険がある酸化剤を用いる必要もあります。これらのことから従来の前駆体作製プロセスは環境負荷が高く、問題となっていました。
研究成果
今回の研究では、逆共沈法と次亜塩素酸イオン(ClO-)による同時酸化を組み合わせた新しいプロセスを確立しました。具体的には、高原子価イオンであるBi3+、Ni2+等を含む酸性溶液をNaOH(水酸化ナトリウム)とNaClO(次亜塩素酸ナトリウム)を混合した塩基性溶液に滴下することで、酸化された状態の非晶質前駆体を得ました(図1)。この方法では、有害な窒素酸化物NOxを排出しません。
また、この非晶質前駆体を用いると、酸化剤を後から混ぜる必要がなく、従来よりも低い温度(750℃)かつ短時間の熱処理で、目的の材料が結晶化することを発見しました。非晶質状態から直接ペロブスカイト相が形成されるプロセスは、兵庫県の播磨科学公園都市にある大型放射光施設SPring-8[用語5]のBL14B2で、高圧条件下のもと、化学反応をリアルタイムで観察することによって明らかにしました(図2)。さらに、加熱時間を短縮できるメリットを生かし、粒成長を抑制して、粒径を微細化することにも成功しました。この微粒子化された材料は、体積収縮の大きさを維持したまま、より広い温度範囲でなだらかに収縮するという、実用上極めて有利な特性を有しています。
社会的インパクト
本研究によるBiNi1-xFexO3の革新的な合成手法の確立は、環境負荷の低減と高度な精密制御技術の発展を両立させるという点で、大きな社会的インパクトがあります。従来の製造過程で課題となっていた有害な窒素酸化物(NOx)の排出や、爆発リスクを伴う酸化剤の混合を回避することで、安全かつクリーンで、将来的なスケールアップも可能な工業生産プロセスの構築に道を開きました。また、この手法によって実現した材料の微粒子化は、構造材料への均一な分散につながるため、熱膨張によるわずかな誤差も許されない半導体製造装置や光学機器などの分野において、より広範囲かつ安定した熱膨張制御を可能とし、機器のさらなる高性能化に寄与します。さらに、本手法は負熱膨張材料のみならず、高温超伝導体をはじめとする他の機能性酸化物の合成にも応用可能であり、次世代の材料開発と持続可能な製造プロセスの両面から、学術界と産業の基盤強化に貢献します。
今後の展開
本手法は、安全・クリーンで拡張性のあるルートであり、負熱膨張材料の工業的な量産化への道を開くものです。また、本手法は負熱膨張物質のみならず超伝導材料など他の異常高原子価イオンを含む酸化物の合成にも応用が可能であり、次世代の機能性材料開発を加速させることが期待されます。
付記
本研究の一部は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(課題番号 JPMJCR22O1)、神奈川県立産業技術総合研究所 実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ」、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号JP18H05208、JP19H05625、JP20K15171、JP21K18891、JP24K17509)、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクト、アメリカ国立科学財団(課題番号 DMR-1904701)などの支援のもと実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 負熱膨張:通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負の熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
- [用語2]
- ペロブスカイト(型):一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
- [用語3]
- 逆共沈法:金属イオンを含む混合水溶液を、沈殿剤(塩基など)の入った容器に滴下して沈殿を得る手法。一般的な共沈法では沈殿剤を金属溶液に加えるため、滴下の過程で液体のpHが徐々に変化し、金属イオンごとに沈殿するタイミングがずれて組成が不均一になりやすい欠点があるが、逆共沈法では過剰な沈殿剤の中に金属イオンが投入されるため、すべての成分を一斉に、かつ均一に沈殿させることができる。これにより、ナノサイズの微細で、元素組成が均一な多成分系の粉末が得られる。
- [用語4]
- 非晶質:原子や分子が規則正しい周期的な配列を持たず、無秩序に集まっている固体状態のこと。物質を構成する原子が規則正しく並んだ結晶に対し、非晶質は原子がバラバラに固まって存在している状態を指す。身近な例ではガラスがこれに相当する。アモルファスとも言う。
- [用語5]
- 大型放射光施設SPring-8:兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
- [用語6]
- 放射光X線回折実験:物質の構造を調べる方法のひとつ。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the American Chemical Society
- タイトル:
- Synthesis of Unusually High Valent Perovskite Oxide from the Highly Oxidized Coprecipitation Precursor
- 著者:
- Takumi Nishikubo, Ryan J. Paull, Takatoshi Hirooka, Kana Matsuno, Koki Maebayashi, Jiong Ding, Hidetaka Kasai, Shigeo Mori, Takafumi Yamamoto, Kenneth R. Poeppelmeier and Masaki Azuma
- DOI:
- 10.1021/jacs.6c04051
研究者プロフィール
西久保 匠 Takumi Nishikubo
東京科学大学 総合研究院 特定助教
神奈川県立産業技術総合研究所 次世代半導体用エコマテリアルグループ 常勤研究員
研究分野:固体化学
関連リンク
お問い合わせ
東京科学大学 総合研究院 特定助教
神奈川県立産業技術総合研究所 次世代半導体用エコマテリアルグループ 常勤研究員
西久保 匠
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- 045-924-5380
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自律システム材料学研究センター/フロンティア材料研究所
教授 東 正樹
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- 045-924-5318
京都大学 大学院理学研究科
教授 山本 隆文
- Tel
- 075-753-3990
大阪公立大学 大学院工学研究科
教授 森 茂生
- moris@omu.ac.jp
- Tel
- 072-254-9318