電場による磁化反転の新たな経路を発見

2025年5月30日 公開

素子設計の自由度拡張、低消費電力メモリ素子の実現へ弾み

ポイント

  • マルチフェロイック物質BiFe0.9Co0.1O3における、印加電場と垂直な方向の磁化反転をはじめて観測。
  • 理論計算から、分極反転角度の違いが磁化反転の方向に強く関係することを示唆。
  • 素子設計の自由度の拡張による素子の高性能化・高集積化が期待。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の伊藤拓真大学院生(研究当時)、同 総合研究院 フロンティア材料研究所の重松圭助教、Hena DAS(ヘナ・ダス)特任准教授(神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)、東正樹教授らの研究チームは、住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点において、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)と共同で、マルチフェロイック物質[用語1]であるペロブスカイト型[用語2]BiFe0.9Co0.1O3の単結晶薄膜を従来と異なる配向[用語3]で成長させることで、印加した電場と垂直な磁化成分を反転できることを実験・理論計算の両面から実証しました。

BiFe0.9Co0.1O3は、室温において、電場によって電気分極[用語4]が反転するのと同時に磁化[用語5]が反転する希少な物質であり、この性質を活かした超低消費電力の次世代磁気メモリの実現が期待されています。従来の研究では、走査型プローブ顕微鏡[用語6]を使って薄膜表面と垂直な方向(面直方向)に電場を印加することで、同じ方向に反転した磁化を検出していました。そのため、電場印加と磁化の方向は一致する必要があると考えられていました。

今回の研究では、薄膜の配向を変化させることで、薄膜表面に平行に電場を印加した場合でも、薄膜の面直方向の磁化が反転することを実証しました。また、電場による分極反転角度[用語7]の違いが、磁化反転の方向に強く関係することを明らかにしました。この発見により、BiFe0.9Co0.1O3を使った磁気メモリ素子の設計自由度が高まり、素子の高性能化・高集積化につながると期待されます。

本研究には、前田慶大学院生、李邱穆(イ・クモク)博士研究員、米国ノースイースタン大学のPaul Stevenson 助教、アリゾナ大学のMahir Manna大学院生、Surya Prakash Reddy大学院生、Sandhya Susarla助教、カリフォルニアバークレー大学のPeter Meisenheimer研究員(研究当時)、Ramamoorthy Ramesh教授が参加しました。本研究成果は、4月28日付(現地時間)の「Advanced Materials」に掲載されました。

本研究のイメージイラスト

背景

近年、情報通信量の爆発的な増加や、人工知能によるデータ処理の普及などに伴って、情報処理に関連したエネルギー消費量が著しく増加しており、電子デバイスの省電力技術のイノベーションが求められています。

東京科学大学に発足した「住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点」では、強相関電子系の原理により磁気的性質と電気的性質が交差相関応答を示すマルチフェロイック物質に着目し、次世代の低消費電力・不揮発性磁気メモリデバイスへの応用を目指した材料・プロセス開発や信頼性評価、社会実装に取り組んでいます。

同拠点の重松助教、東教授の研究グループはこれまでに、室温で強磁性と強誘電性が共存するBiFe0.9Co0.1O3薄膜において、電場による電気分極の反転と同時に、磁化の方向を反転させることに成功していました。この性質は、電場により情報の書き込みを行う低消費電力の磁気メモリの実現の鍵になるとされています。しかしながら、BiFe0.9Co0.1O3の電場印加による磁化反転は、電場や磁化の方向に制約があることが分かっていました。具体的には、薄膜の面直方向に電場を印加した場合には、同じ面直方向に磁化が反転しますが、薄膜表面に平行に電場を印加した場合には、磁化反転は見られません。これにより、BiFe0.9Co0.1O3を磁気メモリ素子として応用する際には、分極反転のための電極と、磁化反転を検出するセンサーを同じ場所に取り付けることが必須となるため、素子設計の自由度が低くなり、素子実現の妨げになります。

研究成果

今回の研究ではBiFe0.9Co0.1O3薄膜の配向を、従来の(001)配向から(110)配向に変更し、この薄膜への電場印加に伴う磁化反転の様子を走査型プローブ顕微鏡で調べました(図1a)。

電気分極は、結晶構造の最小単位を表す立方体の8つの頂点(<111>方向)を向くことができますが、(001)配向膜と(110)配向膜では、薄膜面内に含まれる分極が異なります。この薄膜表面に平行に電場を印加すれば、面内に含まれる4方向の間で電気分極の方向を変えること(分極反転)が可能です。具体的には、(001)配向膜では71度分極反転を、(110)配向膜では109度分極反転を起こすことができます。

今回は、この109度分極反転を引き起こすことを狙って、(110)配向膜上に白金電極を配置した構造を作製しました(図1b)。この電極に電場を印加したところ、強誘電ドメイン[用語8]の分布の変化が観測されました(図1c)。分極分布を示すPFM位相のヒストグラムでは、印加電圧の上昇に伴って、上向き・下向きの電気分極を示す黄色と紫色の割合が全体的に変化していたことから、狙い通りの分極反転が実現したことが確認できました。

図1. (a)BiFe0.9Co0.1O3の(001)配向と(110)配向の違い。 立方体は結晶構造の最小単位を、8色の矢印は電気分極の取りうる向きを表す。(b)109度分極反転のための白金電極の配置。(c)実際の白金電極の顕微鏡写真と、電場印加による強誘電ドメインの分布の変化(圧電応答顕微鏡図)。黄色と紫色はそれぞれ上向き・下向きの分極を表しており、右図にはその分布のヒストグラムを示している。

次に、この109度の分極反転に伴う、強誘電ドメインと強磁性ドメイン構造の変化を観察しました。まず強誘電ドメイン像では、(110)面に含まれる4つの分極方向が分かるように着色すると、電場印加の前後では、濃い緑の領域がピンクに、薄い緑の領域が赤に変化しました(図2左)。これはまさに109度分極反転に対応するものです。さらに強磁性ドメイン像では、磁化の面直成分が逆向きの領域を赤色と青色で示したところ、電場印加の反転前後によって、ドメインの境界線の形がほとんど変化せずに、赤と青の色が反転している様子が確認されました(図2右)。これは、薄膜表面に平行に電場を印加した場合、薄膜の垂直方向の磁化が反転することを実験的に示す結果です。

図2. 電場印加によって109度分極反転が生じている場所の強誘電・強磁性ドメイン像。どちらの像も、ドメインの境界の位置は変化していないが、ドメインの色は変化している。強磁性ドメインは電場によって赤色と青色が入れ替わっており、これは電場による磁化反転が観測されていることを意味する。

さらに研究グループは第一原理計算[用語9]によって、分極反転の最中の結晶構造の変化を調べ、薄膜表面に平行に電場を印加した際に生じる面直成分(面直磁化)の反転の可能性を、71度と109度分極反転の2つのケースで比較しました。それぞれのケースについて、分極反転の開始から終了までの間のエネルギー変化(左軸)と面直磁化の大きさ(右軸)を求めたところ、71度分極反転では、面直磁化の符号が開始時と終了時で変わらず、磁化反転しませんでした(図3a)。一方、109度分極反転では、開始時と終了時で符号が反転しました(図3b)。このことから、電場による分極反転角度の違いが磁化反転の方向に強く関係することが明らかになりました。

図3. 第一原理計算によって求めた、分極反転の進行の最中のエネルギー変化と、面直磁化の大きさの変化。右軸の符号が面直磁化の上下の向きに対応する。
(a)71度分極反転の場合、分極反転の開始と終了時で面直磁化の符号は変化しない。(b)109度分極反転の場合、分極反転の開始と終了時で面直磁化の符号が変化する。

社会的インパクト

今回の研究成果により、BiFe0.9Co0.1O3の磁化反転には、電場印加方向が必ずしも薄膜面直方向である必要がないことが明らかになりました。この発見は、BiFe0.9Co0.1O3を使った磁気メモリ素子の実現を進める際、分極反転のための電極と磁化反転を検出するセンサーを、より自由に配置できることを意味します。このことから、BiFe0.9Co0.1O3の性能をさらに効率的に発揮するような素子設計も可能になると期待されます。またメモリ素子では、同じ面積にどれだけ情報記録単位を作れるか、すなわち集積度をどれだけ高められるかという点も重要であり、この点でも素子設計の自由度が大きいことはプラスになります。したがって今回の研究成果は、次世代の磁気メモリデバイスの構築を大きく後押しするものです。

今後の展開

今回、BiFe0.9Co0.1O3薄膜の配向の違いが、電場印加による磁化反転の新たな反転経路につながることが明らかになりましたが、電気分極と磁化反転の経路はBiFe0.9Co0.1O3の微細化や異種材料との接合などによっても変化すると予想されます。今後は、半導体製造工程で使用される微細加工技術を駆使した素子作成に取り組み、次世代の低消費電力不揮発性磁気メモリ素子の実現を目指します。

付記

本研究の強誘電・強磁性ドメイン観察については、東京科学大学コアファシリティーセンターの支援のもと実施しました。また、白金電極作製は4大学ナノ・マイクロファブリケーションコンソーシアムの支援を受けました。本研究の一部は、地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ」(グループリーダー:東正樹 東京科学大学 教授)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号 JP18H05208、JP19H05625、JP20K15171、JP21K18891)、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトなどの支援を受け、住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点において実施されました。

用語説明

[用語1]
マルチフェロイック物質:一般的には、複数の強的秩序を有する物質のことを言う。狭義では、強磁性と強誘電性の2つの強的秩序を有する物質を指す。
[用語2]
ペロブスカイト型:一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
[用語3]
配向:薄膜の結晶の向きのことで、薄膜を構成する物質のさまざまな性質に影響を及ぼす。
[用語4]
電気分極:物質中で、陽イオンと陰イオンの重心のずれから生じる電荷の偏り。
[用語5]
磁化:電子が有する、スピンと呼ばれる内部自由度に由来する磁気の大きさ。
[用語6]
走査型プローブ顕微鏡:先端を尖らせた探針を用いて、物質の表面および表面近傍をなぞるように走査することで、物質表面についての情報を得る顕微鏡。探針の種類や走査方法を変更することで、強誘電ドメインの構造を調べる圧電応答顕微鏡や、強磁性ドメインの構造を調べる磁気力顕微鏡として使用することができる。
[用語7]
分極反転角度:BiFe0.9Co0.1O3の分極は、立方体の頂点の8方向を取りうるため、ある分極の向きが別の頂点に移る時、立方体の隣の頂点、2つ隣の頂点、立方体の対角にあたる頂点の、3種類の移り先がある。これらは分極のベクトルのなす角度を由来として、それぞれ71度、109度、180度反転と呼ばれる。
[用語8]
ドメイン:物質の中の電気分極あるいは磁化が同じ向きにそろった領域を、それぞれ強誘電・強磁性ドメインと呼ぶ。隣り合う強誘電ドメイン・強磁性ドメインは、電気分極・磁化の向きが異なり、物質によってさまざまな幾何学的形状のドメインが観察される。
[用語9]
第一原理計算:経験によらず、量子力学の基本原理に立脚して、物質の結晶構造や電子状態を予測する理論計算。

論文情報

掲載誌:
Advanced Materials
タイトル:
Electric-field-driven reversal of ferromagnetism in (110)-oriented, single phase, multiferroic Co-substituted BiFeO3 thin films
著者:
Takuma Itoh, Kei Shigematsu, Hena Das, Peter Meisenheimer, Kei Maeda, Koomok Lee, Mahir Manna, Surya Prakash Reddy, Sandhya Susarla, Paul Stevenson, Ramamoorthy Ramesh, Masaki Azuma

研究者プロフィール

重松 圭 Kei SHIGEMATSU

東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 助教
研究分野:固体化学、薄膜合成

ヘナ・ダス Hena Das

東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 特任准教授/
地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員
研究分野:Computational Materials Science(計算材料科学)

東 正樹 Masaki AZUMA

東京科学大学 総合研究院 自律システム材料学研究センター/
同 フロンティア材料研究所 教授
研究分野:固体化学

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助教 重松 圭

東京科学大学 総合研究院 自律システム材料学研究センター/同 フロンティア材料研究所

教授 東 正樹

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