複数元素置換で鉄酸ビスマスに新しい機能を付与

2025年11月28日 公開

コンデンサと磁石の性質に加え、室温での負熱膨張を発現

ポイント

  • ペロブスカイト型酸化物鉄酸ビスマスのビスマス・鉄の両方を異種元素で置換。
  • 強誘電性と強磁性が共存するため、低消費電力の次世代磁気メモリへの応用に期待。
  • 温めると縮む、負熱膨張も発現。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の畑山華野大学院生、三宅潤大学院生、総合研究院の東正樹教授、西久保匠特定助教(兼 神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)、重松圭助教らの研究グループは、ペロブスカイト型[用語1]酸化物ビスマスフェライト(BiFeO3)のビスマスをカルシウムで、鉄をルテニウムやイリジウムで置換すること、スピンの並び方が変化して強磁性[用語2]強誘電性[用語3]が共存することを明らかにしました。さらに、強誘電相から体積の小さい常誘電相への転移温度が劇的に低下し、室温近傍の温度で負熱膨張[用語4]が生じることも見いだしました。

今回開発した物質は強磁性と強誘電性が相関することから、新しい原理に基づく、低消費電力かつ高速アクセスの次世代磁気メモリ開発につながると期待されます。また、熱膨張が引き起こす位置ずれや異種材料接合界面の剥離といった問題の解決につながる負熱膨張材料としての利用も期待されます。

本研究には、東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の小野大樹大学院生(研究当時)、塩野裕介大学院生、若崎翔吾大学院生、総合研究院のLee Koomok(イ・クモク)日本学術振興会外国人特別研究員、Hena Das(ヘナ・ダス)特任准教授(兼 神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)、山本隆文特定教授(兼 京都大学大学院理学研究科教授)、名古屋工業大学の尾上智子派遣職員、物理工学類の壬生攻教授、高輝度光科学研究センターの河口彰吾主幹研究員が参加しました。

本研究成果は、11月28日付(現地時間)の「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

背景

AIやクラウドの普及による情報処理量の爆発的な増大に伴い、情報機器の電力消費増加が問題になる中で、低消費電力・不揮発性の次世代メモリデバイスへの要求が高まっています。その材料として注目されているのが、磁性(強磁性あるいは反強磁性)と強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質[用語5]です。磁化と強誘電性の相関が十分に強いマルチフェロイック物質を用い、電場によって磁化(N極-S極の向き)方向を反転することができれば、不揮発性・高安定性という現在の磁気メモリの特徴を生かしつつ、低消費電力で駆動する簡易な素子構造を持つ次世代磁気メモリを実現できると期待されます。これまでに東教授らのグループは、反強磁性[用語6]強誘電体の鉄酸ビスマス(BiFeO3)の鉄を一部コバルト(Co)で置換すると、隣り合うスピン(原子レベルのN極-S極に対応)の向きが反平行からずれることで、電気分極に直交した弱強磁性[用語7]の自発磁化を持つこと、電場によって分極を反転した際に磁化を反転できることを報告し、住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点において、メモリデバイスの開発を進めていました。しかしながら、保磁力[用語8]が低く、磁気情報の安定性に課題がありました。

一方で、光通信や半導体製造など、精密な位置決めや部材の寸法管理が要求される局面では、わずかな熱膨張が大きな問題になります。そこで、温度が上昇すると収縮するという、“負の熱膨張”を持つ物質によって、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)することが試みられています。同研究グループは負熱膨張材料BiNi1-xFexO3(鉄をニッケル(Ni)で置換したBiFeO3、BNFOと表記、xは0と0.5の間の任意の数)を開発、日本材料技研株式会社からBNFOの商品名で市販していますが、合成に人造ダイヤモンドと同様の高圧が必要で、価格が高いことが問題でした。

研究成果

今回の研究では、強誘電性と強磁性を併せ持つとともに、負の熱膨張性も有する材料を開発しました。具体的には、高圧合成の手法を用いてBiFeO3のAサイトのビスマス(Bi)をカルシウム(Ca)で、Bサイトの鉄をルテニウム(Ru)やイリジウム(Ir)で等量置換すると、弱強磁性の出現を阻んでいたスピンサイクロイド変調構造[用語9]が消失して自発磁化が出現することを、磁化測定とメスバウアー分光[用語10]で明らかにしました(図1)。鉄をコバルトで置換した場合に比べて保磁力は4倍程度に上昇しており、次世代磁気メモリに応用した際にデータの安定性を改善できると期待できます。

また、大型放射光施設SPring-8[用語11](本研究で使用したBL名:BL02B2BL13XU)の放射光X線回折実験[用語12]で結晶構造変化を調べたところ、体積の小さい常誘電相への転移温度がBiFeO3の1103 K(約830℃、Kは絶対温度の単位であるケルビン)から劇的に低下しており、Bi0.85Ca0.15Fe0.85Ir0.15O3では室温近傍で1.77%もの体積負熱膨張を示すことが分かりました。負熱膨張は、卑金属であるジルコニウム(Zr)を用いたBi0.85Ca0.15Fe0.85Zr0.15O3でも観測されました(図2)。今回見いだした物質の母物質であるBiFeO3は常圧下で合成可能なことから、今後の合成法の改善によって、安価で高性能な負熱膨張材料となることが期待されます。

図1. 鉄酸ビスマス(左)と、A-Bサイト元素置換鉄酸ビスマス(右)の磁気構造の模式図。鉄酸ビスマスでは右に進むにつれてスピンの方向が一回転するサイクロイド変調があるため、スピンの磁化は打ち消し合い自発磁化は現れない。一方、元素置換鉄酸ビスマスではスピンが傾斜しているため、磁化は打ち消し合わずに電気分極に直交した自発磁化が現れる。
図2. A-Bサイト元素置換鉄酸ビスマスBi1-xCaxFe1-xMxO3(M = Ru, Ir, Zr)の低温相、高温相、平均の格子体積(青・赤・緑のプロット)、高温相の分率(黒のプロット)。緑色のプロットで示された平均格子体積の変化から、温めると体積が縮む負熱膨張が起きていることが分かる。

社会的インパクト

強磁性と強誘電性が共存するマルチフェロイック物質は、次世代メモリデバイス材料として期待されています。また、負熱膨張材料は、半導体などの精密加工現場での位置決めのズレや、異種材料接合界面での剥離といった熱膨張問題の解決につながるため世界的に研究が活発化しており、日本が強みを持つ材料です。

ペロブスカイト酸化物はこれらの他にも超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導など、多彩な機能を持つため、盛んに研究されています。Aサイト、Bサイトの両方に元素置換を行う今回の物質設計指針は、他の機能性材料の創出にも用いることができると期待されます。

今後の展開

鉄酸ビスマスへのA-Bサイト両置換による保磁力増大という今回の発見はデータ記録の安定性につながるため、今後は半導体製造工程で使用される微細加工技術を駆使した素子作成に取り組み、次世代の低消費電力不揮発性磁気メモリ素子の実現を目指します。また、水熱合成法などの安価な合成法を確立することで、負熱膨張材料としての応用も目指します。

付記

本研究の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発(研究代表者:東正樹 東京科学大学教授、課題番号:JPMJCR22O1)」、地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ(東正樹グループリーダー)」、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:JP23KJ0919、JP24K17509、JP24H00374)、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトなどの支援のもと、住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点において実施されました。

用語説明

[用語1]
ペロブスカイト型:一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
[用語2]
強磁性:磁場を印加されていない状態でも磁化を持ち、かつ外部磁場の向きに応じて磁化の向きを可逆的に反転できる性質のこと。
[用語3]
強誘電性:電界(電圧を、その電圧が印加されている試料の厚みで割ったもの)を印加されていない状態でも電気分極(物質中で陽イオンと陰イオンの重心がずれていることから生じる、電荷の偏り)を持ち、かつ外部電界の向きに応じて電気分極の向きを可逆的に反転できる性質のことを強誘電性と呼ぶ。
[用語4]
負熱膨張:通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負の熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
[用語5]
マルチフェロイック物質:一般的には、複数の強的秩序を有する物質のことを言う。狭義では、強磁性と強誘電性の二つの強的秩序を有する物質を指す。
[用語6]
反強磁性:隣り合う電子のスピンが互いに逆方向を向いて整列した状態を反強磁性状態と呼ぶ。
[用語7]
弱強磁性:反強磁性体において、スピンが完全には反並行にならず、わずかに傾いた状態を指す。磁化は完全には打ち消されないため、自発磁化が現れる。
[用語8]
保磁力:磁化された磁性体を磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁場の強さ。
[用語9]
スピンサイクロイド変調構造:ある方向にスピンが少しずつ回転していくようなスピンの配列。そのスピンベクトルの先端をつなぐとサイクロイド曲線になる。
[用語10]
メスバウアー分光:物質中の原子核によるガンマ線の吸収スペクトルを通じて、原子核を取り囲む電子の状態を探る実験手法。固体中の鉄の局所的な価数状態や磁気的状態の評価にきわめて有効である。
[用語11]
大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁場によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[用語12]
放射光X線回折実験:物質の構造を調べる方法の一つ。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
Achieving Canted-spin Weak Ferromagnetism and Negative Thermal Expansion in A- and B-site Substituted Bismuth Ferrite
著者:
Kano Hatayama, Jun Miyake, Daiki Ono, Yusuke Shiono, Takumi Nishikubo, Koomok Lee, Shogo Wakazaki, Hena Das, Kei Shigematsu, Tomoko Onoue, Ko Mibu, Shogo Kawaguchi, Takafumi Yamamoto and Masaki Azuma

研究者プロフィール

東 正樹 Masaki Azuma

東京科学大学 総合研究院
自律システム材料学研究センター/フロンティア材料研究所 教授
研究分野:固体化学

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