反応中の金属硫化物系電極触媒の状態を特定

2026年8月19日 公開

効率的な二酸化炭素変換触媒の設計に向けて

ポイント

  • 電位ステップ法を適用した二酸化炭素還元での銅硫化物系電極触媒の状態を特定
  • 分光測定により、銅硫化物触媒での二酸化炭素還元の反応サイクルを解明
  • 金属硫化物をベースとした二酸化炭素還元触媒の設計に指針を提供

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の山口晃准教授と宮内雅浩教授、多賀久展大学院生(研究当時)らの研究チームは、CO2還元に電位ステップ法[用語1]を適用した場合の硫化銅電極触媒の変化を、各種分光測定によって明らかにし、その反応メカニズムのモデルを提唱しました。

温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を削減・利用する技術の開発が望まれる中、電解還元によってCO2を他の物質に変換する手法に注目が集まっています。なかでも、異なる電位を加えて触媒材料を変化させ、反応を効率よく進行させる電位ステップ法は、特に有効な手法の1つです。しかしこれまで、この方法を金属硫化物[用語2]を用いた電極触媒に適用した研究は少なく、特に反応サイクル中に各構成元素、特にアニオン[用語3]がどのような挙動を示すかに関しては議論されてきませんでした。

今回の研究では、金属硫化物である硫化銅(CuS)に着目し、CO2還元に電位ステップ法を適用して、その場合の各電位条件における触媒の状態を明らかにすることを目指しました。その結果、電位ステップ法を適用することで、CO2からギ酸への選択効率が向上することが判明しました。また反応サイクル中には、銅イオンの価数変化や、硫黄イオンの脱離、電解液からの酸素イオンの導入といった、各構成元素のダイナミックな変化が選択性の向上に寄与するというモデルを提唱しました。本研究成果は、金属硫化物という自然界に普遍的に存在する材料を用いたCO2変換触媒の開発の一助となることが期待されます。

本成果は、8月18日付(現地時間)の「Materials Advances 」誌に掲載されました。

図1. 本研究で提案する触媒サイクル

背景

二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる、カーボンニュートラルの重要性が叫ばれる昨今、排出されたCO2を有効利用する技術がますます強く求められています。その手段の1つとして注目を集めているのが、再生可能エネルギーなどで発電した電力を用いた電解還元により、CO2を原料にして有用な化学物質をつくり出す、電気化学[用語4]的なCO2の還元です。この電解還元によるCO2変換については、金属電極触媒の種類をはじめとする研究が100年以上にわたって進められてきましたが、いまだ発展途上の技術であり、新たな電極触媒材料群の開発が必要とされています。

CO2の還元では、一酸化炭素(CO)やメタン、ギ酸など、さまざまな生成物が得られるため、これらの生成物の比率を上手にコントロールしていくことが、還元の活性を高める鍵であると考えられてきました。電解還元によるCO2変換では、電極触媒に銅(Cu)などの単一元素からなる金属を用いると、最終生成物に至る反応が経由する化学種(中間体)のエネルギーを最適化する際に、スケーリング則[用語5]によって触媒設計の自由度が制限されるという課題が存在します。そのため、スケーリング則による制約を解決し得る触媒材料群として、複数の反応サイトを有する金属硫化物に注目が集まっています。

一方、CO2の電解還元では、同じ電位をかけ続けるのではなく、2つの異なる電位を交互に加える電位ステップ法が、効率を上げる上で有効な戦略であることが報告されています。しかし、この電位ステップ法を金属硫化物の電極触媒に適応した研究は少なく、反応中に触媒表面がどのような状態になっているかは議論されていません。

そこで本研究では、金属硫化物として銅硫化物(CuS)に着目し、電位ステップ法によるCO2の電解還元を試みるとともに、各電位保持後の触媒のキャラクタリゼーション[用語6]その場分光測定[用語7]を通して、反応中の触媒の状態と反応メカニズムについての知見を得ることを目指しました。

研究成果

1. CuSの合成と電位ステップ法によるCO2還元

本研究ではまず、検討対象である銅硫化物(CuS)を水熱合成法[用語8]により合成し、その電気化学的CO2還元活性を電位ステップ法により評価しました。その結果、一定の電位(-1.2 V vs. 可逆水素電極(RHE)[用語9])を加える場合(電位固定条件)と比較して、+0.6 V と-1.2 Vを交互に与える電位ステップ条件では、CO2からのギ酸生成の効率が3倍以上向上しました。またわずかではありますが、一酸化炭素(CO)やメタン(CH4)、エチレン(C2H4)などの生成も見られました(図2)。

図2.(左)電位固定条件と(右)電位ステップ条件下での反応生成物

2. X線測定による反応中の触媒状態の推定

次に、電位ステップ中のCuSの状態を推定するため、各電位保持後の触媒のX線回折(XRD)[用語10]と、X線光電子分光測定(XPS)[用語11]を行いました(図3)。まずXRDパターンから、負の電位(-1.2 V vs. RHE)を印加した場合にはCuS中の一部の硫黄が溶出し、Cu0が生じることが分かりました。ここで電位を正(+0.6 V vs. RHE)に切り替えると、生じたCu0がCu2Oへと酸化され、さらに再び負の電位を与えるとこのCu2O がCu0へ還元されます。Cu0が生じていることは、XPS測定からも確認されています。以上の結果から、電位ステップ中にはCuSを出発物質として、Cu0⇌Cu2Oという形で触媒状態が変化していると考えられます。

図3.(左)各電位保持後のXRDパターンと(右)予想される触媒サイクル

3. 電位ステップ法におけるCuS上でのCO2還元の反応機構の推定

こうした結果を踏まえて、CO2還元反応の反応機構や、CuSによる中間体の生成状況、反応中のアニオン(S2-やO2-など)の役割に関して知見を得るために、その場FT-IR分光測定を行いました。電位ステップ法を適用した後のCuS電極のFT-IRスペクトルでは、CO2還元中間体(*OCDO, *COO-, *CObridge)および生成物(DCOOD)に由来するピークが検出されました(図4)。検出された中間体のうち、*OCDOはDCOODのみを生成します。一方で*COO- は、表面吸着*Hと反応することでHCOO-あるいは*CObridgeを生成します。生成した*CObridgeが触媒表面から脱離する場合にはCOが生成物として検出され、*CObridgeの水素化または二量化が進行する場合にはCH4やC2H4などのC2化合物がそれぞれ生成します。これらの観測から、電位ステップ法を適用することで、CuSxO1-x触媒から以下のようなメカニズムでHCOOHが生成すると考えられます。

反応経路1:
(1) CO2 + * + H + + e - = *OCHO
(2) *OCHO + H + + e - = HCOOH
反応経路2:
(3) H + + e - = *H
(4) CO2 + * + e - = *COO -
(5) *COO - + *H = HCOO -
(6) HCOO - + H + = HCOOH
図4. CO2還元中のCuS電極触媒のその場FT-IRスペクトル。(a)電位ステップ条件下、(b)定電位条件下。

表面吸着しているSとバルクのSが触媒活性に与える効果を検討するため、(1)Cu0電極、(2)S2-存在下でのCu0電極、および(3)CuS電極の電気化学的CO2還元活性を定電位条件下で調べました(以降、(1)、(2)、(3)をそれぞれSnone、Ssurface、Sbulkとします)(図5)。H2生成に使われた電子数はSnone < Ssurface < Sbulkの順番で増加しました。特にSbulkでは、最も高いHCOOH生成が見られた一方で、COやCH4、C2H4といった他の反応生成物は抑制されていました。この結果は、表面のSは表面吸着*Hを増加させるのに対して、バルクのSは*COの後続反応を抑制させることでHCOOH生成を向上させることに対応していると考えられます。

図5. Cu0電極(Snone)、S2-存在下でのCu0電極(Ssurface)、CuS電極(Sbulk)でのCO2還元生成物の選択性。
(a)それぞれの生成物を得る上で消費された電子量と、全生成物に対するHCOOHの比率。(b)CO2還元生成物における各分子の比率。CO2還元は定電位条件(-1.2 V)で行った。

続いて、触媒活性に対するOの効果を検討するため、Cu電極とCu2O電極の生成物分析を行うことで、それぞれの電極の電気化学的CO2還元活性を調べました(図6)。Sの場合とは対照的に、Oの存在はH2やHCOOH生成には影響を与えず、一方で炭化水素、特にC2H4の生成を大きく向上させました。この現象は、CO2還元環境下においてCu2Oが部分的に還元されることで生成した、Cu0サイトとCu+サイトの存在に起因しています。

図6. Cu0電極とCu2O電極上でのCO2還元における生成物の選択性。
(a)各生成物を得る上で消費された電子量。(b)CO2還元生成物における各分子の割合。CO2還元は定電位条件(-1.2 V)で行った。

上記の結果を踏まえて、電位ステップ法によるCuS上のCO2還元において想定される反応機構を検討しました(図7)。電位ステップ法を適用したCO2還元は、以下の3つの反応経路で進行します。

(経路1)O-結合CO2からのHCOOH生成
(経路2-a)C-結合CO2から生成した*COO-およびその*CO中間体への還元によるCO生成、もしくは水素化、Cu0/Cu2O界面における二量化それぞれによるCH4、C2H4生成
(経路2-b)*COO-の水素化によるHCOO-生成。それぞれの反応経路で、脱離したSは、吸着*Hの生成とH2の発生を促進します。対照的に、バルクのSの存在は*CO種を安定化させ、経路2-bを抑制します。

図7. 電位ステップ法によるCuS上でのCO2還元における想定される反応機構

社会的インパクト

CO2の削減と資源としての利用は、カーボンニュートラルを達成させる上で解決すべき喫緊の課題です。本研究では、そうした課題を電気化学的な方法で達成可能な新規触媒材料として、金属硫化物に着目し、電位ステップ中の触媒表面の状態と各構成元素の役割を明らかにしました。本研究成果は、触媒研究の加速と、将来的な脱炭素社会の実現に向けた重要な基盤となるものです。

今後の展開

本研究を通して、CO2の有効活用の一手段として注目される金属硫化物を用いたCO2還元について、反応サイクル中に各構成元素が担っている役割に関して新たな知見が得られました。この知見を活かすことで、金属硫化物という身近で新たな材料群をベースとしたCO2資源化材料の開発につながります。さらに、本研究で適用した電位ステップ法は、金属硫化物上でのCO2変換だけでなく、他の反応系・触媒系にも適用可能であると予想され、触媒開発の分野に大きく貢献することが期待できます。

付記

本研究は、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「CO world: CO環境の生命惑星化学」計画研究課題(22H05153)、東工大基金(あすなろ研究奨励金)、公益財団法人 JFE21世紀財団、旭化成株式会社の助成により行われました。

用語説明

[用語1]
電位ステップ法:一定の電位を加える通常の電解測定とは異なり、2つの異なる電位を交互に加える手法。
[用語2]
金属硫化物:硫黄(S)と、金属元素とが化合した物質。
[用語3]
アニオン:負の電荷を持ったイオン。S2-やO2-など。
[用語4]
電気化学:電子のやりとりによる電気現象と、それに伴う化学変化を扱う物理化学の一分野。電池、燃料電池、めっきなどの表面処理、センサーなど多方面に応用され、環境対策の観点からも注目を集めている。
[用語5]
スケーリング則:ある量のスケール(尺度)を大きくしたり小さくしたりするときに起こる、他の量の変化に対する一定の法則。本研究においては、連続した化学反応によって最終生成物が生じるときに、反応中間体の吸着様式が類似していることが原因となって、各中間体が持つエネルギーの間に、y=ax+bのような一次式で表される線形関係が存在することを指す。これにより、各中間体のエネルギーを独立に最適化することが困難なため、潜在的な活性化エネルギーが存在することになる。
[用語6]
キャラクタリゼーション:物質や材料の化学成分、結晶構造、表面状態などを分析・調査すること。
[用語7]
その場分光測定:反応が起こっている最中に触媒のスペクトルを得る手法。
[用語8]
水熱合成法:高温・高圧の水中下で化学合成を行う手法。
[用語9]
可逆水素電極(Reversible Hydrogen Electrode: RHE):電極電位において、溶液のpHの影響を補正した電極電位。
[用語10]
X線回折(X-ray Diffraction: XRD):サンプルにX線を照射し、回折ピークを観察することで、サンプルの結晶相を同定する手法。
[用語11]
X線光電子分光測定(X-ray Photoelectron Spectroscopy: XPS):サンプルにX線を照射し、発生した光電子のエネルギーを測定することで、構成原子の状態を同定する手法。

論文情報

掲載誌:
Materials Advances
タイトル:
Investigation of the role of the anion during electrochemical CO2 reduction on copper sulfide (CuS) using the potential-step method
著者:
Akira Yamaguchi, Hisanobu Taga, Masahiro Miyauchi

研究者プロフィール

山口 晃 Akira Yamaguchi

東京科学大学 物質理工学院材料系 准教授
研究分野:電極触媒開発、機械学習、高温電気化学

山口 晃 Akira Yamaguchi

宮内 雅浩 Masahiro Miyauchi

東京科学大学 物質理工学院材料系 教授
研究分野:光エネルギー変換材料、光触媒、水素貯蔵材料

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