可視光応答型光触媒である直方晶四酸化三スズの高活性化

2026年2月10日 公開

マテリアルズインフォマティクスを活用した効率的な材料探索

ポイント

  • 可視光応答型光触媒である直方晶の四酸化三スズ(o-Sn3O4)を異種イオンのドープにより高活性化
  • マテリアルズインフォマティクス(MI)を活用し、安定にドープされる異種イオン種を効率的に予測
  • アルミニウムイオンをドープしたo-Sn3O4を合成し、可視光照射下での高い光触媒活性を確認

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の内田翔大学院生(研究当時)、関根悠太大学院生、張葉平助教、山口晃准教授、宮内雅浩教授、防衛大学校の田邉豊和准教授、三菱マテリアル株式会社の山口健志主席研究員らの研究グループは、アルミニウム(Al)イオンをドープ[用語1]した直方晶の四酸化三スズ(o-Sn3O4)が、高活性な可視光応答型の光触媒[用語2]として機能することを見いだしました。

o-Sn3O4は近年本研究グループが合成に成功した酸化スズの新しい結晶多形[用語3]です。o-Sn3O4は可視光応答型光触媒として機能することが知られていましたが、さらなる高活性化が求められていました。光触媒の活性向上には、結晶中に異種イオンをドープする手法が一般的に用いられますが、多数のイオン種候補を実験的に検証するには膨大な時間と労力が必要です。本研究ではマテリアルズインフォマティクス[用語4](MI)を活用し、幅広い異種イオンを対象としてドープしたo-Sn3O4の構造安定性を計算し、それに基づいてドープ可能なイオン種をスクリーニングしました。実際にこれらの物質の合成を試みた結果、計算で安定と予測されたイオン種ドープo-Sn3O4が安定に合成され、不安定と予測されたものはo-Sn3O4とは異なる結晶構造をとりました。合成に成功した試料の中でも、Alイオンをドープしたo-Sn3O4は、可視光の照射下で特に高い光触媒活性を示しました。本研究は、MIを用いた効率的な新材料開発の手法を示すとともに、高性能な新規可視光応答型光触媒材料の創出につながる成果です。

本成果は、2026年2月3日付の「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載されました。

図1. (a)機械学習原子間ポテンシャル[用語5](MLIP)による各種イオンをドープしたo‑Sn3O4生成自由エネルギー[用語6]の計算結果(生成自由エネルギーはドープしないo-Sn3O4の値を基準(ゼロ)とした)。
(b)、(c)はドープしていないo-Sn3O4とアルミニウムイオンをドープしたo-Sn3O4の走査型電子顕微鏡像。
(d)可視光照射下における水素生成量。

背景

光触媒は太陽光を利用して水から水素を生成することができますが、太陽光エネルギーの半分以上を占める可視光の利用が課題とされています。そのため、可視光で光触媒能を発揮する材料の開発が求められていました。その中で、近年、比較的安価で毒性が低く、安定な酸化物である酸化スズにおいて、可視光下で光触媒活性を示す物質が報告されています。特に、2価と4価のスズイオンからなる混合原子価酸化物である四酸化三スズのうち、直方晶の結晶構造を持つ物質(o-Sn3O4)が、当研究グループによって初めて合成されました[参考文献1]。o-Sn3O4は従来から知られる単斜晶の四酸化三スズ(m-Sn3O4)よりも広い可視光の波長域で、光触媒活性を示します[参考文献2]。本研究ではo-Sn3O4の光触媒活性をさらに高めるため、異種イオンのドープに注目しました。しかし、数多くの異種イオン種の候補から活性向上に寄与するものを探索し、実験的な合成で検証するには膨大な時間と労力を要します。そこで、本研究ではMIの手法の1つである機械学習原子間ポテンシャル(MLIP)を用い、異種イオンをドープしたo-Sn3O4の生成自由エネルギーを高速に計算し、安定にドープ可能なイオン種を予測しました。さらに、予測されたイオン種の一部について実際に実験でドープを試み、得られた試料の構造解析、および、光触媒活性の評価を行いました。

研究成果

MIの手法の1つであるMLIPは、材料科学と人工知能を融合した原子レベルの計算方法であり、量子化学計算に匹敵する精度を保ちながら、高速に材料の物性を予測できます。例えば、従来の量子化学計算手法である密度汎関数法[用語7]では、高性能なコンピュータを用いて数時間~数カ月を要していた計算を、MLIPでは数秒で実行することが可能です。本研究では、MLIPを用いて各種異種イオンをドープしたo-Sn3O4の構造安定性を計算しました。計算に用いた結晶構造のモデルを図2(a)、(b)に示します。o-Sn3O4の結晶中には2価のスズイオン(Sn2+)と4価のスズイオン(Sn4+)のサイトが存在します。本研究では、Sn2+とSn4+それぞれのサイトに約1原子パーセントの割合で異種イオンをドープしたモデルを構築し、MLIPによる生成自由エネルギーの計算を行いました。その結果を図2(c)に示します。ドープしていないo-Sn3O4の生成自由エネルギーの値を基準(ゼロ)として、それよりも負にあると安定、正にあると不安定と判定できます。例えば、ホウ素(B)、アルミニウム(Al)、ストロンチウム(Sr)、イットリウム(Y)などのイオンをSn2+やSn4+のサイトにドープした場合、ドープしていないo-Sn3O4よりも安定となり、合成が容易であると予測されます。一方、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)のような遷移金属イオンをドープすると構造が不安定化することが示されました。さらに、安定にドープ可能なイオン種について、Sn2+サイトかSn4+サイトのいずれにドープされた場合がより安定となるか比較したところ(図2(c)の赤色のプロットと青色のプロットの比較)、例えば、AlイオンはSn2+のサイトよりもSn4+のサイトに置換されやすいことが予測されました。

図2. 計算に用いたo-Sn3O4の結晶構造モデル
(a)Sn2+のサイト
(b)Sn4+のサイトに異種イオンをドープしたモデルで、ドープ量は約1原子%)
(c)生成自由エネルギーの計算結果

次に、MLIPの計算によって予測した異種イオンドープo-Sn3O4について、実際に水熱法[用語8]を用いて合成を試みました。既報の合成法[参考文献1]を基に、異種イオンの金属塩をスズイオンの量に対して5 mol%相当で反応容器に加え、水熱合成を行いました。MLIPの計算で安定、および不安定と予測されたものの双方について、複数試料の合成を試みました。得られた粉末のX線回折[用語9]パターンを図3に示します。MLIP計算で安定と予測された物質群(a)では、全ての回折ピークが直方晶のo‑Sn3O4に帰属されました。一方、遷移金属イオンをドープした物質群(b)については、単斜晶m-Sn3O4に帰属されるものやSn3O4以外の結晶相が生成されてしまいました。これらの結果は、MLIPの計算による予測とほぼ一致しています。例として、Alイオンをドープしたo-Sn3O4について、実際にドープされた量をICP発光分析[用語10]によって測定したところ、合成時の添加量である5 mol%よりも少ない0.16 mol%ではありましたが、Alイオンが確かに結晶中に取り込まれていることが分かりました。さらに、高角環状暗視野走査透過型電子顕微鏡法[用語11](HAADF-STEM)によりAlイオンがドープされているサイトを評価したところ、MLIPの予測どおり、Sn4+のサイトに優先的にドープされていることが分かりました。

図3. X線回折パターン:(a)はMLIPの計算で安定と予測された物質群、(b)は遷移金属が異種イオン種となる物質群の結果。

合成に成功したAl、Sr、Y、Bの各イオンをドープしたo-Sn3O4について、光触媒活性を評価しました。図4に可視光照射下における水素生成量を示した通り、Alイオンをドープしたo-Sn3O4の光触媒活性が飛躍的に向上しました。活性向上の一因である、ドープによる電子構造の変化について調べるため、光吸収スペクトルによるバンドギャップ[用語12]光電子収量分光[用語13]による価電子帯[用語14]の位置を評価したところ、Alイオンのドープの有無で大きな違いは認められませんでした。これらの結果から、光触媒活性の向上は、電子構造の変化ではなく、Alイオンのドープに伴う結晶性や微細組織の変化などが要因と考えられます。

図4. 各種イオンをドープしたo-Sn3O4とドープしていないo-Sn3O4に可視光を照射した場合の水素生成量。可視光の照射にはキセノンランプを用い、波長422 nm以下の光をカットするフィルターを介して、可視光のみが照射される条件とした。

光触媒活性の向上が確認されたAlドープo-Sn3O4について、合成時のAl塩添加量を変化させた試料を合成しました。ここでは、粉末試料よりも構造解析や光電気化学測定に適した薄膜状の試料を作製しました。既報の方法[参考文献2]と同様に、反応容器内に透明導電膜がコートされた基板を設置し、粉末の合成と同様の条件で水熱反応を行いました。Al塩の添加量を変化させて合成した薄膜試料の走査型電子顕微鏡(SEM)像を図5に示します。この結果、Al塩の添加量を増やすにつれて、直方晶状の結晶のサイズが大きくなることが分かりました。また、X線回折により結晶性を評価したところ、Alイオンをドープすることで結晶性が向上することが分かりました。

図5. Al塩の添加量を変化させて合成した薄膜状o-Sn3O4のSEM像

最後に、これらの薄膜試料に可視光を照射した場合の水素生成量を測定しました。この結果、Al塩添加量の増加とともに光触媒活性も向上し、添加量が5 mol%で最大の活性を示しました(図6)。活性が高かった理由を考察するため、Al塩の添加量5 mol%の試料と、ドープしていない試料に対して光電気化学インピーダンス測定[用語15]を行いました。この結果、ドープしない試料では、Alイオンをドープした試料と比較して全体的な電荷移動プロセスの効率が低く、バルクからの表面への電荷供給が制限されていることが示唆されました。すなわち、Alイオンのドープにより、電荷移動プロセスが改善され、光触媒活性の向上につながったと考えられます。一方、Al塩の添加量が10 mol%の場合は、5 mol%の試料と比べて光触媒活性が低下しました。図5のSEM像に示されたように、Al塩の添加量が増加すると結晶のサイズが大きくなります。このことからドープ量の多い試料では、光励起キャリアが拡散できる距離よりも結晶のサイズが大きくなるため、キャリアが表面に到達しにくくなり、結果として活性が低下したものと考えられます。

図6. Al塩の添加量を変化させて合成した薄膜状o-Sn3O4に対し、可視光を照射した場合の水素生成量。

社会的インパクト

本研究により、MIの手法の1つであるMLIP計算が、短時間で効率的に新物質を探索できるツールとなることが示されました。さらに、MLIP計算によって予測され、実際に合成に成功した新物質が、高感度な可視光応答型光触媒として機能することが明らかになりました。本成果は、今後、人工光合成や環境浄化などの応用につながることが期待されます。

今後の展開

今回用いたMIの手法は、光触媒材料の開発にとどまらず、さまざまなデバイス開発に向けた新物質探索ツールとして幅広く活用できます。また、本研究で開発したAlイオンをドープしたo-Sn3O4では、光触媒反応過程において、光吸収から電荷移動に至るプロセスが大きく改善されました。今後は、電荷移動の後段階にあたる表面での化学反応をさらに促進するため、目的の反応に応じた助触媒[用語16]の複合化などを進め、最適化を図る予定です。

付記

本研究は、東京科学大学に設置された「三菱マテリアル サステナビリティ革新協働研究拠点」における共同研究の一環として行われました。

参考文献

[参考文献1]
S. Liu, M. Miyauchi et al. Angew. Chen. Int. Ed. 62, e20230640, 2023.
[参考文献2]
Uchida, M. Miyauchi et al. ACS Appl. Mater. Interfaces 17, 32, 2025.

用語説明

[用語1]
ドープ:結晶中にごく少量の異種イオンを意図的に導入し、結晶の物性を制御、改変する操作。
[用語2]
光触媒:光を吸収し触媒作用を示す物質の総称。酸化チタンが代表的な光触媒として知られ、紫外線を照射することで水から水素を生成することができる。
[用語3]
結晶多形:同じ化学式で結晶構造の異なる物質。例えば、二酸化チタン(TiO2)ではルチル型やアナターゼ型構造の結晶多形が知られる。
[用語4]
マテリアルズインフォマティクス:データ科学、人工知能、計算科学を用いて、新材料の設計、探索、最適化を高速化する研究分野。英語ではMaterials Informatics(MI)と表される。
[用語5]
機械学習原子間ポテンシャル:原子の配列から物質の安定性や動き方を高速に予測するための計算モデル。高精度な量子化学計算の結果を「学習」させることで、同等の精度を保ちながら、計算時間を大幅に短縮することができる。英語ではMachine Learning Interatomic Potential(MLIP)と表される。
[用語6]
生成自由エネルギー:ある元素が単体で安定に存在する状態から物質を合成するのに要する自由エネルギー。この値が小さいと安定な物質で、合成が容易であると判定できる。
[用語7]
密度汎関数法:物質中の電子の振る舞いを「電子密度」で記述し、原子・分子・固体の電子状態や物性を計算する量子力学的手法。英語ではDensity Functional Theory(DFT)と表される。
[用語8]
水熱法:水を溶媒として、高温・高圧条件下で化学反応や結晶成長を行う合成方法。
[用語9]
X線回折:結晶性の物質にX線を照射し、回折されたX線の角度と強度を測定することで結晶構造や結晶性などを調べる分析手法
[用語10]
ICP発光分析:誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma: ICP)を用いて試料中の元素を励起し、発光スペクトルを測定することで、多元素を同時に定量分析する手法。
[用語11]
高角環状暗視野走査透過型電子顕微鏡法:走査透過型電子顕微鏡(STEM)において、試料を透過した電子のうち高い散乱角で散乱された電子のみを環状検出器で集めて像を形成する観察法。英語では、High-Angle Annular Dark-Field Scanning Transmission Electron Microscopy(HAADF-STEM)と表される。HAADF-STEM像の明るさは原子番号に依存する。
[用語12]
バンドギャップ:電子に占有された帯状軌道の上端と、非占有の帯状軌道の下端とのエネルギーの差。このエネルギー差よりも大きなエネルギーを持つ光を照射すると、占有軌道から非占有軌道に電子が励起する。
[用語13]
光電子収量分光:物質に光を照射したときに外部へ放出される光電子の数(収量)を、光のエネルギーの関数として測定する分光法。半導体の価電子帯の位置を評価することができる。
[用語14]
価電子帯:電子が占有されている帯状の軌道。光励起した場合、この軌道に正孔が生成する。
[用語15]
光電気化学インピーダンス測定:光を照射しながら試料に交流信号を印加し、そのときの電圧と電流の大きさおよび位相差からインピーダンス(複素抵抗)を求める測定法。光励起キャリアの生成・分離・輸送・界面反応の過程を、周波数ごとに分離して評価することができる。
[用語16]
助触媒:光触媒材料の表面に担持され、反応速度や選択性を向上させる役割を果たす材料。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
Computational and Experimental Realization of Metal-Ion-Doped Orthorhombic Sn3O4 for Visible-Light-Active Photocatalysis
著者:
Sho Uchida, Yuta Sekine, Yohei Cho, Akira Yamaguchi, Toyokazu Tanabe, Kenji Yamaguchi*, and Masahiro Miyauchi*

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