ポイント
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新開発の触媒により、プラスチック(PET)由来の物質から有用化学原料である「ギ酸」を生成することに成功
- 新触媒は、従来工程に比べ、高い選択性、安価、高耐久、低エネルギーを実現
- この「ギ酸」生成過程で、エネルギー消費を抑えた水素生成にも成功
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廃プラ・PETの高付加価値化による循環型化学製造(アップサイクル)と低エネルギー水素生成(クリーンなエネルギー社会)の双方を実現可能
概要
プラスチック(特にPET)は廃棄による環境負荷が深刻である一方、プラスチックを加水分解して得られるエチレングリコール(EG)[用語1]は有用な化学原料となっています。エチレングリコールの電気酸化は、従来、高価なプラチナ触媒や高いエネルギー消費を伴うことが多く、より安価で選択的、かつ耐久性のある触媒の開発が求められていました。
高知工科大学 理工学群の伊藤 亮孝教授、藤田 武志教授、サイキャット・ボーラー(Sikat Bolar)助教、東京科学大学 物質理工学院の宮内 雅浩教授、山口 晃准教授、ワン・メイイ(Wang Meiyi)(修士課程学生)らの研究グループは共同で、多元素酸化物(HEO)[用語2]に硫黄を導入することで、多元素酸硫化物(HEOS)[用語3]の新しい触媒を開発しました。この新触媒は、エチレングリコールの電気化学酸化反応において、高い活性と選択性を示し、主生成物として、有機合成や化学原料として価値が高いギ酸[用語4]が生成することが明らかになりました(図1)。
さらに、この反応を水電解の酸素発生反応(OER)の代替として用いることで、セル電圧が大幅に低減し、低いエネルギー消費で水素生成が可能であることが示されました。
これは、「廃プラスチックの高付加価値化学材料への転換(upcycling)」と「省エネルギーな水素生成」を同時に実現する有望な触媒技術を示したと言えます。
また、この開発触媒は、常温常圧下のプロセスで生成できるため、大量生産が容易であり、将来的には再生可能エネルギーと組み合わせれば「循環型の化学製造」と「クリーンなエネルギー社会」の実現の両方に貢献できる可能性があります。
この成果は、2026年3月3日、ChemSusChem に掲載されました。
研究成果
研究チームは、マンガン(Mn)・鉄(Fe)・コバルト(Co)・ニッケル(Ni)・銅(Cu)を基本元素とする多元素酸化物(HEO)に対し、室温で一段階的に硫黄を導入する手法により、多元素酸硫化物(HEOS)を合成しました。
このHEOSの走査電子顕微鏡像と元素マッピング(図2)を見ると、各元素が均一に混ざっていることが確認できます。硫黄の共有結合的な金属―硫黄相互作用により、酸素空孔[用語5]を安定化させ、遷移金属の高価数状態を維持することで、エチレングリコール(EG)の炭素間切断を促進する有利な電子状態を形成しました。
HEOSは、EGの電気化学酸化に対し、ラボ条件下で最大84.6%のファラデー効率[用語6]を示し、高い選択的ギ酸生成を達成しました(副生成物は検出限界以下)。
また、廃PETをアルカリ加水分解して得たPET由来EGを用いた二電極系実験でも、HEOSは選択的にギ酸を生成し、セル電圧(10 mAcm−2)は従来の水の電気分解(1M KOH)での1.57 Vに対し、EGを用いた系で1.37 Vと低下しました(図3)。これにより、省エネルギーでの水素生成とEGのアップサイクルを同時に達成することが可能です。実運転耐久性も良好で、H型セルで1.5 Vにて20時間運転後に初期活性の約92%を保持していました(図4、図5)。
HEOSは、RuO2より低い電圧でエチレングリコールの酸化が行える。
HEOSは高い電流で安定に維持する。
写真は、エチレングリコールが片方のセル(電極)ではギ酸に変換され、もう片方では水素が生成されていることを示す(「水素発生」側には気泡が確認できる)。
同位体実験[用語9]、DRT(分布緩和時間)の解析[用語10]等により、HEOSでは格子酸素関与機構(LOM)と吸着酸素機構(AOM)が併存し、硫黄で安定化した酸素空孔と多価遷移金属中心が協調して水素原子移動(HAT)[用語11]を加速し、短寿命の中間体を経由して効率的に炭素結合を切断してギ酸を作ることが示されました。
今後の展開
本技術は、化学産業と再生可能エネルギーを結びつける次世代電解プロセスへの応用が期待されます。捨てられているプラスチックを単に燃やすのではなく、価値ある化学品に変えつつ、水素の製造に必要な電力も節約できます。再生可能エネルギーと組み合わせれば、循環型の化学製造とクリーンなエネルギー社会の両方に貢献できる可能性があります。
今後は、触媒組成の最適化、不純物を含む実廃プラスチック原料への適用性評価、ならびに連続運転型電解セルへの展開を進める予定です。
付記
本研究は、東北大学金属材料研究所新素材共同研究開発センター共同研究(Proposal No. 202412-CRKEQ-0007)の一環として実施されました。
用語説明
- [用語1]
- エチレングリコール(EG):ポリエチレンテレフタレート(PET)の加水分解で得られる生成物であり、化学原料として広く用いられる。
- [用語2]
- 多元素酸化物(HEO:High-Entropy Oxide):複数元素(本研究では Mn, Fe, Co, Ni, Cu など)を同じ比率で混合して形成される酸化物。
- [用語3]
- 多元素酸硫化物(HEOS:High-Entropy Oxysulfide):多元素酸化物(HEO)に硫黄を導入して得られる酸硫化物。
- [用語4]
- ギ酸(ホルメート):エチレングリコール酸化の主生成物として得られる一炭素の酸化物である。アルカリ媒質中ではホルメートイオン(HCOO−)として存在し、有機合成や化学原料として価値が高い。
- [用語5]
- 酸素空孔(O-vacancy):酸素原子が欠損した格子欠陥であり、触媒の電子状態や吸着特性を変える。HEOSでは硫黄導入によりこれらの空孔が安定化され、中間体形成や水素移動(HAT)を促進する役割を果たすとされる。
- [用語6]
- ファラデー効率(Faradaic efficiency):ある生成物の生成に寄与した電荷量が、試験で流した総電荷量に占める割合。値が高いほど投入電流が目的の生成物の生成に効率よく使われていることを示す。
- [用語7]
- リニアスイープボルタンメトリー(LSV:Linear Sweep Voltammetry):電極電位を一定速度で連続的に掃引し、そのときに流れる電流を測定する電気化学測定法。触媒活性の立ち上がり電位や反応電流密度を評価する際に用いられる。
- [用語8]
- 定電圧耐久試験(Chronopotentiometry / Chronoamperometry):一定の電位または電流を長時間印加し、電極応答の時間変化を測定する試験。触媒の安定性や劣化挙動を評価する目的で行われ、実運転条件下での信頼性指標となる。
- [用語9]
- 同位体実験(Isotope labeling experiment):特定の原子を安定同位体(例:18O、2H)に置き換えて反応を行い、生成物や中間体中の同位体分布を解析する手法。反応に関与する原子の由来や反応経路を直接的に検証できるため、触媒反応機構の解明に広く用いられる。
- [用語10]
- DRT解析(Distribution of Relaxation Times):電気化学インピーダンス測定結果を、複数の緩和時間成分に分解して解析する手法。電極反応、電荷移動、物質拡散など、重なり合った反応過程を分離して評価でき、触媒反応の律速段階を明確にするのに有効である。
- [用語11]
- 水素原子移動(HAT:Hydrogen Atom Transfer):水素原子(プロトンと電子が対になった状態)が反応物間で移動する素反応過程。有機分子の酸化反応やC–C結合切断過程において重要な役割を果たし、本研究では酸素空孔近傍での反応促進機構として示唆されている。
論文情報
- 掲載誌:
- ChemSusChem
- タイトル:
- Sulfur-Stabilized High Entropy Oxysulfides Enable Efficient C–C Bond Cleavage in Ethylene Glycol Electrooxidation for Sustainable Plastic Upcycling to Formate
- 著者:
- Saikat Bolar, Akitaka Ito, Chunyu Yuan, Meiyi Wang, Akira Yamaguchi, Masahiro Miyauchi, Takeshi Fujita
関連リンク
東京科学大学 物質理工学院 材料系
教授 宮内 雅浩
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東京科学大学 総務企画部 広報課
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