原子層物質の機能を活用した熱電変換材料を開発

2026年6月30日 公開

超伝導体研究から生まれた新しい材料設計

ポイント

  • 原子層物質の機能を結晶材料で活用する新しい材料設計を提案
  • Fe原子が規則的に抜けたFeSe原子層を有する層状結晶を合成
  • 高効率な熱電変換に必要な高い熱電出力と極めて低い熱伝導率の両立を実現

概要

東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義教授、ホ・シンイ特定助教(兼務:神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)と、同大学 元素戦略MDX研究センターの神谷利夫教授の研究グループは、熱電材料とは一見無関係に思える超伝導体の研究から着想を得て設計した層状結晶TlFe1.6Se2(Tl:タリウム、Fe:鉄、Se:セレン)が、高効率な熱電変換材料として有望であることを明らかにしました。

工場や自動車などでの未利用熱を電力へ変換できる熱電変換技術は、カーボンニュートラル社会の実現に向けた重要なエネルギー変換技術です。しかし、高い発電性能を得るには、熱から大きな電力を取り出す「高い熱電出力[用語1]」と、発電の駆動力となる温度差が失われにくい「低い熱伝導率[用語2]」を両立する材料の開発が課題とされています。

超伝導体は一般に熱電出力が小さく、熱電変換材料としては注目されてきませんでしたが、近年、鉄系超伝導体[用語3]であるFeSeが極めて高い熱電出力を持つことが報告されています。その一方で、この優れた特性はFeSeの極薄膜に限られ、さらにFeSe自体は熱伝導率が比較的高いため、高性能熱電材料としての実用化は困難でした。

本研究では、FeSe原子層とTl層が交互に積み重なり、さらにFeSe原子層中にFe原子が規則的に抜けた構造(Fe空孔)を有する層状結晶TlFe1.6Se2に着目し、その熱電特性を調べました。その結果、TlFe1.6Se2は通常のFeSe結晶と比べて熱電出力が大幅に高いだけでなく、熱伝導率が著しく低いことが明らかになりました。さらに第一原理計算[用語4]により、Fe空孔の存在によって周囲の原子が変位し、原子同士の結合の強さが不均一になることで、熱を運ぶ原子振動の伝播が強く妨げられることが確認されました。これにより、TlFe1.6Se2は実用熱電材料よりも低い熱伝導率を示す、高効率な熱電変換材料として有望であることが分かりました。

本研究は、原子層物質の機能を結晶材料で活用する新しい材料設計の有効性を示したものであり、今後の高効率熱電材料の開発を加速することが期待されます。

本研究成果は4月30日に「Journal of Materials Chemistry A」誌に掲載されました。

背景

工場や自動車、発電所などから排出される未利用熱を電力へ変換できる熱電変換技術は、カーボンニュートラル社会の実現に向けた重要なエネルギー変換技術として期待されています。熱電変換では、材料の両端に生じた温度差を利用して電力を取り出します。そのため、高い発電性能を実現するには低い熱伝導率(温度差を維持する)と、高い熱電出力(温度差から大きな電力を生み出す)を兼ね備えた材料が求められます。しかし、これらの特性は一般に互いに両立しにくく、高い熱電出力を維持したまま、熱伝導率を低く抑えることは容易ではありません。そのため、このような特性を両立できる新しい熱電材料の設計指針の確立が求められていました。

超伝導体は電気抵抗がゼロとなることから、究極的に高い電気伝導率を実現できる物質として知られています。しかし一般に、ゼーベック係数[用語5]が小さいため、熱電出力(ゼーベック係数と電気伝導率の両方に比例する)が低く、熱電材料としてはほとんど注目されてきませんでした。ところが近年、鉄系超伝導体FeSeを原子1層レベルまで薄くした極薄膜において、従来のFeSe結晶を大きく上回る極めて高い熱電出力が報告され、大きな注目を集めています。このことは、原子層物質では、従来の結晶とは異なる特異な電子状態が発現し、高い熱電出力が得られる可能性を示しています。しかし、このような優れた特性は極薄膜でのみ報告されており、実用的なバルク結晶材料へ展開して、熱電材料とすることは困難でした。さらに、FeSeは比較的高い熱伝導率を示すことが知られており、高い熱電出力を示しても高性能熱電材料とはなりません。そこで研究グループは、FeSe原子層の高い熱電出力を活かしながら、熱伝導率を低減させる新たな材料設計を検討しました。

研究成果

1. 高い熱電出力と低い熱伝導率を両立する熱電材料を設計

研究グループは、FeSe原子層の高い熱電出力を維持しながら熱伝導率を低減させるため、AFe1.6Se2(A =アルカリ金属またはTl)に着目しました。AFe1.6Se2は、FeSe原子層とA層が交互に積層した層状構造を有しています(図1左)。この構造では、高い熱電出力が期待されるFeSe原子層が結晶中に周期的に組み込まれており、原子層物質が持つ優れた機能をバルク結晶材料へ取り込むための理想的なモデル系と考えられます。

さらにAFe1.6Se2は、結晶中にFe原子が規則的に抜けた構造(Fe空孔)を自然に有することも特徴です。Fe空孔の位置では原子間の結合が存在しないため、熱を運ぶ原子振動の伝播が妨げられ、熱の流れが抑制されると考えられます(図1右)。このようにAFe1.6Se2は、高い熱電出力を担うFeSe原子層と、低い熱伝導率を実現するFe空孔を同一結晶中に併せ持っていることから、両方の特性を持つことが期待されます。

図1. 本研究で提案した熱電材料設計の概念図。FeSe原子層による高い熱電出力(左)とFe空孔による低い熱伝導率(右)の両方を同時に実現する。

2. FeSe原子層の機能を活用した高熱電出力の実現

次に、今回提案した材料設計の有効性を検証するため、TlFe1.6Se2の多結晶体を合成し、熱電特性を評価しました。TlFe1.6Se2は、Fe空孔が規則的に配列した高品質試料を得やすいことから、本研究のモデル材料として採用しました。

合成したTlFe1.6Se2の熱電出力を調べたところ、FeSe結晶を大きく上回る熱電出力を示しました(図2(a))。この高い熱電出力の起源を調べるため、ゼーベック係数を評価したところ、TlFe1.6Se2はFeSe結晶と比べて著しく大きな値を示すことが分かりました(図2(b))。これらの結果は、高い熱電出力を示すFeSe原子層を結晶中に規則的に組み込むという、本研究の材料設計が有効であることを示しています。

一方、TlFe1.6Se2には、Fe空孔が規則的に並んだ「秩序相」と、配列が乱れた「無秩序相」が存在します。約180℃を境にFe空孔の配列状態が変化し、180℃以下ではFe空孔が規則的に配列した秩序相となります。この秩序相では、配列が乱れた無秩序相と比較してゼーベック係数が約3.5倍まで増大し、100 μV K-1を超える高い値を示しました(図2(b))。これは、Fe空孔が規則的に配列することで電子の振る舞いが変化しゼーベック係数がさらに増大すると考えられます。その結果として、熱電出力も無秩序相の約5倍まで向上し、FeSe結晶を大幅に上回る高い値を示しました。以上の結果から、FeSe原子層の導入に加え、Fe空孔の秩序化が熱電出力の向上に重要な役割を果たすことが明らかになりました。

図2. TlFe1.6Se2とFeSe結晶の(a)熱電出力および(b)ゼーベック係数の温度依存性。

3. 極めて低い熱伝導率の実現

提案した設計指針のもう1つの軸である、低熱伝導率化の有効性を検証するため、TlFe1.6Se2の熱伝導率を評価しました。TlFe1.6Se2の熱伝導率の温度依存性を調べたところ(図3(a))、約100℃ではFeSe結晶と比較して熱伝導率が約1/2.5まで低下しました。さらに温度を上げると、約180℃を境に、Fe空孔の配列が乱れた無秩序相へ転移し、熱伝導率はさらに約1/3まで低下しました。その結果、熱伝導率は最終的に約0.2 Wm-1K-1まで低下し、代表的な熱電材料であるBi2Te3やSnSe、Cu2Seと同等か、それ以下という極めて低い値を示しました。

この熱伝導率低減の起源を第一原理計算によって調べたところ、Fe空孔を含まないFeSeではFe–Se結合が強く、原子同士が均一につながっているため、熱を運ぶ原子振動がスムーズに伝搬し、熱が伝わりやすいことが分かりました。一方、TlFe1.6Se2ではFe空孔の存在によって周囲の原子が変位し、Fe–Se結合の強さにばらつきが生じることが分かりました(図3(b))。このような結合強度の不均一性は、熱を運ぶ原子振動の伝播を妨げるため、熱伝導率が大きく低下します。さらに無秩序相では、Fe空孔の配列が乱れることで原子レベルの不均一性が増大し、熱を運ぶ原子振動がより強く散乱されるため、熱伝導率がさらに低下したと考えられます。

図3. (a)TlFe1.6Se2とFeSe結晶の原子振動に由来する熱伝導率の温度依存性。(b)第一原理計算によって得られた原子間結合の模式図。

社会的インパクト

本研究は、これまで熱電材料としてほとんど注目されてこなかった超伝導体の知見を活用し、高い熱電出力を担うFeSe原子層と低い熱伝導率を担うFe空孔を組み合わせるという、新しい熱電材料設計指針を提案しました。従来は極薄膜でのみ報告されていた高い熱電性能をバルク結晶材料へ展開できる可能性を示した点に、この成果の大きな意義があります。本研究で得られた設計指針は、今回対象とした物質に限らず、様々な原子層物質や超伝導体関連材料を利用した新しい熱電材料の開発に展開できます。今後は、工場や発電所、自動車などから排出される未利用熱を高効率に電力へ変換する技術の実現に貢献することが期待されます。

今後の展開

今後は、元素置換や組成制御によるキャリア濃度の最適化を進めることで、さらなる熱電性能の向上を進めていきます。さらに、本研究で用いたTlFe1.6Se2に加えて、アルカリ金属を含む関連化合物や類似の層状構造物質へ研究を展開することで、より高性能な熱電材料の開発が可能になります。本研究で提案した設計指針は、原子層物質が示す優れた機能を結晶材料へ取り込む新しい材料設計の可能性を示すものであり、今後の熱電材料探索へ新たな着想を与えることが期待されます。

付記

この成果は、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)、神奈川県立産業技術総合研究所の戦略的研究シーズ育成事業、東京科学大学基金「Science Tokyoの星」、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B(JP26K01206)の助成を受けたものです。

用語説明

[用語1]
熱電出力:熱電材料が温度差から電力を取り出す性能を表す指標。熱電出力が高いほど、同じ温度差からより大きな電力を得ることができる。
[用語2]
熱伝導率:物質中の熱の伝わりやすさを表す指標。熱伝導率が低いほど熱が逃げにくく、発電の駆動力となる温度差を保ちやすいため、高効率な熱電変換に有利である。
[用語3]
鉄系超伝導体:鉄を含む結晶からなる高温超伝導体の総称。2008年に高い超伝導転移温度を示す鉄系超伝導体が発見されて以来、次世代の超伝導材料として盛んに研究されている。本研究で着目したFeSeは、鉄系超伝導体の中で最も単純な結晶構造を持つ物質の1つである。
[用語4]
第一原理計算:量子力学の基本原理に基づいた高精度計算。この手法を用いると、物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、構造の全エネルギーを計算でき、結晶や分子の構造や安定性なども予測可能になる。
[用語5]
ゼーベック係数:温度差によって生じる電圧の大きさを表す指標。ゼーベック係数が大きいほど、同じ温度差からより大きな電圧を発生させることができる。熱電出力はゼーベック係数の二乗と電気伝導率の積で決まるため、ゼーベック係数は熱電発電特性を左右する重要な指標である。

論文情報

掲載誌:
Journal of Materials Chemistry A
タイトル:
Simultaneous enhancement of power factor and suppression of thermal conductivity in bulk TlFe1.6Se2 via embedded atomically thin FeSe layers
(和訳:FeSe原子層を内包したTlFe1.6Se2における出力因子の向上と熱伝導率の抑制)
著者:
Xinyi He1,2, Katsuma Ogata1, Terumasa Tadano3, Hidenori Hiramatsu1, Toshio Kamiya1,4, and Takayoshi Katase1,*
(ホ・シンイ1,2、小縣 克馬1、只野 央将3、平松 秀典1、神谷 利夫1,4、片瀬 貴義1,*
1東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所
2神奈川県立産業技術総合研究所
3物質・材料研究機構
4東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター

研究者プロフィール

片瀬 貴義 Takayoshi Katase

東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 教授
研究分野:固体化学、半導体材料、エネルギー変換、薄膜デバイス

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