ポイント
- 横型熱電の鍵となる、結晶の向きで電子と正孔の伝導が切り替わる原理を提唱
- 大規模計算により、有望な57種類の横型熱電材料を新たに特定
- 廃熱を活用する次世代発電技術への応用に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 フロンティア材料研究所のヤン・ザン博士課程学生、ホ・シンイ特定助教(兼務:神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)、片瀬貴義教授と、同大学 元素戦略MDX研究センターの神谷利夫教授の研究グループは、電気通信大学の臼井秀知准教授と共同で、結晶の向きによって電子と正孔[用語1]の伝導が切り替わる特殊な半導体[用語2]の設計指針を確立し、横型熱電発電に有望な候補材料を見出しました。
現在、廃熱を電力として再利用する熱電変換技術[用語3]が注目されています。現在主流の「縦型」熱電素子では、高温熱源に電極を形成する必要があり、電極劣化による性能の低下が大きな課題となっています。これに対して、温度勾配に対して垂直な方向に発電できる「横型」熱電発電が注目されています。この方式を成立させるための鍵の一つが、結晶の向きによって電子と正孔の伝導方向が切り替わる「ゴニオ極性」半導体材料です。
本研究では、理論モデルにより、ゴニオ極性半導体が満たすべき電子構造[用語4]の条件を明らかにしました。具体的には、(i)電子と正孔の両方が伝導に寄与可能な適度に小さなバンドギャップ[用語5]を持つこと、(ii)結晶の向きによって電子と正孔の「動きやすさ」が大きく異なることが重要であることを示しました。この指針に基づき、材料データベースと第一原理計算[用語6]を組み合わせた大規模探索を行い、数千種類の候補材料の中から、横型熱電発電に有望な57種類の材料を抽出しました。その中から代表的な候補材料であるZrSe3を詳細に解析した結果、電子と正孔はそれぞれ異なる方向の原子の結合ネットワークを介して輸送されていることが分かりました。このように、電子と正孔の移動経路が結晶方向によって分離していることが、横型熱電特性の発現において本質的であることが明らかになりました。
横型熱電変換を可能にする材料設計指針と有望材料群が示されたことで、横型熱電材料の研究およびデバイス開発が大きく加速することが期待されます。
本研究成果は「Journal of The American Chemical Society 」誌に2月4日付(現地時間)に掲載されました。
背景
近年、先進国では、消費されているエネルギーの約6割が未利用のまま廃熱として捨てられています。このような廃熱を電気エネルギーとして回収し、再利用することを可能にする熱電変換は、温暖化の抑制や省エネに寄与する技術として注目を集めています。
現在実用化されている熱電変換デバイスの多くは、電子が伝導するn型半導体と正孔が伝導するp型半導体を交互に直列接続した素子を、温度勾配と平行方向に配置し電流を発生する「縦型」の素子構造をとっています(図1(a))。しかしながら、この構造では高温部に金属電極を配置する必要があるため、高温環境下での電極劣化が長期安定性の大きな課題となっています。また、p型・n型の異なる材料を集積する必要があり、素子構造や製造プロセスが複雑化するという問題も抱えています。
これらの課題を解決する新しい方式として、近年「横型」熱電変換が提案されています(図1(b))。横型熱電では、温度勾配を作った場合に横方向に発生する電力を電極で取り出すため、高温側に電極を配置する必要がありません。この構造により、高温環境下でのデバイス耐久性の向上が期待されるとともに、単一材料と1組の電極という簡単なデバイス構造になり、製造プロセスの簡素化や集積化の観点からも有利と言えます。一方で、横型熱電変換を実現するには、結晶の向きによって電気伝導を担うキャリアが電子または正孔で切り替わる「ゴニオ極性半導体」が必要ですが、そのような特異な電気伝導を示す材料はこれまでごく限られていました。
研究成果
1. 結晶の向きによって電子と正孔の流れが切り替わる電子構造の条件を解明
本研究では、同じ材料でありながら結晶の向きによって電子と正孔の伝導が切り替わる現象が、どのような電子構造のもとで生じるのかを理論的に検討しました。
まず、一般的な n 型半導体の電子構造を考えます(図2(a)の上図)。半導体には、電子が流れる「伝導帯」と、正孔が流れる「価電子帯」という二つのエネルギー領域があります。赤色の曲線が伝導帯、青色の曲線が価電子帯に相当しています。また、これらの曲線の傾きは、電子や正孔の「動きやすさ」を表しています。通常の n 型半導体では、主に電子が電気伝導を担い、どの結晶方向においても電子が支配的に流れます(図2(a)の下図)。
これに対し、ゴニオ極性半導体では、結晶方向によって支配的なキャリア種が変わる電子構造が必要となります(図2(b)の上図)。そのための第一の条件は、電子と正孔の両方が電気伝導に関与できることです。伝導帯と価電子帯の間隔、すなわちバンドギャップが十分に小さい場合には、熱エネルギーによって伝導帯には電子が、価電子帯には正孔が十分な数生成されるため、両者が電気伝導に関与することが可能になります。
第二の重要な条件は、結晶の向きによって電子や正孔の「動きやすさ」が大きく異なることです。図2(b)の上図に示すように、方向Aでは赤色の曲線の傾きが大きく、方向Bでは青色の曲線の傾きが大きくなっています。すなわち、方向Aでは電子が動きやすく、方向Bでは正孔が動きやすいという状況が生じると考えられます(図2(b)の下図)。
以上より、小さなバンドギャップによって電子と正孔の両方が電気伝導に関与可能であること、ならびにキャリアの動きやすさが結晶方向によって強く異なることを同時に満たすことが、横型熱電材料を設計するための本質的な条件であると結論づけました。
2. 設計指針に基づく横型熱電材料の網羅的探索
次に、1.で得られた電子構造の設計指針に基づき、Materials Project[用語7]に収録されている数万種類の既知無機化合物を対象として、計算機を用いた大規模な材料探索を行いました。その結果、従来は注目されてこなかった材料群の中に、多数の横型熱電材料の候補が存在することを見いだしました。図3には横型熱電材料として抽出された候補材料に含まれる元素の分布を周期表上に示しています。候補材料は硫黄(S)やセレン(Se)、リン(P)、アンチモン(Sb)などの元素を含む化合物に多く分布しており、加えてゲルマニウム(Ge)やスズ(Sn)を含む化合物が多いことが分かりました。また、図4には結晶の2つの異なる向きにおける電気出力とバンドギャップとの相関を示しています。両者の間には明確な相関が見られ、バンドギャップが小さい材料ほど高い電気出力、すなわち優れた発電性能を示す傾向が確認されました。これは、電子と正孔の両方が輸送に関与しやすい材料ほど、横型熱電特性が高くなることを示しており、1.で示した電子構造の設計指針を強く裏付ける結果です。特に、両方向で電気出力がともに大きい領域(図4の赤枠で囲った領域)は、横型熱電発電に適した材料領域であることを示しています。これらの解析を通じて、大きな電力を生み出せる横型熱電材料の有望候補として、最終的に57種類の材料を見いだしました。
3. 提案した設計指針が実在材料でも成り立つことを検討
代表的な横型熱電材料候補として抽出されたセレン化ジルコニウム(ZrSe3)について、結晶構造中における電子および正孔の伝導経路を詳しく解析しました(図5)。ZrSe3はZr原子と2種類のSe原子(Se(1)とSe(2))から構成されており、a方向とb方向で異なる結合ネットワークが形成されています。電子は主にSe(1) 原子からなる結合ネットワークを通して流れやすく、a方向に優先的な伝導経路を持ちます(赤矢印)。一方で、正孔は主にSe(2)原子を中心とした結合ネットワークを通って流れ、電子とは直行するb方向に優先的に輸送されます(青矢印)。このようにZrSe3では、電子と正孔が結晶中の異なる結合ネットワークを通って流れるため、結晶の向きによってキャリアの動きやすさが大きく異なります。その結果、ある結晶方向では電子が、別の方向では正孔が電気伝導を支配するという特異な電気伝導が実現できると期待されます。以上の結果は、提案した設計指針が実在材料においても有効であることを示しています。
社会的インパクト
本研究は、横型熱電変換を可能にする材料設計指針と有望材料群を提示することで、今後の実験的な横型熱電材料の研究およびデバイス開発を大きく加速することが期待されます。また、結晶の向きによって電子と正孔の伝導方向が異なるという特性は、熱電変換に限定されることなく、従来の半導体物性の枠組みを超えた新しい半導体デバイスの開発へと展開できる可能性を有しています。
今後の展開
今後は、本研究で抽出した有望候補材料について、単結晶および薄膜試料の作製を通じて、横型熱電特性の実証を進めます。さらに未探索材料や準安定相へと探索対象を広げることで、横型熱電材料の選択肢を一層広げたいと考えています。横型熱電材料開発の基盤を構築し、将来的なデバイス応用への展開を目指します。
付記
この成果は、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)、神奈川県立産業技術総合研究所の戦略的研究シーズ育成事業、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2180)、東京科学大学基金「Science Tokyoの星」、NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ(JPNP14004)、日本学術振興会 学術研究助成基金 挑戦的研究(開拓)(23K17342)の助成を受けたものである。
用語説明
- [用語1]
- 正孔: 負の電荷を持つ電子に対して、電子が抜けた孔が正の電荷を持つようにふるまう粒子が正孔であり、電気伝導の担い手(=キャリア)となる。
- [用語2]
- 半導体: 電気をよく通す金属と、ほとんど通さない絶縁体の中間的な性質を持ち、電子や正孔によって電気伝導が起こる材料。半導体は電子が流れるエネルギー帯(伝導帯)と正孔が流れるエネルギー帯(価電子帯)を持つ。電子が電気伝導を担う場合はn型、正孔が電気伝導を担う場合はp型と呼ばれる。
- [用語3]
- 熱電変換技術:熱電変換とは、電気を通す金属などの導体や半導体の一部に熱エネルギーを加え、温度差を与えることによって電圧を発生させ、そこから電気エネルギーを取り出す技術である。
- [用語4]
- 電子構造:結晶中で電子がどのエネルギーや結晶方向に分布し、どのように動きやすいかを表すもの。
- [用語5]
- バンドギャップ:半導体における、伝導帯と価電子帯とのエネルギーの差をバンドギャップと呼ぶ。バンドギャップが小さいと、熱エネルギーによって電子が価電子帯から伝導帯へ励起されやすくなり、電子と正孔の両方が電気伝導に関与しやすくなる。
- [用語6]
- 第一原理計算:量子力学の基本原理に基づいた高精度計算。この手法を用いると、物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、構造の全エネルギーを計算でき、結晶や分子の構造や安定性なども予測可能になる。
- [用語7]
- Materials Project:無機材料の結晶構造や電子構造などを、理論計算に基づいて体系的にまとめた公開データベース。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the American Chemical Society
- タイトル:
- Axis-Dependent Conduction Polarity: Design Principles and High-Throughput Discovery of Transverse Thermoelectrics
(和訳:軸依存伝導極性:横型熱電材料に向けた設計指針とハイスループット探索) - 著者:
- Zan Yang1, Xinyi He1,2, Hidetomo Usui3, Toshio Kamiya1,4, and Takayoshi Katase1,*(ヤン・ザン1、ホ・シンイ1,2、臼井秀知3、神谷利夫1,4、片瀬貴義1,*)
1東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所
2神奈川県立産業技術総合研究所
3電気通信大学 情報理工学域 共通教育部
4東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター - DOI:
- 10.1021/jacs.5c22733
研究者プロフィール
片瀬 貴義 Takayoshi Katase
東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 教授
研究分野:固体化学、半導体材料、エネルギー変換、薄膜デバイス
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