ポイント
- 発生初期の異種キメラ胚において、宿主マクロファージが生きた異種ドナー細胞を排除する新たな免疫障壁「ゼノファゴサイトーシス(異種食細胞作用)」を発見。
- ドナー細胞表面に露出する「Eat-meシグナル(ホスファチジルセリン)」が排除の引き金となることを解明し、CD47導入やATP11C強化などの回避技術を開発。
- 自然免疫による異種拒絶を制御することで、マウス体内でのラット膵臓(すいぞう)作製成功率を向上させ、将来的なヒト臓器再生への応用に期待。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 高等研究府 幹細胞治療研究室の中内啓光特別栄誉教授らと、スタンフォード大学の研究チームは、異なる動物の体内で臓器を作る胚盤胞補完法[用語1]において、注入した細胞が急激に排除されてしまう拒絶反応の正体を突き止め、その回避技術を開発しました。
研究チームは、獲得免疫(T細胞やB細胞など)が形成される前の胚発生初期(胎生9.5〜11.5日頃)に、宿主の最初の免疫細胞である原始マクロファージが、生きた異種細胞を異物として認識し積極的に丸呑みして排除する現象を発見しました。この現象を「ゼノファゴサイトーシス[用語2]」と命名しました。ドナー細胞が異種環境によるストレスで細胞内カルシウム濃度を上昇させると、脂質移動酵素(フリッパーゼ:ATP11C)の機能が停止し、細胞表面に“Eat-me”シグナルであるホスファチジルセリン[用語3]が露出します。これを宿主マクロファージのAxl(アクセル)受容体[用語4]が感知することが、異種細胞が生きたまま食べられてしまう直接的な原因であることが明らかになりました。
そして研究チームは、1. 宿主マクロファージの除去やAxlの欠損、2. ドナー細胞への“Don’t eat me”シグナル(CD47)の導入、3. ドナー細胞におけるフリッパーゼ(ATP11C)機能の強化、という新たな遺伝子操作アプローチを開発しました。これらの手法により、ドナー細胞の生存率は劇的に向上しました。さらに、ラット→マウスキメラ体内でのラット膵臓作製の成功率も改善しました。この現象はヒト→マウスの組み合わせでも実証され、宿主マクロファージを除去することで、ヒト細胞の生存率が向上することが確認されました。
本成果は、将来的にブタなどの家畜の体内で患者自身の細胞から人間の臓器を作り出し、移植臓器不足を解消する技術の実現に貢献することが期待されます。
この研究成果は、2026年6月5日(米国東部時間)付で、国際科学誌「Cell」のオンライン版に掲載されました。
背景
移植臓器不足を解決する有望な方法として、異種動物の体内で目的の臓器を作製する「異種胚盤胞補完法」が注目されています。この技術では、特定臓器を形成できない動物の受精卵に他種由来の多能性幹細胞(PSC)を注入し、ドナー細胞から臓器を形成させます[参考文献1]。これまでに、マウス体内でラット膵臓を作製し、機能的な膵島が糖尿病を改善することも示してきました[参考文献2]。
一方、異種間キメラ(ラットドナー細胞をマウス宿主胚に注入するラット→マウスキメラなど)では、同種間キメラ(マウス→マウスキメラなど)に比べてドナー細胞の寄与率が大きく低下する、あるいは発生が進まなくなる「異種の壁」が存在します[参考文献3]。これまでは発生速度や接着分子の違いなど、発生学的な不適合性が主な原因と考えられてきました。
今回研究チームは、ドナー細胞が急激に減少する時期が宿主胚で原始マクロファージが出現する時期と一致していることから、発生初期の自然免疫が異種細胞を排除する新たな障壁として働いている可能性に着目し、その解明を進めました。
研究成果
1. ゼノファゴサイトーシスの発見
研究チームは、ラット→マウス異種キメラ胚を解析し、宿主マクロファージが生きたラット細胞を取り込み排除していることを発見しました(図2)。この現象を「ゼノファゴサイトーシス」と命名しました。
排除された細胞の多くはアポトーシスを起こしておらず、生きたまま貪食されていました。これは、マクロファージが異種細胞を選択的に認識し、能動的に排除していることを示しています。
2. 異種細胞を排除する分子機構の解明
異種環境下では、ドナー細胞表面に“Eat me”シグナルであるホスファチジルセリンが異常に露出し、宿主マクロファージのAxl受容体に認識されることが分かりました。さらに、1. 宿主マクロファージの除去、2. “Don’t eat me”シグナルであるCD47のドナー細胞への導入、3. ドナー細胞での脂質移動酵素(フリッパーゼ:ATP11C)強化によるホスファチジルセリン露出抑制、という3つの回避戦略を開発しました。これによりマクロファージによる排除が抑制され、ドナー細胞の生着率が大きく向上しました(図3、図4)。
3.異種臓器作製効率の大幅改善
マクロファージ除去を組み合わせることで、マウス体内でのラット膵臓作製成功率が向上しました。
また、ヒト→マウス系でもヒト細胞の生存率向上が確認され、本手法がヒト臓器再生研究にも有効である可能性が示されました(図5)。
社会的インパクト
本研究は、異種胚盤胞補完において、発生初期の自然免疫が異種細胞を排除する新たな免疫障壁として働くことを初めて明らかにしました。
さらに、その回避技術によって異種キメラ形成や臓器再生効率を大幅に改善できることを示し、将来的な「家畜体内でのヒト臓器作製」の実現に向けた重要な基盤技術となります。
また、本研究で明らかになったマクロファージによる異種細胞排除機構は、近年進展しているブタ臓器の異種移植研究にも関わる可能性があり、移植医療全体への応用も期待されます。
今後の展開
今後は、ブタなどの大型動物を用いた異種胚盤胞補完に本技術を応用し、ヒト臓器再生の実現可能性をさらに検証していきます。
また、異種環境でドナー細胞にストレスが生じる仕組みや、自然免疫による排除機構の詳細を解明することで、より高効率かつ安全な異種キメラ形成技術の開発を目指します。
さらに、本研究で明らかになったマクロファージを介した異種拒絶機構は、異種移植や再生医療分野にも応用可能であり、将来的な移植医療の発展につながることが期待されます。
付記
本研究は、日本医療研究開発機構 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(基礎応用研究課題)「移植用ヒト固形臓器作出を目的とした協調的ヒト→動物キメラ作出技術の開発」(JP23bm1123041)、Leducq Foundationの支援のもとで行われました。
参考文献
- [参考文献1]
- Toshihiro Kobayashi, Tomoyuki Yamaguchi, Sanae Hamanaka, Megumi Kato-Itoh, Yuji Yamazaki, Makoto Ibata, Hideyuki Sato, Youn-Su Lee, Jo-Ichi Usui, A S Knisely, Masumi Hirabayashi, & Hiromitsu Nakauchi. "Generation of rat pancreas in mouse by interspecific blastocyst injection of pluripotent stem cells." Cell, 142(5), 787-799 (2010).
- [参考文献2]
- Tomoyuki Yamaguchi, Hideyuki Sato, Megumi Kato-Itoh, Teppei Goto, Hiromasa Hara, Makoto Sanbo, Naoaki Mizuno, Toshihiro Kobayashi, Ayaka Yanagida, Ayumi Umino, Yasunori Ota, Sanae Hamanaka, Hideki Masaki, Sheikh Tamir Rashid, Masumi Hirabayashi, & Hiromitsu Nakauchi. "Interspecies organogenesis generates autologous functional islets." Nature, 542(7640), 191-196 (2017).
- [参考文献3]
- Masaki, H., Kato-Itoh, M., Takahashi, Y., Umino, A., Sato, H., Ito, K., Yanagida, A., Nishimura, T., Yamaguchi, T., Hirabayashi, M., Era, T., Loh, K. M., Wu, S. M., Weissman, I. L., & Nakauchi, H. "Inhibition of Apoptosis Overcomes Stage-Related Compatibility Barriers to Chimera Formation in Mouse Embryos." Cell Stem Cell, 19(5), 587-592 (2016).
用語説明
- [用語1]
- 胚盤胞補完法:遺伝的な欠損により特定の臓器を形成できない動物(ホスト:宿主)の受精卵(胚盤胞)に、正常な多能性幹細胞(ドナー細胞)を注入してキメラ胚を作製し、ホストの体内でドナー細胞由来の欠損臓器を相補的に形成・再生させる技術。
- [用語2]
- ゼノファゴサイトーシス(Xenophagocytosis、異種食細胞作用):本研究で発見された、獲得免疫が成熟する前の発生初期(E9.5〜E11.5)の異種キメラ胚内で起こる新たな自然免疫学的障壁。ホスト(宿主)胚に存在する原始自然免疫細胞であるマクロファージが、生きた異種ドナー細胞を選択的に認識し、直接貪食・排除する現象。
- [用語3]
- ホスファチジルセリン:通常は細胞膜の内膜(細胞質側)に偏って存在するアミノリン脂質。異種胚環境下でドナー細胞が持続的なストレスを受け、細胞内カルシウムイオン(Ca2+)濃度が上昇すると、フリッパーゼの不活性化によって細胞膜表面に露出する。これが、ホストマクロファージなどの食細胞に対して“Eat me”シグナルとして働き、細胞の貪食を促す。
- [用語4]
- Axl(アクセル)受容体:マクロファージの細胞表面に発現するTAM受容体ファミリーのチロシンキナーゼ受容体。ドナー細胞表面に露出したホスファチジルセリンを認識して結合し、生きたドナー細胞の貪食(食細胞作用)を開始させる役割を担う。
論文情報
- 掲載誌:
- Cell
- タイトル:
- Xenophagocytosis blockade enhances interspecies chimerism
- 著者:
- Sicong Wang, Kouta Niizuma, Daniel Dan Liu, Fabian P. Suchy, Alyssa H. Chang, Saman Tabatabaee, Hideyuki Sato, Ayaka Yanagida, Hideki Masaki, Nathan Hidajat, Shota Homma, Masashi Miyauchi, Joydeep Bhadury, Carsten T. Charlesworth, Jinyu Zhang, Irving L. Weissman, Hiromitsu Nakauchi
研究者プロフィール
中内 啓光 Hiromitsu Nakauchi
東京科学大学 総合研究院 高等研究府 幹細胞治療研究室 特別栄誉教授
研究分野:再生医療、幹細胞生物学
関連リンク
東京科学大学 総合研究院 高等研究府 幹細胞治療研究室
特任准教授 正木 英樹
- masakih.sct@tmd.ac.jp
東京科学大学 総合研究院 高等研究府 幹細胞治療研究室
特別栄誉教授 中内 啓光
- sctlab@ml.tmd.ac.jp