異種動物内での細胞のふるまいを解明—再生医療に新たな手がかり

2025年5月30日 公開

ドナー細胞の遺伝子が“環境”に影響される仕組みを発見、臓器再生や移植医療への応用に期待

ポイント

  • 異種キメラ体内において、ドナー細胞の遺伝子発現が細胞内在性または外在性因子によって制御されているかを解明しました。
  • 小胞体ストレス応答に関与する遺伝子群が、異種環境に依存して外来性に制御されていることを発見しました。
  • インプリンティング遺伝子の発現が、母体の有無にかかわらず異種環境下で破綻していることを明らかにしました。
  • これらの治験は、異種環境におけるドナー細胞の寄与率を高める手法の開発や、臓器再生の成功率向上につながる可能性があります。

概要

これまで、細胞機能が、細胞内在性因子と外在性因子のいずれによって規定されるのかは、生物学における長年の疑問でした。東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 高等研究府 卓越研究部門 幹細胞治療研究室の中内啓光特別栄誉教授(スタンフォード大学教授兼任)と、大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)の西村俊哉特任講師(常勤)らの研究グループは、米国スタンフォード大学Dr. Fraser研究室との共同研究により多能性幹細胞(ドナー細胞)[用語1]着床前胚(ホスト胚)[用語2]へ移植することで作製した、マウス→ラットあるいはラット→マウスのキメラ胚[用語3]において、ドナー細胞およびホスト細胞の遺伝子発現を解析・比較しました。その結果、ドナー細胞の遺伝子発現が、細胞内在性因子(細胞自体)と外在性因子(周囲環境)のいずれによって制御されているのかを明らかにしました。本成果は、近年注目を集めている異種動物体内環境を利用したヒト臓器・組織作製(exogenesis)において障壁となっていた“異種の壁”の解明に貢献する可能性があります。

本研究成果は、国際科学誌「Cell Genomics」にて、2025年5月29日(現地時間)にオンライン版で発表されました。

細胞内在性あるいは外在性因子のどちらが種間の相違

図1. 本研究の概要図(左)および主な発見(右)

背景

細胞機能が、細胞内在性因子と外在性因子のいずれによって規定されるのかは、生物学における長年の疑問でした。たとえば、ウズラの神経提細胞をアヒル胚に移植した実験では、ウズラ細胞はアヒル胚においてもウズラ特有の発生様式を保持したままであり(内在性制御)、一方で移植片の周囲にあるアヒル胚の皮膚細胞はウズラ細胞の影響を受け、ウズラの皮膚細胞様の遺伝子発現を示す(外在性制御)ことが知られています。

このように、細胞機能が外在性または内在性因子によって制御されることは明らかになっているものの、適切なモデル動物が存在しないため、どの細胞がどの程度これらの因子影響を受けているのかを定量的に解析することは困難でした。
異なる動物種の細胞が同一個体内で機能的に共存する異種キメラ動物は、細胞が異種環境下でも独自の遺伝子発現を保持できるのか(内在性)、あるいは異種環境の影響を受けて遺伝子発現が変化するのか(外在性)を解析するのに適したモデルです。

また、中内教授らのグループがこれまで取り組んできた、幹細胞由来の機能的な臓器を誘導する胚盤胞補完法[用語4]や、近年注目されている異種動物由来の臓器移植においても、異種環境がドナー細胞あるいはレシピエント細胞の性質に影響を及ぼすかどうかは、極めて重要な課題です。

本研究では、ラット→マウスおよびマウス→ラットの異種キメラ動物を用い、ドナー細胞の遺伝子発現に対する異種環境からの外在性制御の影響の程度を解明することを目的としました。

研究成果

研究グループは、マウスまたはラットの多能性幹細胞をラットまたはマウス胚へ移植することで、マウス→ラットおよびラット→マウスの異種キメラ胎子を作製しました。これらのキメラ胎子から前脳、結合組織、脊髄を分離し、単一細胞RNAシーケンス(scRNAseq)によるトランスクリプトーム解析を行いました。

その結果、これらの組織に由来するさまざまな細胞が主に細胞内在性因子によって制御されていることが明らかになりましたが、約21〜28%の遺伝子発現については細胞外在性因子によって制御されていると推察されました(図2A)。
次に、この細胞外在性によって制御されている遺伝子群が特定のシグナル経路に関与しているかを解析したところ、Hsp90b1など、小胞体ストレス応答に関わる遺伝子の発言が上昇していることが確認されました。

さらに、細胞外在性制御が転写因子レベルにまで及んでいる可能性を検討するため、解析を行った結果、間葉系細胞などの特定の細胞において、小胞体ストレス応答に関与する転写制御因子Xbp1が、ほとんど細胞外在性に制御されていることが確認されました。また、Xbp1の標的遺伝子も同様に細胞外在性に制御されていることが明らかになりました(図2B)。
これらの結果から、Xbp1の細胞外在性制御がその標的遺伝子の制御にも及ぶこと、すなわち小胞体ストレス応答経路全体が細胞外在性によって制御され得る可能性が示唆されました。

また、研究グループは、いくつかのインプリンティング遺伝子[用語5]の発現が異種環境下で破綻していること見出しました。たとえば、Grb10の発現は、マウスおよびラット両方の軟骨細胞において、異種環境下ではほとんど認められず、GABA産生神経前駆細胞では、ラット由来の細胞のみで発現が消失していました。一方、GABA産生神経細胞では発現の変化は見られませんでした。

さらに他の組織やキメラ動物においても同様の発現異常が起こっているかを確認するため、他グループが報告している異種キメラ動物のデータを再解析しました。その結果、ラット由来ドナー細胞においてホストマウスの心筋細胞が補完された異種キメラ動物のすべての心筋細胞で、Grb10およびIgf2といったインプリンティング遺伝子が、ほとんど発現していないことが分かりました(図2C)。

加えて、体外で培養されたヒト→マカク異種キメラ胚の遺伝子プロファイルを解析したところ、マカク胚内に存在するヒト細胞において、PLAGL1などのインプリンティング遺伝子が異常に高発現していることが明らかとなりました(図2D)。

図2. 細胞外在性あるいは内在性因子が遺伝子発現に及ぼす影響
(A)細胞が各因子に制御されている割合
(B)Xba1発現の間葉系細胞における外因性因子制御
(C)異種あるいは同種環境におけるインプリンティング遺伝子(Grb10とIgf2)の発現
(D)体外培養されたヒト→マカク異種キメラ胚、マカク胚、ヒト胚におけるPLAGL1の発現

今後の展開

今回の成果により、異種環境下においてドナー細胞の遺伝子発現がどのように制御されているのかについて、その一端が明らかになりました。得られた知見は、これまで課題とされてきたドナー細胞の異種組織への低寄与率や、特定の臓器におけるドナー細胞由来臓器の作製が困難であることといった問題を解決する手法の開発に貢献できる可能性があります。

これにより、中内教授らのグループが目指す胚盤胞補完法を用いた臓器再生における主要な課題の解決にもつながることが期待されます。

付記

本研究は、日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点 C)「動物生体内環境を利用した移植用ヒト臓器の開発」(JP22bm1004002、研究代表者:中内啓光)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究B(21H02378、研究代表者:西村俊哉)による助成を受けて行われました。

用語説明

[用語1]
多能性幹細胞(ドナー細胞):胎盤などの組織(胚体外組織)を除く体中のさまざまな組織に分化する能力を持つ細胞。多能性幹細胞には2種類あり、受精卵に含まれる細胞を培養した細胞は「胚性幹細胞(ES細胞)」、体細胞に遺伝子を導入して人工的に樹立した細胞を「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」という。
[用語2]
着床前胚(ホスト胚):母体子宮に着床する前の発生段階にある受精卵の総称。
[用語3]
キメラ胚:2つ以上の遺伝的背景の異なる細胞によって構成された胚。1つの受精卵から異なる遺伝形質をもった細胞が出現するモザイク胚や、異なる遺伝形質を持つ動物同士の交配でできるハイブリッド胚とは異なる。キメラ胚は胚と胚の融合、胚への多能性幹細胞の注入により作製できる。
[用語4]
胚盤胞補完法:遺伝的に臓器が欠損する動物の受精卵(胚盤胞)に正常な多能性幹細胞を注入しキメラ動物を形成することで、欠損していた臓器を注入した多能性幹細胞が補完し、臓器欠損動物の体内に完全に多能性幹細胞由来の臓器を再生させる方法。
[用語5]
インプリンティング遺伝子:インプリンティングは遺伝子発現の制御の方法の一つである。一般に哺乳類は父親と母親から同じ遺伝子を二つ受け継ぐが、いくつかの遺伝子については片方の親から受け継いだ遺伝子のみが発現することが知られている。 このように遺伝子をインプリンティング遺伝子と呼ぶ。

論文情報

掲載誌:
Cell Genomics
タイトル:
Disentangling cell-intrinsic and cell-extrinsic factors underlying evolution
著者:
Alexander L. Starr, Toshiya Nishimura (Co-first), Kyomi J. Igarashi, Chihiro Funamoto, Hiromitsu Nakauchi, Hunter B. Fraser

研究者プロフィール

中内 啓光 Hiromitsu NAKAUCHI

東京科学大学 総合研究院 高等研究府 卓越研究部門 幹細胞治療研究室 特別栄誉教授
研究分野:再生医療

西村 俊哉 Toshiya NISHIMURA

大阪大学 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe) 特任講師(常勤)
研究分野:再生医療、獣医学

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