ポイント
- pHに応答して50倍伸縮するタンパク質リボンR-bodyの組み立てルートを解明
- 集合体内に少量しか存在しないタンパク質が、R-bodyの組み立てルートを決める重要な役割を果たすことを発見
- 周囲の環境変化に応じて動くタンパク質材料や、微小ロボットの設計への応用に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 生命理工学系の伊達弘貴大学院生、菊池幸祐助教、上野隆史教授らの研究チームは、pHに応答して約50倍もの伸縮を示すタンパク質リボン「R-body(アールボディー)[用語1]」について、70年ものあいだ謎だった形成メカニズムを明らかにしました。
計算科学やAIを用いたタンパク質デザイン[用語2]は急速に発展している分野であり、2024年のノーベル化学賞の対象にもなっています。しかし、機械のように動くタンパク質のデザインはいまだ困難であり、自然界に眠っている多彩なタンパク質マシンの基礎的な理解が求められています。
研究グループは、そうした天然のタンパク質マシンであり、酸性環境では中性環境の約50倍に伸びるタンパク質リボン「R-body(アールボディー)」の構造と動きが、その形成に関わる4種のタンパク質によってどのようにプログラムされているかを調べました。変異体設計と統合的な物理化学測定[用語3]の結果、主要構成タンパク質2種だけでは伸縮可能なR-bodyを形成できないことが分かりました。また、そうした主要構成タンパク質の凝集を防ぐうえで、少量しか含まれないタンパク質が「隠れた立役者」として機能することにより、変形可能なR-bodyマシンを作る組み立てルート[用語4]へ導くことを見いだしました。
ナノの部品から「カタチと動き」が生まれるまでを明らかにした本成果は、動的なタンパク質マシンの設計に向けて、部品だけでなく組み立てルートも考慮した新たな設計指針を示すものです。本研究で明らかにした組み立て原理を応用することで、環境を知覚しながら運動を生み出す新たなタンパク質マシンの創出につながると期待されます。
本成果は、生体分子化学領域の国際学術誌「Biomacromolecules(バイオマクロモレキュールズ)」に9月18日(現地時間)付で掲載されました。
背景
タンパク質は、外部刺激に応じて形を変え、力や運動を生み出す分子マシンとしても働きます。こうした分子マシン(タンパク質マシン)は微小ロボットや次世代材料への応用が期待されています。個々のタンパク質の構造を設計するタンパク質デザインの技術は、急速に発展しています。一方で、複数のタンパク質を正しく組み上げ、大きく、素早く、繰り返し動く集合体を作る方法は、十分に理解されていません。
タンパク質リボン「R-body」は、ゾウリムシの共生細菌などが作る天然のタンパク質マシンです。中性(pH 7)ではリボンが巻かれたロール状ですが、周囲が酸性(pH 5)になると急速に変形してらせん状のリボンになり、ロール状のときの約50倍の長さまで伸びるという、pH応答変形を示します(図1)。R-bodyは70年以上前に発見されましたが、その構成タンパク質である4種類のRebタンパク質[用語5]がどのように役割を分担して、伸縮可能な集合構造を組み上げるのかは未解明でした[参考文献1]。
研究成果
R-bodyは、4種類のRebタンパク質(RebA、RebB、RebC、RebD)の共発現によって形成されることがこれまで示唆されてきました。研究チームはこの野生型に加え、Rebタンパク質を選択的に欠損させた14通りの変異体すべてを作製しました。各変異体について、形と動きを観察するとともに、タンパク質の組成や層構造、二次構造、凝集状態を統合的に解析することで、各タンパク質がR-bodyの形成と伸縮機能に果たす役割を調べました。
1. 主要構成タンパク質ではないRebCとRebDが、R-bodyの組み立てを導く
細胞から単離した野生型R-bodyを分析すると、主にαヘリックス[用語6]からなる規則正しいラメラ構造[用語7]を持っていることが分かりました。また、RebDはわずか3%未満の少量成分として検出され、RebCは検出されませんでした。R-bodyに取り込まれる量だけを見ると、RebCとRebDは一見、目立たない存在です。ところが、RebCまたはRebDを発現しない変異体は、βシート[用語6]に富む凝集体を形成しました。さらに、14通りの変異体のうちRebCとRebDを発現する変異体(ADC、BDC、DC)のみが高頻度に細胞内でロール状の集合体を形成しました。 特に、RebCとRebDだけを発現する変異体のロールは野生型に特徴的なラメラ構造とαヘリックス性を示しました。
これらの結果から、野生型においてRebDは少量の構造成分としてαヘリックスからなる規則正しいラメラ構造の形成を支え、RebCは完成体には取り込まれずに形成過程を助ける集合因子として働くというモデルを提案しました(図2)。このようにRebCとRebDは、R-bodyを正しい組み立てへ導く「案内役」といえます。
2. ロール状の外観だけでは伸縮機能は生まれない
RebCとRebDを発現する変異体が形成したロール状集合体を単離しpH応答性を調べたところ、いずれも酸性条件で伸長しませんでした。伸長が確認されたのは、RebA、RebB、RebC、RebDの4種類がすべてそろった野生型だけでした。これにより、集合体の外観がロール状であるだけでは、R-bodyの伸縮機能は生まれないことが示されました。したがって、伸縮にはRebAとRebB両方が構成要素として必要であることが分かりました。
以上から、RebCとRebDが正しい組み立てルートを整え、RebAとRebBを伸縮可能なR-bodyへ導くという、4種類のタンパク質の役割分担が明らかになりました(図2)。こうしたことから、R-bodyの機能は、最終的な外観だけでなく、形成過程で生み出されるナノスケールの秩序によって決まることが示されました。
社会的インパクト
本研究で得られた組み立て原理は、目的に応じた形状変化を示すタンパク質集合体を設計するための礎となります。R-bodyは、機能改変や他材料との複合化によって、環境刺激に応答して展開し、薬剤を放出するトリガーや、微粒子輸送を担う微小電気機械システム(MEMS:メムス)[用語8])への応用が期待されます。また、R-bodyはDNAを設計図として、細胞内で合成できるため、製造・材料化手法が確立されれば、環境負荷を抑えた生産や、宇宙など資源が限られた環境での現地合成にもつながる可能性があります。
今後の展開
研究チームは今後、詳細な構造解析を通じて、各Rebタンパク質がどのように相互作用し、協働して役割を果たすのか分子レベルで明らかにすることを目指します。また、R-bodyが形成される仕組みに加え、約50倍もの大規模な変形が生み出されるメカニズムの解明も進めています。さらに、R-bodyから得られた形成・変形原理をマクロスケールの材料設計へ展開し、自律的に組み上がって環境刺激に応答するアクチュエータの構築につなげます。
付記
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP25H02254、JP26K17957、JP24KJ1093、JP25K24523)、科学技術振興機構(JST)ASPIRE(JPMJAP24B4)およびACT-X(JPMJAX25D5)の支援を受けて実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Pond, F. R., Gibson, I., Lalucat, J., and Quackenbush, R. L. “R-body-producing bacteria.” Microbiological Reviews, 53, 25–67(1989).
用語説明
- [用語1]
- R-body(アールボディー):ゾウリムシの共生細菌などが細胞内に作るタンパク質集合体。中性付近ではロール状であり、酸性になると長いらせん状リボンへ急速に伸長する。
- [用語2]
- タンパク質デザイン:もともと存在するタンパク質を改変したり、新しいタンパク質を一から設計したりすることで、目的とする構造や機能を持つタンパク質を創出する技術および研究分野。
- [用語3]
- 統合的な物理化学測定:異なる原理の測定法から得られる情報を組み合わせ、タンパク質集合体の形、内部構造、構成成分、動きを多角的に調べる方法。本研究では、電子・光学顕微鏡、タンパク質組成解析、X線散乱、赤外分光などを組み合わせた。
- [用語4]
- 組み立てルート:複数のタンパク質が相互作用し、中間体を経て最終構造へ組み上がる一連の過程。本研究では、機能するR-bodyへ至る経路と、凝集体へ外れる経路を区別している。
- [用語5]
- Rebタンパク質:R-body形成に関わる4種類の小型タンパク質(RebA~RebD、分子量約10 kDa)の総称。R-bodyは主にRebAとRebBからなる集合体と考えられてきた一方、RebCとRebDの役割は不明だった。
- [用語6]
- αヘリックス、βシート:タンパク質を構成する代表的な二次構造。αヘリックスはらせん状、βシートは伸びた鎖が並んだシート状の構造である。
- [用語7]
- ラメラ構造:薄い層が一定の間隔で規則的に重なった構造。本研究では、R-bodyの伸縮機能を支えるナノスケールの層状構造を指す。
- [用語8]
- 微小電気機械システム(MEMS:メムス):センサーやアクチュエータなどの微小な機械要素と電子回路を一体化したシステム。Micro-Electro-Mechanical Systemsの略。
論文情報
- 掲載誌:
- Biomacromolecules
- タイトル:
- Assembly-Pathway Regulation Dictates pH-Responsive Actuation in the R-body Protein Machinery
- 著者:
- Koki Date, Kosuke Kikuchi, Tatsuya Niwa, Hironari Kamikubo, Sota Masumura, Thuc Toan Pham, Keiichi Okisawa, Hideki Taguchi, Takafumi Ueno
研究者プロフィール
伊達 弘貴 Koki Date
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 博士後期課程3年
研究分野:タンパク質工学、タンパク質集合体、バイオマテリアル
菊池 幸祐 Kosuke Kikuchi
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 助教
研究分野:タンパク質工学、バイオ高分子、物理化学
上野 隆史 Takafumi Ueno
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
研究分野:タンパク質工学、バイオマテリアル、合成生物学
関連リンク
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東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系
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