ポイント
- ヒト呼吸器オルガノイドを用いて、RSウイルス感染に関与する受容体の重要性を比較・検証した。
- ICAM-1およびNCLの機能を抑制するとRSウイルス感染効率が有意に低下し、これらがRSウイルス感染に重要であることを示した。
- ICAM-1とNCLを同時に阻害すると感染がさらに強く抑制された。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 難治疾患研究所 人体模倣システム学分野の高山和雄教授、京都大学 iPS細胞研究所のAbeer Keshta博士課程学生らの研究グループは、ヒト呼吸器オルガノイド[用語1]を用いて、ICAM-1とNCLがRSウイルス感染に重要な役割を果たすことを明らかにしました。
RSウイルスは、細気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症を引き起こすウイルスであり、特に乳児や高齢者では重症化しやすいことが知られています。RSウイルスがヒトの細胞に侵入する際に利用する感染受容体[用語2]はいくつか報告されていますが、どの感染受容体がどの程度重要であるかは明らかになっていませんでした。
そこで研究グループは、先行研究で報告されている4つの感染受容体(ICAM-1、NCL、EGFR、IGF1R)の機能を抑制したヒト呼吸器オルガノイドにRSウイルスを感染させ、ウイルス感染効率を評価しました。その結果、ICAM-1およびNCLの機能を抑制することで、RSウイルスの感染効率が低下することが明らかになりました。さらに、ICAM-1とNCLを同時に抑制したヒト呼吸器オルガノイドでは、RSウイルスの感染効率がさらに低下することが分かりました。
本研究成果は、RSV感染機序の理解の進展に寄与することが期待され、今後の治療法や予防法の開発に役立つと考えられます。
本成果は、国際科学誌「Molecular Therapy Nucleic Acids」オンライン版において、2026年4月17日(現地時間)に発表されました。
背景
RSウイルスは、細気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症を引き起こすウイルスであり、特に乳幼児や高齢者では重症化しやすいことが知られています。近年、ワクチンや抗体医薬などの予防薬が次々と開発され、RSウイルスに感染した乳幼児や高齢者の重症化を防ぐための対策が増えつつあります。一方で、RSウイルス感染後の治療法は、依然として対症療法にほぼ限定されています。
RSウイルスは細胞に侵入する際、「Gタンパク質」と「Fタンパク質」という2つの表面タンパク質を利用します。特にFタンパク質は、ウイルスが細胞内に侵入するために重要な役割を担っており、現在開発されているワクチンや抗体医薬の多くも、このタンパク質を標的としています。ヒトの細胞に発現している「感染受容体」と呼ばれる分子が、このFタンパク質と相互作用し、ウイルスの細胞侵入を助けることが知られています。先行研究では、ICAM-1、EGFR、NCL、IGF1Rの4つの感染受容体が報告されていましたが、どれが最も重要であるのか、また複数が同時に関与しているのかについては、十分に解明されていませんでした。
本研究チームはこれまでに、ヒトiPS細胞[用語3]から作製した「ヒト呼吸器オルガノイド」が、RSウイルス感染モデルとして活用できることを報告しています[参考文献1]。本研究では、このヒト呼吸器オルガノイドを用いて、4つの感染受容体がRSウイルス感染にどの程度関与しているのかを検討しました。具体的には、特定の受容体をCRISPR-Cas9システム[用語4]という遺伝子改変技術によって欠損させた呼吸器オルガノイドや、受容体を阻害する中和抗体[用語5]を組み合わせて用いることで、それぞれの受容体の役割を比較しました。
本研究により、RSV感染機序に関する理解がさらに進展し、今後の治療法や予防法の開発に役立つことが期待されます。
研究成果
まず、CRISPR-Cas9システムを用いて、4つの感染受容体(ICAM-1、EGFR、NCL、IGF1R)を欠損(Knockout:KO)させたヒト呼吸器オルガノイドの作製を試みました。ICAM-1-およびEGFRのKO iPS細胞の作製には成功し、これらを呼吸器オルガノイドへ分化誘導することができました。一方で、NCLおよびIGF1RはiPS細胞の維持や体細胞への分化に重要な遺伝子であったため、KO呼吸器オルガノイドを作製することはできませんでした。
次に、ICAM-1-およびEGFRのKO呼吸器オルガノイドにRSウイルスを感染させ、感染96時間後に細胞内のRSウイルスヌクレオカプシド(N)遺伝子の発現量を解析しました(図1A)。その結果、ICAM-1-KO呼吸器オルガノイドでは、野生型(wildtype: WT)呼吸器オルガノイドと比較してRSウイルスN遺伝子の発現量が有意に低下していました。一方、EGFR-KO呼吸器オルガノイドでは、WT呼吸器オルガノイドと同程度の発現が認められました(図1B)。以上の結果から、ICAM-1は呼吸器オルガノイドにおけるRSウイルス感染に重要であることが示唆されました。
(B)感染96時間後に、RSウイルスヌクレオカプシド(N)遺伝子の発現量を解析した。**p<0.01。
NCLとIGF1Rについては、中和抗体を用いて機能を阻害しました。これらに対する中和抗体を作用させた呼吸器オルガノイドにRSウイルスを感染させ、感染96時間後に細胞内のRSウイルスヌクレオカプシド(N)遺伝子の発現量を解析しました(図2A)。その結果、NCLに対する中和抗体の作用により細胞内のRSウイルスN遺伝子の発現量が有意に抑制されました。一方で、IGF1Rに対する中和抗体の作用では、顕著な変化は認められませんでした(図2B)。以上の結果から、NCLも呼吸器オルガノイドにおけるRSウイルス感染に重要であることが示唆されました。
(B)感染96時間後に、RSウイルスヌクレオカプシド(N)遺伝子の発現量を解析した。**p<0.01。
これらの結果を踏まえ、ICAM-1およびNCLの抑制の併用効果を検討しました。ICAM-1-KO呼吸器オルガノイドにNCLに対する中和抗体を作用させた上でRSウイルスを感染させ、感染96時間後に解析を行いました。その結果、NCLに対する中和抗体を作用させたICAM-1-KO呼吸器オルガノイドでは、野生型およびICAM-1-KO呼吸器オルガノイドと比較して、細胞内のRSウイルスN遺伝子発現量(図3A)およびウイルス力価[用語6](図3B)がいずれも有意に低下していました。さらに、免疫蛍光染色解析により、NCLに対する中和抗体を作用させたICAM-1-KO呼吸器オルガノイドでは、RSウイルスFタンパク質陽性細胞が最も少ないことが確認されました(図3C)。
以上の結果から、ICAM-1とNCLを同時に阻害することで、ICAM-1単独の阻害よりも効果的にRSウイルス感染を抑制できることが示唆されました。
社会的インパクト
本研究では、ヒト呼吸器オルガノイドを用いて、RSウイルス感染に関与する複数の受容体のうち、ICAM-1とNCLが特に重要であることを示しました。RSウイルス感染症に対する治療薬が十分に開発されていない現状において、これらの分子を標的とした新たな治療戦略の展開が期待されます。
また、各個人におけるこれらの分子の発現量の違いや遺伝子変異に着目することで、個人差を考慮した治療法の検討や、重症化リスクの理解にも貢献する可能性があります。
今後の展開
今後は、呼吸器オルガノイドを用いてICAM-1とNCLの作用機序を解明し、RSウイルス感染機構の理解をさらに深める予定です。これらの受容体の複合的な役割を明らかにすることで、より効果的に感染を抑制できる新規治療法の開発を目指します。
付記
本研究は以下の支援を受けて実施されました。
- 日本医療研究開発機構(AMED)(JP21gm1610005、JP23jf0126002)
- 日本学術振興会(JSPS)研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)(JPJSCCA20240006)
- 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP25K11431)
- 学際領域展開ハブ形成プログラム(JPMXP1323015483)
- iPS細胞研究基金
参考文献
- [参考文献1]
- Hashimoto R, Watanabe Y, Keshta A, Sugiyama M, Kitai Y, Hirabayashi A, Yasuhara N, Morimoto S, Sakamoto A, Matsumura Y, Nishimura H, Noda T, Yamamoto T, Nagao M, Takeda M, Takayama K. Human iPS cell-derived respiratory organoids as a model for respiratory syncytial virus infection. Life Sci Alliance. 2025 Apr 22;8(7):e202402837. doi: 10.26508/lsa.202402837.
用語説明
- [用語1]
- ヒト呼吸器オルガノイド:幹細胞を三次元培養することで得られる、ヒトの呼吸器上皮細胞の多様性と立体構造を持つ細胞の集合体。
- [用語2]
- 感染受容体:ウイルスが細胞に接着して侵入する際に利用する、細胞表面に存在する分子。
- [用語3]
- ヒトiPS細胞:ほぼ無限に増殖可能な自己複製能と、さまざまな体細胞に分化できる多分化能を有する多能性幹細胞。
- [用語4]
- CRISPR-Cas9システム:標的DNA配列に相補的な配列を含むguide RNAと、DNA 切断酵素であるCas9 タンパク質を用いて、ゲノム上のほぼ任意の配列を切断し、遺伝子改変を行う技術。
- [用語5]
- 中和抗体:特定の分子の働きを阻害することで、その機能を抑制する抗体。
- [用語6]
- ウイルス力価:感染力を有するウイルスの数を定量的に評価した指標。
論文情報
- 掲載誌:
- Molecular Therapy Nucleic Acids
- タイトル:
- Dual inhibition of intercellular adhesion molecule-1 and nucleolin reduces RSV infection efficiency in human respiratory organoids
- 著者:
- Abeer Keshta, Rina Hashimoto, Yuki Kitai, Yoshitaka Nakata, Ayaka Sakamoto, Shimpei Gotoh, Makoto Takeda, Kazuo Takayama
研究者プロフィール
高山 和雄 Kazuo Takayama
東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 人体模倣システム学分野 教授
研究分野:生体医工学、感染症創薬