エムポックスウイルスの増殖を抑える遺伝子を発見

2025年11月26日 公開

2022年の流行株で働く「OPG175遺伝子」が細胞のWntシグナルを活性化し、感染の広がりを抑制

ポイント

  • 2022年の世界的アウトブレイクを引き起こしたエムポックスウイルス(MPXV)では、OPG175遺伝子が感染細胞で特に高く発現していることを発見しました。
  • OPG175遺伝子はWntシグナルを活性化し、ウイルスの複製を抑制する働きを持つことが明らかになりました。
  • この発見により、2022年アウトブレイク株の感染効率が従来株より低い理由の一端が示され、ウイルスの性状理解と新たな治療法開発への道が開かれました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 難治疾患研究所 人体模倣システム学分野の仲田吉孝特別研究学生、高山和雄教授らの研究グループは、2022年のエムポックスウイルス(MPXV)アウトブレイク株(2022 MPXV)と従来株を用いた感染実験を行い、2022 MPXV感染細胞で高発現するウイルス遺伝子を解析しました。

エムポックスは、エムポックスウイルス(MPXV)感染によって引き起こされる急性発疹性疾患です。これまで主に中央・西アフリカ地域で流行していましたが、2022年には世界的なアウトブレイクが発生しました。アウトブレイクを引き起こしたウイルス株(2022 MPXV)は、従来株とは異なる系統に属することが知られていましたが、そのウイルス学的性状についてはほとんど明らかにされていませんでした。

そこで研究グループは、MPXV従来株および2022 MPXVを細胞に感染させ、ウイルス遺伝子の発現量を解析しました。その結果、2022 MPXV感染細胞ではOPG175遺伝子が高発現していることが明らかになりました。さらに、OPG175遺伝子の機能を解析したところ、この遺伝子はWntシグナル[用語1]の活性化を介してMPXVの複製を負に制御している可能性が示唆されました。

本研究成果は、2022 MPXVのウイルス学的特徴に関する理解を深めるものであり、今後の感染機構解明や治療法開発への応用が期待されます。

本成果は、国際科学誌「iScience」オンライン版において、2025年11月19日(現地時間)に発表されました。

背景

エムポックスは、エムポックスウイルス(MPXV)感染によって発症する感染症であり、発疹や発熱などの症状を特徴とします。エムポックスはこれまで、主に中央および西アフリカ地域で散発的に流行していましたが、2022年5月にイギリスで報告された症例をきっかけに、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど各地で感染例の報告が相次ぎました。このアウトブレイクは、非アフリカ地域でエムポックスが広範に拡大した初めての事例であり、2022年7月に世界保健機関(WHO)は、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)[用語2]」を宣言しました。

この宣言は2023年5月に終了しましたが、それまでに世界で87,000人以上の患者が確認され、日本国内でも2025年11月までに259例が報告されています。

MPXVは、クレード[用語3]Ia、Ib、IIa、IIbの4つの系統に分類されます。2022 MPXVはクレードIIbに属し、従来株(クレードIaまたはIIa)と比べて致死性が低く、出現する発疹の数が少ないことが知られています。しかし、MPXV系統間のウイルス学的特徴の比較は十分に行われておらず、2022 MPXVについてもその詳細な解析が求められています。

研究グループはこれまでに、2022 MPXVの増殖効率や宿主応答を調べる目的で、MPXV従来株および2022 MPXVを用いた感染実験を実施しました[参考文献1]。その結果、2022 MPXVの感染効率が従来株よりも低いこと、また感染細胞における宿主遺伝子発現が変化していることが明らかになりました。

しかし、2022 MPXVの性状や宿主応答に関与するウイルス遺伝子については未解明のままでした。そこで本研究では、2022 MPXVのウイルス学的性状をさらに詳しく明らかにすることを目的として、MPXV従来株および2022 MPXVを用いた感染実験を行い、MPXV遺伝子の発現プロファイルを解析しました。

研究成果

本研究では、クレードIa、クレードIIa、およびクレードIIbの3系統のMPXVを細胞に感染させ、RNA-seq[用語4]解析により各MPXV遺伝子の発現量を比較解析しました。その結果、2022 MPXV感染細胞においてOPG175遺伝子が高発現していることを見出しました(図1)。

図1. 2022 MPXV感染細胞で高発現するMPXV遺伝子

OPG175遺伝子産物のアミノ酸配列は、ヒトのスーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)[用語5]タンパク質のアミノ酸配列と類似していることが知られていました。そこで、AlphaFold2[用語6]を用いてOPG175遺伝子産物の構造を予測したところ、OPG175がヒトSOD1と類似した構造を有する可能性が示唆されました(図2A)。さらに、OPG175遺伝子を導入した細胞内ではSOD活性が上昇したことから(図2B)、OPG175遺伝子産物がSOD様の酵素活性を有することが示唆されました。

図2. OPG175遺伝子産物の機能解析。(A)ヒトSOD1立体構造とOPG175予測立体構造の比較。(B)OPG175遺伝子およびヒトSOD1を導入した細胞内におけるSOD活性。*p<0.05、**p<0.01を示す。

次に、OPG175遺伝子がMPXV複製に及ぼす影響を検討しました。2022 MPXVの感染効率は、従来株と比較して低いことが確認されました(図3A)。また、OPG175遺伝子の発現をshRNA[用語7]により抑制したところ、MPXVのウイルス力価が上昇しました(図3B)。一方、OPG175遺伝子を過剰発現させると、MPXVのウイルス力価は低下しました(図3C)。これらの結果から、OPG175遺伝子はMPXVの複製を負に制御することが示唆されました。

さらに、OPG175遺伝子の発現が宿主細胞の遺伝子発現に与える影響を調べました。OPG175遺伝子を導入した細胞の遺伝子発現をRNA-seqで解析したところ、OPG175発現により発現が上昇する遺伝子群が認められました。これらの遺伝子についてエンリッチメント解析[用語8]を行った結果、OPG175発現細胞ではWntシグナル経路が活性化していることが明らかになりました(図4A)。また、Wntシグナルを活性化させた細胞にMPXVを感染させると、MPXVの複製が抑制されました(図4B)。

以上の結果から、Wntシグナルの活性化によってMPXV感染が阻害されることが示唆されました。

図3. OPG175遺伝子がMPXV感染に与える影響の解析。(A)MPXV従来株(クレードIa、クレードIIa)および2022 MPXVをHEK293細胞に感染させた。感染4日後にウイルス力価を測定した。**p<0.01を示す。(B)野生型HEK293細胞(control)およびOPG175に対するshRNA発現HEK293細胞(shOPG175)にMPXVを感染させた。感染4日後にウイルス力価を測定した。**p<0.01を示す。(C)コントロールプラスミド(pRP-CBh-control)およびOPG175発現プラスミド(pRP-CBh-OPG175)をHEK293細胞に導入し、MPXVを感染させた。感染4日後にウイルス力価を測定した。*p<0.05を示す。
図4. OPG175遺伝子が宿主遺伝子発現に与える影響の解析
(A)OPG175発現によって発現が上昇した遺伝子のエンリッチメント解析。
(B)Wntシグナル活性化剤(BIO)を作用させた細胞における細胞内MPXVゲノム量。**p<0.01を示す。

社会的インパクト

本研究により、2022 MPXVではOPG175遺伝子が高発現しており、Wntシグナルの活性化を介してMPXVの複製を抑制することが明らかになりました。このことから、OPG175遺伝子の高発現が、2022 MPXVの感染効率が従来株よりも低い要因の1つである可能性が示唆されます。

今回得られた知見は、2022年に世界的アウトブレイクを引き起こしたMPXV株のウイルス学的性状の理解を深め、今後の感染制御や治療戦略の検討にも貢献することが期待されます。

今後の展開

エムポックス患者に対する有効な抗ウイルス薬は、依然として改良の余地があり、さらなる創薬研究が急務となっています。今後は、本研究で得られた知見を活用し、新たな抗MPXV薬の開発に向けた研究を進めていく予定です。

付記

本研究は以下の支援を受けて実施されました。

  • 日本医療研究開発機構(AMED)(JP21gm1610005、JP23fk0108583、JP23jf0126002、JP24fk0108907)
  • 日本学術振興会(JSPS)研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)
  • iPS細胞研究基金

参考文献

[参考文献1]
Watanabe, Y., Kimura, I., Hashimoto, R., Sakamoto, A., Yasuhara, N., Yamamoto, T., Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)Consortium, Sato, K., & Takayama, K. (2023). Virological characterization of the 2022 outbreak-causing monkeypox virus using human keratinocytes and colon organoids. Journal of medical virology, 95(6)e28827. DOI:10.1002/jmv.28827

用語説明

[用語1]
Wntシグナル:細胞内の主要な情報伝達経路の1つであり、細胞の増殖や分化などの多様な現象を調節する。
[用語2]
国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC):世界保健機関(WHO)が宣言する、疾病の国際的な拡大が他国へ公衆衛生上のリスクをもたらし、国際的な協調対応を必要とする事態。
[用語3]
クレード:生物やウイルスの進化系統樹において、共通の祖先から進化した全ての子孫を含む単一の分岐(グループ)。
[用語4]
RNA-seq:次世代シーケンサーという高速解読装置を用い、細胞内に存在する全てのRNAを網羅的に解読し、遺伝子の発現量などを詳細に解析する技術。
[用語5]
スーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1):細胞内で発生する活性酸素の一種であるスーパーオキシドを分解する酵素。
[用語6]
AlphaFold2:タンパク質の設計図であるアミノ酸配列からその立体構造を高精度に予測するプログラム。
[用語7]
shRNA:細胞内で特定の遺伝子の発現を抑制するために用いられる、人工的に設計された短いヘアピン構造のRNA。
[用語8]
エンリッチメント解析:特定の生物学的機能や代謝経路に関連する遺伝子がある遺伝子群に統計的に有意に多く含まれているかを解析する生物情報学の手法。

論文情報

掲載誌:
iScience
タイトル:
Mpox virus OPG175 negatively regulates viral replication via controlling Wnt signaling
著者:
Yoshitaka Nakata, Masako Yamasaki, Yukio Watanabe, Keiya Uriu, Rina Hashimoto, Takuya Yamamoto, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, Kei Sato, Akatsuki Saito, Kazuo Takayama

研究者プロフィール

仲田 吉孝 Yoshitaka Nakata

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 人体模倣システム学分野 特別研究学生
研究分野:生体医工学、感染症創薬

高山 和雄 Kazuo Takayama

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 人体模倣システム学分野 教授
研究分野:生体医工学、感染症創薬

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教授 高山 和雄

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