ポイント
- 血液検査を行わずに、健診などで行われる一般的な心電図検査のデータを用いて糖尿病予備群を高精度に発見することができる新たなAIモデルの構築に成功しました。
- 腕時計型ウェアラブル端末で記録される心電図に相当する心電図(I誘導心電図)でも同様の精度が得られることを確認し、日常生活でのスクリーニングへの応用可能性を示しました。
- この技術により、「いつでも・どこでも・誰でも」糖尿病予備軍を検出できる新しい予防医療の形が実現可能となり、糖尿病の早期発見・発症予防に大きく貢献することが期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 分子内分泌代謝学分野(糖尿病・内分泌・代謝内科)の小宮力講師、兼田稜大学院生、山田哲也教授、同 AIシステム医科学分野の古賀大介研究員(現・佐賀大学 助教)、大野聡講師、清水秀幸教授らの研究チームは、東北大学 大学院医学系研究科 糖尿病代謝・内分泌内科学分野の片桐秀樹教授との共同研究により、健診などで実施されている一般的な心電図検査のみで糖尿病予備群を発見することができる新たなAIモデル「DiaCardia[用語1]」の構築に成功しました。
さらに、腕時計型ウェアラブル端末で計測される心電図に相当するI誘導心電図[解説1]を用いても、糖尿病予備群を発見できました。
本研究成果を発展させることにより、健診や病院で血液検査を行わなくても、いつでも・どこでも・誰でも糖尿病予備群を見つけることができ、糖尿病の予防に役立つことが期待されます。
本成果は、11月11日(現地時間)付でBMC社(Springer Natureグループ)が刊行する国際学術誌「Cardiovascular Diabetology」に掲載されました。
背景
糖尿病は自覚症状のないまま進行し、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患、失明や腎不全といった重篤な合併症を引き起こすことが知られています。その結果、健康寿命の短縮や生活の質の低下をもたらすだけでなく、医療費の増大や介護需要の増加を通じて社会全体にも大きな影響を及ぼします。
糖尿病は一度発症すると治癒が難しく、発症を予防することが最も重要です。しかし、予防の対象となる「糖尿病予備群」の発見には、現在のところ血液検査が必要です。ところが、健診受診率の問題や費用面の制約から、年1回の血液検査を実施することは必ずしも容易ではなく、十分なスクリーニングが行われていないのが現状です。
糖尿病は心不全の独立した危険因子[解説2]ですが、疫学調査[参考文献1]によって、糖尿病予備群の段階でも心不全発症リスクがすでに上昇していることが示されています。つまり、糖尿病予備群の段階から心臓に何らかの影響が生じていると考えられます。
しかし、病院などで一般的に行われている心電図検査や心エコー検査では、これまでその変化を検出することができませんでした。今回、本研究グループは健診で得られた心電図データを独自に構築した新規AIモデルで解析することにより、従来は気づくことができなかった心電図上の微細な変化を捉え、血液検査を行うことなく糖尿病予備群を発見することに成功しました。
研究成果
2022年に単一施設で健診を受診した18歳以上の方のうち、心電図、空腹時血糖値(FPG)、HbA1c(ヘモグロビン エーワンシー)[用語2]、および糖尿病治療の有無に関する情報を有する16,766件のデータを解析対象としました。心電図から算出された特徴量[用語3]をデータとして、FPG・HbA1c・糖尿病治療歴に基づき2群にラベル付けを行い、分類モデルを作成しました。さらに、2024年に異なるメーカーの心電計を使用して健診を受診した別施設のデータ(2,456件)を用いて、作成したモデルの外部検証も実施しました。
FPG が110 mg/dL以上、またはHbA1cが6.0%以上、もしくは糖尿病治療中の方を「糖尿病予備群/糖尿病群」(1,447件)とし、それ以外を「正常血糖群」(15,319件)と分類しました。群間比較(糖尿病予備群/糖尿病群vs正常血糖群)の結果、年齢(58.9 vs 47.1歳)、男性割合(60.2 vs 39.6%)、BMI(25.7 vs 22.5 kg/m2)、FPG(119.4 vs 86.7 mg/dL)、HbA1c(6.49 vs 5.42%)のいずれにも有意差(p <0.0001)が認められ、糖尿病予備群/糖尿病群の34.0%が治療を受けていました。
勾配ブースティング決定木[用語4]によって構築した機械学習モデル「DiaCardia」は、12誘導心電図[解説3]から得られる269項目の特徴量のみを用いて、糖尿病予備群/糖尿病を高い精度(AUROC[用語5]:0.851、感度85.7%、特異度70.0%)で検出することに成功しました(図1)。さらに、別施設の心電図データによる外部検証でもAUROC 0.785を示し、モデルの再現性と精度の確からしさが確認されました。
また、FPGやHbA1cの基準値を変化させた解析では、FPG 105 mg/dL、HbA1c 6.0%以上を基準としたときに予測精度が高く、この段階からすでに心臓に変化が生じていることが示唆されました(図2)。
さらに、年齢・性別・BMI・血圧・喫煙・飲酒など、心電図データに影響を及ぼすとされる因子を傾向スコアマッチング[用語6]で補正しても、AUROCは0.789を示しました。この結果から、DiaCardiaはこれらの因子の影響を受けず、糖尿病予備群に特有の心電図変化を捉えていることが確認されました(図3)。
本研究で用いたAI技術は、深層学習(deep learning)ではない機械学習(machine learning)であり、AIがどの特徴量を参考に判定しているかを解析することが可能です。その結果、aVL誘導のR波の高さや心拍数の変動が大きく影響していることが明らかになりました(図4)。これらはそれぞれ、インスリン抵抗性[用語7]に伴う左心室心筋量の増加や自律神経障害と関連していることが知られており、DiaCardiaの予測が生理学的にも合理的であることを裏付けています。一方で、これら以外にも多くの特徴量が関与していたことから、DiaCardiaによって新たに見いだされた糖尿病予備群/糖尿病に特有の心電図変化は、心臓における病態解明につながる可能性が示されました。
さらに、12誘導のうちI誘導[解説1]から得られる心電図特徴量のみで解析した場合でも、DiaCardiaはAUROC 0.844、感度82.3%、特異度70.2%と、12誘導心電図を用いた場合と同等の性能で糖尿病予備群を検出できました(図5)。
I誘導に相当する心電図は腕時計型ウェアラブル端末で取得可能であるため[解説1]、今後は実際に腕時計型ウェアラブル端末を用いた検証を進め、社会実装を目指したいと考えています(図6)。
社会的インパクト/今後の展開
過体重や肥満に伴う2型糖尿病は、日本だけでなく世界中で増加しており、深刻な健康問題であると同時に、社会的にも大きな課題となっています。しかし、その予防は容易ではありません。
今回得られた技術を発展させることで、いつでも・どこでも・誰でも糖尿病予備群を手軽に発見できるようになり、糖尿病の発症予防に大きく貢献することが期待されます。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2023)による支援を受けました。
科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業
片桐秀樹プロジェクトマネージャーからのコメント
本研究により得られた技術は、一般的な心電図検査のみで糖尿病予備群を発見できるものであり、さらに腕時計型ウェアラブル端末で計測される心電図のみでも糖尿病予備群を検出できることを示しています。
いつでも、どこでも糖尿病予備群を発見し、糖尿病の予防に役立つことが期待されるところで、本成果はムーンショット目標2の目的にまさに合致する、画期的な成果であると考えます。
参考文献
- [1]
- Xiaoyan Ca. et al. Prediabetes and the risk of heart failure: A meta-analysis. Diabetes Obes Metab. 2021 23(8):1746-1753 (2021).
用語説明
- [用語1]
- DiaCardia:心電図のみから糖尿病予備群を発見できる新規AIを、DiaCardiaと名付けた。Diabetes(糖尿病(名詞))とCardiac(心臓に関連する(形容詞))を組み合わせた造語。
- [用語2]
- HbA1c(ヘモグロビン エーワンシー):1~2カ月間の血糖変動の全てを反映する血液検査の項目。下図のように、糖尿病予備群では空腹時の血糖上昇より食後の血糖上昇の方が顕著に認められる。
- [用語3]
- 心電図から算出した特徴量:下図のように心電図の波形は、P波、Q波、R波、S波、T波など、と名づけられており、P波幅(単位:秒)、R波高さ(単位:ミリV)、T波幅(単位:秒)、T波高さ(ミリV)、などが計測され、特徴量として数値で表される。
- [用語4]
- 勾配ブースティング決定木:教師あり機械学習の代表的な手法の一つ。勾配ブースティングは、決定木をベースにしたアンサンブル学習法の一つで、一つ前の決定木が間違えた部分を補足するように新しい決定木の作成を繰り返し、予測モデルの精度を高めていく手法。
- [用語5]
- AUROC:機械学習で分類モデルを作成した際、モデルの精度を評価するための指標。
- [用語6]
- 傾向スコアマッチング:二群の間(本研究では、正常血糖群と糖尿病予備群)に存在する共変量(本研究では、年齢、性別、BMI、血圧、喫煙、飲酒)によるバイアスを低減し、注目する因子(本研究では血糖値の慢性的な上昇(=糖尿病予備群/糖尿病))による影響を、より正確に推定するための統計的手法。
- [用語7]
- インスリン抵抗性:インスリンが分泌されても筋肉や肝臓・脂肪細胞などで正常に働かなくなる(=インスリンによっても血糖を十分に低下させることができなくなる)状態。肥満や運動不足がインスリン抵抗性の原因になることが知られている。
解説
- [解説1]
- I誘導心電図:12誘導心電図(解説3参照)の測定の際、右手首と左手首の電極により測定される心電図(図左)。腕時計型ウェアラブル端末では、I誘導に相当する心電図が測定される(図右)。
- [解説2]
- 糖尿病は心不全の独立した危険因子:図のように糖尿病は心不全のリスクになることが知られている。
- [解説3]
- 12誘導心電図:左下図のように健康診断などで行われる一般的な心電図で、体に装着した10個の電極を通して、心臓の拍動に伴って生じる電気信号が測定される。各電極で検出した電気信号により、右下図のような心電図(I~Ⅲ誘導、aVR、aVL、aVF誘導、V1~V6誘導:計12誘導)が測定される。
論文情報
- 掲載誌:
- Cardiovascular Diabetology(インパクトファクター:10.6)
- タイトル:
- Artificial Intelligence Identifies Individuals with Prediabetes Using Single-Lead Electrocardiograms
- 著者:
- Daisuke Koga, Ryo Kaneda, Chikara Komiya*, Satoshi Ohno, Akira Takeuchi, Kazunari Hara, Masato Horino, Jun Aoki Rei Okazaki, Ryoko Ishii, Masanori Murakami, Kazutaka Tsujimoto, Kenji Ikeda, Hideki Katagiri, Hideyuki Shimizu**, Tetsuya Yamada(*Correspondence, **Correspondence)
- 今回発表したAIモデルについては、東京科学大学より特許出願済です(特願2024-166123, PCT/JP2025/33474)。
研究者プロフィール
小宮 力 Chikara Komiya
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 分子内分泌代謝学分野(糖尿病・内分泌・代謝内科)講師
研究分野:糖尿病や肥満症などの病態解明や検査・治療法開発
古賀 大介 Daisuke Koga
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 AIシステム医科学分野 研究員(研究当時)
現:佐賀大学医学部附属病院 医療研修センター 助教
研究分野:生命科学や医療のデータサイエンス・AI
兼田 稜 Ryo Kaneda
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 分子内分泌代謝学分野(糖尿病・内分泌・代謝内科)大学院生
研究分野:糖尿病や肥満症などの病態解明や検査・治療法開発
清水 秀幸 Hideyuki Shimizu
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 AIシステム医科学分野 教授
研究分野:生命科学や医療のデータサイエンス・AI
山田 哲也 Tetsuya Yamada
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 分子内分泌代謝学分野(糖尿病・内分泌・代謝内科)教授
研究分野:糖尿病や肥満症などの病態解明や検査・治療法開発
関連リンク
お問い合わせ
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 分子内分泌代謝学分野
教授 山田 哲也
- Tel
- 03-5803-5966
- Fax
- 03-5803-0261
- tyamada.mem@tmd.ac.jp
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 AIシステム医科学分野
教授 清水 秀幸
- Tel
- 03-5280-8630
- Fax
- 03-5280-8632
- h_shimizu.dsc@tmd.ac.jp
JST事業に関すること
科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業部
- Tel
- 03-5214-8419
- Fax
- 03-5214-8427
- moonshot-info@jst.go.jp