ポイント
- 「円偏光ガルバノ効果」について、結晶本来の極性に由来する光電流を選択的に観測
- 電気双極子の配列によって結晶の極性を制御し、極性の向きに応じてCPGE光電流の向きが反転することを実証
- 分子の選択によって光・電荷・スピンの応答を制御する、新たな光スピントロニクス材料への展開に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)理学院 化学系の成瀬泉心大学院生(研究当時)、黄柏融助教、谷口耕治教授らの研究チームは、分子の電気双極子を利用して極性を設計した2次元有機・無機ハイブリッドペロブスカイト(2D-OIHP)[用語1]において、結晶内部の極性に由来する円偏光ガルバノ効果(CPGE)[用語2]を選択的に観測することに成功しました。
CPGEは、円偏光[用語3]の方向(右回り・左回り)に応じて異なる電流が生じる現象です。スピン軌道相互作用[用語4]の強い物質では、電子の運動方向とスピン[用語5]が結び付くため、CPGEは光によるスピン偏極電流の生成手段として注目されています。しかし、従来のCPGE測定では、結晶表面と内部に由来する信号が重なり合うため、その起源を明確に区別することが困難でした。
そこで研究チームは、鉛ヨウ化物層と有機分子層が交互に積層し、分子の電気双極子の配列によって結晶内部の極性を制御できる2D-OIHPに着目しました。結晶の対称性と光の入射方向に着目し、円偏光を結晶表面に垂直に照射することで、表面由来のCPGEを抑え、結晶本来の極性に由来するCPGEを選択的に検出しました(図1)。さらに、右手型と左手型のキラル[用語6]分子を用いて作製した反対の極性の向きを持つ結晶を用いて測定を行ったところ、極性の方向の違いに応じてCPGE光電流の向きも反転しました。この結果は、分子の選択によって結晶内部の極性を制御し、それを介してスピンに関係した光電流の向きを制御できることを示しています。
本成果は、表面の影響を受けた光応答と、結晶本来の極性による光応答を区別する新たな実験的指針を与えるとともに、分子を利用して光・電荷・スピンを制御する光スピントロニクス材料の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、9月1日付(現地時間)の「Nano Letters」に掲載されました。
背景
光を電気信号へ変換する光電変換は、太陽電池や光センサーなど、さまざまなデバイスの基盤となっています。光には強度だけでなく「偏光」という自由度があり、電場が回転しながら進む円偏光には右回りと左回りがあります。この違いを電気信号として読み出すことができれば、新しい光情報処理や光エレクトロニクスなどへの応用が期待できます。
円偏光の回転方向に応じて電流が変化する代表的な現象として円偏光ガルバノ効果(CPGE)が挙げられます。空間反転対称性の破れた物質では、スピン軌道相互作用によって、電子の運動方向とスピンの向きが結び付いた「スピン-運動量ロッキング[用語7]」が生じる場合があります(図2a)。スピン-運動量ロッキングが生じている物質に円偏光を照射すると、右円偏光と左円偏光では、それぞれ異なるスピンを持つ電子状態が選択的に励起されます。さらに、スピンの向きと電子の運動方向が結び付いているため、励起される電子の運動方向にも偏りが生じ、外部電圧を印加しなくても光電流が発生します(図2b)。このためCPGEは、スピンに関係した電子状態を調べる手段であると同時に、光によってスピン偏極電流を生成する原理として注目されています。
しかし、CPGEの起源を明確に特定することには大きな課題がありました。その理由は、結晶の表面では結晶内部とは異なる対称性の破れが生じ、結晶内部だけでなく表面に由来するCPGEも発生し得るためです。このことから、従来の測定では両者の信号が重なり、観測した光電流が結晶内部の性質を反映したものなのか、表面の影響によるものなのかを区別することが困難でした。
研究チームは、この問題を解決する材料として2次元有機・無機ハイブリッドペロブスカイト(2D-OIHP)に着目しました。2D-OIHPは、わずか原子数個分の厚さの無機半導体層と有機分子層が交互に積み重なったナノスケールの層状構造を持ち、有機分子の選択によって結晶の対称性や極性を制御できる特徴があります。研究チームはこれまでに、電気双極子を持つ有機分子を規則正しく配列させることで、結晶内部に特定方向の極性を持つ2D-OIHPを開発してきました。
研究成果
本研究では、電気双極子を持つ有機分子PTEA+((p-tolyl)ethylammonium ion)からなる層と鉛ヨウ化物層が交互に積層された2D-OIHPを用いました。この物質では、有機分子の電気双極子が規則的に配列することで、結晶内部に特定方向の極性が生じます。
研究チームは、結晶本来の極性に由来する電子のスピン状態が、結晶表面での対称性の破れによって生じるスピン状態とは異なることに着目し、結晶の対称性と光の入射方向を利用することを考えました。具体的には、円偏光を結晶表面に垂直に照射することで、表面からの信号が抑えられ、結晶内部の極性に由来するCPGEのみを選択的に観測することに成功しました。右円偏光と左円偏光を照射すると、それぞれに応じた光電流が観測され、その方向依存性も結晶内部の極性から予想されるCPGEと一致しました(図3)。
さらに、右手型と左手型のキラル分子をそれぞれ結晶の構成成分として用いることで、分子のキラリティと連動して結晶本来の極性の向きが反対となる2種類の結晶を作製しました。その結果、極性の向きが反転するとCPGE光電流の向きも反転することが明らかになりました。これは、観測された光電流が結晶本来の極性に由来することを裏付けるとともに、用いる分子によって結晶の極性を変え、それを介して光電流の向きを制御できることを示しています。
社会的インパクト
今回の研究では、従来のCPGE測定で重なり合って観測されてきた、表面由来の光応答と結晶本来の極性に由来する光応答を、光の入射方向と結晶対称性を利用して区別する方法を示しました。具体的には、本研究で用いた結晶では、円偏光を結晶表面に対して垂直に照射することで、表面由来のCPGEが抑えられる一方、結晶本来の極性に由来するCPGEは観測できることが、結晶対称性から予測されます。研究チームはこの違いを利用して、結晶本来の極性に由来するCPGEを選択的に観測することに成功しました。
また2D-OIHPでは、有機分子の選択や配列によって結晶の対称性や極性を化学的に制御できます。本研究では、2D-OIHP結晶の内部の極性が、円偏光によって生成される光電流の向きを決定することを明らかにしました。将来的には、円偏光の状態を電気信号として読み取る光センサーや、光によって電子スピンを生成・制御する光スピントロニクス材料への展開が期待されます。
今後の展開
本研究により、2D-OIHPにおいて、分子の配列によって作り出した結晶極性とスピン依存光電流を直接結び付けられることが示されました。今後、有機分子や無機層の組み合わせを変えることで、より大きなCPGEを示す材料の開発が期待されます。
さらに、電場などの外部刺激によって結晶の極性を可逆的に反転できれば、それに伴ってCPGE光電流の向きを外部から切り替えられる可能性があります。分子による材料設計と外部刺激による制御を組み合わせることで、「光の偏光」「電子の電荷」「電子スピン」を相互に変換・制御する新たな機能材料へと発展することが期待されます。
付記
本研究は、科学研究費助成事業(JP23K26527、JP23H01834、JP25K17936)、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「キメラ準粒子(JP24H02234)」、日揮・実吉奨学会研究助成、豊田理研スカラー制度研究助成による助成を受けて行われました。
用語説明
- [用語1]
- 2次元有機・無機ハイブリッドペロブスカイト(2D-OIHP):原子レベルで薄い無機半導体層と有機分子層が交互に積み重なった層状物質。有機分子の選択によって、結晶構造や電子状態、光学特性などを幅広く制御できる。
- [用語2]
- 円偏光ガルバノ効果(CPGE):右円偏光と左円偏光を物質に照射した際に、偏光の回転方向に応じて向きや大きさの異なる電流が発生する現象。
- [用語3]
- 円偏光:光の電場の向きが、光の進行に伴って回転する偏光状態。回転方向によって右円偏光と左円偏光に分類される。
- [用語4]
- スピン軌道相互作用:電子の公転的な回転運動と電子が持つスピンとの間に働く相互作用。鉛などの重い元素を含む物質では強くなる傾向がある。
- [用語5]
- スピン:電子などの粒子が持つ固有の角運動量。電子の磁気的性質の起源の1つ。
- [用語6]
- キラル:物体とその鏡像を重ね合わせることができない性質。右手と左手の関係が代表例。
- [用語7]
- スピン-運動量ロッキング:電子の運動方向とスピンの向きが結び付いた電子状態。電子の運動方向によってスピンの向きが決まる。
論文情報
- 掲載誌:
- Nano Letters
- タイトル:
- Unambiguous Bulk Circular Photogalvanic Effect Enabled by Symmetry-Selective Excitation in Two-Dimensional Hybrid Perovskites
- 著者:
- Ichi Naruse, Po-Jung Huang, Kouji Taniguchi
研究者プロフィール
成瀬 泉心 Ichi Naruse
東京科学大学 理学院 化学系 修士課程2年(研究当時)
研究分野:固体物性化学
黄 柏融 Po-Jung Huang
東京科学大学 理学院 化学系 助教
研究分野:固体化学、分子物性
谷口 耕治 Kouji Taniguchi
東京科学大学 理学院 化学系 教授
研究分野:固体物性化学、固体物理学