電気でキラリティを操る:左右の区別をもたない材料に、右手型・左手型の性質を呼び出す

2026年3月6日 公開

材料の表面に現れるキラリティを電気で自在に制御することに世界で初めて成功

どんな研究?

レモンの香り分子や薬の効き目に関わる重要な性質に「キラリティ」があります。キラリティとは、例えば、右手と左手の区別があるという性質です。右手と左手は、どんなに向きを変えても同じ形にはなりません。このように、どうしても重ならない左右の違いがある状態をキラリティといいます。

分子の世界では、右手型と左手型の分子の基本的な化学的性質はよく似ています。しかし、生体への作用や光との相互作用などには違いが表れることが知られていました。

一方で、キラリティを持つ材料(キラルな材料)の中を流れる電子のふるまいに対しても、右手型と左手型の違いは大きな影響を与えることがわかってきました。キラルな材料では、電流を流すと電子に備わっている磁石の性質(電子スピン)の効果が現れるのです。そのため磁石の向きによって電気の流れ方が変わったりすることがわかってきました。

RomarioIen/Shutterstock.com

キラリティは、医薬品の機能など、私たちの生活の中で重要な役割を担う性質であるため、キラル物質を合成する手法の研究は盛んに行われてきました。しかし、物質は一度合成されていったん性質が決まると、その性質をあとから自由に変えることはできません。どうすれば、決まってしまった「左右」をあとから変えられるのか――それが長年の謎でした。

そこで東京科学大学(Science Tokyo)の谷口耕治(たにぐち・こうじ)教授らの研究チームは、二硫化モリブデン(MoS₂)という材料に注目しました。この材料はキラリティをもたない(=アキラル)一方で、電気の流れ方をコントロールしやすいという特徴があります。研究チームは、この材料とキラルな構造をもつ分子イオンを含む液体を組み合わせ、加える電圧を調整しました。すると、材料の表面に液体中のキラルなイオンと材料中の電子が集まり、キラリティをもった電気が流れる状態が現れました。電気の力によって、表面に現れるキラリティ、つまり右手型と左手型の性質を自在に変えられるのではないかと考えたことが功を奏したのです。

ここが重要

最大の壁は、「本当に電気でキラリティを操れるのか」をはっきりと示すことでした。単に表面に分子がくっつくだけなのか、それとも電気が流れるMoS₂の表面に、くっついた分子のキラリティが、電気が流れる表面の性質そのものを変えているのか――そこを見極める必要がありました。研究チームは、電子がもつ磁石の向きのかたよりや、磁場の中で電気の流れやすい向きが変化するといった、キラリティがあるときにだけ現れる特徴を丁寧に測定しました。そして、加える電圧を変えると、それらの特徴も連動して変化することを確認しました。その結果、電圧によってアキラルな材料表面にキラリティの性質を導入し、制御できることを世界で初めて実証しました。

今後の展望

この成果は、「キラルイオントロニクス」と呼ばれる、イオンの動きで物質の性質を操る新しい研究分野を切り開きます。電気の力で左右の性質を自在に切り替えられれば、電子の向きを利用した次世代の電子デバイスや、より高感度なセンサー、新しい情報処理技術の開発につながる可能性があります。

香りや薬で重要だった「左右の違い」が、今度はエレクトロニクスの世界で役割を果たすのです。今回の研究は、分子科学と材料科学をつなぐ一歩ともいえるでしょう。

研究者のひとこと

物質に「左右の性質」、すなわちキラリティを与えるには、化学反応を用いるのが常識とされています。そのような中で、単に電気によって分子を表面に集めるだけで、本当にキラリティを操ることが出来るのか――実は正直なところ、最初は自信がありませんでした。しかし、丁寧に実験を積み重ねていくうちに、推測は次第に確信へと変わり、最終的に確かな証拠を示すことができました。これまでにない新しい方法でキラリティを自在に設計できる世界を目指して、研究を続けていきたいと考えています。
(谷口耕治:東京科学大学 理学院 化学系 教授)

谷口耕治教授

この研究をもっと詳しく知るには

お問い合わせ

研究支援窓口