ポイント
- 歯科心身症患者756人をAQ・ASRSのスクリーニング結果から4群に分類したところ、645人(85.3%)は両方とも陰性で、一部の患者のみがAQ・ASRS陽性でした。
- AQ・ASRS陽性群では、抑うつ症状、中枢性感作関連症状、身体症状負担が大きく、両方陽性の群で最も高い値を示しました。
- 一部の歯科心身症患者では、特性に応じた説明や治療計画、自己管理支援などの個別対応や、必要に応じた精神科などとの連携が有用である可能性が示されました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 歯科心身医学分野のチェン・チンイー(陳沁一)大学院生、須賀隆行助教、豊福明教授らの研究チームは、歯科心身症[用語1]患者756人を対象に、ASD(自閉スペクトラム症)[用語2]関連特性を評価するAQ[用語3]とADHD(注意欠如多動症)[用語4]関連特性を評価するASRS[用語5]のスクリーニング[用語6]結果に基づいて、患者を4つのサブグループに分類する後ろ向き観察研究を実施しました。その結果、大多数を占める645人(85.3%)は、AQ・ASRSともに陰性でした。
一方、一部のAQ・ASRS陽性群では、抑うつ症状、中枢性感作関連症状[用語7]、身体症状の負担が大きく、両方が陽性の群で最も高い値を示しました。ただし、同群は15人と少数であり、結果は慎重に解釈する必要があります。また、診療録上のASD・ADHDの診断数よりも質問票で陽性となった患者数が多く、ASD・ADHD関連特性が十分に認識されていない患者がいる可能性も示唆されました。
本研究成果は、歯科心身症患者の大多数がAQ・ASRSともに陰性である一方、一部の患者では心理・感覚・身体症状の負担が大きく、説明や治療計画、自己管理支援などに個別の配慮を要する可能性があることを示しています。また、必要に応じて精神科などの専門医や心理職との連携を検討する際の臨床的な手掛かりとなります。ただし、質問票の陽性結果のみで診断や専門医への紹介、治療方針を判断することはできません。
本研究成果は9月22日付(現地時間)の「International Dental Journal」にオンライン掲載されました。
背景
歯科心身症には、舌痛症、口腔セネストパチー、非定型歯痛(非定型顔面痛)、Phantom bite syndromeなど、患者が強い口腔症状を訴える一方で、通常の歯科検査では症状を十分に説明できる所見が限られている病態が含まれます。同じ診断名であっても、症状の捉え方、感覚の過敏さ、心理的負担、治療への適応には個人差があります。診療では、症状の機序を説明するとともに、長期的な自己管理を支援することが重要ですが、画一的な説明や対応では十分でない患者もいます。
近年、ASD・ADHDに関連する神経発達特性が、感覚情報の処理、痛みへの注意、説明の理解、認知的柔軟性、自己管理などに関わる可能性が注目されています。こうした特性が一部の歯科心身症患者に認められる場合、症状の負担だけでなく、診療中のコミュニケーションや治療の継続にも影響し、個別の対応や他科との連携を要する可能性があります。しかし、歯科心身症患者において、AQとASRSで評価される特性がどのように重なり、抑うつ症状、中枢性感作関連症状、身体症状の負担とどのように関連するかは明らかになっていませんでした。そこで本研究では、質問票を用いて患者を探索的に層別化し、これらの症状との関連を検討しました。
研究成果
2023年4月1日から2025年3月31日までに東京科学大学病院 歯科心身医療科を初診した836人のうち、矯正歯科との合同診察例65人、質問票データの欠測例9人、歯科心身症以外の診断のみであった6人を除く756人を解析対象としました。平均年齢は61.2歳で、女性が79.9%を占めました。AQ・ASRSの組み合わせによる分類では、両方陰性が645人(85.3%)、ASRSのみ陽性が67人(8.9%)、AQのみ陽性が29人(3.8%)、両方陽性が15人(2.0%)でした。
AQ陽性とASRS陽性には有意な重なりが認められ、オッズ比は4.98(95%信頼区間2.54~9.75、p<0.001)でした。また、AQ得点と18項目のASRS合計得点との間にも、中等度の相関(Spearmanのρ=0.39)が認められました。さらに、診療録上でASDと診断されていた患者は8人(1.1%)であったのに対し、AQ陽性は44人(5.8%)でした。同様に、ADHDと診断されていた患者は9人(1.2%)であったのに対し、ASRS陽性は82人(10.8%)でした。これはASD・ADHDの診断率や有病率を示すものではありませんが、一部の患者では、関連特性が十分に認識・記録されていない可能性を示しています。
抑うつ症状(SDS)、中枢性感作関連症状(CSI)、身体症状の負担(SSS-8)は、4群間でいずれも有意な差が認められ、両方陽性の群で最も高い値を示しました。ただし、同群は15人と少数であり、結果の確かさには限界があるため、慎重に解釈する必要があります。年齢、性別、精神科既往、歯科心身症の診断などを調整した解析でも、AQ得点とASRS得点は、それぞれ独立してSDS・CSIの高値と関連していました。ただし、本研究の結果から、これらの関連について因果関係を示すことはできません。
社会的インパクト
本研究では、歯科心身症患者の大多数(85.3%)がAQ・ASRSともに陰性でした。その一方で、一部の患者では、ASD・ADHD関連特性と抑うつ症状、中枢性感作関連症状、身体症状の負担が重なり、通常の診療よりもきめ細かな配慮を要する可能性が示唆されました。本研究成果は、多様な歯科心身症患者の中から、個別の配慮や治療上の工夫を必要とする患者に気づくための新たな視点を提示するものです。
実臨床では、質問票を診断や一律の紹介基準として用いるのではなく、生活機能、症状の負担、診療場面での困難などを総合的に評価することが重要です。その上で、患者に合わせた説明方法、診療環境、治療計画、受診や自己管理への支援を検討し、必要に応じて精神科や発達特性に詳しい専門医、心理職などと連携することが考えられます。本研究は、こうした個別化した対応や多職種連携が、治療の継続、症状の負担、生活機能の改善につながるかを今後検証するための基盤となるものです。
今後の展開
研究チームは今後、(1)多施設・大規模研究により4群の特徴が再現されるかを検証すること、(2)正式なASD・ADHDの診断評価を組み込むこと、(3)症状の経過、診療の継続、治療への反応を縦断的に追跡することを目指します。特に、両方陽性の群は15人と少数であったため、より大きな集団で結果の確かさを検証し、どのような患者に、どのような臨床的配慮が必要かを明らかにしていきます。
さらに、AQ・ASRSを診断ツールではなく、患者を層別化するための補助的な情報として活用し、患者の特性に応じた説明方法や診療環境の調整、治療計画の個別化、継続的な自己管理支援、必要に応じた精神科などとの連携の有用性を前向きに検証します。治療の継続、患者の理解、症状の負担、生活機能などを評価し、実臨床で活用できる連携・支援体制の構築を目指します。
用語説明
- [用語1]
- 歯科心身症:口腔の痛みや違和感などの訴えが強い一方で、通常の歯科・口腔・全身の検査では、症状を十分に説明できる所見が認められない、または所見だけでは十分に説明できない病態の総称。本研究では、舌痛症、口腔セネストパチー、非定型歯痛(非定型顔面痛)、Phantom bite syndromeなどを含みます。
- [用語2]
- ASD(自閉スペクトラム症):ASDは、コミュニケーションや社会的なやりとり、興味・行動のあり方などに特徴がみられる神経発達症で、特性の現れ方や程度には大きな個人差があります。
- [用語3]
- AQ(Autism-Spectrum Quotient):ASD(自閉スペクトラム症)関連特性を自己記入式で評価する質問票。本研究では、合計33点以上をスクリーニング陽性としましたが、陽性であることのみをもってASDと診断することはできません。
- [用語4]
- ADHD(注意欠如多動症):ADHDは、注意の向け方や持続、活動性、衝動性などに特徴がみられる神経発達症で、特性の現れ方や程度には大きな個人差があります。
- [用語5]
- ASRS(Adult ADHD Self-Report Scale):成人のADHD(注意欠如多動症)関連特性を自己記入式で評価する質問票。本研究では、6項目からなるPart Aを用いてスクリーニングを行い、18項目の合計点についても連続量として解析しました。
- [用語6]
- スクリーニング:より詳しい評価を検討する手掛かりとなる結果であり、確定診断を意味するものではありません。偽陽性や偽陰性が生じる可能性があるため、診断には発達歴や臨床面接などを含む専門的な評価が必要です。
- [用語7]
- 中枢性感作:中枢神経系において感覚入力に対する反応が増幅し、痛みや不快感に過敏になると考えられている状態。本研究では、中枢性感作に関連する症状の負担をCSI質問票で評価しました。
論文情報
- 掲載誌:
- International Dental Journal
- タイトル:
- Neurodevelopmental Trait Subgroups in Medically Unexplained Oral Symptoms: A Retrospective Observational Study
- 著者:
- Qinyi Chen, Takayuki Suga, Trang Thi Huyen Tu, Satoshi Kasahara, Akira Toyofuku
研究者プロフィール
チェン・チンイー(陳 沁一)
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯科心身医学分野 大学院生
研究分野:歯科心身医学
須賀 隆行 Takayuki Suga
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯科心身医学分野 助教
研究分野:歯科心身医学
豊福 明 Akira Toyofuku
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯科心身医学分野 教授
研究分野:歯科心身医学