哺乳類が体内で「環状八硫黄S8」をつくることを発見
がん・老化・炎症・変形性関節症などの予防・治療法開発に期待
ポイント
- 哺乳類の細胞や組織が、これまで主に微生物や植物・真菌で知られていた元素硫黄の一種である環状八硫黄(S8)[用語1]を体内で生成し、貯蔵していることを明らかにしました。
- S8は、細胞内のエネルギー工場であるミトコンドリア[用語2]や脂質を蓄える脂肪滴[用語3]に多く存在し、特に脂肪滴に豊富に蓄積していることを発見しました。
- ヒトの乳がん[用語4]組織では、がんではない乳腺組織と比べてS8が著しく高く、乳がん患者の呼気中にも超硫黄分子[用語5]の上昇が認められました。
- 変形性膝関節症[用語6]モデルマウスの関節内に可溶化したS8を投与すると、関節組織の脂質の酸化が低下し、S8が関節の酸化ストレスを抑える新たな治療法につながる可能性が示されました。
概要
硫黄は生命に必須の元素であり、微生物では硫黄がエネルギー代謝や自然界の硫黄循環に重要な役割を果たすことが知られています。しかし、哺乳類が元素硫黄を体内で作り、利用しているかどうかは不明でした。今回、東北大学、秋田大学、東京科学大学らの研究グループは、ドイツのMax Planck研究所、島津製作所と共同で、ナノ分子カプセル[用語7]を用いた質量分析[用語8]とラマン顕微鏡解析[用語9]により、哺乳類の細胞や組織の中に環状八硫黄(S8)が存在することを明らかにしました。S8は、特に脂質を蓄える脂肪滴に多く蓄積していました。さらに、ヒトの乳がん組織ではS8が高濃度に蓄積していること、乳がん患者の呼気中にも超硫黄分子(HSSnH)が増えていることを見出しました。また、変形性膝関節症モデルマウスでは、可溶化したS8を関節内に投与することで関節組織の脂質の酸化が低下しました。本成果は、哺乳類がS8を体内でつくり、脂質に富む細胞内の場所に蓄えることで、細胞や組織を酸化ストレスから守っている可能性を示すものです。今後、S8を中心とした超硫黄分子の代謝を制御することで、脂質過酸化やフェロトーシス[用語10]が関与するがん、変形性関節症、炎症性疾患、老化関連疾患などの予防・治療法開発への応用が期待されます。
本研究成果は、2026年9月24日付けで国際学術誌Scienceに掲載されました。
背景
元素硫黄は、自然界の硫黄循環で重要な役割を担う重要な硫黄化合物です。細菌などの微生物では、元素硫黄をつくり、蓄え、エネルギー代謝に利用する仕組みがよく知られています。一方で、哺乳類が元素硫黄を体内でつくり、細胞の中に蓄えて生命機能に利用しているかどうかは長らく分かっていませんでした。
近年、哺乳類の細胞内では、複数の硫黄原子(S)がつながった「超硫黄分子」(RSSnH/R’)がつくられ、エネルギー代謝、酸化ストレスへの防御、感染防御、細胞死の制御などに関わることが分かってきました。研究グループは、この超硫黄代謝の中で、安定な元素硫黄の同素体であるS8も哺乳類の体内で重要な働きをしているのではないかと考えました。
研究成果
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所の吉沢道人教授およびカッティ・ロレンツォ(Lorenzo Catti)助教、東北大学 大学院医学系研究科レドックス分子医学分野の赤池孝章国際卓越教授、秋田大学 大学院医学系研究科の松永哲郎教授らの研究グループは、ドイツのMax Planck研究所、株式会社島津製作所らと共同して、S8を選択的に捕まえて安定化する分子カプセルを用いた質量分析法を開発し、細胞や組織の中にあるS8を測定しました。さらに、ラマン顕微鏡を用いて、細胞の中でS8がどこに存在するかを直接観察しました。
その結果、S8は細菌や酵母だけでなく、マウスおよびヒト由来の哺乳類細胞・組織にも存在することが分かりました。特に、S8はミトコンドリアや脂肪滴に多く、脂肪滴では高濃度に蓄積していました。脂肪滴は、これまでに主に脂質を蓄える場所として考えられてきましたが、本研究により、S8を蓄える場所としても働くことが示されました(図1左上)。
さらに、S8の産生には、血管の働きに関わる酵素として知られる血管内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)が関与することも分かりました。eNOSは従来、一酸化窒素(NO)をつくる酵素として知られていましたが、本研究により、S8の産生にも関わる新しい働きが示されました(図1右上)。
本研究では、ヒト乳腺組織と乳がん組織を解析し、乳がん組織の脂肪滴にS8が著しく蓄積していることを見出しました。特に、同じ患者のがんではない乳腺組織と比べて、乳がん組織ではS8濃度が高く、100 mM(ミリモル)を超える非常に高濃度に蓄積する例も確認されました。また、乳がん患者の呼気を冷やして集めた呼気凝縮液を解析したところ、健常者と比べて超硫黄分子が増えていました(図2)。これらの結果は、乳がん組織の周りの脂質に富む環境で、S8や超硫黄分子の代謝が変化している可能性を示しています。将来的には、がんの周囲環境の理解や、呼気を使った体への負担が少ない検査法の開発が期待されます。
S8の働きを調べるため、研究グループは細胞内のS8を減らす実験と、反対にS8を補う実験を行いました。その結果、細胞内のS8が減ると、脂質の酸化が増え、フェロトーシスと呼ばれる鉄依存性の細胞死が起こりやすくなりました。一方、S8を細胞内に補うと、脂肪細胞や血管内皮細胞でフェロトーシスが抑えられました。さらに、S8は細胞内に多く存在するグルタチオンと反応し、抗酸化活性を持つ超硫黄分子をつくることが分かりました。これによりS8は、脂質の酸化の連鎖反応を抑え、細胞を酸化ストレスから守る働きがあると考えられます(図1左下)。
脂質の酸化やフェロトーシスは、変形性関節症の進行にも関わることが報告されています。本研究では、変形性膝関節症モデルマウスを用いて、S8が関節組織を守るかどうかを調べました。その結果、可溶化したS8を関節内に投与すると、関節組織における脂質過酸化マーカーである4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)が低下しました(図3)。これは、S8が変形性関節症に伴う関節組織の酸化ストレスや軟骨変性を抑える可能性を示しています。今後、S8やS8から生じる超硫黄分子を利用した新しい関節疾患治療法の開発が期待されます(図1右下)。
今後の展開
本研究により、哺乳類が体内でS8をつくり、ミトコンドリアや脂肪滴などの脂質が多い場所に蓄えることで、細胞や組織を酸化ストレスから守っている可能性が明らかになりました。今後、S8が体内でどのようにつくられ、どこに蓄えられ、必要な時にどのように働くのかをさらに詳しく調べることで、これらの病気の診断・予防・治療法の開発につながることが期待されます。特に、乳がん組織でのS8が多く蓄積していたことや、乳がん患者の呼気中で超硫黄分子が増えていたことは、がん細胞の周りで起こる代謝変化の理解や、呼気を使った体への負担が少ない検査法の開発につながる可能性があります。また、変形性膝関節症モデルでS8の投与により関節組織の脂質の過酸化を抑えられたことから、S8を利用した新しい関節疾患の治療法への応用も期待されます。
S8を捕まえる分子カプセルを用いた質量分析法とラマン顕微鏡解析により、哺乳類の組織や脂肪滴にS8が存在することが分かった。脂肪滴に蓄積したS8は、グルタチオン(GSH)などと反応して抗酸化作用を持つ超硫黄分子をつくり、脂質の酸化とフェロトーシスを抑えると考えられる。また、S8を関節内に投与すると、変形性関節症に伴う関節組織の脂質過酸化が低下した。
乳がん組織の周囲では、脂肪細胞ががん関連脂肪細胞(CAAs)へと変化し、がん進行に関わることが知られている。本研究では、乳がん組織の脂肪滴にS8が高濃度に蓄積することを見出した。また、乳がん患者の呼気凝縮液(EBC)では、健常者と比べてHSSH、HSSSH、HSSSSHなどの超硫黄分子が増えていた。呼気中超硫黄分子が乳がんに伴う代謝変化を反映する可能性が示された。
マウス変形性膝関節症モデルでは、手術後に滑膜や軟骨を含む関節組織で脂質の酸化が進む。本研究では、S8を水に溶けやすくしたS8•ククルビット7複合体(CB7•S8)を関節内に投与し、手術2週間後の滑膜を調べた。その結果、CB7•S8投与群では滑膜中のS8量が増加し、脂質過酸化マーカーである4-HNE量が低下した。S8投与が関節組織の酸化ストレスを軽減する可能性が示された。
付記
本研究は、科学研究費助成事業 学術変革領域(A)「新興硫黄生物学が拓く生命原理変革」(硫黄生物学)および国際先導研究・基盤研究(S)(A)(B)(C)・挑戦的萌芽研究(JP21H05263, JP21H05264, JP22K06893, JP22K19397, JP23K06094, JP23K20040, JP24H00063, JP24H00605他)、AMEDムーンショット事業「ミトコンドリア先制医療」(JP21zf0127001)、JST-CREST事業「多細胞間での時空間的な相互作用の理解を目指した技術・解析基盤の創出」(多細胞)(JPMJCR2024)等の支援を受けて実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 環状八硫黄(S8):8個の硫黄原子が環状につながった物質。自然界で安定に存在する代表的な硫黄の一種で、これまでは主に微生物や環境中の硫黄循環との関係で研究されてきた。本研究では、S8が哺乳類の体内にも存在し、細胞や組織を守る働きに関わる可能性が示された。
- [用語2]
- ミトコンドリア:細胞の中でエネルギーを作る小さな構造体で、細胞の発電所とも呼ばれる。生命活動に必要なATPをつくる一方で、酸化ストレスや細胞死の調節にも深く関わっている。
- [用語3]
- 脂肪滴:細胞の中で脂質を蓄える小さな構造体。単なる脂質の貯蔵場所だけでなく、脂質代謝、炎症応答、酸化ストレスへの応答などにも関わることがわかってきている。本研究では、この脂肪滴にS8が多く蓄積していることが明らかになった。
- [用語4]
- 乳がん:乳腺にできる悪性腫瘍。乳管や小葉など、乳腺を作る細胞が異常に増えることで発生する。乳がんの進行には、がん細胞だけでなく、その周囲にある脂肪細胞、免疫細胞、血管なども関わることが知られている。
- [用語5]
- 超硫黄分子:硫黄原子が複数つながった構造を持つ硫黄分子の総称。反応性が高く、体内で酸化ストレスを抑え、エネルギー代謝、細胞死の調節など、さまざまな生命現象に関わることが分かってきている。
- [用語6]
- 変形性膝関節症:膝関節の軟骨が、加齢、体重負荷、炎症などによってすり減ったり変性したりする病気。痛みや腫れ、膝の動かしにくさを引き起こし、高齢者に多い代表的な運動器疾患である。関節の中では、炎症や酸化ストレス、脂質の酸化、細胞死などが病気の進行に関わると考えられている。
- [用語7]
- 分子カプセル:複数の芳香族骨格で囲まれた約1ナノサイズの空間を持つ水溶性のカプセル状化合物を使用。さまざまな生体分子が共存する細胞内でもS8のみを選択的に捕捉できる。
- [用語8]
- 質量分析:標的の物質をイオンという電気を帯びた状態にし、その重さを精密に測定することで、どのような分子がどれくらい含まれているかを調べる方法。非常に少ない量の分子でも検出できるため、細胞や組織、血液、呼気などに含まれる代謝物の解析に広く用いられている。本研究では、S8を捕まえる分子カプセルを用いることで、細胞や組織の中にあるS8を高感度に測定した。
- [用語9]
- ラマン顕微鏡解析:物質に光を当てたときに出る特殊な散乱光を調べることで、どのような分子が、どこにあるのかを調べる方法。分子ごとに異なる特徴的な信号(ラマンシグナル)を示すため、細胞や組織を大きく壊すことなく、特定の分子の場所を可視化できる。本研究では、S8に特徴的なラマンシグナルを利用して、脂肪滴や乳がん組織中のS8を直接検出した。
- [用語10]
- フェロトーシス:脂質の酸化が過剰に進むことで起こる細胞死の一種。鉄が関わることが特徴で、従来知られていた細胞死とは異なる仕組みで起こる。がん、神経変性疾患、血流が途絶えた後に起こる組織障害、変形性関節症、炎症性疾患など、多くの病気との関連が注目されている。
論文情報
- 掲載誌:
- Science (2026)
- タイトル:
- Mammals produce cyclo-octasulfur to suppress lipid peroxidation and ferroptosis
- 著者:
- U. Barayeu*, S. Ogata, T. Takata, M. Jung, T. Matsunaga, M. Morita, T. Ida, M. Lange, Y. Unno, S. Boushehri, P. Greicius, A. Nishimura, L. Catti, Y. Pan, T. Zhang, T. Shimizu, R. Ushioda, T. Nakabayashi, S. Asamitsu, K. Fusegawa, T. Suzuki, T. Ishida, N. Tanda, Y. Watanabe, Y. Tsuchiya, R. Yamaguchi, S. Noguchi, E. Mishima, F. Yano, M. Arisawa, D. J. Stuehr, N. Xia, H. Li, B. Moosmann, F. Gräter, C. Aponte-Santamaría, J. A. Olzmann, M. Conrad, A. van der Vliet, T. P. Dick, H. Motohashi, M. Yoshizawa & T. Akaike*
- *責任著者:
- 東北大学大学院医学系研究科 レドックス分子医学分野
国際卓越教授 赤池 孝章、国際卓越教授 Uladzimir Barayeu