ポイント
- 塩化白金と有機部品の自己集合で芳香環チューブを作製
- 1段階目の多点修飾により芳香環チューブの性質を改変
- 2段階目の多点修飾で捕捉した球状分子の放出を達成
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の互井孔貴大学院生(修士課程修了)、同 総合研究院 化学生命科学研究所の田中裕也助教と吉沢道人教授らは、作製後に、多段階かつ複数箇所(合計8つ)で化学修飾できる芳香環[用語1]チューブの開発とその空間機能の開拓に成功しました。
リングやチューブなどの環状構造を持つ分子は、空間内部を分子の捕捉・識別・反応場として活用できることから注目されています。しかし、用途に合わせて環状構造体の性質を調整するには、その多段階で煩雑な化学修飾が必要になります。金属イオンの配位結合[用語2]を活用することで、簡便に環状構造を合成できますが、その結合が弱いため、作製後の修飾は困難でした。そこで本研究では、配位結合を利用しながら、作製後にさまざまな化学修飾できる新たな分子チューブの構築を目指しました。
まず、安定な配位結合を形成する塩化白金と有機部品を高温で混合することで、1ナノメートルサイズの筒型空間を持つ芳香環チューブの自己集合体を作製しました。その1段階目の修飾として、白金上の4つのクロロ基はアルキニル基[用語3]に置換することで、芳香環チューブに水溶性と発光性を付与できました。このチューブの機能として、1分子のフラーレン[用語4]を完全に捕捉しました。また、酸化剤の添加によるチューブの2段階目の多点修飾で、捕捉されたフラーレンは即座に放出されました。この修飾は還元剤で除去できます。さらに、捕捉フラーレンの官能基化とその後の放出も達成しました。本成果は、自己集合で作製できる芳香環チューブの簡便な多段階マルチ修飾を実現した初めての例であり、今後、選択的な識別や特異な反応の道具としての活用が期待されます。
本研究成果は、学術雑誌「Angewandte Chemie International Edition」の先行電子公開版(6月17日)に、VIP(Very Important Papers)論文として掲載されました。
背景
カーボンナノチューブ[用語5]の構造に着想を得て、芳香環のみからなるリングやチューブなどの環状分子が盛んに作製されています(図1a)[参考文献1,2]。これらの筒型空間内部は、分子の捕捉・識別・反応場として注目されています。しかし、通常、多段階かつ長時間の作製操作や条件が必要となることが課題でした。これに対して、金属イオンの配位結合を活用することで、自己集合により環状分子を簡便に作製できます。生成物の性質や機能を向上するためには、その環状骨格を修飾する必要がありますが、配位結合が弱いため、作製後の修飾は困難でした。実際に、これまでに報告された銀や水銀イオンを利用した芳香環チューブは、その構造安定性が低く、骨格修飾はできませんでした(図1b上)[参考文献3,4]。そこで本研究では、環状構造を作製した後の多段階かつ複数箇所での化学修飾が可能となる芳香環チューブの開発を目指しました。その戦略として本研究では、安定な白金-ピリジン結合に着目しました。塩化白金を用いることで高い構造安定性を持つチューブの作製を期待しました(図1b下)。また、白金上のクロロ基は多様な官能基に置換可能であり、さまざまな修飾ができると考えました。

研究成果
芳香環チューブの作製とその後の多点修飾
白金-ピリジン結合を持つ芳香環チューブ1の簡便な作製とその後の化学修飾を達成しました。塩化白金と芳香環部品を有機溶媒中で加熱することでチューブ1を得ました(図2a)。その構造は、核磁気共鳴分光(NMR)、質量分析(MS)やX線結晶構造解析で決定しました。結晶構造から、4つのアントラセンパネルに囲まれた、約1 nmの直径と長さの円筒状空間が確認できました(図2c)。白金上のクロロ基は、チューブ骨格とほぼ平行方向に向いており、チューブ1は開放型の芳香族空間を有しています。
次に、白金上のクロロ基をさまざまな官能基に置換することに成功しました。銅触媒存在下、チューブ1とトリメチルシリルアセチレンを混合することで、1段階目の多点修飾として、4つのアルキニル基が導入されたチューブ2aが得られました(図2b)。また、この修飾法により、立体的にかさ高い官能基(2b)や芳香環(2c)、イオン性の官能基(2d)が導入された芳香環チューブをそれぞれ得ました。イオン性チューブ2dの結晶構造解析では、置換基が傾いているものの、NMR解析から、溶液では1と同様の開いた内部空間を有することが確認できました(図2d)。チューブ2dの性質として、そのイオン性官能基により、メタノールや水などの極性溶媒に対し高い溶解性を示しました。

球状分子の捕捉と反応、多点修飾による放出
イオン性チューブ2dの開いた内部空間への球状分子の捕捉と白金部位への2段階目の多点修飾による球状分子の放出を達成しました。固体の2dとフラーレンC60(C60)をすりつぶし、メタノールを加えた後に遠心分離とろ過することで、フラーレン捕捉体2d•C60の紫色溶液を得ました(図3a左)。X線結晶構造解析の結果から、球状分子C60がチューブ空間内部に位置しており、チューブとC60間で芳香環同士の相互作用が効率よく働いていることが明らかになりました(図3b)。この広範囲にわたる分子間相互作用は、計算科学的手法によっても支持されました。
次に、フラーレン捕捉体2d•C60の紫色溶液にN-ブロモスクシンイミド(NBS)を作用させると、溶液が黄色に変化するとともに、C60の茶色沈殿が生じました(図3a右)。この溶液のUV-visとNMR測定から、C60の完全な放出とともに、2dから4つのブロモ基が白金部位に付加した芳香環チューブ3へ変換されたことが明らかとなりました(図3c)。計算構造から、この2段階目の多点修飾で、ブロモ基の立体障害によりC60が放出されたことが分かりました。また、3は亜鉛粉末で還元することにより、修飾前の2dが完全に再生できました。

さらに、芳香環チューブに捕捉したフラーレンに対する修飾とその放出に成功しました。フラーレン捕捉体2d•C60にマロン酸エステル誘導体と塩基を加え、メタノール中で加熱するとC60への付加反応が進行しました。この生成物にNBSを作用することで、チューブからの修飾フラーレンも放出できました。MS、NMR、UV-vis、高速液体クロマトグラフィー分析により、約80%の選択性で複数の位置異性体を含むフラーレン二付加体の生成が明らかとなりました。
社会的インパクトと今後の展開
本研究は、作製後に多段階かつ複数箇所に化学修飾が可能な芳香環チューブを開発するとともに、チューブ空間での球状分子の捕捉・反応・放出できる新技術の確立に成功しました。このような効率的かつ可逆的な捕捉と放出は、高精度な分子センサーや選択的な分子輸送としての応用が期待できます。本研究の新規性と重要性は、安定な構造体の作製とその後の簡便な化学修飾を両立できた点にあります。本手法は、配位結合からなる多くの構造体への適用と2段階目の修飾で種々の官能基を導入できる拡張性を有しています。今後は、塩化白金を応用した多様な超分子集合体とその空間機能の開拓が期待されます。
付記
本研究の実施にあたり、東京学芸大学の山田道夫准教授に官能基化フラーレンの精密分析の支援を受けました。本研究は、科学研究費助成事業(課題番号:JP22H00348・JP23K17913(吉沢道人)、課題番号JP25K01783(田中裕也))の⽀援を受けて⾏われました。
参考文献
- [1]
- Jasti, C. R. Bertozzi, Chem. Phys. Lett. 2010, 494, 1–7.
- [2]
- H. Omachi, Y. Segawa, K. Itami, Acc. Chem. Res. 2012, 45, 1378–1389.
- [3]
- N. Kishi, M. Akita, M. Kamiya, S. Hayashi, H.-F. Hsu, M. Yoshizawa, J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 12976–12979.
- [4]
- N. Kishi, M. Akita, M. Yoshizawa, Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 3604–3607.
用語説明
- [用語1]
- 芳香環:ベンゼンなど、分子内に複数の二重結合が環状に繋がり、剛直で平面な骨格をもつ分子構造。
- [用語2]
- 配位結合:金属イオンと窒素などを含む有機分子の間で形成する結合。多くの場合、この結合は可逆的で、条件によって容易に切れる。
- [用語3]
- アルキニル基:炭素と炭素の三重結合を持つ官能基。
- [用語4]
- フラーレン:60個の炭素原子のみからなる、約1ナノメートルサイズのサッカーボール型の球状化合物。その発見に対して1996年のノーベル化学賞が授与された。
- [用語5]
- カーボンナノチューブ:炭素原子のみからなる筒状化合物。飯島澄男博士によって1991年に発見された。
論文情報
- 掲載誌:
- Angewandte Chemie International Edition(Wiley)
- タイトル:
- A Polyaromatic Metallotube with a Dual Multi-Functionalization Ability
- 著者:
- Koki Tagai, Yuya Tanaka,* Michio Yamada, Michito Yoshizawa*
(互井孔貴, 田中裕也,* 山田道夫, 吉沢道人*)
研究者プロフィール
田中 裕也 Yuya TANAKA
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 助教
研究分野:錯体化学、分子エレクトロニクス、超分子化学
吉沢 道人 Michito YOSHIZAWA
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授
研究分野:超分子化学、空間機能化学
関連リンク
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