低血糖で意識が遠のく――インスリンは何故出すぎてしまうのか?

2026年5月19日 公開

インスリノーマの「出し過ぎ」のスイッチを発見――原因遺伝子DOCK10が、正確な診断と新たな治療の鍵に

どんな研究?

インスリンは血糖値を下げる大切なホルモンですが、膵臓に「インスリノーマ」という腫瘍ができると、インスリンが必要以上に放出され、命に関わる低血糖を引き起こすことがあります。

この病気の大きな問題は、「薬による治療の選択肢が限られていること」「どの腫瘍が実際にインスリンを過剰に分泌しているのかを特定するのが難しいこと」です。膵臓に複数の腫瘍がある場合でも、現在の画像検査だけでは、それぞれの腫瘍がどの程度インスリンを分泌しているのかを見分けることができません。そのため、体への負担が大きい検査や手術によって治療・診断せざるを得ないのが現状でした。

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今回、東京科学大学(Science Tokyo)の伊藤剛(いとう・ごう)助教、勝田景統(かつだ・ひろむね)大学院生(現同大学特任助教)らの研究チームは、この「なぜインスリンが出過ぎてしまうのか」、そして「どの腫瘍が本当の原因なのか」の正体を突き止めるべく研究を開始しました。

ここが重要

■ インスリン過剰分泌を引き起こす「スイッチ」を発見
研究チームは、患者由来の腫瘍から作成した「ミニインスリノーマ(オルガノイド)」の長期培養に成功し、数万の遺伝子からインスリンの異常に関わる重要な分子を探索しました。インスリンの元は細胞内で作られ(産生)、食事などによる血糖の変化により外に放出(分泌)されます。この腫瘍の問題は、インスリンの過剰生産ではなく、過剰な分泌にあることがわかりました。またその結果、インスリンを放出する働きをもつスイッチの役割を担うタンパク質「DOCK10」が異常に増えていることを突き止めました。

■ 「本当に原因となる腫瘍」を見分ける新しい指標に
これまでの検査では、腫瘍が存在することは分かっても、それが実際にインスリンを過剰に分泌しているかどうかまでは判断できませんでした。今回の研究により、DOCK10が多く発現している腫瘍こそが、実際にインスリンを大量に分泌して低血糖を引き起こしている「原因の腫瘍」であることが示されました。つまり、DOCK10は「どの腫瘍を治療すべきか」を見分けるための新しい指標になる可能性があります。さらに、最新のシングルセル解析(細胞を1つずつ詳しく調べる方法)により、腫瘍の中にはインスリンを活発に分泌する細胞と、ほとんど分泌しない細胞が混在していることが明らかになりました。そしてDOCK10は、実際にインスリンを分泌している細胞に特徴的に現れることが確認され、この指標の有用性が細胞レベルでも裏付けられました。

今後の展望

この発見により、インスリノーマの診断と治療は大きく進展する可能性があります。例えば、DOCK10を標的にすることで、インスリンを過剰に分泌している腫瘍だけを狙った、体への負担が少ない精密手術が可能になります。

またDOCK10の指令を受けてインスリン分泌を制御する分子「Cdc42」に着目することで、薬によってインスリンの過剰分泌を抑える新たな治療法の開発につながる可能性があります。

さらに、今回確立された「インスリンを分泌する細胞を1ヶ月以上生きた状態で保存するオルガノイド技術」は、様々な分野での応用が期待されており、たとえば糖尿病などの研究を加速させる強力な武器となることが期待されます。

研究者のひとこと

インスリンといえば、多くの方は「糖尿病」を思い浮かべるかもしれません。糖尿病はインスリンがうまく出なくなる病気ですが、インスリノーマはその逆で、インスリンが出すぎてしまう病気です。
このように対極にある2つの病気ですが、どちらもインスリン分泌の仕組みを理解するうえで重要です。しかしこれまで、インスリンが「出すぎる側」からの研究はあまり進んでいませんでした。そこに新しい発見のヒントがあるのではないかと考え、オルガノイドやRNAシークエンスといった新しい技術を用いて研究を始めました。
今回の成果が、これまであまり研究が進んでこなかったインスリノーマの診断や治療の向上につながることを期待しています。
また、インスリン分泌は主に代謝内分泌内科で研究・治療されてきましたが、私たち消化器内科医が臓器や診療科の枠を越えて病気を捉えることも重要だと考えています。今後もこうした視点を大切にしながら、新たな応用につながる研究を続けていきたいと思います。
(伊藤剛:東京科学大学病院 長寿・健康人生推進センター/消化器内科 助教)

武藤智弘医員(左)、伊藤剛助教(中央)、勝田景統特任助教(右)

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