病い、死、友情、そして「生きること」とは何か――。哲学者の故 宮野真生子さんと文化人類学者 磯野真穂さん(東京科学大学 リベラルアーツ研究教育院 教授)が、宮野さんの病状が進行する中で交わした往復書簡『急に具合が悪くなる』。同書を原作とした濱口竜介監督の映画は、原作とは異なる舞台と登場人物を描きながら、その根底に流れる「人と人がつながること」の意味をスクリーンに映し出しました。
映画を観て「3時間がまったく長く感じられなかった」「観終わった後、誰かと人生について語りたくなった」という東京科学大学の大竹尚登理事長。書籍の原作者である磯野教授と、映画、宮野さんとの対話、科学と哲学、そしてAI時代に人間にしかできないことについて語り合いました。
この日、磯野教授が身にまとっていたのは、原作者として招待された第79回カンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩いたときと同じドレス。華やかな装いに秘められた意外な「AIとの攻防」からも、人間の創造性とは何かを考える対談となりました。
「観終わった後、誰かと人生を語りたくなった」
大竹 映画は3時間あると聞いて、観る前は「長いな」と思っていたんです。でも、観始めたら3時間とは思えないほど夢中になってしまいました。大きな事件が次々に起きる映画ではないのに、まったく飽きない。観終わった後、一人で行ったことを後悔したくらいです。「あそこはどう思った?」と誰かと話したくなりました。映画についてというより、人生について語りたくなるんですね。
磯野 そう言っていただけるのは、とてもうれしいです。原作をそのまま映画にすることはできないので、大きく脚色することは最初から伺っていました。脚本をいただいたときは、「こういう形になったんだ」と思いました。ところが実際に映画を観ると、原作とは全然違う話なのに、宮野さんとの時間を思い出す場面がたくさんありました。
大竹 映画を観ていて強く感じたのは、「人間って、ここまで人を信じられるんだ」ということでした。磯野さんと宮野さんが知り合ってから、決して長い年月があったわけではないですよね。それなのに、ここまで深い関係になれる。そのことに驚きました。
磯野 逆に、家族ではなかったからこそできたこともあったと思います。家族や昔からの親友なら、相手を知りすぎていて聞けないこと、踏み込めないことがあります。私たちはお互いを知らなかったからこそ、既存の役割にとらわれずに問いを投げかけることができたのかもしれません。
「早く良くなってね」と言えなくなったとき
大竹 この本では、かなり踏み込んだ質問をされていますよね。「こんなことを聞いて大丈夫なのか」と思いながら読む。でも、その問いを宮野さんが受け止めることで、さらに思考が深まっていく。あの言葉のキャッチボールが、この本をここまで深くしたのではないでしょうか。
磯野
病気の人と病気ではない人の会話には、「こういうことを言ってはいけない」「こう話しましょう」というマニュアルがたくさんあります。もちろん相手を傷つけないために必要です。でも、マニュアルがあるからこそ話せなくなることもあります。
宮野さんとは書簡を始める前に、「病気のことを話さずに続けるのは難しいと思う」と話しました。すると彼女は、「むしろ自分も考えたいから、何を聞いてもらっても構わない」と言ってくれたんです。
病状が進むにつれて、私自身、「早く良くなってね」という言葉をかけられなくなりました。そういう状況でもなお、問いを投げかけ、言葉を返してもらう。それができたのは、積み重ねてきた信頼があったからだと思います。
大竹 僕はこの本を読んで、本当に「言葉の力」を感じました。
磯野 自然科学をずっと専門にされてきた大竹さんから「言葉の力」と言っていただけると、本学で人文社会科学を教えていく勇気をいただけます(笑)。
カンヌまで届いた、宮野さんの「偶然の哲学」
大竹 カンヌ国際映画祭はいかがでしたか。
磯野
私自身、40代には本当にいろいろなことがありました。『急に具合が悪くなる』を出版した後には大学の任期が切れ、仕事がなくなった時期もありました。そして2024年に東京科学大学に着任し、40代の最後に、自分では想像もしなかったカンヌという場所へ行くことになりました。
宮野さんは最後まで「偶然」を哲学として探究した人でした。その人が命を懸けて紡いだ言葉が海を越えてカンヌまで届いた。そのことが本当にうれしかったです。
レッドカーペットの集合写真では、私だけ少し上を向いているんです。実は宮野さんのリングを身につけていて、「ここまで届いたよ」と空に向けて見せていました。
そして今日着ているのも、そのときのドレスです。
AIが「やめておけ」と言ったドレス
磯野
実は、カンヌでこのドレスを着るかどうか、3つのAIに聞いたんです。そうしたら、3つとも「レッドカーペットにはカジュアルすぎるから、やめたほうがいい」と(笑)。
そこで逆に、「AIが全部ダメと言うなら、これが正解なのかもしれない」と思いました。そもそも私がカンヌに行くこと自体、前例のない、無難ではない出来事です。だったら、ここで無難な選択をする必要はないな、と。
大竹 それは最高ですね(笑)。
磯野 AIは無難な答えを出すことにはとても優れています。でも、本当に新しいものが現れるときというのは、前例がない。だから、AIから少し「ずれる」ことに、人間の面白さがあるのかもしれません。
AIに任せた瞬間、学問はつまらなくなる
大竹 AI時代に人間には何が求められるのかという問いは、大学にとっても非常に重要です。
磯野
私はAIを使うこと自体にはまったく反対ではありません。学生にも使っていいと言っています。ただ、すべてをAIに任せてしまったら、学問そのものがつまらなくなると思うんです。
学問の面白さは、よく分からないものを自分で触って、いじって、試行錯誤して、「ああ、こういうことだったのか」と壁を一つ越えるところにあります。AIに「答えを出して」と言えば出してくれる。でも、それでは面白くない。ゲームをAIに攻略させても面白くないのと同じです。
大竹
それは自然科学でもまったく同じです。実験や自然現象をずっと見ていても分からない。寝ても分からない、起きても分からない。でも、ずっと頭の中に数式や現象が残っていて、あるとき突然、「そうか」と分かる瞬間がある。
哲学書も似ています。『存在と時間』なんて、僕は1ページ読むのに2時間、3時間かかることがあります(笑)。でも、分からないものにずっと向き合う。その時間そのものが大切なんでしょうね。
磯野 そうだと思います。効率よく、コスパよく、早く理解することばかりが求められていますが、学問の本質はそこにはない。何度も同じものに向き合っていると、ある瞬間、思いがけないものが立ち現れる。それは自然科学でも人文社会科学でも同じです。
「多様な人がいる」だけでは、多様性ではない
大竹 この本から僕がもう一つ気づかされたのが、多様性についてです。大学に女性や外国人、多様な専門分野の人が増えることはもちろん大切です。でも、ただ多様な人が「いる」だけでは十分ではない。互いにインタラクションし、近づいたり遠ざかったりしながら、「一緒に何かをやろう」と努力することがなければ、本当の多様性にはならないのではないでしょうか。
磯野
私も本学の授業でそれを感じています。異なる背景の学生が増えると、共有している前提が少なくなるので、むしろ議論が活発になるんです。
理工系の学生が、文化人類学の話を自分の専門に引きつけたときの展開は、私には思いつかないものがあります。工学や情報、建築などの私には未知の分野を探求する学生の知がが全く違う方向へ話を導いてくれる。。私自身、学生から学ばせてもらっています。
境界をなくすのではなく、越える瞬間をつくる
磯野
ただし、「境界なんて全部なくせばいい」ということでもないと思っています。
映画の中ではボーダレスになることの力が強調される部分が何箇所かあります。ただその力が観客に伝わるのは、濱口監督がものすごく緻密に構造をつくっているからです。つまりそこはボーダレスではない。厳密な境界がある。俳優も何でも自由にやっているわけではありません。しっかりした構造があるからこそ、ある瞬間に境界が溶ける美しさが現れる。
大学も同じだと思います。教員と学生の境界を全部なくせばいいわけではない。教員が試行錯誤できる「枠」をつくり、その中で、普段なら出会わない考えに出会う瞬間を生み出すことが大切です。
大竹 映画のソフィも、単純な悪役ではありませんよね。これまでの仕組みを守ろうとする人と、それを変えようとする人がいて、最後には双方が少しずつ歩み寄る。どちらが正しい、悪いという描き方ではないところが印象的でした。
磯野 そうですね。構造から完全に逃げ出すのではなく、その中で「組み替えることを諦めない」。私はそこに、この映画の温かさを感じました。
科学を通して「人とは何か」を問い続ける
大竹
自然科学と人文社会科学は違うように見えて、実は「分からないものに向き合い続ける」という点では非常に近いのかもしれません。
科学技術がどれほど発展しても、その技術を使うのは人間です。だから科学を進めれば進めるほど、「人とは何か」「何のために科学を使うのか」という問いを持ち続ける必要があると思います。
この本で磯野さんと宮野さんがしたことも、まさに二人の人間関係の中で、互いの「分からなさ」に向き合い続けたことだったのではないでしょうか。
磯野
宮野さんは最後に、私たちは「互いに自分たちを発見し直した」という趣旨のことを書いています。対話することで相手を知っただけではなく、自分自身を発見し直した。それは確かに私にも起こりました。
AIはこれからますます便利になります。でも、人間が試行錯誤すること、分からないものと時間をかけて向き合うこと、そして誰かとの対話の中で自分自身まで変わってしまうこと。その面白さまで手放してはいけないと思います。
大竹 結局、学問も人生も、そこが一番面白いのかもしれませんね。
対談は予定の時間を超え、最後まで話題が尽きることはありませんでした。映画を観終えた大竹理事長が感じた「誰かと語りたい」という思いは、この日の対話へとつながりました。
科学と人文社会科学、理事長と教授、映画と原作――異なるものが出会い、互いの境界を少しだけ越えたとき、そこから新しい問いが生まれる。その「問い続ける時間」こそ、AI時代の大学が大切にすべき知の営みなのかもしれません。
編集後記
この対談が行われた7月22日は、奇しくも2019年に亡くなった宮野真生子さんの命日でした。
宮野さんが遺した言葉から生まれた一冊の本、その言葉を受け継いで世界へ羽ばたいた映画、そして大竹尚登理事長と磯野真穂教授との対話――。宮野さんを偲びながら、「生きること」「人とつながること」、答えの見えないAI時代をどう生きるか、そして科学や学問が人間に何をもたらすのかを語り合う、特別な時間となりました。
対談のテーブルには、夏の緑と花々を生けました。天に向かって伸びる枝と鮮やかに咲く花は、宮野さんが遺した言葉が、人から人へと受け継がれ、新たな出会いや対話へと枝を伸ばしていく姿にも重なりました。
プロフィール
大竹 尚登(おおたけ・なおと)
東京科学大学理事長。博士(工学)。専門は機械工学、材料加工、薄膜・表面工学。長年にわたり研究・教育に携わるとともに、大学経営を担う。哲学にも深い関心を持ち、自然科学と人文社会科学を横断して「知」や大学のあり方を考え続けている。
磯野 真穂(いその・まほ)
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授。文化人類学者。専門は医療人類学。身体、病い、医療、人間関係などを文化人類学の視点から研究する。哲学者・宮野真生子さんとの往復書簡をまとめた『急に具合が悪くなる』を刊行。同書を原案とする映画作品へと、その言葉と問いが受け継がれている。
作品紹介
映画『急に具合が悪くなる』
宮野真生子さんと磯野教授による同名の往復書簡を原作に、濱口竜介監督が新たな物語として映画化。パリを舞台に、介護施設の施設長マリー・ルーと、がん闘病中の日本人演出家 真理の出会いを通して、病い、生と死、他者とつながることの意味を描きます。第79回カンヌ国際映画祭では、ヴィルジニー・エフィラさんと岡本多緒さんが最優秀女優賞を受賞しました。
監督:濱口竜介
原作:宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』(晶文社)
出演:ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代
上映時間:196分
製作国:フランス・日本・ドイツ・ベルギー
公開:全国にて上映中
配給:ビターズ・エンド
書籍『急に具合が悪くなる』
がんの転移を経験した哲学者・宮野真生子さんと、文化人類学者・磯野教授が交わした20通の魂の往復書簡。病いと死を前に、「どう生きるのか」「死に向き合う人と何を語るのか」を、互いの学問と人生をかけて問い続けた一冊です。2019年刊行。
著者:宮野真生子・磯野真穂
出版社:晶文社
刊行:2019年9月
デザイン:佐藤亜沙美
カバー装画:藤原なおこ
判型・頁数:四六判並製・256頁
定価:1,760円(税込/本体1,600円)
ISBN:978-4-7949-7156-2