概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科ハイリスク感染症研究マネジメント学分野の武内寛明教授、理化学研究所(理研)開拓研究所渡邉分子生理学研究室の渡邉力也主任研究員、飯田龍也テクニカルスタッフI、東京都健康長寿医療センター研究所の豊田雅士研究副部長、バイオテック株式会社の長倉誠代表取締役社長、京都大学医生物学研究所微細構造ウイルス学分野の野田岳志教授、いすみ医療センターの伴俊明名誉院長らの共同研究グループは、デジタルバイオ分析法[用語1]を基盤とした全自動小型分析装置の製品化試作品を開発しました。
本装置は、微小試験管アレイを用いた1分子計測技術と、自動分注・画像解析技術を統合した次世代デジタルバイオ分析装置であり、試料投入から測定、解析、結果表示までの一連の工程を全自動で実施します。世界最速の非増幅遺伝子検査法「SATORI法」をはじめとする各種デジタルバイオ分析法を実装可能であり、感染症の迅速診断に加え、がんや認知症の早期診断への応用が期待されます。また、本装置は、理研を中核とした産学医連携のもと、LDT(Laboratory Developed Test)[用語2]向け製品として社会実装を進めています。
本研究成果は、デジタルバイオ分析法の医療現場への普及と社会実装を加速するとともに、検査装置・消耗品の国産化を通じて、感染症危機への対応力の強化や経済安全保障への貢献に加え、国民の健康寿命の延伸およびQOL(生活の質)の向上に寄与することが期待されます。
本成果は、米国学術誌『Cell Reports Physical Science』オンライン版(10月1日付、日本時間10月2日)に掲載されました。
背景
現代医療において、疾患の早期診断や個別化医療の実現は、適切な治療介入による予後の改善だけでなく、医療費の抑制や健康寿命の延伸にも直結します。特に、感染症、がん、認知症など、国民の健康や医療財政への影響が大きい疾患に対しては、従来法を上回る迅速かつ高感度・高精度な検査技術の開発が強く求められています。一方、日本の臨床検査で使用される検査装置や試薬などの消耗品は、依然として海外製品への依存度が高く、感染症パンデミック時には海外からの供給不足が深刻な課題となりました。そのため、検査技術に加え、検査装置や消耗品を含めた国産の分析・診断基盤を構築することが、医療安全保障および経済安全保障の両面から重要な課題となっています。
このような背景の下、渡邉主任研究員らはこれまで、微小試験管アレイを用いた1分子計測技術を基盤として、感染症対策に資する世界最速の非増幅遺伝子検査法「SATORI法」[参考文献1]、[参考文献2])、膵(すい)がんの早期診断に資する「SEAP法」[参考文献3]、[参考文献4])、認知症の層別化に資する「Digital SERS法」[参考文献5]など、多様なデジタルバイオ分析法を開発してきました。これらは、単一分子レベルで生体分子を高感度・高精度に検出できることから、次世代の体外診断技術として期待されています。しかし、試薬混合、反応、画像取得、データ解析など複数の工程から成るデジタルバイオ分析は、熟練した技術者が手作業で行っていたため、検査の迅速化、大量処理、再現性の確保、および医療現場への普及が妨げられるとともに、製品化や検査コスト低減も妨げられていました。
そこで本研究は、デジタルバイオ分析に必要な一連の工程を全自動化した小型分析装置を国産で開発することに挑みました。そして、本装置により、高感度・高精度なデジタルバイオ分析を誰でも簡便かつ再現性高く実施できるようにし、感染症の迅速診断だけでなく、がんや認知症などの早期診断にも応用可能な次世代のデジタルバイオ分析基盤の実現を目指しました。
研究成果
共同研究グループは、微小試験管アレイを用いた1分子計測技術、高精度な自動分注機構、小型蛍光イメージングシステム、高速画像解析アルゴリズムなどを一体化し、試料調製、試薬混合、反応、画像取得、データ解析、結果表示までの一連の工程を全自動で実施する小型分析装置を開発しました(図1)。試料を装置にセットするだけで、試薬混合から結果表示に至る全工程を自動で実行できるため、これまで熟練した技術者の経験や技能に依存していたデジタルバイオ分析を、誰でも簡便かつ短時間で実施することができます。また、装置内で測定条件を一定に保つことで、測定者や施設間のばらつきを大幅に低減し、高感度・高精度というデジタルバイオ分析の特長を維持しながら、短時間かつ高い再現性で検査を実施することが可能です。さらに、設置面積約50cm×50cmのベンチトップ型(机上設置型)に小型化したことで(図1A)、研究室だけでなく、病院や検査室などへの設置も容易となりました。
(A)全自動デジタルバイオ分析装置は、50cm×50cmの設置面積の中に、前処理用ユニット(加熱・磁気操作)、4連自動分注ユニット、広視野蛍光イメージングユニットなどのハードウエアを統合している。
(B)微小試験管アレイは、CD(コンパクトディスク)の射出成形技術を応用した量産プロセスにより製造され、六つのマイクロチップを設置可能(左)。マイクロチップは約100万個の微小試験管アレイが4基実装されている(右上)。微小試験管が集積したマイクロチップの3次元拡大画像(右下)。スケールバー:5マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。
本装置は特定の検査法専用ではなく、微小試験管アレイを用いるさまざまなデジタルバイオ分析法を実装できる汎用プラットフォームとして設計されています。装置には、高精度な自動分注機構に加え、加熱ユニットや磁気操作ユニットを搭載しており、試料の熱処理や磁気ビーズを用いた標的分子の簡易精製・濃縮など、多様な前処理工程を自動で実施できます。これにより、検査法ごとに異なる反応プロセスにも柔軟に対応できる高い拡張性を備えています。
さらに、デジタルバイオ分析の基盤消耗品である微小試験管アレイは、CD(コンパクトディスク)の射出成形技術を応用した量産プロセスにより製造されており、高精度かつ低コストでの大量生産を可能にしています(図1B)。加えて、従来のマイクロ流体チップのような複雑な流路構造を必要とせず、試料の導入から油による微小試験管のシールまでを単純な分注操作のみで行えることから、自動化システムへの実装が容易であるという特長を有しています。
このシンプルなチップ構造と高精度な自動分注技術を組み合わせることで、検査法ごとの専用装置を必要とせず、一つの装置で多様なデジタルバイオ分析法に対応可能な汎用分析プラットフォームを実現しました。
本装置の有用性を実証するため、SATORI法を実装した感染症検査を実施しました(図2)。従来のSATORI法では、感染症患者から採取した鼻咽頭ぬぐい液や唾液などの検体から、別の専用装置を用いて核酸を精製し、その精製核酸を用いて検査を行っていました。しかし、核酸の精製には一定の時間を要するほか、検体を装置間で移し替えるなどの操作も必要であったため、SATORI法本来の迅速性を十分に生かすことが困難でした。
(A)Direct-SATORI 法による急性呼吸器感染症検査の模式図。(B)自動装置による検体のマイクロチップへの自動導入工程の写真。(C)陽性・陰性判定結果(感度・特異度共に 90%程度を実現)。
そこで本研究では、自動装置内の各種ユニットを活用して検体前処理から核酸検出までを一体化し、感染症患者から採取した鼻咽頭ぬぐい液を直接投入するだけで、SATORI法による遺伝子検査を実施できる検査システムを開発しました(図2A)。本システムを用いて、SARS-CoV-2をはじめとする急性呼吸器感染症を対象とした迅速遺伝子検査を評価した結果、検体投入(図2B)から約15分で検査結果が得られ、感度・特異度[用語3]ともに約90%という高い検査性能を実証しました(図2C)。
さらに、本システムでは、検体投入後の測定、データ解析、結果表示までの一連の検査工程を全自動で実施するため、検査時間の短縮と省力化を実現するとともに、測定者間のばらつきを抑制し、検査品質の均一化にも成功しました。また、感染症検査では、感染性検体への接触機会を最小限に抑えられることから、検査従事者の安全性向上にも寄与することが期待されます。
今後の展開
本研究で開発した装置は、デジタルバイオ分析を全自動化することにより、高感度・高精度なバイオ分析性能を維持したまま、従来の課題であった測定の再現性、処理能力、ならびに操作性を大幅に向上させました。本装置は、研究用途にとどまらず、LDTをはじめとする臨床検査への展開を見据えた製品化プロトタイプであり、デジタルバイオ分析法の医療現場への普及と社会実装を加速することが期待されます。今後は、感染症のみならず、がんや認知症など幅広い疾患の早期診断や個別化医療を支える次世代の診断基盤としての発展が期待されます。ワンヘルス[用語4]の理念の下、医療分野に加え、農業、畜産業、環境分野など幅広いバイオ産業への展開も期待されます(図3)。
高感度・高速・低コストのデジタルバイオ分析を実現する全自動分析装置の製品化により、感染症、がん、認知症などの医療検査への導入に加え、ワンヘルスの理念に基づく農業、畜産、環境分野など幅広いバイオ分析への展開が期待されます。
本成果は、内閣府「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」の支援を受けてLDT向け製品として、基礎研究、装置開発、量産技術、臨床評価を一体的に推進する産学医連携体制により実現したものです。アカデミア発の革新的技術を社会実装へとつなぎ、「デスバレー(死の谷)[用語5]」の克服を示す先導的なモデルケースとして重要な意義を有しています。今後は、本成果を契機として、同様の産学医連携によるオープンイノベーションが一層促進され、日本発の次世代診断技術の社会実装を加速する新たなモデルとなることが期待されます。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「細胞外微粒子に起因する生命現象の解明とその制御に向けた基盤技術の創出(研究総括:馬場嘉信)」の研究課題「細胞外微粒子の1粒子解析技術の開発を基盤とした高次生命科学の新展開(研究代表者:渡邉力也、JPMJCR19H5)」、内閣府「研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」の助成により行われました。
参考文献
- [参考文献1]
- 2021年4月19日理研プレスリリース「新型コロナウイルスの超高感度・世界最速検出技術を開発」
- [参考文献2]
- 2023年6月12日理研プレスリリース「世界最速・簡易遺伝子検査法『Direct-SATORI法』の開発」
- [参考文献3]
- 2024年1月15日理研プレスリリース「膵臓がんにおける血液中の酵素活性異常の発見」
- [参考文献4]
- 2026年5月22日理研プレスリリース「『1分子計測リキッドバイオプシー』による膵臓がんの早期発見の実現に向けて」
- [参考文献5]
- 2025年9月2日理研プレスリリース「バイオマーカーの1分子デジタルSERS計数法を開発」
用語説明
- [用語1]
- デジタルバイオ分析法:遺伝子、タンパク質、酵素、細胞外小胞などの生体分子などを多数の微小反応容器に分配し、1分子レベルで検出・定量する分析技術。各反応容器の陽性・陰性をデジタル信号として解析することで、従来法を上回る高感度・高精度なバイオ分析を実現できることから、感染症、がん、認知症など幅広い疾患の診断や創薬研究への応用が期待されている。
- [用語2]
- LDT(Laboratory Developed Test):医療機関や臨床検査機関が自ら開発・性能評価を行い、自施設内で実施する臨床検査。市販の体外診断用医薬品(IVD)に先行して臨床導入できるため、新興・再興感染症など迅速な検査体制の構築が求められる場面において重要な役割を果たしている。
- [用語3]
- 感度・特異度:検査の性能を表す指標。感度は、陽性のものを正しく陽性と判定した割合。特異度は、陰性のものを正しく陰性と判定した割合。
- [用語4]
- ワンヘルス:人、動物、環境の健康を一体的に捉え、医療、獣医療、農業、環境などの分野が連携して健康課題の解決を目指す国際的な考え方。
- [用語5]
- デスバレー(死の谷):アカデミアで生まれた優れた研究成果が実用化に至らず停滞してしまう「研究開発と社会実装の間の障壁」のこと。
論文情報
- 掲載誌:
- Cell Reports Physical Science
- タイトル:
- COWFISH2A+ as a versatile and accessible platform for digital bioanalysis
- 著者:
- Tatsuya Iida, Hajime Shinoda, Mami Yoshimura, Asami Makino, Taichi Yoshimura, Masaharu Nakazawa, Hiroshi Hayakawa, Yasushi Kogo, Kosuke Miyauchi, Takeshi Noda, Toshiaki Ban, Hiroaki Takeuchi, Masashi Toyoda, and Rikiya Watanabe