新型コロナウイルスの重症化の鍵を握る変異を特定

2026年6月15日 公開

患者背景の影響を除外した解析により、SARS-CoV-2変異と重症度の関係を解明

ポイント

  • 東京科学大学の検査・臨床・基礎研究の連携により、国内感染者310症例の臨床情報とウイルスゲノム情報を統合解析しました。
  • 患者の年齢やワクチン接種歴などの影響を考慮した解析により、SARS-CoV-2の64個の変異が重症度と関連することを明らかにしました。
  • オミクロン株を含む変異株の中から重症化リスクに関わる変異を特定し、新たな変異株や未知の感染症のリスク評価に活用できる基盤を構築しました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野の石渡早織大学院生(研究当時)、谷本幸介特任講師、武内寛明教授、および統合臨床感染症学分野の具芳明教授らを中心とする、基礎研究者と臨床医が一体となった「基礎・臨床融合チーム」は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック初期からオミクロン株流行期までの患者データを用いて、ウイルス変異が重症化に与える影響を解析しました。

これまでのパンデミックでは、特定の変異株(デルタ株など)の流行に伴って重症者が増加する現象がみられましたが、それが「ウイルスそのものの性質の変化」によるものなのか、あるいは「高齢者の感染やワクチン未接種といった患者側の背景」によるものなのかを正確に切り分けることは、科学的に大きな課題でした。

本研究では、統計手法を駆使し、患者の年齢やワクチン接種歴などの要因を考慮した解析を行った結果、64個のSARS-CoV-2変異が重症度と関連していることを明らかにしました(図1)。これらの変異の中には、重症度との関連がこれまで報告されていなかったものも含まれていました。

本研究は、実際の国内感染者の臨床情報を用いて、ウイルスゲノム変異と重症度との関連性を明らかにした貴重な成果であり、本学における検査・臨床・基礎研究の緊密な連携によって実現したものです。

本研究で得られた知見は、将来出現する未知の感染症に対しても、病原体の変異が重症化に及ぼす影響を正確に評価するための重要な基盤となることが期待されます。

本成果は、6月3日付(米国東部時間)の「PNAS Nexus」誌に掲載されました。

図1. 本研究で重症度との関連が示された変異

背景

新型コロナウイルスは、流行の過程で次々と変異を繰り返し、アルファ株、デルタ株、オミクロン株といったさまざまな変異株が出現してきました。一般には「デルタ株は重症化しやすい」「オミクロン株は弱毒化した」というイメージがありますが、その実態を科学的に評価することは容易ではありません。なぜなら、重症化にはウイルスの性質だけでなく、患者の年齢やワクチン接種歴などの「宿主(人間)側の要因」も大きく影響するためです。そのため、どのウイルス変異が重症化に関与しているのかを正確に特定することは、公衆衛生上の重要な課題となっていました。

研究成果

2020年7月から2023年11月までの間に、本学病院でSARS-CoV-2検査陽性と判定された310症例について、検査残余検体から抽出したSARS-CoV-2の全ゲノム解析を、次世代シーケンサー[用語1]を用いて実施しました。検出された変異について、感染者の重症度との関連をウイルスGWAS[用語2]の手法により解析しました(図2)。その結果、64個の変異が重症度と関連することが示されました(図3)。

図2. 本研究の概要
310症例のデータからSARS-CoV-2変異と重症度の関連性をp値[用語3]オッズ比[用語4]をもとに評価
図3. 本研究にて得られた各変異と重症度の関連性の結果
色がついているものが統計的に有意に重症度との関連性が示された変異を表す。横軸はSARS-CoV-2のゲノム座標。

(1)「見かけ上の関連」の排除

解析の結果、オミクロン株は他の変異株と比べて重症化率が低いことが知られていますが、患者の年齢やワクチン接種歴の影響を統計的に補正したところ、重症化と関連する変異(ORF1ab:M5557I)が存在することが明らかになりました。この結果は、変異と重症化との関連を正しく評価するためには、患者背景を考慮した解析が不可欠であることを示しています。

(2)真に重要な変異の特定

一方で、デルタ株およびオミクロン株で認められた特定の変異(スパイクタンパク質のL452R変異など)は、患者側の要因を考慮した後も、重症化と有意に関連していることが確認されました。

社会的インパクト

SARS-CoV-2の変異と感染者の重症度との関連を評価するためには、感染者の詳細な臨床情報が不可欠です。本研究は、本学病院と基礎研究チームとの共同研究により、ウイルス変異と重症度との関連をヒト個体レベルで明らかにした貴重な成果です。

本研究の知見により、「どの変異が重症化のリスク要因となり得るのか」を客観的に評価できるようになるとともに、重症化に関与する変異のより正確な特定や、治療方針の決定に役立つことが期待されます。

今後の展開

本研究で確立した解析プラットフォームは、新型コロナウイルスに限らず、今後出現する可能性のある新たな病原体にも応用可能です。

今後は、多様なデータを迅速かつ統合的に解析できるシステムを構築し、ワクチン開発の迅速化や公衆衛生政策の立案・意思決定を支援することを目指します。

付記

本研究成果は、COVID-19という未曾有の危機に対し、本学病院をはじめ基礎・臨床の枠を超えて一体となることで得られました。また本研究は、東京科学大学学長裁量経費、教育研究組織改革分(組織整備)概算要求事業「感染症パンデミックを複層的に制圧するプラットフォーム整備事業」(関連プロジェクト:パンデミック原因病原体ゲノム検出技術の迅速開発プロジェクト)、日本医療研究開発機構(AMED)(21fk0108587h0001、22fk0108542s0201、23fk0108589h0001)の支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
次世代シーケンサー:DNAやRNAの塩基配列を高速かつ大量に読み取ることができる装置。
[用語2]
ウイルスGWAS:ウイルスのゲノム変異と病気の性質との関連を統計的に解析する研究手法。GWASはGenome-Wide Association Study(ゲノムワイド関連解析)の略。ヒトのGWASがヒトの遺伝子と病気との関連を調べるのに対し、ウイルスGWASはウイルスの遺伝子変異と感染症の特徴との関連を調べる。
[用語3]
p値:研究で観察された結果が偶然によるものではない可能性を評価するための指標。
[用語4]
オッズ比:ある結果(本研究では重症化)が「起こる確率」と「起こらない確率」の比を、2つのグループ間で比較した指標。「リスク比」とは異なる。

論文情報

掲載誌:
PNAS Nexus
タイトル:
Combinatorial analysis of clinical and genomic data used to assess the association between SARS-CoV-2 mutations and disease severity
著者:
Saori Ishiwatari, Kousuke Tanimoto*, Yukie Tanaka, Chihiro Tani-Sassa, Yuta Takahashi, Kazunari Sonobe, Shuji Tohda, Sayaka Sukegawa, Akinori Kimura, Yoshiaki Gu*, Hiroaki Takeuchi*
(*責任著者)

研究者プロフィール

石渡 早織 Saori Ishiwatari

東京科学大学 医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野 大学院生(研究当時)
研究分野:微生物学、免疫学、ゲノム生物学

谷本 幸介 Kousuke Tanimoto

東京科学大学 医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野 特任講師
研究分野:感染症、ゲノム生物学

具 芳明 Yoshiaki Gu

東京科学大学 医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野 教授
研究分野:臨床感染症、感染症疫学

武内 寛明 Hiroaki Takeuchi

東京科学大学 医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野 教授
研究分野:ウイルス学、細胞生物学、ゲノム生物学、感染症

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野
特任講師 谷本 幸介

東京科学大学 医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野
教授 武内 寛明

取材申し込み

東京科学大学 総務企画部 広報課