複数の超々小型衛星の編隊飛行による「非結線型フェーズドアレイ無線機」の開発に成功

2026年2月18日 公開

安価な衛星-スマホ直接高速通信の実現に期待

ポイント

  • 編隊飛行する1万機規模の超々小型衛星による大規模宇宙アンテナ実現に向けたCMOS集積回路(IC)の開発に世界で初めて成功
  • 空間ワイヤレス合成・分配アーキテクチャを新たに考案し、無線ICに実装することで、ケーブル配線のない非結線型フェーズドアレイ無線機を実現
  • 地上原理実験により、衛星―スマホ直接通信のための高精度なLTE通信とビーム制御に成功

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 未来産業技術研究所の湯浅景斗大学院生、白根篤史准教授らの研究グループ、マイクロウェーブファクトリー株式会社、岩手大学 本間・村田研究室、インターステラテクノロジズ株式会社は、1万~10万機の超々小型衛星を連携し、フォーメーションフライト(編隊飛行)[用語1]させることで、宇宙空間で巨大なアンテナとして機能させる、「非結線型フェーズドアレイ[用語2]無線機」の開発に成功しました。

ICとモジュール イメージ

従来の衛星通信では、高度500 km~1000 km程度の低軌道において、地上端末と直接高速通信することはできず、そのためには巨大な開口径のフェーズドアレイアンテナが必要となります。本研究では、巨大な開口径を達成するために、多数の超々小型衛星群により大規模宇宙アンテナを構築する「非結線型フェーズドアレイ無線機」を提案しています(図1)。この実現に向けて、本研究チームは新たに「空間合成・分配アーキテクチャ」を考案しました。これは、親機から基準信号を空間的にブロードキャストし、衛星間で信号を合成・分配するもので、非結線型特有の課題である“基準信号を同期できない”問題と、ケーブルを介した通信信号の合成・分配できないという課題を解決しました。

本無線機のプロトタイプは、安価で量産が容易なシリコンCMOSプロセス[用語3]を用いて製造した無線IC、スマホ地上端末との直接通信可能なLTE Band 3 / FDD(Frequency Division Duplex)[用語4]のアンテナ、衛星間通信用のKバンド[用語5]アンテナで構成しました。複数の超々小型衛星を模した無線機で行った地上実証実験において、LTE信号(256QAM)によるビームフォーミング[用語6]と良好な通信品質を得ました。本成果により、フォーメーションフライト衛星群による低コストで信頼性の高いDirect-to-Device(D2D)[用語7]衛星通信システムの実現が期待されます。

本成果は、2026年2月15日~19日(米国太平洋時間)に米国サンフランシスコで開催される国際会議「International Solid-State Circuits Conference 2026(ISSCC 2026、国際固体素子回路会議)」にて発表されました。

図1. 非結線型フェーズドアレイ技術を用いたフォーメーションフライトの概略図

背景

近年、山間部や海上など、地上基地局の電波が届かない場所でも、スマートフォンなどと直接通信できるD2D衛星通信システムが注目されています。しかし、送信出力やアンテナサイズに制約のある地上端末と宇宙空間との間で安定した高速通信を実現するには、衛星側に高いアンテナ利得が求められます。従来の衛星通信システムでは、巨大な展開型フェーズドアレイアンテナ(8 m×8 m)を持つ大型衛星に依存していましたが、高いコストと、故障に対する脆弱性が課題でした。

この課題を解決する手段として、本研究では1万~10万機の超々小型衛星群とゲートウェイ衛星(親機)を組み合わせた次世代D2D衛星通信システムを提案し、これらで実現可能なフォーメーションフライトによる非結線型フェーズドアレイ技術を提案しています(図1)。本技術は、多数の超々小型衛星が連携することで、等価的に巨大な開口面を持つアンテナとして機能します。機械的な展開機構が不要で軽量かつ信頼性が高く、一部の衛星が故障してもシステム全体としては維持できる高い堅牢性が特長です。

本技術の特徴は、個々の衛星が物理的に分離しているため、アンテナ素子間をケーブルのような物理的な配線ではなく無線で接続している点にあります。そのため、分散配置された各超々小型衛星には、フェーズドアレイアンテナとして機能するための無線ICを個別に搭載する必要があり、1万機から10万機という衛星数に応じた膨大な数の無線ICが必要となります。また、非結線型フェーズドアレイを実現するには、各アンテナ素子すなわち各衛星を協調動作させ、一体のアンテナとして機能させる必要があります。そのため、周波数変換に用いる基準信号の同期や、衛星間の信号の合成・分配、ビームフォーミングのための位相制御が必要不可欠となります。しかし、従来の無線機構成では、各衛星が基準信号を生成するための信号生成回路を個別に搭載しているため、デバイス誤差による個体差があります。その結果、生成される基準信号や位相にばらつきが生じるため、全ての超々小型衛星を用いた非結線型フェーズドアレイの実現は、技術的に困難でした(図2(a))。

研究成果

この課題に対し、本研究では親機から超々小型衛星群へ基準信号を一斉にブロードキャストするアプローチを採用しています。これにより、各超小型衛星が親機から送られてくる基準信号を受信し、そのまま周波数変換に利用することで、個体差の生じる信号生成回路を回路構成要素から排除しています。

スマホ直接通信システムの構成として、地上端末(スマートフォン等)と超々小型衛星間の直接通信(D2D)にはプラチナバンドからsub6帯の範囲を用い、超々小型衛星と親機間の空間ワイヤレス合成・分配(衛星間信号、基準信号)にはKバンドを使用します。

本実験における設定値としてアップリンクでは、各超々小型衛星が地上のスマートフォンから送信されたBand3の1.7 GHzのLTE信号を受信します。受信されたLTE信号は、無線IC内部でKバンド25.7 GHzの衛星間信号へと周波数変換され、空間合成できるよう位相制御した上で親機へ送信されます。これにより信号強度が高まり、通信品質の向上が図られます。

ダウンリンクでは、親機から送信・分配されたKバンド25.8 GHzの衛星間信号を、各衛星が一斉に受信し、Band3の1.8 GHzのLTE信号へと周波数変換します。ここでも、各衛星は位相制御した上で送信します。これにより、物理的に非結線状態である多数の超々小型衛星であっても、地上にある特定端末(スマホ)に向けて電波を集中させる「ビームフォーミング」が可能となります。

図2. 非結線型フェーズドアレイ実現方式の比較
(a)個体差が生じる従来の信号生成回路搭載型
(b)周波数同期を実現した提案する基準信号空間分配型

本研究で提案する回路(図2(b))では、親機から受信した24 GHzの基準信号を無線IC入力部の電力分配器を介して、アップリンクおよびダウンリンクの双方の信号経路へ供給しています。これにより、各ミキサーはこの同期の取れた基準信号を元に動作し、周波数変換を行うことが可能です。また、本設計ではアップリンク側では受信した基準信号と送信する衛星間信号を分離し、ダウンリンクでは受信した基準信号と衛星間信号の経路とを共有するアーキテクチャを提案しています。この構成により、各信号の増幅が可能になるだけでなく、ダウンリンクでは必要なアンプ数を削減して低消費電力化を実現しました。加えて、基準信号/衛星間信号の入出力ポートを統一しKバンドアンテナを単一化したことで高周波信号ラインの引き回しを単純化・小型化し、基板設計の複雑さも解消しました。

経路共有による発振リスクに対しては、-30 dBのアイソレーション性能を確保することで、送信信号の基準信号経路への漏れを防いでいます。あわせて、電力分配器には高アイソレーションなオンチップウィルキンソン電力分配器を用いることで、アップリンクとダウンリンクの経路間の干渉を抑制しています。これらの技術により、省電力な回路構成を維持したまま発振のリスクを排除し、提案する回路の安定動作を実現しました。

本研究では、安価で量産可能なシリコンCMOSプロセスで製造した無線ICおよび無線モジュールを試作しました(図3)。開発した無線ICは面積3.96 mm2と小型で、消費電力も300 mWに抑えることに成功しています。これらにより、電力等のリソースが限られた超々小型衛星でも搭載が可能となります。本技術の有効性を実証するため、試作モジュールを用いて衛星間でのLTE無線通信やビームフォーミング性能の評価を行いました。各模擬衛星に無線モジュールを搭載し、4台(2×2アレイ)で構成した非結線型フェーズドアレイの地上原理実験において、±25度の範囲でビームを制御できることを確認しました。また、スマートフォンで使用されるLTE信号(256QAM)の通信に成功しました。非結線型フェーズドアレイの動作を実証したことは、1万~10万機への拡張を見据えた基礎となり、高速かつ低コストなD2D衛星通信システムへの進化に大きく貢献します。

図3. 作製した無線ICおよび超々小型衛星用無線機

社会的インパクト

今回開発に成功した無線機は、小規模な構成ながらもフォーメーションフライトによる非結線型フェーズドアレイ技術の実現性を実証したものです。本成果は、従来の大型・高コスト衛星を代替する新技術の有効性を示す重要な第一歩となります。本研究で確立された多数の衛星間での空間合成・分配技術および超々小型衛星用無線ICは、安価な衛星の大量生産を可能にし、宇宙通信インフラの構築コストを引き下げます。これにより、山間部や海上、通信インフラの整っていない地域など、従来は電波の届かなかった地球上のあらゆる場所において、専用端末ではなく市販のスマートフォンで直接つながるD2D衛星通信システムの進展に大きく貢献します。

今後の展開

今後は、この成果を基盤としてシステム全体の信頼性向上に取り組み、本フェーズドアレイアンテナのさらなる大規模化の拡大を進めていきます。開発した無線ICの省電力化、高性能化、高機能化を図るとともに、実際の宇宙環境を想定した環境試験などを通じて、技術成熟度を高め、インターステラテクノロジズ株式会社をはじめ共同研究機関と連携して、宇宙空間での軌道上実証へとフェーズを移行させます。

用語説明

[用語1]
フォーメーションフライト(編隊飛行):複数の人工衛星が制御された隊列を組み、協調して飛行すること。本研究では、1万機以上の超小型衛星が群れを成して飛行し、それら全体が連携してあたかも1つの巨大なアンテナであるかのように機能する。
[用語2]
非結線型フェーズドアレイ:多数のアンテナ素子を並べ、それぞれの信号のタイミング(位相)を制御することで、物理的にアンテナを動かすことなく電波の方向(ビーム)を変える技術をフェーズドアレイと呼ぶ。通常は素子間がケーブルで接続されているが、本研究の非結線型は、素子となる各衛星が物理的に分離しており、無線で連携しているのが特徴。
[用語3]
シリコンCMOSプロセス:CMOSプロセスはN型とP型のMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を相補的に用いた集積回路(IC)であり、バイポーラプロセスと比較し消費電力の削減と高い集積率を実現したプロセスである。近年の集積回路は、ほぼCMOSプロセスとなっている。
[用語4]
LTE Band 3 / FDD(Frequency Division Duplex):スマートフォンなどで広く利用されている通信規格(LTE)の1つ。FDDにおけるBand 3はアップリンクでは1.7 GHz帯、ダウンリンクでは1.8 GHz帯の周波数を指し、多くの携帯電話会社が主要なバンドとして使用している。FDD(周波数分割複信)は、送信と受信で異なる周波数を使用し、同時に通信を行う方式。
[用語5]
Kバンド:18 GHzから27 GHzの周波数帯域。波長が短いためアンテナが小型化でき、大容量のデータ伝送に適している。本研究では、衛星間(親機と超小型衛星)の通信リンクに使用している。
[用語6]
ビームフォーミング:電波を細く絞って、特定の方向に向けて集中的に発射する技術。
[用語7]
Direct-to-Device(D2D):地上の基地局や専用のアンテナ装置を経由せず、人工衛星と一般的なスマートフォンなどの地上端末が直接通信を行う技術。山間部、海上、砂漠など、地上の通信インフラが整備されていない地域でも通信が可能になる。

学会情報

発表学会:
2026 IEEE International Solid-State Circuits Conference (ISSCC)
セッション:
Session5 - Sub-THz and mm-Wave Phased Arrays and Beamformers
講演時間:
現地時間2月16日午後1時30分
タイトル:
A Formation Flight Phased-Array Transceiver for Spatial Power Combining and Distributing Architectures in Direct-to-Device-Communication Satellite Constellations
著者:
Keito Yuasa1, Yuya Takahashi1, Shunya Watanabe1, Sena Kato1, So Ema2, Genma Hattori2, Atsushiro Naka3, Sumio Morioka3, Takahiro Inagawa3, Kentaro Murata4, Naoki Honma4, Jill Mayeda1, Atsushi Shirane1
所属:
1Institute of Science Tokyo, 2Microwave Factory, 3Interstellar Technologies, 4Iwate University
DOI:
未定

ISSCC 2026 会議情報:
学会サイト:ISSCC - International Solid-State Circuits Conference
プログラム:ISSCC Program Overview

研究者プロフィール

湯浅 景斗 Keito Yuasa

東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 大学院生
研究分野:集積回路、衛星通信、無線電力伝送

白根 篤史 Atsushi Shirane

東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 准教授
研究分野:集積回路、衛星通信、無線電力伝送

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東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所
准教授 白根 篤史

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