解析困難な次世代の医薬分子を微量で可視化

2026年8月31日 公開

分子量最大899 DaのbRo5をμgオーダーで構造解析

ポイント

  • 結晶スポンジ法の課題であった分子量500 Da以上の構造解析・可視化に成功
  • 分子に合わせて細孔構造が変化するMOFを開発し、μgレベルの試料から絶対立体配置まで決定可能に
  • 市販のイベルメクチンから類縁体を分離し、新規誘導体の構造解明に成功

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 化学系の馬場大知大学院生(博士後期課程)、田上優大学院生(修士課程、当時)、和田雄貴助教(当時、現 東京科学大発ベンチャー テクモフ株式会社 ディレクター)、ユーソフ・パベル特任准教授、河野正規教授(兼テクモフ株式会社 CSO)および中央大学 基幹理工学部 応用化学科の岩崎有紘准教授らの研究グループは、従来の結晶スポンジ法[用語1]用途の金属有機構造体(Metal-Organic Framework:MOF)[用語2]では解析が困難であった、分子量500 Da以上のBeyond Rule of 5(bRo5)[用語3]医薬分子の構造解析を可能にする新しいMOF 「APF-40」を開発しました。

bRo5は副作用が少なく、強い薬効を持つポテンシャルを有しながら合成コストが低い医薬品領域です。しかし、このような医薬品分子の構造解析をマイクログラム(μg)[用語4]といった微量サンプルで行うことは未開拓な領域であり、研究開発のボトルネックとなっています。本研究で用いた結晶スポンジ法は、2025年にノーベル化学賞を受賞した研究分野であるMOFに対象分子を整列させることにより分析を行う手法です。しかし、分子量500 Daを超えると解析例が極端に少なくなる課題が存在しました。

研究グループは、分子量500 Da以上の化合物の包接[用語5]を目指したMOFの開発を行い、1 nm級の細孔を有する材料APF-40の開発に成功しました。APF-40は二重に貫入した柔軟な骨格を持ち、分子の大きさや形状に応じて細孔構造がしなやかに変化することで、大型かつ柔軟な分子を精度良く固定できます。本研究では、分子量500 Daを超える8種類を含む計12種類の医薬関連分子の構造解析に成功し、最大899 Daのドラメクチンの立体構造を決定しました。さらに、市販イベルメクチン試料中から未知誘導体を分離・構造決定しました。本成果は、大型医薬分子や微量天然物などの従来解析が困難だった分子の構造解析を可能にし、創薬や天然物化学の発展に大きく貢献すると期待されます。

この研究は、8月4日付(現地時間)で「Journal of the American Chemical Society 」誌にオープンアクセスでオンライン掲載されました。

図1. 本研究の概念図

背景

1997年にLipinskiらによって報告された「ルール・オブ・ファイブ[用語6]」とは、飲み薬になりやすい化合物の特徴をまとめた経験則です。この経験則に当てはまる薬は「低分子医薬品」と呼ばれ、薬局などで市販されている薬の多くがこの分類にあたります。低分子医薬品は分子が小さいため、安価に安定して作ることができますが、目的のタンパク質以外にも作用し、副作用を引き起こしやすいという問題があります。

これに対して、分子量が15万を超えるタンパク質を使った「抗体医薬品」も開発されています。抗体医薬品は非常に大きく複雑な形をしているため、狙った1種類のタンパク質だけに正確に結合し作用する一方、製造に手間がかかるため非常に高価で、保管や管理が難しいという課題があります。

このような低分子医薬品と抗体医薬品の中間に位置するのが「中分子医薬品」で、近年注目を集めています。中分子医薬品は、低分子医薬品と抗体医薬品、両方の利点を兼ね備えていると期待されています。つまり、副作用が少なく高い薬効を持ちながら、比較的安く安定して作れる可能性があります。

中分子医薬品のような、Lipinskiの「ルール・オブ・ファイブ」を超えた化合物群は、「Beyond Rule of Five(bRo5)」と呼ばれています。特に、分子量が500 Daを超える化合物が中分子医薬品として注目される大きな流れとなっています。bRo5化合物の研究における大きな壁の1つが、正確な分子の形を明らかにすることです。分子量が大きい化合物は結晶を作成するのが難しいため、単結晶を利用したX線構造解析を用いることができない場合が多くあります。そこで代わりに使われるのが核磁気共鳴(NMR)ですが、分子量が大きくなるほどピーク同士が複雑に重なり合ってしまい、構造の解析が難しく、時間もかかるためです。

この問題を解決する技術として注目されているのが、2013年に東京大学の藤田誠卓越教授らの研究グループにより開発された結晶スポンジ法です[参考文献1-4]。本手法は、2025年にノーベル化学賞を受賞した研究分野であるMOF(金属有機構造体)というサブナノメートルサイズの細孔を持つ材料に、解析対象分子を整列させることにより分析を行う手法です。結晶スポンジ法は、単結晶の作成などの事前実験の必要がなく、取り込みに必要な試料はμgスケールと微量であることが特長です。一方でこれまで解析できる分子サイズには限界があり、500 Daを超える分子への適用例はごく限られていました。これは原理的に難しいというものではなく、分子量500 Da以上の化合物に適したMOFが開発されていないというのが課題でした。

研究成果

研究グループは、これまでのMOFの研究成果をもとに、分子量500 Daを超える分子の分析に適用することを目指し、分子を取り込む能力と容量を高めたMOFを設計しました。

今回合成したMOFはAPF-40と命名し、その特徴を詳細に調べました。その結果、APF-40は同じ構造が互い違いに組み合わさった二重貫入構造を持ち、500 Daの分子も容易に通り抜けられる約1 nmの細孔と解析に適した低対称性の空間を備え、さらに水分子やジメチルアンモニウムイオンがつくる水素結合のネットワークを持つことが分かりました(図2)。

図2. 単結晶X線構造解析により明らかにされたAPF-40の構造

このMOFを使い、ステロイドや長鎖脂質、アベルメクチン誘導体など、合計12種類の化合物の構造解析に成功しました(図3)。取り込まれた結晶構造を詳しく解析すると、水素結合ネットワークがゲスト分子の形に合わせて位置を変え、それに伴い二重貫入構造の位置もずれて、細孔が広がったり縮んだりすることが確認されました。中でも、ドラメクチン(899 Da)とイベルメクチンB1a(875 Da)は従来のMOFを使った結晶スポンジ法では解析できなかったサイズであり、MOFで解析できる分子の最大値を大きく更新する結果となりました。

図3. 開発されたAPF-40により解析されたbRo5化合物の構造式と観測された電子密度マップ。電子密度により化合物の構造を判定できる。

さらに、市販のイベルメクチン試薬を解析している過程で不純物の存在に気付き、液体高速クロマトグラフ(HPLC)を用いて25〜100 μgほど含まれていた副成分を分離しました。このサンプルから6種類のアベルメクチン誘導体の構造を解析したところ、そのうち1つは化合物データベースCASにも登録されていない新規の誘導体エチルイベルメクチンであることが分かりました。これらの構造はNMRやMSによる解析結果とも矛盾なく一致し、正しさが裏付けられました。この結果は、MOFを用いた結晶スポンジ法・NMR・MSを組み合わせることで、2次元NMR測定に必要な試料量を確保できない微量成分についても、分子構造を正確に決定できることを示しています。

社会的インパクト

創薬において、候補となる化合物の構造を決定することは、開発スピードを左右する重要な工程です。今回開発したAPF-40により、次世代の医薬品として注目されるbRo5やその類縁化合物、さらにごく微量しか存在しない天然物の構造解析の可能性を開くことができました。これまで解析手段がなく進展してこなかったこれらの分子の構造決定が大幅に効率化されることは、新薬開発や天然物探索の加速につながると期待されます。

また、市販品から新しいアベルメクチン誘導体を発見できたことは、解析手段がなかったためにこれまで見過ごされてきた成分を明らかにできる可能性を示しています。工業的には、市販試薬の品質管理や不純物解析への応用も期待されます。

今後の展開

今後はAPF-40をさらに発展させ、より大型の医薬分子やペプチド、オリゴ糖、天然物、微量代謝物などに適用し、より正確により確度が高い解析法に展開できるようにMOF開発も含めて進めていきます。

また、HPLCや質量分析、NMRと組み合わせた統合的な構造解析技術として発展させることで、創薬・天然物化学・品質管理など幅広い分野での実用化を目指します。さらに、今回開発したMOFは、東京科学大学発ベンチャーであるテクモフ(TEKMOF)株式会社との連携や共同研究などを通じて、これまで微量なために構造解析が難しかった化合物への応用を実際に進めていきます。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP21K18976、JPMJSP2106、JP24K21780、JP25K18046、JP25K01784、JP26KJ1157、JP26K08378)、同 学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキーの物質科学」(JP23H04878)、同 日中韓フォーサイト事業およびJST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2180)、旭化成ファーマ(当時、現 旭化成セラピューティクス株式会社)、テクモフ株式会社の助成を受けたものです。また、単結晶X線回折実験は、フォトンファクトリープログラム諮問委員会の承認(2021G046、2022G621、2024G528)を得て、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の放射光実験施設PF-BL5Aにて行われました。

参考文献

[参考文献1]
Inokuma, Y.; Yoshioka, S.; Ariyoshi, J.; Arai, T.; Hitora, Y.; Takada, K.; Matsunaga, S.; Rissanen, K.; Fujita, M. Nature 2013, 495 (7442)
[参考文献2]
Lee, S.; Kapustin, E. A.; Yaghi, O. M. Science 2016, 353 (6301), 808–811.
[参考文献3]
Wada, Y.; Usov, P. M.; Chan, B.; Mukaida, M.; Ohmori, K.; Ando, Y.; Fuwa, H.; Ohtsu, H.; Kawano, M. Nat. Commun. 2024, 15 (1), 81.
[参考文献4]
Nakagawa, T.; Wada, Y.; Chan, B.; Baba, T.; Hanaya, K.; Koseki, Y.; Asano, R.; Aoki, K.; Usov, P. M.; Kawano, M. J. Am. Chem. Soc. 2025, 147 (32), 29013–29025.

用語説明

[用語1]
結晶スポンジ法:2013年に東京大学の藤田誠卓越教授らのグループによって報告された新たな分析手法。通常の単結晶X線構造解析では、分子が固体全体で規則的に整列した単結晶にX線を照射し、発生した回折X線から分子の構造を解析する。結晶スポンジ法では、規則的に整列した穴(=細孔)を持つMOF [用語2] に分子を取り込むことで、単結晶化が困難な分子でもX線回折による構造解析を可能とする。
[用語2]
金属有機構造体(Metal-Organic Framework:MOF):「金属イオン」と「有機分子(有機配位子)」が組み合わさって構成される、分子サイズの細孔を持つ結晶性材料。細孔を有する材料としてはゼオライトやメソポーラスシリカなどが有名であるが、MOFは細孔の大きさや内部環境を自在に設計できることから注目を集めている。細孔を利用し、ガス吸着・分離、触媒、医薬品分子の体内輸送などへの応用が期待されている。
[用語3]
Beyond Rule of 5(bRo5):従来の低分子医薬品の設計指針である「Rule of 5 [用語6]」の条件を超える医薬品候補分子の総称。一般に分子量500 Da以上などの特徴を持ち、環状ペプチドやPROTACなどの新しい創薬モダリティが含まれる。高い創薬ポテンシャルを持つ一方、分子が大きく柔軟であるため、立体構造解析は従来法では難しいことが多い。
[用語4]
マイクログラム(μg):質量の単位で、100万分の1グラム(10–6 g)を表す。1ミリグラム(mg)の1,000分の1に相当し、本研究ではマイクログラムレベルの極微量試料から分子構造を決定することに成功した。
[用語5]
包接:分子が他の分子や材料の内部空間(細孔や空洞)に取り込まれる現象。結晶スポンジ法では、解析対象分子をMOFの細孔内へ包接することで、分子を規則正しく配列させ、X線回折による構造解析を可能にしている。
[用語6]
Rule of 5(ルール・オブ・ファイブ):Lipinskiらによって提唱された、経口医薬品になりやすい化合物の性質を示す経験則。一般に、(1)分子量500 Da以下、(2)水素結合供与体5個以下、(3)水素結合受容体10個以下、(4)脂溶性の指標であるlogPが5以下、の4条件を満たす化合物は経口薬として良好な吸収性を示しやすいとされる。この条件を超える化合物は「Beyond Rule of 5(bRo5)」と呼ばれ、近年の新しい創薬分野で注目されている。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
An Adaptable Porous Metal–Organic Framework for Structural Visualization of Beyond Rule of 5 Molecules on the Microgram Scale
著者:
馬場 大知、田上 優、渡邉 夏海、バン チェン、中川 智暉、祝 伊穎、岩﨑 有紘、ユーソフ パベル、和田 雄貴、河野 正規

研究者プロフィール

馬場 大知 Taichi Baba

東京科学大学 理学院 化学系 大学院生(博士後期課程3年)
研究分野:単結晶X線回折、金属有機構造体、超分子化学

和田 雄貴 Yuki Wada

テクモフ株式会社 ディレクター
東京科学大学 理学院 化学系 助教(当時)
研究分野:金属有機構造体、単結晶X線回折

ユーソフ・パベル Pavel Usov

東京科学大学 理学院 化学系 特任准教授
研究分野:金属有機構造体、電気化学、ガス吸着

河野 正規 Masaki Kawano

東京科学大学 理学院 化学系 教授
兼 テクモフ株式会社 CSO
研究分野:結晶学、錯体化学、超分子化学、金属有機構造体

岩﨑 有紘 Arihiro Iwasaki

中央大学 理工学術院 化学系 准教授
研究分野:天然物化学、核磁気共鳴分光法(NMR)、ケミカルバイオロジー

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