陶器形状から、記録にない江戸時代の暮らしを描き出す

2026年8月20日 公開

幾何学的形態測定学と機械学習で肥前「大甕」243点を分析

ポイント

  • 江戸時代に水や醤油の貯蔵から肥溜め、埋葬などに使われた大型陶器の形態の標準化についてAIを用いて解析。
  • 大甕の輪郭を、幾何学的形態測定学と機械学習を組み合わせて解析することで、年代の判明した資料が乏しくても形態変化を追うことが可能。
  • 文献に記された歴史的事件が、日用品の「形」にまで及んでいた可能性を示し、職人や消費者の暮らしの側から考古科学的な考察を行う手がかりを提供。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院のロフタス・ジェームズ・フランシス准教授は、江戸時代(1603〜1868年)に肥前国[用語1](現在の佐賀県・長崎県周辺)で生産された大型陶器「大甕(おおがめ)」の形態変化を、考古科学の手法である幾何学的形態測定学(GMM)[用語2]と、人工知能(AI)の一種である機械学習(ランダムフォレスト)[用語3]を組み合わせて分析しました。

大甕は、水や醤油の貯蔵、肥溜め(人糞を集める肥料容器)、さらには遺体を納める甕棺(かめかん)[用語4]として埋葬にも用いられた、江戸時代の人々の暮らしと死の双方を支えた多機能な容器です。

本研究では、肥前・筑前地域(現在の佐賀県・福岡県)の窯跡および墓地から出土した243点の大甕の形状をデータ化・解析し、(1)時代が下るにつれて形のばらつきが統計的に有意に減少し、形態の標準化が進んだこと(2)墓地(甕棺)から出土した甕と窯跡から出土した甕との間に明確な形態的分化があることの2点を明らかにしました。

これは、大甕の形が、時間の経過に伴う標準化と、日常使用・埋葬という用途ごとの要請の双方によって変化していったことを示しています。標準化されたことを前提としていたこれまでの考察に対して、AIを取り入れた新たな手法により、初めて定量的な検証を行い、新たな考古科学的な考察を行なった点が本研究の特色と言えます。

本成果は、8月19日付(現地時間)の「Open Archaeology」誌に掲載されました。

図1. 遺体を納める甕棺として使われた大甕の3Dスキャン。水や醤油の貯蔵から埋葬まで江戸の暮らしと死を支えた万能容器である。(3Dモデル作成:著者)

背景

江戸時代(1603〜1868年)、肥前国(現在の佐賀県・長崎県周辺)は、有田焼に代表される輸出用磁器と、人々の日常を支える陶器の双方を生産する一大窯業地でした。なかでも「大甕(おおがめ)」は、高さ60〜100 cmにも及ぶ大型の陶器で、水や醤油の貯蔵、肥溜め(人糞を集める肥料容器)、さらには遺体を納める甕棺(かめかん)として埋葬にまで用いられた、暮らしと死の双方を支える多機能な容器であったと考えられています。

先行研究では、清朝の海禁(1647〜1684年)による中国磁器輸出の停滞や、肥前における磁器の大量生産体制の確立といった歴史的変化が、陶磁器の形態の「標準化」を促した可能性が指摘されてきました。しかし大甕については、こうした標準化が実際に起きたのかを定量的に検証した研究はこれまで存在せず、形状の変遷の詳細な検証や考察は行われてきませんでした。要因としては、年代の定まらない資料が多く、従来の手法では形の変化を時間軸に沿って追うことが難しかったことが挙げられます。

研究成果

本研究では、肥前・筑前地域(現在の佐賀県・福岡県)の窯跡2ヵ所および墓地9ヵ所から出土した、合計243点の大甕を分析対象としました。発掘調査報告書に掲載された各資料の実測図をデジタル化し、大甕の輪郭(プロファイル)を抽出して、楕円フーリエ解析(EFA)[用語5]を用いた幾何学的形態測定学(GMM)によって、器全体の形状を定量的なデータへと変換しました。

大甕は年代が判明していない多くの大甕の分類を進めるため、本研究では人工知能(AI)の一種である機械学習「ランダムフォレスト」を導入しました。年代の判明した6点の基準資料(1629〜1800年)を手がかりに、未年代資料を形態の類似度に基づいて6つの時期ステージ(図2)へと振り分け、日本の歴史時代考古学で長年の課題であった「年代不明資料」の問題に対処することを試みました。

図2. 年代が判明した資料を基準として設定した6つの時期ステージ

解析の結果、

(1)
時代が下るにつれて大甕の形のばらつき(ステージ内分散[用語6])が統計的に有意に減少し、とりわけ肩・首・口縁部で形態の標準化が進んだことが分かりました。これは、1773年に藩が寸法を定めた「半胴甕(はんどうがめ)」など、藩による生産統制が及んだ部位とも一致しています。(図3)
(2)
墓地(甕棺)から出土した甕は、窯跡から出土した甕に比べて背が高く、肩が狭く口縁の閉じた形をしており、両者の間に明確な形態的分化が認められました。(図4)
図3. ランダムフォレストにより分類した6つの時期間における大甕形態の変化。
上図は主成分分析(PCA)による形態分布、下図は各時期間の形態分散(標準化)の推移を示す。時代が進むにつれて形態のばらつきが減少し、大甕の形態が徐々に標準化したことが示された。
図4. 主成分分析(PCA)およびThin-Plate Spline(TPS)による墓地出土甕と窯跡出土甕の形態比較。
左図のPCAでは両者が異なる形態群を形成することが示され、右図のTPSでは墓地出土甕は細長く、窯跡出土甕は肩部が張った形態を示す。

社会的インパクト

本研究の意義は、清朝の海禁(1647〜1684年)や鎖国下の貿易統制、藩による生産規制といった、文献に記録された大きな歴史的事件が、当時の人々の日用品にどのような痕跡を残したのかを、「形」という物質的な手がかりから検討できる点にあります。実際、本研究で標準化が最も進んだ肩・首・口縁部は、1773年に藩が寸法を定めた「半胴甕」など、生産統制が及んだ部位と重なっていることが分かりました。本研究で見いだした手法は、輸出用磁器や支配層に関する記録に偏りがちな従来の歴史像を、土器をつくった職人や利用していた庶民の暮らしの側から補うものです。

また、墓地用の甕が日常用の甕と形を異にするという発見は、「埋葬用の甕は日常品の転用にすぎない」という従来の見方に再考を迫り、用途に応じて甕が意図的に作り分けられていた可能性を示唆しています。これは、ありふれた日用品の形が、生産統制や手工業の組織化、そして死をめぐる習俗といった社会の動きを映し出すことを示す結果と言えます。

さらに、年代測定が十分に進んでいない近世日本の膨大な考古資料に対し、幾何学的形態測定学と人工知能(AI)を組み合わせる本手法は、考古科学の新たな枠組みとして、低コストかつ再現可能な分析を可能とします。これは、年代の手がかりが乏しく、これまで読み解くことが難しかった地域や時代の物質文化に光を当て、定量的に分析する新たな道を開くものです。

今後の展開

今後は、胎土や表面処理、装飾といった形以外の属性を解析に組み込み、形態変化を物質技術や消費の変化のなかに深く位置づけることで、より詳細な分類・考察を試みます。また、肥前以外の地域の大甕へと分析を広げることで、本研究で観察された標準化の傾向が肥前に固有のものか、近世日本に広くみられた現象かを検証します。これらを進める上でも、年代の確実な基準資料を増やしAIの解析精度を高めることが、今後の重要な課題として挙げられます。

参考文献

[参考文献1]
下村 智(1994):「北部九州の近世墓に使用される棺甕について」『先史学・考古学論究:熊本大学文学部考古学研究室創設20周年記念論文集』241–257頁、龍田考古会
[参考文献2]
東中川 忠美(1987):「肥前における近世の大甕」『東アジアの考古と歴史:岡崎敬先生退官記念論集』第2巻、749–770頁、同朋舎
[参考文献3]
Loftus, J. F.(2025):A Geometric Morphometric Dataset of Edo-Period ‘Ogame’ Jar Profiles from Northern Kyushu, Japan. Journal of Open Archaeology Data, 13.(本研究のデータ論文)
[参考文献4]
Loftus, J. F.(2022):Reexamining Ceramic Standardization during Agricultural Transition: A Geometric Morphometric Investigation of Initial–Early Yayoi Earthenware, Japan. Open Archaeology, 8(1), 1249–1268. DOI:10.1515/opar-2022-0273(弥生土器の標準化を検討した著者の関連研究)

用語説明

[用語1]
肥前国(ひぜんのくに):現在の佐賀県・長崎県周辺にあたる地域。有田焼など輸出用磁器の一大生産地であると同時に、大甕などの陶器も生産した。
[用語2]
幾何学的形態測定学(GMM):かたち(形態)を点や輪郭の座標として数値化し、統計的に比較・分析する手法。本研究では大甕の輪郭全体を定量データに変換するために用いた。
[用語3]
機械学習(ランダムフォレスト):人工知能(AI)の一種で、多数の決定木を組み合わせて分類や予測を行う手法。本研究では年代の判明した資料をもとに、未年代の大甕を時期ステージへ振り分けるために用いた。
[用語4]
甕棺(かめかん):遺体を納めて埋葬するために用いられた大型の甕。北部九州では、庶民にも手の届く棺として近世でも広く用いられた。
[用語5]
楕円フーリエ解析(EFA):閉じた輪郭を一連の周期関数(調和関数)に分解し、形を数式で表現する方法。輪郭全体の特徴を再現可能なかたちで記述できる。
[用語6]
ステージ内分散:同時期ステージに属する資料同士の形のばらつきの大きさ。値が小さいほど形が揃っており、標準化が進んだことを示す。

論文情報

掲載誌:
Open Archaeology
タイトル:
Water, Soy Sauce, Feces, and Death: A Geometric Morphometric and Machine Learning Analysis of Edo-Period Ogame Jars, Japan(水・醤油・糞・死:幾何学的形態測定学と機械学習を用いた江戸時代「大甕」の形態変化分析)
著者:
James Frances Loftus(ロフタス・ジェームズ・フランシス)

研究者プロフィール

ロフタス・ジェームズ・フランシス James Frances Loftus

東京科学大学 未来社会創成研究院/リベラルアーツ研究教育院 准教授
研究分野:考古学、生物人類学、考古科学
(幾何学的形態測定学・機械学習による土器形態分析)

ロフタス・ジェームズ・フランシス James Frances Loftus

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ロフタス・ジェームズ・フランシス(James Frances Loftus)

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