世界初、環境価値取引の信頼性を確保するハイブリッドブロックチェーン技術を開発
市場取引により水素・CO2・合成燃料の価値を可視化し、カーボンニュートラルの実現に貢献
概要
東京科学大学(以下、Science Tokyo)総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所小田拓也特任教授(兼務:北九州市立大学)、情報理工学院 数理・計算科学系の田中圭介教授、同学院 情報工学系のデファゴ・クサヴィエ(Defago Xavier)教授、田村康将特定助教(兼務:北海道大学)と三菱電機株式会社(以下、三菱電機)は共同で、環境価値取引の信頼性を確保するハイブリッドブロックチェーン(BC)[用語1]技術を、世界で初めて[用語2]開発しました。本技術は、水素、CO2、合成燃料などの変換価値[用語3]と、その環境価値[用語4]に関する履歴を正確に記録・管理し、改ざんが極めて困難な形で保存します。これにより、事業者や個人がエネルギーや合成燃料の取引に安心して参加できる仕組みを提供し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献します。
温室効果ガスの排出量削減に向けて、企業や自治体は太陽光や風力などの再生可能エネルギーの導入を積極的に進めています。これらの取り組みを通じて得られる環境価値は、温室効果ガス削減目標の達成状況やESG評価などの根拠として活用され、国内では非化石証書市場[用語5]やJ-クレジット制度[用語6]、海外ではI-REC[用語7]などの制度を通じて取引されています。さらに、東京都と日本取引所グループは、2024年度からグリーン水素トライアル取引事業を開始し、市場形式での水素取引を試行しています。しかし、このように制度や市場が拡大する一方で、環境価値の認証や取引管理、運用にはいくつかの課題があります。例えば、再生可能エネルギーは、電気や熱として直接利用されるだけでなく、水素や合成燃料などさまざまな形に変換して利用されるため、環境価値を正しく取引するためには、全ての環境価値の発生源や数量を正確に把握した上で、変換プロセスを透明化する必要があります。しかし、現状では、認証基準や情報管理方法が統一されておらず、記録情報を一元的に管理・流通させるための仕組みが十分に整備されていません。また、証書発行時のタイムラグや手続きの不透明性、グリーンウォッシュなどの問題も存在します。これらの課題を解決し、環境価値取引の信頼性を維持するためには、膨大な量のデータ処理の高速化とトレーサビリティーを確保する仕組みが不可欠です。
今回、暗号・分散システムやエネルギーシステム技術に強みを持つScience Tokyoと、エネルギーマネジメント技術に強みを持つ三菱電機は、「三菱電機エネルギー&カーボンマネジメント協働研究拠点[用語8]」において、参加者を限定したプライベート型のトレーサビリティー用BCと、多くの参加者が自由に参加できるパブリック型の価値取引用BCを独自開発し、これらを組み合わせることで、環境価値取引における膨大な記録情報の高速処理と履歴追跡という課題を解決し、環境価値の正確な評価と一元的な管理・流通を可能にする新たなハイブリッドBC技術を開発しました。本技術により、再生可能エネルギー由来の電気、熱、水素、CO2、合成燃料などの変換価値とその環境価値を市場取引で可視化するとともに、それらの変換履歴と取引履歴を、改ざんが極めて困難な形で保存します。これにより、事業者や個人がエネルギーや合成燃料の取引に安心して参加できる「分散型価値取引市場[用語9]」の構築と各地域社会への提供に貢献し、環境価値を地域内で循環させる地産地消型のカーボンニュートラル社会の実現に寄与します。
開発の特長
1. 取引データと入出力データの管理により、取引価値と変換履歴の可視化・一元管理を実現
- パブリック型の価値取引用BCでは、合意形成プロセスに最適な取引の組み合わせを探索する独自方式[用語10]を採用。これに加え、シングルプライスオークション[用語11]、独自開発の連続マルチプライスダブルオークション[用語12]など、取引条件に応じて約定方式を柔軟に設定可能な仕組みを構築。電気、熱、水素、CO2、合成燃料などの多様な環境価値ごとに市場を設けることで、市場の取引状況に応じた約定価格決定と取引価値の可視化を実現
- プライベート型のトレーサビリティー用BCでは、参加者が価値変換装置[用語13]の入出力データを相互に監視し、両者にCO2強度(単位量当たりのCO2排出量)を紐づけることで、変換プロセスを透明化し、環境価値の信頼性確保を実現
- 開発した2つのBCをシステムとして統合することで、多様な環境価値を可視化しながら一元管理する仕組みを構築(図1)
2. 階層型BC構造により膨大な計測データの高速処理と安全保存を実現
- トレーサビリティー用BCには、長期記憶ノード・短期記憶ノード・センサーノードから構成される階層構造を採用。価値変換装置に設置された小型BCサーバー(センサーノード)から送信される膨大な計測データを、複数の短期記憶ノードで分担保存することで、高速処理を実現。その後、長期記憶ノードが部分データを統合し、全体データのブロックとして保存することにより、改ざんが極めて困難な形での膨大な計測データの保存を実現(図2)
- 合意形成プロセスにBFT[用語14]方式を採用することで、データ紛失や不正情報混入のリスクを低減した上で合意形成時間を短縮。さらに合意形成プロセスを並列化することで、処理の高速化を実現
今後の展開
2030年代に本技術を実用化することを目指し、地域社会での実証評価に向けた開発を進めます。これにより、多くの参加者が安心して環境価値を取引できる「分散型価値取引市場」の構築を加速し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献します。
役割分担
| 組織名称 | 担当内容 |
|---|---|
| Science Tokyo |
・電力・熱・化学物質間の変換価値の可視化技術、取引技術、取引履歴の分散管理技術の研究 ・アルゴリズムの研究・評価、ユースケースの検討 |
| 三菱電機 |
・電力・熱・化学物質間の変換価値の可視化技術などの評価 ・システムの実装・評価、ユースケースの検討 |
用語説明
- [用語1]
- ハイブリッドブロックチェーン(BC):取引記録などの情報を「ブロック」と呼ばれる単位にまとめ、時系列で鎖のように繋げて保存する仕組み
- [用語2]
- 世界で初めて:2026年3月16日現在、三菱電機調べ。環境価値の取引履歴だけでなく計測データを含む全てのデータをBCで管理する技術として
- [用語3]
- 変換価値:再生可能エネルギーや低炭素技術によって、ある形のエネルギーを電力・合成燃料など別の形に変換する際に生じる価値を、発生源や数量とともに記録・証明したもの
- [用語4]
- 環境価値:再生可能エネルギー由来電力や低炭素技術などによって得られる温室効果ガス削減効果や環境負荷低減効果を数値化し証明したもの
- [用語5]
- 非化石証書市場:再生可能エネルギーや原子力など、化石燃料を使用しない電源から発電された電力の「非化石価値」を証書化し、取引する市場。日本卸電力取引所が運営
- [用語6]
- J-クレジット制度:国内の温室効果ガス排出削減量や吸収量をクレジットとして認証し、企業や自治体などが売買できる制度。再生可能エネルギーの導入、省エネ設備の設置、森林管理などによる削減・吸収量などが対象
- [用語7]
- I-REC(International Renewable Energy Certificate):国際的な再生可能エネルギー証書制度。発電事業者が再生可能エネルギー由来電力の環境価値を証書化し、国境を越えて取引できる仕組み
- [用語8]
- 三菱電機エネルギー&カーボンマネジメント協働研究拠点:2023年4月14日広報発表「三菱電機と「三菱電機エネルギー&カーボンマネジメント協働研究拠点」を設置 | 旧・東京工業大学」。三菱電機とScience Tokyoの強みを活かし、電力・熱・化学物質などのエネルギーや物質に関する環境価値取引を含むエネルギー&カーボンマネジメント、カーボンリサイクルなどのグリーントランスフォーメーション関連技術の開発や未来価値洞察・技術トレンド分析による新技術の探索・創出活動に取り組む組織
- [用語9]
- 分散型価値取引市場:環境価値を、地域やコミュニティ単位で安全かつ透明に取引できる市場。BC技術により取引記録や価値の証明を分散管理し、価格は場所・時間・量に応じて決定される
- [用語10]
- 独自方式:2021年1月18日広報発表「需要家の取引ニーズに応じてP2P電力取引を最適化するブロックチェーン技術を開発 | 旧・東京工業大学」
- [用語11]
- シングルプライスオークション:取引時間修了後に全注文を集計して1つの約定価格(シングルプライス)を決定する方式。全参加者が同一価格で取引するため、価格の公平性が高く、取引の透明性を確保しやすい一方で、リアルタイム性は低い
- [用語12]
- 連続マルチプライスダブルオークション:取引参加者が売り注文と買い注文を同時に提示(ダブルオークション)し、取引時間中に継続的に約定(取引成立)を行う方式。複数の価格帯で同時に取引が成立する(マルチプライス)ため、需要と供給のバランスに応じて価格が変動しやすく、市場の状況をリアルタイムに反映することが可能で、時間や場所によって価値が変動する環境価値の取引に適している。これに対して今回開発した独自方式は、入札期間の分割、過去の約定結果の考慮、高価格の買い注文と低価格の売り注文から優先的に順次約定することにより、価格形成の公平性を高めている
- [用語13]
- 価値変換装置:水電解装置(水と電気から水素を生成)、メタネーション設備(CO2と水素からメタンを生成)、合成燃料製造設備(電気や水素からメタノール・アンモニアを生成)、熱交換・蓄熱設備など、再生可能エネルギーや低炭素技術を用いて、ある形のエネルギーや物質を別の形に変換する設備
- [用語14]
- BFT(Byzantine Fault Tolerance):分散システムの一部の構成要素(ノード)が故障したり、悪意のある行動や誤った情報の送信があった場合でも、システム全体として正しく動作し続けられる仕組み