ポイント
- 飢餓時に後から来た未適応の細胞を毒で殺す「新参者殺し」の仕組みが、数億年前に分岐した酵母どうしの間で今も共有されているという進化上の謎を解くために、数理モデルを構築し、その理論的解析から「栄養環境のゆらぎ」が鍵だと示しました。
- 長い栄養豊富期と短い飢餓期が繰り返す「栄養環境のゆらぎ」が存在すれば、「新参者殺し細胞」は毒素を作らず耐性だけを持つ「チーター細胞」を抑えて生存競争に勝ち、新参者殺しの仕組みを進化的に安定に保持できることを明らかにしました。
- 生物の系統関係だけでなく、祖先が経験した環境変動が分子システムや適応戦略の保存や喪失を左右し得ることを示す成果であり、環境変動と、それに伴うさまざまな微生物の生存戦略の進化の理解にもつながります。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI)の畠山哲央准教授と、東京女子大学 現代教養学部 情報数理科学科の小田有沙特別客員准教授らの国際共同研究チームは、約3億〜6億年前に分岐した出芽酵母と分裂酵母という異なる酵母が、飢餓時に後から来た未適応の細胞を毒素で殺す、同じ「新参者殺し(Latecomer killing)」の仕組みを共有しているという進化上の謎に取り組みました。新参者殺しでは、先に飢餓環境に適応した細胞は毒素に耐えて生き残る一方、後から来た未適応の細胞は、遺伝的に同一のクローンであっても排除されます。
研究チームは、「毒素を作り毒に適応する細胞」、「毒素を作らず耐性もない細胞」、「毒素を作らず耐性だけを持つ細胞」の競争を記述する数理モデルを構築し、理論的に解析を行いました。その結果、栄養豊富な環境または飢餓環境のどちらか一方が続く場合には、新参者殺しは進化的に安定しないのに対し、長い栄養豊富期と短い飢餓期が繰り返される環境では、この仕組みが進化的に安定して維持されることを明らかにしました。
さらに、出芽酵母に比較的近縁な2種では新参者殺しが確認されず、この仕組みの保存や喪失が、単純な系統関係だけでは説明できないことも示されました。本成果は、生物の祖先が経験した環境変動が、分子システムや適応戦略を数億年にわたって保存したり、反対に喪失させたりする可能性を示すものです。本成果は、2026年7⽉22⽇(現地時間)に英国王立協会が刊行する学術誌「Journal of the Royal Society Interface」に掲載されました。
新参者殺し戦略を示す細胞は、飢餓期と栄養豊富期とで性質を切り替えることで、「栄養環境のゆらぎ」が存在する環境において、競合するチーター細胞や感受性細胞に対する優位性を保つ
背景
微生物は、限られた栄養や生息場所をめぐって、ほかの微生物と協力したり競争したりしながら生きています。競争のための代表的な戦略の1つが、毒素を放出して周囲の細胞を排除するという戦略です。
先行研究において、酵母がグルコース飢餓に陥った際に、自らと同じ遺伝情報を持つ細胞さえ殺す自己毒素を放出する「新参者殺し」という戦略が発見されました。先に飢餓環境を経験した細胞は、毒素を放出すると同時に自らの状態を変化させ、毒素に適応します。一方、後から来た未適応の細胞は、先住細胞と遺伝的に同一のクローンであっても毒素によって排除されます。
この新参者殺しにおいては、1つの進化的な謎が残されていました。出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)と分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)は、約3億〜6億年前に分岐した非常に遠い関係にあるにもかかわらず、同じ一組の自己毒素を使う新参者殺しを現在まで共有しているということです。
一般的な毒素戦略では、毒素を作らずに、毒素への耐性だけを持つ「チーター細胞」が現れると、毒素を作る細胞よりも有利に増殖します。そのため、毒素産生細胞は新しい毒素を進化させる必要に迫られます。こうして、毒素と耐性を次々に進化させ合うイタチごっこ状態に陥るため、系統的に離れた種では全く異なる毒素を使用する場合が殆どです。それにもかかわらず、遠く離れた酵母が同じ毒素と仕組みを数億年間維持できたのはなぜか。本研究は、この進化上の謎を、栄養環境の時間的な変動に着目して検討しました。
研究成果
研究チームは、飢餓時に毒素を作るとともに、自らも毒素に適応する「新参者殺し細胞」、毒素を作らず、毒素への適応も行わない「感受性細胞」、そして毒素を作らず、毒素への耐性だけを持つ「チーター細胞」を組み込み、その増減と栄養・毒素の変化を記述する数理モデルを構築し、さまざまな環境での理論解析とシミュレーションを行いました。
栄養が常に豊富な環境では、毒素がほとんど機能しないということが実験的に明らかになっていました。このような環境では、新参者殺し細胞は、感受性細胞に対する優位性を持たず、感受性細胞に勝てません。一方、飢餓が長く続く環境では、毒素産生のコストを負わないチーター細胞が、毒素を作る細胞よりも有利に増殖し、やはり新参者殺し細胞は安定的に進化することができません。
したがって、栄養豊富な環境と飢餓環境、どちらの環境であっても、どちらか一方が続くだけでは、新参者殺しは安定的に進化できないことが分かりました(図2)。
これに対し、環境が時間的に変動する場合は、状況が大きく変わりました。特に、長い栄養豊富期と短い飢餓期が繰り返される環境において、新参者殺しが安定的に進化することが明らかになったのです。
栄養が豊富な時期には毒素が機能しないため、毒素への耐性を維持するコストだけを負うチーター細胞は、新参者殺し細胞との増殖競争に敗れます。その後、環境が飢餓へ切り替わると、チーター細胞がいない環境で、新参者殺し細胞はぬくぬくと毒素を放出します。これにより、感受性細胞を安定的に排除することができます。
つまり、栄養豊富期にはチーター細胞が抑えられ、飢餓期には感受性細胞が排除されるという、時間的に異なる振る舞いによって、新参者殺し細胞は安定的に進化できるのです。毒素がほとんど使われない栄養豊富期が、毒素を使う戦略を維持するために不可欠であるという、直感に反する結果です。
個体数のゆらぎや環境変化の速さ、毒素の作用様式などを変えても、長い栄養豊富期と短い飢餓期が繰り返される環境において、新参者殺しが安定的に進化するという結果が再現されました。
この理論的結果を受けて、研究チームはさまざまな酵母の種の間で、新参者殺しを進化的に保持しているかの比較も行いました。既報の出芽酵母と分裂酵母のデータに、出芽酵母に比較的近縁な2種類の異なる酵母の培養実験を加え、新参者殺しの有無を比較しました。
その結果、遠く離れた出芽酵母と分裂酵母では新参者殺しが見られたのに対して、出芽酵母により近縁な2種では明確な新参者殺しは確認されませんでした。この結果は、「近縁な種は同じ仕組みを保っており、遠縁な種では失われる」という単純な説明では、新参者殺しの分布を説明できないことを示しています(図3)。遠く離れた種であっても、祖先が似た栄養環境の変動を経験していれば同じ仕組みを維持し、反対に近縁種であっても異なる環境で進化すれば、その仕組みを失う可能性があるということを示唆し、理論研究の結果をサポートしうるものです。
社会的インパクト
本研究は、生物が現在持っている分子システムや適応戦略を理解するためには、系統関係だけでなく、祖先がどのような環境変動を経験してきたかという「環境履歴」を考える必要があることを示しました。
約3億〜6億年前に分岐した酵母が同じ分子システムを保持する一方で、より近縁な酵母がそのシステムを持たないという結果は、環境のゆらぎが生物の特徴を数億年にわたって保存したり、喪失させたりし得ることを示唆します。これは、変動する地球環境が生命の進化をどのように形作ってきたのかを理解する上で重要な知見です。
また、本研究で示した結果は酵母だけに限定されるものではありません。細菌や古細菌を含むさまざまな微生物でも、栄養豊富期と飢餓期の間で揺らぐような環境であれば、新参者殺しのような戦略が安定的に進化する可能性があります。これは、自然環境だけでなく、発酵や食品製造など、栄養条件が時間的に変化する環境における微生物集団の形成や安定性を理解するための基礎にもなると考えられます。
今後の展開
本研究から、普段は栄養が得られるものの、ときどき飢餓が訪れる環境で進化した微生物であれば、新参者殺しに似た戦略を持つ可能性が高いという予測ができます。今後、季節変動、降雨、果実の成熟と枯渇、食品製造工程などによって栄養条件が変化する環境から微生物を採取し、調査することによって、実験的にこの予測を検証することが可能であると思われます。
また、一定の栄養環境と、栄養豊富期・飢餓期が切り替わる環境で微生物を多数世代にわたって進化させる実験により、環境のゆらぎが新参者殺しの獲得や維持を実際に促すかを直接検証できます。各酵母が使う自己毒素の標的分子や、毒素産生・適応に必要なコストを明らかにすることも今後の課題です。
さらに、新参者殺しは、多細胞生物の進化を考える上でも興味深い手がかりとなります。複雑な多細胞生物が形づくられるためには、細胞同士が増殖を促進する仕組みだけでなく、不要な細胞の増殖を抑えたり、細胞死によって排除したりする仕組みも必要です。新参者殺しでは、遺伝的にほぼ同じ細胞の間でも、その時点の生理状態に応じて一部の細胞が生き残り、別の細胞が排除されます。このような、クローン細胞間で増殖や生存を制御する仕組みが、後の多細胞化に必要となる細胞数の調節や細胞死の制御の原型となった可能性があります。
菌類では多細胞化が進化の過程で複数回生じた可能性が指摘されており、酵母を用いた進化実験でも多細胞的な集団が生じることが知られています。今回の研究は新参者殺しが多細胞化を直接引き起こしたことを示すものではありませんが、栄養環境のゆらぎがこのような細胞間制御の仕組みを安定に維持し、多細胞化へ至る進化の準備段階に影響したという仮説を提示します。今後、栄養環境を変化させた長期進化実験や、細胞の空間配置・細胞間相互作用を取り入れた理論研究によって、新参者殺しと多細胞化との関係が検証されることが期待されます。
付記
本研究は、日本学術振興会科研費(26K00057、26K00058、26K00061、24H01393、23K04984、21K15048、19K16070)、科学技術振興機構CREST (JPMJCR18S3)、 AMED (JP20wm0325003、JP22gm1610007)、大隅基礎科学創成財団、地神芳文記念研究助成、内藤記念科学振興財団、Novo Nordisk Foundationの支援を受けて行われました。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the Royal Society Interface
- タイトル:
- Evolvability of the toxin-adaptation system in yeast
- 著者:
- Tetsuhiro S. Hatakeyama, Kunihiko Kaneko, Kunihiro Ohta, Arisa H. Oda
研究者プロフィール
畠山 哲央 Tetsuhiro S. Hatakeyama
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 准教授
研究分野:理論生物物理学
小田 有沙 Arisa H. Oda
東京女子大学 現代教養学部 情報数理科学科 特別客員准教授
研究分野:細胞生物学
金子 邦彦 Kunihiko Kaneko
コペンハーゲン大学 ニールス・ボーア研究所 教授
研究分野:理論生物物理学
太田 邦史 Kunihiro Ohta
東京女子大学 学長
研究分野:分子生物学、合成生物学