ポイント
- 細胞の膜にある「凸・凹・平ら」といった違う曲率を持つ3種類の形を、人工生体膜の上に再現することに成功。
- この膜を使って、細胞に含まれる多数のタンパク質の中から、「どの形の膜に集まりやすいか」を網羅的に調べられるようになった。
- その結果、曲がった膜ではなく「平らな膜」を好んで集まるタンパク質群を発見し、この性質を「反曲率センシング」と名付けた。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の田中祐圭准教授、児美川拓実大学院生、川上陸斗大学院生、総合研究院 細胞制御工学研究センターの丹羽達也助教、生命理工学院 生命理工学系の安井隆雄教授(現 特定教授、名古屋大学教授)らの研究グループは、細胞膜の「曲がり」を認識するタンパク質である曲率認識タンパク質[用語1]を、網羅的に探索できる新しいプラットフォームを開発しました。
細胞を形作る生体膜は、場所によってさまざまな「曲率(局所的な曲がり方)」を有しており、凸・凹・平らといった形を作り出しています。こうした形は、膜上でのタンパク質の局在や機能を制御する重要な要素となっています。しかし、生体膜の形状は、エンドサイトーシス[用語2]やオートファジー[用語3]などの過程では、鋭く湾曲したチューブや小胞から平面的に広がったシートまで、絶えず形を変えています。
一方で、タンパク質が膜の形状をどのように認識しているかを調べる従来の実験系では、さまざまな膜の形状へのタンパク質の親和性を同一条件下で比較することができず、また、あらかじめ調べたいタンパク質を精製・標識しておく必要があったため、網羅的な探索が困難でした。
本研究では、半球状の構造を有するマイクロアレイ基板上に人工的な脂質二重膜を形成することで、正曲率(凸面)・負曲率(凹面)・ゼロ曲率(平面)の3つの曲率を1枚の連続した膜上に提示することに成功しました。また、本材料を質量分析に十分な大面積へと拡張することにより、プロテオーム解析[用語4]と組み合わせて、事前の候補選定を必要としない曲率認識タンパク質の網羅的な探索が可能になりました。
さらに、このプラットフォームを用いることで、がん細胞から有望な曲率認識タンパク質の候補を絞り込み、その中から正・負いずれの曲面よりも「平らな膜」を好む新たなタンパク質群の存在を明らかにしました。研究グループは、この性質を「反曲率(anti-curvature)センシング」と名付けました。本手法は、細胞生物学における膜とタンパク質の局在の関係性を検討する上での汎用的な実験基盤として期待されます。
本成果は、9月8日付(現地時間)の「Advanced Science」誌に掲載されました。
背景
生体膜は、エンドサイトーシスやオートファジー、細胞内小器官の形成過程において、鋭く湾曲したチューブや小胞から、平面的に広がったシートまで、さまざまな形状に変化します。また、こうした凸・凹・平らといった曲率の違いが膜上でのタンパク質の局在や機能を制御する重要な要素となっています。
膜曲率を感知するタンパク質としては、両親媒性ヘリックスを持つALPSモチーフやBAR(Bin/Amphiphysin/Rvs)ドメインファミリーが知られています。これらのタンパク質と曲面膜との親和性は主にリポソームや膜ナノチューブ、シリカビーズ上に修飾した脂質二重膜を用いて評価されてきました。
しかし、従来法には2つの本質的な限界がありました。第1に、大半の実験系は、一方向(正または負)の曲率を提示するためにデザインされており、平らな膜を含む正・負・ゼロ曲率へのタンパク質の親和性を同じ条件下で並べて比較することが困難でした。そのため、想定した範囲外の膜形状を好むタンパク質が見過ごされてきた可能性があります。第2に、あらかじめ候補タンパク質を精製・標識する必要があるため、探索は低スループットにとどまり、プロテオーム規模の網羅的発見には到達できませんでした。
近年報告されているナノ構造基板は、正・負曲率を同時に提示できますが、トータルの膜面積や膜面全体に占める曲面部の割合が小さいことから、蛍光顕微鏡を用いた「単一の事前に選定したタンパク質の性質を詳しく調べる」用途を超えることはできません。そこで、正・負・ゼロの曲率を同時に提示しつつ、プロテオーム解析に必要な大面積を提示できる新たな人工生体膜材料が求められていました。
研究成果
本研究では、フォトリソグラフィと反応性イオンエッチング[用語5]という2つの加工技術により、半球状のマイクロウェルアレイを有する石英基板を作製しました。この形状により、連続した面内にウェル内部に負曲率、ウェルのエッジに正曲率、ウェル間のゼロ曲率(平面)を提示することが可能になります。また、ウェル間のピッチを変えることで、大半が曲面部となるような設計が可能です。さらに、蛍光標識脂質を混合した脂質膜を修飾することで、タンパク質と膜との相互作用を研究するため人工生体膜材料を作製しました(図1)。
(a)作製した石英基板上のマイクロウェルアレイの一例。走査型電子顕微鏡による上面および断面像。
(b)蛍光標識脂質入りのリポソームをインキュベート(静置)することで、基板上に膜を修飾する。
続いて、曲率認識能が既知のモデルタンパク質により、本プラットフォームの妥当性を検証しました(図2)。ここでは、負曲率認識タンパク質(負曲率センサー)として知られるI-BARドメインと正曲率認識タンパク質(正曲率センサー)であるN-BARドメインを精製し、人工生体膜材料との結合試験を実施しました。その結果、I-BARドメインは凹んだウェル内部に、N-BARドメインはウェルのエッジ(凸部)に濃縮され、いずれも既報の曲率選好を再現しました。これにより、本プラットフォームが正負両方向の曲率選好を正しく読み出せることを確認しました。
(a)共焦点レーザー顕微鏡と走査型電子顕微鏡によるタンパク質結合性の評価ワークフロー。
(b)I-BARドメインはウェルの底部の負曲率に局在。(c)N-BARドメインはウェルのエッジに局在。
新たな曲率認識タンパク質の探索には、曲面構成が異なる3種類の基板(基板A、基板B、基板C)を作製し、ヒト乳がん由来細胞から調製した膜表在性タンパク質を結合させ、プロテオーム解析を実施しました(図3)。得られたタンパク質群のうち、異なる基板間での結合量の差があったタンパク質が、曲率認識タンパク質の候補として抽出されました。
(a)3種類の石英基板の走査型電子顕微鏡像。
(b)基板Aと基板Bの結合量を比較したvolcano plot。結合量に有意差があったタンパク質群を曲率認識タンパク質の候補とした。
各基板上へ結合するタンパク質については、階層的クラスタリングを用いて、基板A、B、Cのそれぞれでクラスターに分類しました(図4)。各クラスター内のタンパク質が細胞のどこに存在しているのかを可視化したところ、タンパク質の細胞内の局在と選好する基板には対応関係があることが明らかになりました。これは、細胞内におけるオルガネラや細胞膜ごとの膜形状の差を反映している可能性があります。
(Mito:ミトコンドリア、Golgi:ゴルジ体、ER:小胞体、Mem:細胞膜)
一方で基板間の結合量の差だけでは、膜曲率を直接認識しているタンパク質と、複合体を介して間接的に引き込まれたタンパク質とを区別できません。そこで、タンパク質間相互作用ネットワーク[用語6]によってタンパク質同士の結合関係を表し、優先順位付けの手順を構築しました。相互作用の少ない(孤立した)タンパク質ほど直接的なセンサーである可能性が高いという考え方に基づいて絞り込みを行いました(図5)。
最後に、選抜した候補タンパク質を精製し、凹・凸・平面が同一視野に共存する基板上で1つずつ評価しました。その結果、RAB14は正曲率領域に選択的に濃縮された一方、スペクトリン複合体(SPTA2/SPTB2)、アネキシンA1(ANXA1)、コロニン1C(COR1C)、MARE1の4種は、正・負いずれの曲面よりも平坦領域に有意に濃縮されました(図6)。
従来、曲率認識タンパク質の研究では「鋭く曲がった膜」へ親和性を示すタンパク質についての研究が大多数であったことから、今回見いだされた「平面選好」は従来見過ごされてきた曲率認識モードであるといえます。研究グループはこの性質を「反曲率(anti-curvature)センシング」と名付けました。従来の曲率アッセイは湾曲した膜への濃縮を検出するように最適化されているため、こうした平面選好性タンパク質は系統的に見落とされてきたと考えられます。この結果は、事前仮定を必要としない網羅的探索法の価値を示すものです。
社会的インパクト
本プラットフォームは、候補タンパク質をあらかじめ選定・精製することなく、複雑な生体試料から膜曲率認識タンパク質を網羅的に探索することを可能にします。これにより、従来の手法では見過ごされてきた膜形状認識タンパク質の発見につながることが期待されます。また本研究は、「曲がった膜に集まること」だけでなく、「平らな膜を好むこと」も膜形状認識の1つの様式であることを示しました。これは、細胞内でタンパク質が多様な形状を持つ膜へどのように配置され、それぞれの場所で機能しているのかを理解するための新たな視点となります。さらに、本プラットフォームをさまざまな細胞や膜組成へ展開することによって、膜形状とタンパク質局在の関係を網羅的に解明するための基盤技術となり、膜動態が関わる生命現象や疾患の理解に貢献するものと期待されます。
今後の展開
今後は、研究対象とする細胞種や細胞内小器官、人工膜の脂質組成を変えることで、膜の形状と脂質組成がどのように協調してタンパク質の局在を制御しているのかを明らかにしていきます。また、今回見いだした「反曲率センサー」を含む曲率認識タンパク質について、その分子機構や細胞内での機能を解析することで、多様な形状を持つ生体膜がタンパク質を適切な場所へ配置する仕組みの理解を目指します。また、膜の形状異常はさまざまな疾患との関連が報告されていることから、将来的には、膜の形状そのものを標的とする新たな創薬モダリティを探索するための技術としての発展も期待されます。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(25H01415、25K22179、24K01265、24H00792)、JSPSと韓国研究財団(NRF)による二国間交流事業(課題番号120248806)、公益財団法人長瀬科学技術振興財団(2025年度)、JST CREST(JPMJCR2576)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO、JPNP20004)、日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショット型研究開発事業(JP22zf0127009)、および公益財団法人日本科学協会 笹川科学研究助成の支援を受けて実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 曲率認識タンパク質:生体膜の曲がり(曲率)を認識し、特定の曲率を持つ膜領域に選択的に結合・集積するタンパク質の総称。膜の変形や小胞の形成に関与する。
- [用語2]
- エンドサイトーシス:細胞膜の一部が内側に陥入し、細胞外の物質を小胞として細胞内に取り込む現象。
- [用語3]
- オートファジー:細胞内の不要なタンパク質や損傷した細胞内小器官を膜で包み込み、分解・再利用する仕組み。
- [用語4]
- プロテオーム解析:細胞や組織に含まれるタンパク質全体(プロテオーム)を、質量分析などにより網羅的に同定・定量する解析手法。
- [用語5]
- フォトリソグラフィと反応性イオンエッチング:フォトリソグラフィは、感光性樹脂に光でパターンを転写する微細加工技術。反応性イオンエッチングは、反応性ガスのプラズマによって基板を削り取る加工技術。
- [用語6]
- タンパク質間相互作用ネットワーク:タンパク質同士の結合関係を表したネットワークデータベース。
論文情報
- 掲載誌:
- Advanced Science
- タイトル:
- An Unbiased Geometry-Resolved Membrane Platform for Proteome-Scale Discovery of Membrane Curvature Sensors
- 著者:
- Takumi Komikawa, Rikuto Kawakami, Kunanon Chattrairat, Tatsuya Niwa, Taiga Ajiri, Takao Yasui, Masayoshi Tanaka*
- DOI:
- 10.1002/advs.77654
研究者プロフィール
田中 祐圭 Masayoshi Tanaka
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授
研究分野:生体分子化学、生物工学、微生物工学