どんな研究?
多くの物質は、温めると膨らみます。ところが、温めると逆に縮む「負熱膨張」という性質を持つ材料もあります。このような材料をほかの材料に混ぜると、温度変化による膨張を打ち消せるため、精密機器などのわずかなズレを防ぐ材料として期待されています。
いままでに作られた材料の中では、毒性がなく安全なものではBiNi1-xFexO3 (BNFO)というビスマス・ニッケル・鉄・酸素から構成される材料が最も大きく縮むものです。しかし、この材料には作りにくいという問題がありました。従来は、複数の結晶からなる原料を約950℃まで加熱し、元素を粒子から粒子へ移動させながら反応させていました。目的の結晶になるまでに、いくつもの別の物質を経由する、いわば遠回りの作り方です。
さらに、原料を準備する際には環境負荷のある窒素酸化物が発生していました。また、目的の材料をつくるには、材料を強く酸化させる必要があり、合成時には火薬の原料にも使われる強力な酸化剤を混ぜていました。そのため、反応物が吹き出す危険があり、合成後には酸化剤を洗い流す手間もありました。こうした問題は、量産化の妨げになっていました。
ここが重要
これらの課題を克服するために、東京科学大学(Science Tokyo)の西久保匠(にしくぼ・たくみ)特定助教を中心とする研究グループは、加熱の温度や時間・圧力・周囲の気体などの条件だけを工夫するのではなく、加熱する前の原料そのものに着目しました。
新たに作ったのは、ビスマス、ニッケル、鉄が原子レベルで均一に混ざった、ガラスのように結晶構造を持たない原料(挿入写真)です。さらに、酸素を溶液から供給することでビスマスやニッケルを、目的の材料になりやすい酸化状態にあらかじめ整えました。
その結果、従来のように複数の中間物質を経由せず、750℃で目的の結晶が直接現れ、1分未満で結晶化が完了しました。つまり、結晶構造を壊して新たに組み上げるために高温で長く反応させる代わりに、原料をあらかじめバラバラな状態にすることで、材料づくりの遠回りを省いたのです。
加熱時間を短くして粒子の成長を抑えることで、粒子の大きさを約15マイクロメートルから約5マイクロメートルにできました。しかも、温めると縮む量は保たれ、従来より広い温度範囲で少しずつ縮む材料になりました。
今後の展望
この方法では、これまで原料調製で問題となっていた窒素酸化物を発生させず、合成時に追加の酸化剤を加える必要もありません。より安全で環境負荷の小さい生産方法につながる可能性があります。同様の方法で負熱膨張材料だけでなく低温で電気抵抗がゼロになる超伝導材料も作れることがわかっており、いろいろな材料に応用できそうです。
将来は、樹脂などに微細な負熱膨張材料を混ぜ、温度が変わってもほとんど大きさが変わらない複合材料への応用が期待されます。また、同じ方法を、通常ではつくりにくい酸化状態を持つほかの材料にも広げられる可能性があります。
研究者のひとこと
セラミックス材料を作る研究では、温度や加熱時間、圧力や周囲の気体条件などを変えることが多いのですが、今回は加熱する前の原料を反応しやすい状態に整えることで、目的の結晶までの「遠回り」を省くことができました。元素を均一にする手法と溶液から酸素を供給する手法を組み合わせることで、ガラスのようなバラバラな状態を作るこの手法を思いついたのは、アメリカに滞在して自由な発想を得たからです。これからも、これまで合成が難しかったほかの材料にも、自由な発想で挑戦していきたいと思っています。
(西久保匠:東京科学大学 総合研究院 自律システム材料学研究センター 特定助教)
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