ポイント
- 小児希少神経難病であるKCNT1関連てんかん性脳症に対して、アンチセンス核酸(ASO)を用いた個別化治療を世界で初めて実現しました。
- 原因遺伝子であるKCNT1の転写産物を標的とするASOを開発し、2名の患者に髄腔内投与した結果、てんかん発作の頻度と強度を下げることに成功しました。しかしながら副作用も確認されました。
- 本治療戦略は、KCNT1関連てんかん性脳症を含む遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん(EIMFS)の治療法を大きく前進させる可能性を示しています。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 国際医工共創研究院 核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センターの中山東城特任准教授、米国ハーバード医科大学ボストン小児病院のTimothy Yu(ティモシー・ユー)准教授、浅見裕太郎研究員らの研究チームは、KCNT1遺伝子関連てんかん性脳症の2名の患者に対し、アンチセンス核酸(ASO)[用語1]医薬を開発しました。これを患者の脳脊髄液内に投与したところ、原因遺伝子であるKCNT1の発現が効率的にノックダウンされ、てんかん発作の頻度と強度が優位に低下しました。これにより、KCNT1関連てんかん性脳症に対する治療戦略として、KCNT1発現の抑制が有効である可能性が、実際の患者において示されました。
米国ボストン小児病院では、核酸医薬を用いて被検者1名または少数を対象とした臨床試験“N-of-1+治験(超個別化治験)”が開始されており、この試みは世界的に広がりを見せています。これは「究極の個別化医療」とも称され、これまで根本的な治療薬が存在しなかった希少神経難病の患者に対し、治療薬を届けられる可能性があります。さらに、この治療戦略は将来的には今回の2例にとどまらず、同様の変異を持つ他の患者へと対象を拡大できる可能性もあります。
一方で患者には水頭症が確認され、ASO治療に伴う潜在的な副作用の可能性も示唆されました。1名の患者は投与方法を腰椎穿刺から脳室内投与に切り替えることにより以降は安全に治療を継続しています。今後は副作用のメカニズム解明を含め、慎重なリスク評価と積極的な臨床モニタリングが求められます。
本成果は、4月14日午前5時(米国東部時間、日本時間午後6時)付で「Nature Medicine」誌に掲載されました。
背景
米国ハーバード医科大学ボストン小児病院では2017年、致死的な神経変性難病である神経セロイドリポフスチン病の小児患者1名に対し、患者固有の遺伝子配列を標的とした核酸医薬を開発・製造しました。これは、1例の患者を対象とする医師主導治験(N-of-1 Clinical Trial)として実施され、開発からわずか1年で治療が開始されました[参考文献1]。この先駆的な取り組みを契機に、核酸医薬を用いて被検者1名または少数に対して臨床治験を行う“N-of-1+治験(超個別化治験)”が米国を中心に始まっています。
希少疾患に対する「N-of-1+創薬」は、核酸医薬と極めて高い親和性を有しています。核酸医薬は特定の遺伝子配列を標的として、それに対応する配列を設計・合成できる技術であり、分子遺伝学的な診断が得られれば、標的遺伝子に対してさまざまなアプローチをとることが可能です。アンチセンス核酸医薬(Antisense Oligonucleotide: ASO)は異常タンパク質の発現を抑制するための配列設計や異常スプライシングを制御する配列設計などが可能であり、目的に応じて柔軟に治療戦略を構築できます[参考文献2]。
このように、分子遺伝学的な診断が創薬ターゲットに直結するという点において、核酸医薬はまさに究極の個別化医療を実現する手段であると言えます。
研究成果
KCNT1関連てんかん性脳症を含む遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん(Epilepsy of infancy with migrating focal seizures; EIMFS)は、無治療では難治性のてんかん、重度の神経障害、早期死亡をもたらす重篤な小児神経発達障害で、有効な根本治療薬はまだありません。この疾患は、KCNT1遺伝子に生じた新規変異によって引き起こされ、Slackチャネルと呼ばれるナトリウム依存性カリウムチャネルが過剰に活性化されることで脳皮質の過興奮を招き、発作の原因となります[参考文献3]。
本研究では、KCNT1遺伝子に重度かつ再発性の病原性変異p.R474Hを有する2名の患者に対し、アンチセンス核酸(ASO)を脳脊髄液内に投与し、KCNT1遺伝子の発現をノックダウンしました。その結果、てんかん発作の頻度および強度が有意に低下しました。これにより、EIMFSに対する治療戦略としてKCNT1の発現抑制が有効である可能性が示されました。
一方で両方の患者に水頭症が確認され、1名では投与を見送り治療の目的を緩和ケアに切り替え、その後に亡くなりました。もう1名は慎重な検討の末、投与方法を腰椎穿刺から脳室内投与に切り替えることにより以降は安全に治療を継続しています。今後は副作用のメカニズムをより深く解明するとともに、慎重なリスク評価と積極的な臨床的モニタリングが重要となります。
社会的インパクト
これまで根本的な治療法が存在しなかった重篤な小児神経難病であるKCNT1関連てんかん性脳症に対し原因遺伝子を標的とした薬剤を患者に投与し、けいれんなどの症状を改善できることを世界で初めて示しました。また、この治療法が持つ可能性とリスクへの知見が深まり、安全な投与のためのプロトコールの発展に寄与しました。
本研究のように、少数の患者を対象として、それぞれの患者に合わせた治療薬を開発・投与する「N-of-1+創薬」は、究極の個別化医療とも称されます。これにより、これまで根本的な治療薬がなかった希少な神経難病の患者にも、治療の選択肢を届けられる可能性が広がります。
今後の展開
現時点ではまだ2名の患者に特異的ですが、この治療戦略は将来的に同様の変異を持つ他の患者へも対象を拡大できる可能性があります。また、脳室拡大という副作用のメカニズムついても詳細な検討が必要であり、それを回避するための方法の開発が求められています。
付記
- 科研費:
- 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B)) JP22KK0121、DRPLAに対する核酸医薬を用いた遺伝子治療確立のための国際共同研究
基盤研究(B) JP23K27564、自閉症転写因子RFXの網羅的な制御遺伝子探索による新規病態経路の解明 - AMED:
- JP23ek0109677h0001、難治性疾患実用化研究事業(希少難治性疾患の個別化医療の推進等に資する研究分野)研究者育成支援研究奨励事業(創薬関連分野)
参考文献
- [参考文献1]
- Kim, J., et al. Patient-Customized Oligonucleotide Therapy for a Rare Genetic Disease. N Engl J Med. 2019, 381, p.1644-1652, doi:10.1056/NEJMoa1813279 .
- [参考文献2]
- Crooke, S. T.; Baker, B. F.; Crooke, R. M. & Liang, X. H. Antisense technology: an overview and prospectus. Nature reviews. Drug discovery. 2021, 20, p.427-453, doi:10.1038/s41573-021-00162-z.
- [参考文献3]
- Kuchenbuch, M., et al. KCNT1 epilepsy with migrating focal seizures shows a temporal sequence with poor outcome, high mortality and SUDEP. Brain 142, 2996-3008 (2019).
用語説明
- [用語1]
- アンチセンス核酸(ASO):主にDNA やRNAからなる、約20塩基長の化学修飾された短鎖核酸であり、塩基配列に依存して標的RNAに結合し、さまざまな作用を発揮する医薬です。標的RNAを分解(ノックダウン)するタイプや、RNAスプライシングを調節するタイプ(エクソンインクルージョン、エクソンスキッピングなど)が存在します。標的特異性が高く、化学合成が可能で製造も比較的容易であることから、研究が著しく進展しています。
論文情報
- 掲載誌:
- Nature Medicine
- タイトル:
- Antisense oligonucleotide-mediated knockdown therapy in two infants with severe KCNT1 Epileptic Encephalopathy
- 著者:
- Tojo Nakayama, Yutaro Asami, Timothy W. Yu et al.
研究者プロフィール
中山 東城 Tojo Nakayama
東京科学大学 国際医工共創研究院 核酸・ペプチド創薬治療研究センター 特任准教授
研究分野:核酸医薬、小児脳神経内科、希少疾患、個別化医療
浅見 裕太郎 Yutaro Asami
東京科学大学 医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科) 非常勤講師
ボストン小児病院 遺伝学・ゲノミクス部門 リサーチフェロー
研究分野:核酸医薬、脳神経内科、希少疾患、個別化医療
Timothy W. Yu(ティモシー・ユー)
ボストン小児病院 遺伝学・ゲノミクス部門 指導医
ハーバード医科大学 小児科 准教授
研究分野:小児脳神経疾患、遺伝学、核酸医薬、希少疾患、個別化医療
関連リンク
東京科学大学 医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科)
非常勤講師 浅見 裕太郎
- asanuro@tmd.ac.jp