ポイント
- 次世代不揮発性メモリ(MRAM)の記録層として期待されるL10-FePd薄膜において、二段階焼成法により、膜厚5 nmの極薄領域で「原子の整列(規則化)」と「原子レベルの平坦性」を両立させ、材料が劣化する「膜の崩壊(Dewetting)」を封じ込めた。
- 1回目の焼成温度のわずか50℃の違いが膜の運命を決め、その後600℃で焼き直しても覆らないことを発見。その引き金が初期に生じる微小な穴であることを、世界初のL10-FePdの表面自由エネルギー計算と原子レベルの観察により突き止めた。
- 崩壊の制御により、5 nm厚で規則度0.99、垂直磁気異方性1.33 MJ/m3という高い値を達成し、次世代MRAMが求める極薄記録層の実現が加速。
本研究で確立した二段階焼成法の考え方を示しています。(左)まず低温で成膜して原子レベルで平坦な膜をつくり(1回目の焼成:Flatness)、いったん室温まで冷やしてから高温で焼き直して原子を整列させます(2回目の焼成:Ordering)。(右上)膜厚5 nmの極薄領域では、加熱によって膜が自ら崩れる「Dewetting」がレンガの壁を崩すように膜を破壊しますが、1回目の焼成温度を適切に選ぶことで、これを押し返して封じ込めることができます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の安井伸太郎准教授、富山大学(兼務:名古屋大学)の永沼博教授、École normale supérieure Paris-Saclay、Laboratoire Albert Fert(CNRS/THALES/Université Paris-Saclay(フランス)のSamuel Vergara大学院生、静岡大学の丸山伸伍准教授(前東北大学)、東北大学の春木啓佑 大学院生、神戸大学の植本光治助教、小野倫也教授、松本尚弥大学院生、名古屋大学の水口将輝教授、東北大学の遠藤恭教授、小川智之准教授、Tel Aviv UniversityのAmit Kohn教授、Hanuma Kumar Dara研究員(イスラエル)の国際共同研究により、次世代の不揮発性磁気メモリ(MRAM)の記録層として期待されているFePdのL10-規則合金[用語3]薄膜において、膜厚5 nmの極薄領域で「原子レベルの平坦性」と「原子の整列(L10規則化)」を両立させる二段階焼成法)を確立しました。さらに、1回目の焼成温度のわずか50℃の違いが、その後に600℃で焼き直しても覆らないほど決定的に膜の運命を左右し、材料が劣化する「膜の崩壊(Dewetting)」)の引き金となることを明らかにしました。本研究成果は、原子レベルの走査透過型電子顕微鏡観察による構造解析と、第一原理計算[用語4]による表面自由エネルギーの予測を組み合わせることで、極薄膜が崩壊する条件の正体を突き止めたものです。これにより、デバイスの微細化・高集積化を阻む物理的障壁を打破する道が拓かれました。
本研究成果は、合金・材料科学分野の学術誌である「Journal of Alloys and Compounds」に2026年7月27日(月)(日本時間)に掲載されました。
背景
L10規則構造をもつFePd合金は、高い結晶磁気異方性に加え、磁化の向きを反転させる際のエネルギー損失が小さいという特長を併せ持つため、次世代の不揮発性磁気メモリ(MRAM)の記録層として有力な材料であります。MRAMをさらに高集積化・低消費電力化するには、記録層を5 nm程度まで薄くすることが求められますが、ここには古くからの難題が立ちはだかります。原子を整列させる(規則化する)には高温での加熱が必要な一方、高温にすると結晶粒が育って表面が荒れてしまうため、「平坦性」と「規則化」は互いに相容れないとされてきました。この二律背反を解く手法として、低温での成膜と高温での焼き直しを分ける二段階焼成法)が提案されてきましたが、これまでの報告はいずれも20~30 nmという厚い膜に限られていました。膜が薄くなるほど「Dewetting」が顕在化するため、5 nmという極薄領域で同手法が通用するかは未知であり、そもそもL10-FePdがどれほど崩壊しやすいのかを判断する基礎データすら存在しませんでした。
研究成果
本研究では、二段階焼成法により膜厚5 nmのFePd薄膜を作製し、1回目の焼成温度を変えながら、膜の構造・形態・磁気特性を系統的に調べました。その結果、以下の点を明らかにしました。
1. 「運命の分岐点」の発見:
1回目の焼成温度がわずか50℃違うだけで、膜は「原子レベルで平坦なまま」(150℃)、「基板の結晶方位に沿った四角い穴が開く」(200℃)、「バラバラの粒に凝集する」(300℃以上)という三つの姿に分かれることを突き止めました。しかも、その後に3倍以上高い600℃で焼き直しても、最初に刻まれたこの分岐は覆りませんでした。
2. 崩壊のスイッチの解明:
L10-FePd合金の表面自由エネルギーを世界で初めて第一原理計算により算出し、基板との間に大きな差があることを示しました。この差はDewettingが起こるための必要条件に過ぎず、実際の引き金は1回目の焼成中に生じる微小な穴であることを、原子レベルの電子顕微鏡観察と併せて特定しました。
3. 極薄膜での高性能の実証:
崩壊を抑え込む条件を選ぶことで、5 nmという極薄領域でありながら、規則度0.99、垂直磁気異方性1.33 MJ/m3という高い値を達成し、二段階焼成法がMRAM記録層の薄膜化に有効であることを実証しました。
今後の展開
私たちがこれまでに明らかにしてきた「Dewettingを避けるための法則」に対し、本研究は「5 nmまで薄くしても崩壊させない」という具体的な設計指針を示す段階へと進みました。今後は、1回目の焼成温度という新たな制御軸を活かし、実際の磁気トンネル接合への組み込みを進めます。同時に、2回目の焼成温度をいかに下げられるかが、既存の半導体製造工程との整合を左右する次の課題となります。また、本研究で確立した表面自由エネルギーの計算手法は他のL10規則合金にも適用でき、崩壊しやすさをあらかじめ見積もる指針となることが期待されます。さらに、抑制すべき対象であったDewettingも、基板の結晶方位に沿って規則正しく穴を空ける性質を逆手に取れば、微細なパターンを自ら形づくる技術へと転じ得ます。
付記
本成果の一部は、科学研究費助成事業(No. 23H03803, No. 24K01346, and No. JP21H05016)、日本学術振興会 研究拠点形成事業(No. JPJSCCA20230005)、東京科学大学 総合研究院 材料構造研究所 共同利用研究、文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(DEJI²MA)、名古屋大学 研究大学強化促進事業・最先端国際研究ユニットの支援により行われました。
用語説明
- [用語1]
- 二段階焼成法(Two-step heating method):まず低温で成膜して原子レベルで平坦な膜をつくり、いったん室温まで冷やしたのち、改めて高温で焼き直して原子を整列させる作製手法。高温で一気に成膜すると結晶粒が成長して表面が荒れてしまうため、「平坦性」と「規則化」という両立が困難な二つの要求を、温度と時間を分けることで同時に満たすことを狙う。
- [用語2]
- デウェッティング(Dewetting):均一な薄膜が熱によって不安定になり、表面張力で島状に凝集してバラバラになる現象。薄い膜ほど起こりやすく、デバイスの平坦性を損なうため、通常は抑制すべき現象とされる。
- [用語3]
- L10-規則合金:2種類の金属原子(鉄とパラジウム)が交互に規則正しく層状に並んだ構造を持つ合金。非常に強い磁石の性質(高い垂直磁気異方性)を持つため、次世代メモリ材料として注目されている。原子の並びの整い具合を示す指標を規則度と呼び、1に近いほど完全に整列していることを意味する。
- [用語4]
- 第一原理計算(First-principles calculation):物質の組成と結晶構造などの情報をもとに量子力学の基本原理にもとづいて材料の特性を予測するシミュレーション手法であり、今回は合金や基板の表面エネルギーの理論予測に利用した。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Alloys and Compounds
- タイトル:
- Harnessing Two-Step Heating and Solid-State Dewetting for Highly Ordered L10-FePd Alloy Epitaxial Films
- 著者:
- Samuel Vergara, Shingo Maruyama, Soki Yoshida, Hanuma Kumar Dara, Keisuke Haruki, Naohiro Matsumoto, Mitsuharu Uemoto, Tomoya Ono, Shintaro Yasui, Yasushi Endo, Amit Kohn, Masaki Mizuguchi,Tomoyuki Ogawa, and Hiroshi Naganuma
関連リンク
富山大学 学術研究部 工学系(兼務:名古屋大学未来材料・システム研究所)
教授 永沼 博(責任著者)
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富山大学総務部総務課広報・基金室
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