細胞の品質管理メカニズム:ペルオキシソーム分解を抑制する新たな仕組みを発見

2024年11月18日 公開

p97/VCP補因子のペルオキシソームにおける新たな役割が明らかに

ポイント

  • ペルオキシソームの膜を構成する蛋白質の品質管理の分子機構を解明。
  • 細胞の生存にとって必須であるp97/VCPとその補因子が協調して、ペルオキシソームの過剰な分解を抑制。
  • オートファジーを介したペルオキシソームの選択的分解(ペキソファジー)を高感度に測定する評価系を開発。
  • 難病であるペルオキシソーム欠損症の治療法開発に貢献できる可能性。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所 機能分子病態学分野の小谷野史香助教と松田憲之教授の研究チームは、徳島大学、九州大学、東京都医学総合研究所との共同研究により、p97/VCP-FAF2複合体がペルオキシソーム[用語1]からユビキチン修飾[用語2]された膜蛋白質を引き抜くことで、過剰な膜蛋白質の蓄積を防ぎ、オートファジーを介したペルオキシソームの選択的分解(ペキソファジー)を恒常的に抑制していることを発見しました。

本研究では、p97/VCPの補因子の作用機序を解明することで、ペルオキシソームの品質管理機構の核心に迫りました。本成果は、ペルオキシソーム病[用語3]の発症を抑える新しい治療法の開発に役立つことが期待されます。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構 AMED-CREST 「翻訳後修飾によるオルガネラ・ホメオスタシスの分子機構と生理作用の解明」、武田科学振興財団、難治疾患共同研究拠点経費、東京医科歯科大学(東京科学大学)重点研究領域、難治疾患研究所研究助成の支援を受けて行われたものであり、本成果は10月29日付(現地時間)に「Nature communications」誌へ掲載されました)。

  • 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

ペルオキシソームは、脂質代謝と化学物質の解毒を担う極めて重要な細胞内小器官であり、生合成と分解によってその恒常性が維持されています。ペルオキシソーム欠損症の研究から、ペルオキシソームが生合成される仕組みの理解が進展する一方で、ペルオキシソームの分解に関する詳細な分子機構には多くの謎が残されていました。特に、分解を通じてペルオキシソームの品質を維持するメカニズムについては、まだ完全には解明されていませんでした。

研究成果

機能分子病態学分野の研究グループは、p97/VCPの補因子であるFAF2/UBXD8(以下、FAF2)に注目して研究を行い、AAA+ ATPaseであるp97/VCPの補因子として機能するFAF2が、ペルオキシソームの品質管理に関与していることを明らかにしました。

p97/VCPは、蛋白質の解きほぐしや膜から蛋白質を引き抜く機能を持つことが知られています。一方、FAF2は、ユビキチンおよびp97/VCPとの相互作用に必要なUBAドメインとUBXドメインを有する膜局在型のp97/VCP補因子であり、ミトコンドリアや小胞体、脂肪滴に局在することが知られています。in situ hybridizationによる局在解析の結果、FAF2はペルオキシソームにも局在することが明らかになりました(図1)。さらに、FAF2の欠損細胞では、ペルオキシソームの数およびペルオキシソームを構成する蛋白質の量が減少するという興味深い表現型が確認されました(図2)。

図1. FAF2はペルオキシソームに局在する
図2. FAF2欠損細胞においてペルオキシソームが著しく減少する

研究グループは、FAF2欠損細胞で観察されるペルオキシソームの消失・減少が、オートファジーを介したペルオキシソームの選択的分解(ペキソファジー)によって引き起こされる可能性を検証しました。

まず、ペキソファジーをシグナルの増加として検出する評価法を新たに確立し、FAF2欠損細胞で確かにペキソファジーが亢進することを確認しました。重要な点として、FAF2欠損細胞では、ペルオキシソーム膜の主要構成蛋白質であるPMP70がユビキチン化された状態で蓄積していました。そこで、細胞内のPMP70蛋白質量を低下させると、ペキソファジーの効率の低下が確認されました。このことから、FAF2の機能欠損によってペルオキシソーム膜にユビキチン化されたPMP70が蓄積することでペキソファジーが誘導され、通常はFAF2がPMP70をペルオキシソームの膜から引き抜くことでペキソファジーを抑制していることが示唆されました。

また、PMP70がオートファジーアダプター蛋白質であるOptineurinをペルオキシソームにリクルートするために重要であることも明らかになりました。さらに、FAF2欠損細胞で引き起こされるペキソファジーがオートファジーの最上流因子であるFIP200に依存しており、ペルオキシソームにはユビキチンおよびオートファジー開始に必要なLC3がリクルートされていることから、この機序はマクロオートファジーを介したものであると考えられます。

これらの結果から、「p97/VCP-FAF2複合体が、ユビキチン化されたPMP70をペルオキシソーム膜から引き抜くことで過剰な膜蛋白質の蓄積を防ぎ、ペキソファジーを恒常的に抑制している」ことが示唆されました。

社会的インパクト

本研究により、FAF2は通常時に不良なペルオキシソーム膜タンパク質を除去することで、ペルオキシソームのオートファジー分解を防いでいることが明らかになりました。FAF2のみならず、既知のp97/VCP補因子がペルオキシソームの品質管理に寄与することが報告されたのは本研究が初めてであり、オルガネラ制御機構の解明において世界初の発見となります。また、本成果は、ペルオキシソームの機能障害に起因するペルオキシソーム疾患に対する新たな治療法の足掛かりとなることが期待されます。

今後の展開

ペルオキシソームのオートファジーを介した選択的分解(ペキソファジー)は、分解すべきペルオキシソームを選択的にリソソームへ輸送して分解する仕組みです。この現象自体は複数の研究グループによって報告されていましたが、ペキソファジーの優れた測定系が確立されていないことと、ペキソファジーに関与する因子の全貌が未解明であることがボトルネックとなっていました。

今後は、本研究で開発したペキソファジー評価法を活用し、新たなペキソファジー制御因子の単離やその機能解析を進めることで、ペルオキシソームの制御機構とその生理的意義に迫り、さらにペルオキシソーム病発症の分子機序の解明に向けた研究を展開していきます。

付記

本研究は、下記の助成を受け、実施されました。

  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業
  • 日本医療研究開発機構 AMED-CREST 「翻訳後修飾によるオルガネラ・ホメオスタシスの分子機構と生理作用の解明」
  • 武田科学振興財団
  • 東京医科歯科大学 難治疾患共同研究拠点経費
  • 東京医科歯科大学 重点研究領域
  • 東京医科歯科大学 難治疾患研究所研究助成

用語説明

[用語1]
ペルオキシソーム:ほぼすべての真核細胞に存在する細胞内小器官のひとつ。主に、脂肪酸の酸化や過酸化物の解毒を行うために重要な機能を担う。
[用語2]
ユビキチン修飾:蛋白質に結合する小さな蛋白質であり、翻訳後修飾因子として知られる。ユビキチン同士が連結したユビキチン鎖は、分解の目印となり、ユビキチン修飾を受けた蛋白質は「プロテアソーム」と呼ばれる巨大な分解装置によって分解される。本研究により、ユビキチンはペルオキシソームの膜蛋白質に結合し、オートファジーで分解される目印にもなることが明らかになった。
[用語3]
ペルオキシソーム病:ペルオキシソームの欠損もしくは機能障害によって引き起こされる難治性の先天性代謝異常症。重篤な障害をもたらす場合が多く、その治療法の確立が求められている。

論文情報

掲載誌:
Nature communications
論文タイトル:
AAA+ ATPase chaperone p97/VCPFAF2 governs basal pexophagy
著者:
*Fumika Koyano, Koji Yamano, Tomoyuki Hoshina, Hidetaka Kosako, Yukio Fujiki, Keiji Tanaka, and *Noriyuki Matsuda

研究者プロフィール

小谷野史香 Fumika KOYANO

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 機能分子病態学分野 助教
研究分野:分子細胞生物学

山野晃史 Koji YAMANO

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 機能分子病態学分野 准教授
研究分野:生化学、分子細胞生物学

保科智之 Tomoyuki HOSHINA

東京科学大学 医歯学総合研究科 医歯理工保健学専攻 大学院生
研究分野:分子細胞生物学

小迫英尊 Hidetaka KOSAKO

徳島大学 先端酵素学研究所 藤井節郎記念医科学センター 教授
研究分野:細胞生物学、生化学

藤木幸夫 Yukio FUJIKI

九州大学高等研究院 特別主幹教授
研究分野:生化学、細胞生物学、分子生物学

田中啓二 Keiji TANAKA

公益財団法人 東京都医学総合研究所 前理事長
研究分野:生化学、分子細胞生物学

松田憲之 Noriyuki MATSUDA

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 機能分子病態学分野 教授
研究分野:生化学、分子細胞生物学

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