ポイント
- 独自の時分割MIMOフェーズドアレイ技術による28 GHz受信機を開発。
- 高データレートと高面積効率・低消費電力を両立させる受信機ICを実現。
- 地上と宇宙をつなぐ高データレートの6G無線通信システムの実用化を加速。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 工学院 電気電子系の岡田健一教授らの研究チームは、次世代の6G[用語1]に向けた、高面積効率・低消費電力で高データレート動作が可能な独自の時分割[用語2]MIMO技術[用語3]により、これまでより4倍高速なフェーズドアレイ[用語4]受信機を開発しました。
6Gでは、あらゆる場所での超高速通信を目指し、低軌道衛星等による非地上系ネットワーク[用語5]の実現が期待されており、大規模MIMO[用語6]の利用が検討されています。しかし空間分割[用語7]により複数の無線経路を確立している従来のMIMO技術では、アンテナ数とMIMOストリーム数の積に比例して回路規模が肥大化するため、大規模MIMOの集積化が困難であり、重量やサイズに制限のある衛星での利用には課題がありました。
本研究では、高速同期ビーム切り替えをフェーズドアレイ部で行うことで、MIMOストリーム数に回路規模が依存しない、独自の時分割MIMO技術を新たに開発しました。これにより、MIMOによる高データレートを実現しつつ、低消費電力かつ省面積コストのフェーズドアレイを実現しました。さらに、非均一タイムホッピング技術[用語8]を導入しより妨害波への耐性も高めています。実際に作製した受信機ICでは8ビーム空間多重により、38.4 Gbpsの高ビットレート動作が実証できました。これは、既存のミリ波フェーズドアレイMIMO受信機を大きく上回るデータレートを高い面積効率で実現したことになります。
本研究で開発した受信機は、5Gおよび6G向けのIoTやモバイル端末、低軌道衛星に搭載できるため、高データレートの特長を生かした、非地上系ネットワークを含む新しい通信サービスの実用化やアプリケーション展開を大きく進展させる成果といえます。
本研究成果は、6月8日~12日に京都市で開催された「2025 IEEE Symposium on VLSI Technology & Circuits」で発表されました。
背景
デジタルトランスフォーメーション(DX)[用語9]の加速により、移動通信システムに求められる通信容量は指数関数的に増加しています。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システム(5G)では史上初めてミリ波帯が用いられ、広帯域を生かした高速・大容量通信の大規模商用サービスの展開が進んでいます。その先の6Gでは、さらなる高速化のために、より高い周波数の活用や大規模MIMOの利用が期待されています。同時に、あらゆる場所での高速通信を実現するために、低軌道衛星やHAPS[用語10]等による非地上系ネットワークの実現が検討されています。低軌道衛星でも、フェーズドアレイにより任意の方向や範囲に対して複数の電波の送受を行うマルチビームが実現すれば、地上系と衛星系のネットワークで周波数共用も可能となり、全空間での大規模MIMOの利用が期待できます。
従来のMIMO技術は、空間分割により複数の無線経路を確立しているため、アンテナ数とMIMOストリーム数の積に比例して回路規模が肥大化し、大規模MIMOの集積化が困難になるという課題がありました。これは、サイズや重量に制約のある衛星などの非地上系ネットワークでは大きな問題であり、MIMOストリーム数に回路規模が依存しない面積効率と低消費電力特性に優れた現実的なMIMO対応フェーズドアレイ受信機の実現が望まれていました。さらに衛星通信では頻繁にリンクする衛星を切り替える必要があるため、多接続が可能な新しいフェーズドアレイ技術が求められていました。
研究成果
本研究では、従来MIMO技術での回路規模増大の問題を解決するために、信号が変化するよりも速くビーム方向を切り替えることで多数のMIMOストリームを同時に受信できる、時分割MIMOフェーズドアレイ技術(図1右)を新たに開発しました。この技術により、高速同期ビーム切り替えをフェーズドアレイ部で行うことで、MIMOストリーム数に回路規模が依存しないMIMO受信機を実現しました。時分割による回路再利用によりMIMOに係る回路規模を大幅に削減できることから、MIMOによる高データレートを実現しつつも、低消費電力かつ省面積コストのフェーズドアレイが可能となりました。また衛星通信では、リンクしている衛星を切り替える際にはMake-Before-Break(MBB:メークビフォアブレーク)[用語11]が必須ですが、時分割MIMO技術ではこれを容易に実現できます。

今回の研究では、高速切替移相器[用語12]と同期技術をさらに発展させ、異なるMIMOストリームをこれまでの2倍の速度で、高いアイソレーションをもって切り替えることに成功しました。また、非均一タイムホッピング技術を導入することにより、妨害波への耐性も高めています。さらに、時分割に加えて、水平・垂直の2偏波による偏波MIMOにも対応することにより、ストリーム数を倍増させました。
今回開発した新しい時分割MIMOフェーズドアレイ受信機を、65 nm(ナノメートル)世代のシリコンCMOSプロセスで実際に作製しました(図2左)。このICを水平・垂直の2偏波に対応する8個のパッチアンテナを有するプリント基板に実装して(図2右)、OTA測定[用語13]を行いました。その結果、64 QAM[用語14]を用いた800 MHz帯域での8ストリームのMIMO通信により、これまでのMIMOフェーズドアレイ受信機の4倍にあたる38.4 Gbpsの伝送速度を達成しました。本ICは、MIMOの1ストリーム当たりのチップ面積はわずか0.078 mm2、消費電力は5.23 mWであり、これまで発表されているミリ波MIMOフェーズドアレイ受信機を大きく上回る面積効率とデータレートを同時に実現しました(図3)。


社会的インパクト
本研究成果によって、回路規模を増加させることなく、MIMOストリーム数を増やすことが可能になるため、大規模MIMOを用いた6Gならではの高データレートを利用した、新しい通信サービスの実用化が今後ますます進展していくと期待できます。さらに時分割による回路再利用により、MIMOに関わる回路規模を大幅に削減することで、低消費電力かつ省面積(コスト)なフェーズドアレイも同時に実現可能となり、低軌道衛星のマルチビームが実現できます。これによって、地球上のあらゆる場所での高速通信が可能となれば、6Gの高データレート無線通信システムの実用化を加速するうえで大きな意味があります。
また本研究成果の受信機は、すでに普及している通常のCMOSプロセスでIC化しているため、低コスト化・小型化が可能であり、IoT/モバイル端末をはじめとするさまざまなアプリケーションに展開できます。そうしたアプリケーションを通じて、高速・大容量6G通信の社会実装を加速させられるという点で、本成果が与える社会的インパクトは非常に大きいといえます。
今後の展開
今後は、今回開発した技術をサブテラヘルツ帯[用語15]等などのさらに高い周波帯へ展開することを目指すとともに、高機能化・高性能化・小型化・低コスト化などを通して、本技術の実用化に向けた研究開発を推進していきます。将来的には、この技術を低軌道衛星による非地上系ネットワークに活用することで、地上側と衛星搭載側を含めた新しいアプリケーションの展開が期待できます。
付記
本研究は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究「継続的進化を可能とするB5G IoT SoCおよびIoTソリューション構築プラットホームの研究開発」(JPJ012368C00801)の成果の一部です。
用語説明
- [用語1]
- 6G:第5世代移動通信システム(5G)の次の世代の移動通信システム。
- [用語2]
- 時分割:同じ経路でも時間で区切って異なる時間スロットを使用することで多重化を実現する方法。
- [用語3]
- MIMO(multiple input multiple output)技術:複数の送受信アンテナを使用することで複数の無線通信経路を確立し、利用する技術。帯域あたりの伝送速度の向上が可能。
- [用語4]
- フェーズドアレイ:複数のアンテナをアレイ状に配置し(アレイアンテナ)、各アンテナへ位相差・振幅差をつけた信号を給電する技術。ビームフォーミングの実現に利用される。
- [用語5]
- 非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network):地上、海、空にある移動体(人工衛星や無人航空機)等を多層的につなげる通信ネットワークシステム。地上の基地局の電波の届かないエリアにも接続が可能になる。
- [用語6]
- 大規模MIMO:より多数のアンテナを用いるMIMO技術の総称。Massive MIMO(マッシブマイモ)と呼ばれることが多い。
- [用語7]
- 空間分割:空間的に別の経路に分けることにより、多重化を実現する方法。
- [用語8]
- タイムホッピング(TH: Time Hopping)技術:通信技術の一つで、特定の時間スロットをランダムに切り替えて信号を送信する方式。主に暗号化通信や干渉回避に利用される。時分割MIMOにおいて、タイムスロットの切替順序をランダム化することで、エイリアシング(元の信号と異なる偽の信号が生じること)を回避する。
- [用語9]
- デジタルトランスフォーメーション(DX):5G、IoT、AI等の通信・デジタル技術を活用し、浸透させることで、人々の生活や社会の構造などをより望ましい方向に変化させていく概念。
- [用語10]
- HAPS(High Altitude Platform Station):地上約20 kmの成層圏に無人機を長期間滞空させ、そこから通信サービスを提供する技術。
- [用語11]
- Make-Before-Break(MBB:メークビフォアブレーク):スイッチングデバイスにおいて、前の接続がオープンになる前に新しい接続経路を確立すること。このことによって、スイッチされる経路が開放になることを避けることができる。
- [用語12]
- 移相器:入力した信号に対して、位相を一定の角度でシフトした信号を出力する回路・装置。
- [用語13]
- OTA(Over The Air)測定:実際に電波を飛ばして測定すること。
- [用語14]
- 64 QAM(Quadrature Amplitude Modulation):64Quadrature Amplitude Modulation の略。信号の変調⽅式の⼀つで、位相が直交する二つの波を合成する QAM ⽅式のうち、振幅の違いを 8 段階で識別する⽅式。
- [用語15]
- サブテラヘルツ帯:テラヘルツ(THz)に迫る高い周波数帯で、一般には100 GHz~1 THzあたりを指すが、移動通信システムでは100 GHz近辺、90 GHz~300 GHzあたりを言うことが多い。
論文情報
- 発表学会:
- 2025 Symposium on VLSI Technology and Circuits
- タイトル:
- A Ka-Band 8-Stream Phased-Array Receiver with Time-Hopping Blocker Rejection for 6G Applications
- 講演セッション:
- Circuits Session 2 – RF/mm-wave Tx and Rx
- 講演時間:
- 6月10日午前10時30分
- 著者:
- M. Tang, Y. Zhang, D. Xu, Y. Liu, Z. Li, Y. Chen, M. Fan, Z. Ren, J. Pang, D. Xu, C. Liu, Y. Zhang, H. Sakai, K. Kunihiro, A. Shirane and K. Okada
- 会議情報:
- 発表学会ウェブサイト
研究者プロフィール
岡田 健一 Kenichi OKADA
東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:無線機・高周波回路(RF回路、ミクストシグナル回路)

関連リンク
東京科学大学 総務企画部 広報課
- Tel
- 03-5734-2975
- Fax
- 03-5734-3661
- media@adm.isct.ac.jp