150 GHz帯超小型・低消費電力アンテナ一体無線機モジュールを開発

2025年6月18日 公開

6G高速・大容量通信システムの実用化を加速

ポイント

  • 6G端末向け150 GHz帯超小型・低消費電力アンテナ一体無線機モジュールを世界で初めて開発
  • 超高密度のフェーズドアレイ無線機ICで、携帯端末での高速無線通信を実現
  • 医療手術室でのXRアプリケーションなどへの応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系の岡田健一教授らの研究チームは、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))等と共同で、第6世代移動通信システム(6G)[用語1]端末向けの150 GHz帯超小型・低消費電力AiP(アンテナ・イン・パッケージ)[用語2]無線機モジュールを開発しました。

6Gでは、従来よりもさらに高速・大容量で、低遅延、多数同時接続が可能な通信を実現するため、より広帯域を確保可能なサブテラヘルツ帯[用語3]の利用が計画されています。しかし、このような高い周波数帯では、電波の空間での伝搬損失が大きい上に、増幅器等の高性能な回路部品を得ることが難しく、広帯域を活かした高速・大容量通信では装置やシステムが複雑かつ大型になることが課題でした。

研究チームはこの課題を克服するため、150 GHz帯端末用の超小型・低消費電力AiP無線機モジュールを世界で初めて開発しました。このモジュールは、新たに開発した超高密度・低消費電力の150 GHz帯フェーズドアレイ[用語4]無線機ICを実装しており、小型・低消費電力端末での利用に適しています。また最大データ転送速度は56 Gbps(送信時)で、従来のミリ波[用語5])モジュール(数Gbps)を大きく上回ります。こうした大容量無線通信が携帯端末で可能になることで、医療手術室でのXR[用語6]をはじめとする、従来とは桁違いのリアリティを備えた携帯VR[用語7]などの新たなアプリケーション市場の発展が期待できます。

本研究成果は、6月8日から京都市で開催される国際会議「2025 Symposium on VLSI Technology and Circuits」、および6月15日から米国サンフランシスコ市で開催される国際会議「IEEE MTT-S International Microwave Symposium(IMS)」で発表されます。

背景

デジタルトランスフォーメーション(DX)[用語8]の加速により、移動通信システムに求められる通信容量は指数関数的に増加しています。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システム(5G)では史上初めてミリ波帯が用いられ、広帯域を活かした高速・大容量通信の大規模商用サービスの利用が広がりを見せています。その先の第6世代移動通信システム(6G)では、通信速度・容量のさらなる向上に加え、低遅延や多数同時接続といった新たな技術による、より高度なサービスの実現が期待されており、より広帯域のサブテラヘルツ帯の利用が計画されています。

しかしサブテラヘルツ帯は、現在の5Gで使用されているミリ波帯(28 GHz)に比べても非常に高い周波数帯であるため、信号の損失が大きくなります。また波長が短くなることに伴って、無線送受信機の設計や製造の難易度が大幅に上がるため、装置やシステムの大型化やコストの増加が懸念されています。そのため、6Gにおけるサブテラヘルツ帯通信の実用と普及に向けては、高周波集積回路(IC)技術と、それを実装するパッケージ・モジュールを用いた低コストで高性能な無線送受信機が必要とされています。特にユーザ端末側では、現在の5Gスマートフォンに用いられているような、アンテナも含む小型・低コストの一体化モジュール(AiPモジュール)が強く求められています。

研究成果

今回の研究ではこうした課題を解決すべく、6G端末に向けた150 GHz帯の超小型・低消費電力AiPフェーズドアレイ無線機モジュールを新たに開発しました(図1)。

図1. 開発した150 GHz帯超小型低消費電力AiPフェーズドアレイ無線機モジュール

開発したモジュールは、2個の無線機ICを表面に実装した多層基板の端面に、8個のアレイアンテナを形成した構成となっています。このモジュール1つで8×1のフェーズドアレイ動作が可能で、さらにこのモジュールを複数枚積み重ねることで2次元のフェーズドアレイ動作が可能となります。

これまでのAiPモジュールでは、表面にパッチアンテナ[用語9]などを形成し、ICからの信号を、多層基板内の伝送線路やスルーホール等、比較的長い距離を介してアンテナに供給する構造だったため、モジュール内での伝送損失が課題となっていました(図2(a))。今回開発したモジュールでは、新たにポスト壁導波路[用語10]を用いたエンドファイア型[用語11]のアンテナを開発し、モジュールの端面にアレイアンテナを構成しました。この構造によって、モジュール内の伝送距離を抑えて損失が低減できるだけでなく、モジュールの積み重ねによる2次元アンテナアレイも可能となりました(図2(b))。

図2. AiPモジュールの構造。(a)従来構造、(b)今回開発した構造。

今回の研究では、モジュールに搭載する高電力密度の150 GHz帯フェーズドアレイ無線機ICも新たに開発しました。超小型AiPモジュールの狭ピッチのアレイアンテナを駆動するICは、回路を高密度に実装し、それ自体のサイズを小さくする必要があります。今回、送受を高効率で切り替えるスイッチレス・フロントエンド部と、双方向アクティブ動作可能なサブハーモニックミキサ、位相シフト・周波数逓倍が可能な単一回路素子によるLO生成部を有する、新たな送受一体の無線機回路を設計することで、面積を著しく低減させた高密度の150 GHz帯フェーズドアレイ無線機ICを実現しました。このICでは、4系統の送受信回路を1チップに集積化しており、この1つのICで4個のアンテナを駆動できます。このICを最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで作製し(図3)、142-164 GHzで動作することを確認しました。1素子あたりの消費電力は送信モードで150 mW、受信モードで93 mWです。

図3. 開発した150GHz帯フェーズドアレイ無線機ICのチップ写真

先述のAiPモジュールに、このICを2個実装することで、8×1のフェーズドアレイ無線機モジュールを実現しました(図1)。このモジュールについて、実験室内で実際に電波を飛ばしてOTA測定[用語12]を行った結果、30 cmの距離での最大データ転送速度が56 Gbps(送信時)と40 Gbps(受信時)であり、このモジュールの高速動作が確認できました。5 mの距離でも、QPSK変調[用語13]時に20 Gbpsの速度を達成しています。これは従来のミリ波帯を用いたモジュールの最大データ伝送速度(数Gbps)を大きく上回るものです。また、フェーズドアレイによる-45度から+45度のビーム掃引動作も確認し、サイドローブ[用語14]の抑圧比はおよそ-10 dBでした。さらにEIRP[用語15]は154 GHzで25.7 dBmを達成しています。

本モジュールの単位アンテナ開口面積(1 mm2)あたりのEIRPは10.4 dBmと、従来の6Gw向けフェーズドアレイ無線機に比べて、格段に高い電力密度を達成しており(図4)、本モジュールを用いることで小型・低コストの6G端末向けユーザ端末を実現できます。

図4. 6G向け無線機のアンテナ開口面積に対する電力密度

社会的インパクト

本研究では、超小型・低消費電力で、電力密度の極めて高い6G向け150 GHz帯アンテナフェーズドアレイ無線機モジュールを実現しました。このモジュールを用いることで、サブテラヘルツ帯を用いた6G無線機を、基地局だけでなく小型・低コストの民生用端末でも実現します。6Gでの高速・大容量通信や、低遅延、多数同時接続といった新たな技術によって、さらに高度で多様なサービスやアプリケーションの実現が期待できます。今回の成果は、6G高速大容量通信システムの実用化を大いに加速すると言えます。

今後の展開

今後は、今回の研究成果をさらに発展させて、本モジュールを用いたさまざまな応用に取り組みます。具体的には、医療手術室でのXRアプリケーションのような実用システムを想定した設計・実証実験を行い、サブテラヘルツを用いた6Gシステムの社会実装を推進します。同時に、ICやモジュールのさらなる高性能化を図り、近距離だけでなく、より長距離での高速・大容量通信を可能にする技術の開発も進めます。

付記

本研究は、総務省委託研究「テラヘルツ波による超大容量無線LAN伝送技術の研究開発(JPJ000254)」の成果の一部です。

用語説明

[用語1]
第6世代移動通信システム(6G):現在普及が進んでいる5Gの性能をさらに進化させた、次世代の移動通信システム。高速・大容量化や低遅延、多数同時接続といった通信の高度化をめざしている。
[用語2]
AiP(アンテナ・イン・パッケージ):(Antenna-in-Packageの略)無線通信デバイスにおいてアンテナをパッケージ内に統合する技術。アンテナを別個の部品としてデバイスに取り付けるのではなく、チップパッケージの内部に組み込み、一体化する。
[用語3]
サブテラヘルツ帯:無線通信における周波数帯の1つで、通常、100 GHzから300 GHzの周波数帯を指す。
[用語4]
フェーズドアレイ:複数のアンテナをアレイ状に配置し(アレイアンテナ)、各アンテナへ位相差・振幅差をつけた信号を給電する技術。ビームフォーミングの実現に利用される。
[用語5]
ミリ波:波長が1-10 mm、周波数が30-300 GHzの電波。自動車レーダで使われる24 GHz帯や、5Gで使われる28 GHzのように、近傍周波数である準ミリ波帯も広義にミリ波と呼ばれることがある。
[用語6]
XR:(Extended Realityの略)現実世界と仮想世界を融合させて新たな空間を生み出す技術の総称。AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、MR(複合現実)などを含む。
[用語7]
VR:(Virtual Realityの略)仮想現実、人工現実感などと訳される。コンピューターによって創り出された仮想的な空間などを現実であるかのように疑似体験できる仕組みのこと。
[用語8]
デジタルトランスフォーメーション(DX):デジタルトランスフォーメーション(DX)
5G、IoT、AI等の通信・デジタル技術を活用し、浸透させることで、人々の生活や社会の構造などをより望ましい方向に変化させていく概念。
[用語9]
パッチアンテナ:平面アンテナの一種。平面上にパッチ(金属の板)を置き、裏面にグランドを設けた構造で、マイクロストリップアンテナと呼ばれることもある。軽量・小型で利得も高く、平面構造なので機器に組み込みやすいという特徴がある。
[用語10]
ポスト壁導波路:誘電体基板に金属のポスト(柱)を規則的に並べた構造で、導波路を形成する技術。上下面を金属とする誘電体基板に金属ポストを連続的に配置することで、方形導波管の側壁を置き換えた構造となっている。SIW(Substrate Integrated Waveguide)と呼ばれることもある。
[用語11]
エンドファイア型:アンテナアレイにおける放射方向の用語で、アンテナ素子が配置された直線上の両端を指向する指向性を持つアンテナアレイを指す。1次元アレイの軸に沿う方向にメインビームが向いている。
[用語12]
OTA測定:(OTAはOver The Airの略)実際に電波を飛ばして測定すること。
[用語13]
QPSK変調:(Quadrature Phase Shift Keyingの略)搬送波の位相を4つの異なる状態に変化させることでデジタルデータを伝送する、位相偏移変調(PSK: Phase Shift Keying)の一種。
[用語14]
サイドローブ:アンテナ等の放射源が放射する電波ビームパターンの中で、電波のエネルギーが最も強い主ビーム(メインローブ)の周囲に放射される、弱いビームのこと。
[用語15]
EIRP:(Equivalent Isotropic Radiation Powerの略)等価等方放射電力。アンテナからある方向に放射されるエネルギーを「等方性アンテナ」(理想アンテナ)での送信電力に置き換えたもの。送信電波の強さを表す。

論文情報1

国際会議:
2025 Symposium on VLSI Technology and Circuits
タイトル:
A 150 GHz High-Power-Density Phased-Array Transceiver in 65nm CMOS for 6G UE Module
セッション:
Circuits Session 28 – Sub-THz TRXs
講演時間:
6月12日午後2時
著者:
Y. Yamazaki, P. Sunghwan, T. Uchino, C. Liu, J. Sakamaki, Y. Morishita, A. Egami, R. Hasaba, K. Takahashi, T. Abe, T. Murata, Y. Nakagawa, T. Tomura, H. Taneda, K. Murayama, M. Tsukahara, H. Ota, Y. Nakabayashi, C. Wang, H. Herdian, Y. Zhang, Z. Li, W. Wang, H. Huang, D. Xu, S. Kato, M. Ide, Y. Zhang, H. Sakai, K. Kunihiro, A. Shirane, K. Takinami and K. Okada

論文情報2、3

国際会議:
IEEE MTT-S International Microwave Symposium (IMS)
タイトル:
150GHz-Band Compact Phased-Array AiP Module for XR Applications toward 6G
セッション:
Tu3B – Advances in Sub-THz and mm-Wave Phased Array Systems
講演時間:
現地時間6月17日午後1時30分
著者:
Yohei Morishita, Ken Takahashi, Ryosuke Hasaba, Akihiro Egami, Tomoki Abe, Masatoshi Suzuki, Tomohiro Murata, Yoichi Nakagawa, Yudai Yamazaki, Sunghwan Park, Takaya Uchino, Chenxin Liu, Jun Sakamaki, Takashi Tomura, Hiroyuki Sakai, Hiroshi Taneda, Kei Murayama, Yoko Nakabayashi, Shinsuke Hara, Issei Watanabe, Akifumi Kasamatsu, Kenichi Okada, Koji Takinami
タイトル:
Evaluation of Stacked Structure for 160GHz End-Fire Type Compact Antenna-in-Package Considering Thermal Design
セッション:
TH1A – Advanced In-Package mm-Wave Radiating and Waveguiding Structures
講演時間:
現地時間6月19日午前8時40分
著者:
Ryosuke Hasaba, Akihiro Egami, Yohei Morishita, Tomoki Abe, Ken Takahashi, Tomohiro Murata, Masatoshi Suzuki, Yoichi Nakagawa, Yudai Yamazaki, Sunghwan Park, Takaya Uchino, Chenxin Liu, Jun Sakamaki, Takashi Tomura, Hiroyuki Sakai, Makoto Tsukahara, Kenichi Okada, Koji Takinami

研究者プロフィール

岡田 健一 Kenichi OKADA

東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:無線機・高周波回路(RF回路、ミクストシグナル回路)

東京科学大学 工学院 電気電子系 岡田健一 教授

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教授 岡田 健一

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