小児の尿中有機リン系殺虫剤代謝物濃度は血中コレステロール濃度高値と関連する

2025年12月4日 公開

有機リン系殺虫剤が肝臓の脂質代謝を変化させる可能性を示唆

ポイント

  • 近年、農薬ばく露と健康リスクの関連が注目されていますが、小児期の農薬ばく露と病気の関係は十分に分かっていません。
  • 米国の6~11歳の小児385名の尿と血液のデータを解析した結果、尿中の有機リン系殺虫剤代謝物(DAP)の一種であるDETPの濃度が高い人は、血中総コレステロール濃度も高いことが分かりました。
  • 有機リン系殺虫剤の一種であるフェンチオンにばく露されたマウスでは、肝臓の転写因子PPARαとPPARγの標的遺伝子の発現が高まり、脂質代謝が変化している可能性が示されました。
  • 有機リン系殺虫剤へのばく露を減らすことが、脂質異常症や将来の心血管疾患リスクの軽減につながるかどうかについては、今後さらなる研究が必要です。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の森本靖久大学院生(国立環境研究所研究生)、菊池寛昭助教、国立環境研究所 環境リスク・健康領域エコチル調査コアセンターの中山祥嗣次長らの研究チームは、米国の6~11歳の小児385名を対象に、尿中有機リン系殺虫剤[用語1]代謝物(DAP)濃度と脂質異常症[用語2]との関連を解析しました。

これまでの研究から、小児期の脂質異常症は成人期の脂質異常症や動脈硬化と関連し、将来の心疾患リスクを高める可能性が指摘されています。

本研究の結果、尿中のDETP(DAPの一種)濃度が高い人は、血中総コレステロール[用語3]濃度も高いことが分かりました。

さらに、マウスのRNAシーケンス[用語4]データを用いて、有機リン系殺虫剤の一種であるフェンチオンにばく露[用語5]されたマウスと、ばく露されていないマウスの肝臓における脂質代謝に関わる転写因子[用語6]標的遺伝子[用語7]発現[用語8]を比較しました。その結果、フェンチオンばく露によって、肝臓内の転写因子PPARα[用語9]およびPPARγ[用語10]の標的遺伝子発現が上昇し、肝臓の脂質代謝が変化している可能性が示されました。

これらの結果から、有機リン系殺虫剤へのばく露は肝臓の脂質代謝を変化させ、脂質異常症のリスクを高める可能性が示唆されました。

ただし、本研究は一時点での尿中DAP濃度と血中脂質濃度の関連を解析したものであり、因果関係までは明らかではありません。また、マウスで観察された変化がヒトにも当てはまるかは不明です。したがって、有機リン系殺虫剤へのばく露を減らすことが脂質異常症や将来の心血管疾患リスクの軽減につながるかどうかについては、今後さらなる研究が必要です。

本研究成果は、11月6日(現地時間)付で国際学術誌「Ecotoxicology and Environmental Safety」にオンライン掲載されました。

図1.本研究で検証した関連性

背景

心血管疾患は、全世界で死因の第一位を占める重要な健康問題です。脂質異常症は心血管疾患の主要なリスク因子の1つです。小児期の脂質異常症は、成人期の脂質異常症や動脈硬化と関連することが報告されており[参考文献1、2]、小児期における脂質異常症のリスク因子を明らかにすることは、将来の心血管疾患リスクを軽減する上で重要な課題です。

これまでの研究では、農業従事者における有機リン系殺虫剤ばく露が、血中LDLコレステロール[用語11]の上昇と関連することが報告されています[参考文献3]。また、農業に従事していない一般の人は、主に食事から有機リン系殺虫剤にばく露されていますが、肥満の妊婦における有機リン系殺虫剤ばく露が、血中LDLコレステロールの上昇と関連することも報告されています[参考文献4]。しかし、小児における有機リン系殺虫剤ばく露と脂質異常症との関連については、これまで明らかにされていません。また、その関連を説明するメカニズムについても不明です。

そこで本研究では、小児の尿中DAP濃度と脂質異常症との関連を検討しました。さらに、公開されているマウスのRNAシーケンスデータを用いて、有機リン系殺虫剤の一種であるフェンチオンにばく露されたマウスと、ばく露されていないマウスの肝臓における脂質代謝に関わる転写因子の標的遺伝子発現を比較しました。

研究成果

本研究では、1999年から2002年に実施された米国の国民健康栄養調査(NHANES)に参加した、6~11歳の小児385名のデータを解析しました。

尿中DAPには6種類(DMP、DEP、DMTP、DETP、DMDTP、DEDTP)あり、このうち50%以上の小児で報告限界値[用語12]を超えて検出された4種類(DMP、DEP、DMTP、DETP)を解析対象としました。また、脂質異常症は、総コレステロール ≧200 mg/dL、LDLコレステロール≧130 mg/dL、HDLコレステロール[用語13]<40 mg/dL、中性脂肪 ≧150 mg/dLのいずれかを満たす場合と定義しました。

解析の結果、対象者の約10%が脂質異常症を呈していました。解析では、尿中DAP濃度の低い順に対象者を並べ、全体を四等分して4つのグループに分けました。その結果、尿中DETP濃度が最も高いグループの小児は、最も低いグループの小児と比較して、総コレステロール≧200 mg/ dLとなるオッズ比[用語14]が有意に高いことが分かりました(オッズ比=4.35、95%信用区間[用語15]=1.63–11.70)。LDLコレステロールについても同様の傾向が認められました。一方、HDLコレステロールおよび中性脂肪については明確な関連は認められませんでした。

さらに、マウスを用いた解析では、公開されているマウス肝臓のRNAシーケンスデータを利用しました。このデータは、7日間フェンチオンを混ぜた餌を摂取したマウス(フェンチオン群)と、フェンチオンを含まない餌を摂取したマウス(コントロール群)の肝臓から得られたものです。

肝臓の脂質代謝に関わる8つの転写因子(Pparα、Pparγ、Pparδ、Srebf1、Srebf2、Hnf1β、Hnf4α、Sirt1)の標的遺伝子を、ChIPシーケンス[用語16]のデータベースから特定しました。これらの標的遺伝子の発現量をフェンチオン群とコントロール群で比較したところ、PPARαおよびPPARγの標的遺伝子発現がフェンチオン群で高いことが示されました。

この結果から、フェンチオンばく露により肝臓における脂質の取り込み・酸化・合成が亢進(こうしん)している可能性が示唆されました。さらに、肝臓での脂質合成の亢進は、血中からのLDL取り込みの低下や、VLDL[用語17]の合成・分泌の亢進につながる可能性があり、脂質異常症リスクの上昇に関与している可能性が考えられました。

社会的インパクト

本研究により、有機リン系殺虫剤へのばく露が小児の脂質異常症のリスク因子となる可能性が示されました。

ただし、本研究は一時点における尿中DAP濃度と血中脂質濃度の関連を解析したものであり、因果関係までは明らかではありません。また、マウスで観察された現象がヒトにも当てはまるかどうかは不明です。

したがって、有機リン系殺虫剤へのばく露を減らすことが、脂質異常症や将来の心血管疾患リスクの軽減につながるかどうかについては、今後さらなる研究が必要です。

今後の展開

本研究の対象者は1999~2002年に実施された調査に参加した小児でありますが、有機リン系殺虫剤の使用量は近年減少傾向にあります。そのため、より近年の小児においても同様の結果が得られるかどうか、今後の検証が必要です。

また、日本の小児においても同様の結果が見られるかを明らかにしていく必要があります。

さらに、有機リン系殺虫剤にはフェンチオン以外にも多様な種類が存在するため、他の有機リン系殺虫剤が脂質代謝に及ぼす影響についても検討が求められます。

加えて、有機リン系殺虫剤以外の殺虫剤が脂質代謝に与える影響についても、依然として不明な点が多く、今後の研究による解明が期待されます。

付記

本研究は、主に以下の研究助成の支援を受けて実施されました。

  1. 科学研究費助成事業 (JP23K19610, JP24K19143)
  2. 千里ライフサイエンス 岸本研究助成
  3. MSD研究助成
  4. 日本医療研究開発機構 腎疾患実用化研究事業(AMED 24ek0310023h0001)
  5. 武田科学振興財団 医学系研究助成(基礎)

参考文献

[1]
Koskinen J, Juonala M, Dwyer T, Venn A, Thomson R, Bazzano L, Berenson GS, Sabin MA, Burns TL, Viikari JSA, Woo JG, Urbina EM, Prineas R, Hutri-Kähönen N, Sinaiko A, Jacobs D, Steinberger J, Daniels S, Raitakari OT, Magnussen CG. Impact of lipid measurements in youth in addition to conventional clinic-based risk factors on predicting preclinical atherosclerosis in adulthood: International Childhood Cardiovascular Cohort Consortium. Circulation. 2018;137:1246–1255.
[2]
Nuotio J, Oikonen M, Magnussen CG, Viikari JSA, Hutri-Kähönen N, Jula A, Thomson R, Sabin MA, Daniels SR, Raitakari OT, Juonala M. Adult dyslipidemia prediction is improved by repeated measurements in childhood and young adulthood. The Cardiovascular Risk in Young Finns Study. Atherosclerosis. 2015;239:350–357.
[3]
Kongtip P, Nankongnab N, Kallayanatham N, Chungcharoen J, Bumrungchai C, Pengpumkiat S, Woskie S. Urinary organophosphate metabolites and metabolic biomarkers of conventional and organic farmers in Thailand. Toxics. 2021;9:335.
[4]
Morimoto N, Nishihama Y, Onishi K, Nakayama SF, Japan Environment and Children’s Study Group. Association between blood lipid levels in early pregnancy and urinary organophosphate metabolites in the Japan Environment and Children’s Study. Environ Int. 2024;190:108932.

用語説明

[用語1]
有機リン系殺虫剤:化学構造中にリンを含む殺虫剤の総称。世界で広く使用されている殺虫剤の種類の1つ。多くの農作物の栽培に使われている。
[用語2]
脂質異常症:血液中の脂質を運ぶ粒子に含まれる脂質の量が高すぎる、または低すぎる状態のこと。この研究では、総コレステロールが高い状態(≧200 mg/dL)、LDLコレステロールが高い状態(≧130 mg/dL)、HDLコレステロールが低い状態(<40 mg/dL)、中性脂肪が高い状態(≧150 mg/dL)と定義した。
[用語3]
総コレステロール:動脈硬化と関連し、数値が高い場合に心血管疾患のリスクを高めると言われている。
[用語4]
RNAシーケンス:次世代シ―クエンサーという技術を使って、RNAの配列を大規模かつ高速に解析する方法のこと。これによりどの遺伝子の発現が高まっているか、また低下しているかを調べることができる。
[用語5]
ばく露:食べたり、吸い込んだり、触ったり、あるものにさらされること。
[用語6]
転写因子:DNAの中にある遺伝子という設計図の、どの部分を「読む」か、またどれくらいの量を「読む」か、を指示する働きを持つタンパク質を指す。これにより、細胞は必要なタンパク質を、必要なときに必要なだけ作ることができる。
[用語7]
標的遺伝子:DNAの中にある多くの遺伝子の内、転写因子が結合する標的となるものを指す。
[用語8]
発現:DNAの中にある遺伝子という設計図の情報から、タンパク質を合成することを指す。
[用語9]
PPARα:ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体アルファの略称。肝臓においては、脂質の酸化に関わる遺伝子を活性化し、脂質を酸化しエネルギーを合成するのを促す役割をしていると考えられている。
[用語10]
PPARγ:ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体ガンマの略称。肝臓においては、脂質合成に関わる遺伝子を活性化し、脂質の合成や蓄積を促す役割をしていると考えられている。
[用語11]
LDLコレステロール:低比重リポタンパク質(LDL)に含まれるコレステロールのこと。悪玉コレステロールと呼ばれ、動脈硬化と関連し、数値が高い場合心血管疾患のリスクを高めると言われている。
[用語12]
報告限界値:ある分析手法を用いて測定を行った結果、得られた値が一定の信頼性を持ち、検出や測定が確実に行われているといえる値の範囲の最小値のこと。
[用語13]
HDLコレステロール:高比重リポタンパク質(HDL)に含まれるコレステロールのこと。善玉コレステロールと呼ばれ、数値が低い場合心血管疾患のリスクを高めると言われている。しかし、数値が非常に高い場合、心血管疾患のリスクと関連するという報告もある。
[用語14]
オッズ比:ばく露と疾病との関連の強さを表す指標。ばく露と疾患との間に関連がなければオッズ比は1となり、ばく露が疾病の増加と関連があればオッズ比は1より大きくなり、ばく露が疾病の減少と関連があればオッズ比は1より小さくなる。
[用語15]
95%信用区間:推定したオッズ比が95%の確率で含まれる区間のこと。
[用語16]
ChIPシーケンス:クロマチン免疫沈降シーケンスの略称。特定のタンパク質と結合しているDNAの断片を、そのタンパク質だけと結合する抗体を使って細胞から回収し、そのDNA断片の配列を次世代シ―クエンサーを用いて解析する方法。転写因子などのタンパク質がDNAのどの部分に結合しているかを明らかにできる。
[用語17]
VLDL:超低比重リポタンパク質の略称。肝臓で合成された中性脂肪やコレステロールを血液に乗せて全身に運ぶ役割を持つ粒子のこと。中性脂肪を全身に運び中性脂肪の割合が減ってくると、コレステロールをより多く含むLDLに変化する。

論文情報

掲載誌:
Ecotoxicology and Environmental Safety
タイトル:
Association between urinary organophosphate pesticide metabolites and blood lipid levels in US children
著者:
Nobuhisa Morimoto, Hiroaki Kikuchi, Yukiko Nishihama, Eisei Sohara, Shinichi Uchida, Shoji F. Nakayama

研究者プロフィール

森本 靖久 Nobuhisa Morimoto

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野 大学院生
東京科学大学病院 医療情報部 特任助教
国立研究開発法人国立環境研究所 研究生
研究分野:腎臓内科学、脂質代謝学、環境疫学、栄養学

菊池 寛昭 Hiroaki Kikuchi

東京科学大学病院 血液浄化療法部 助教
研究分野:腎臓内科学、システム生理学

中山 祥嗣 Shoji F. Nakayama

国立研究開発法人国立環境研究所 環境リスク・健康領域エコチル調査コアセンター 次長
研究分野:環境保健学、公衆衛生学、曝露科学

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東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野

助教 菊池 寛昭

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