エネルギー代謝のマスタースイッチAMPK エネルギー感受性は制御されていた

2024年11月13日 公開

その破綻が招く慢性腎臓病増悪機構の解明と治療応用

要点

  • 慢性腎臓病の腎臓では、細胞内のエネルギー状態が不良であるのにもかかわらず、エネルギー恒常性を制御するAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が細胞内エネルギー低下を示すAMPに十分な反応をせずに活性化されない事を我々は報告していました。
  • AMPKにおけるエネルギー状態(AMP/ATP比)の感知機構が生理的に制御されているかは不明でした。
  • ULK1(unc-51 like autophagy activating kinase 1)がAMPKへのAMP結合、すなわち感知の制御に関わっている事を世界で初めて明らかにしました。
  • 慢性腎臓病ではULK1発現低下によるAMP感知機構破綻を認め、AMP感知機構を介さないAMPK活性化が腎機能の悪化と線維化を改善しました。
  • 本研究の成果は、慢性腎臓病に限らないAMPK活性低下型の疾患病態解明と、新規治療法開発への応用が期待できます。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の蘇原映誠准教授、菊池寛昭助教と、柳智貴大学院生の研究グループは、米国Purdue大学、東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 病態細胞生物学分野の清水重臣教授のグループ、東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 人体病理学分野の山本浩平講師のグループ、東京大学 大学院薬学系研究科の竹内恒教授、東京科学大学 医歯学総合研究科 腎泌尿器外科学教室の藤井靖久教授のグループ、獨協医科大学の賴建光教授との共同研究で、細胞内エネルギーセンサーであるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)[用語1]におけるエネルギー状態感受性の制御にAMPKと結合するULK1(unc-51 like autophagy activating kinase 1)[用語2]が関わっていることを世界で初めて明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Kidney Internationalに、2024年10月18日午前9時(協定世界時)にオンライン版で発表されました。

  • 東京工業大学は、2024年10月に東京医科歯科大学と統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

細胞内のエネルギー恒常性のマスタースイッチとして重要な役割を果たしているAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は、エネルギー枯渇状態で上昇するAMP(アデノシン一リン酸)[用語3]を感知し、細胞内のエネルギー産生を誘導するエネルギー恒常性維持を担う鍵分子です。

私たちは過去に慢性腎臓病(Chronic kidney disease: CKD)において、細胞内エネルギー状態が低下(AMPレベルの上昇)しているのにもかかわらず、上昇したAMPのレベルをAMPKが正確に感知できないために活性化されず、エネルギー恒常性が破綻する現象、すなわち「AMPKのエネルギー感知障害」を報告しましたが、その分子学的なメカニズムは不明であり、治療応用へと結びつけることが困難でした。

研究成果

AMPKはαサブユニット(触媒サブユニット)、βサブユニット、γサブユニットからなるヘテロ三量体として存在します。今回私たちは、AMPと直接結合する事でエネルギー状態を感知するAMPKγサブユニットがULK1によってリン酸化される事に着目し、ULK1によるAMPKγサブユニットのリン酸化がAMP結合力を上昇させること、すなわちAMPKのAMP感受性に関わる事を証明しました。これはエネルギー代謝のマスタースイッチAMPKのAMPセンサー部位の感受性が生理的に制御されているという初めての発見です(図1)。

図1. AMPKはAMP上昇によるエネルギー不全状態をAMPKが感知してエネルギー状態を改善する。AMPの上昇はAMPKγサブユニットで感知される。ULK1によってリン酸化されたAMPKγサブユニットはAMPに対する感受性が上昇する。

培養細胞や遺伝子改変マウスを用いた証明だけでなく、CKDヒト患者の腎臓検体の解析で、CKD腎において、AMPK活性の低下だけでなく、ULK1活性低下によってAMP感受性に関わるAMPKγリン酸化も低下する事が明らかとなり、CKDにおけるAMPKの「AMP感知障害」とAMPK活性低下のメカニズムの一端をヒトにおいても明らかにしました(図2左)。

これらを踏まえて、AMP/ATP比の感知機構を介さないAMPK直接活性剤である MK8722をCKDモデルマウスに投与したところ、CKD腎臓におけるAMPKを活性化させ、腎機能も改善させることを発見し、「エネルギー不全感知障害」を踏まえた新規のCKD治療法となる可能性を示しました(図2右)。

図2. 通常はAMP上昇によるエネルギー不全状態をAMPKが感知してエネルギー状態を改善するが、CKDではULK1発現の低下によりAMPKのAMPへの感受性が低下し、組織内のエネルギー状態が悪化して腎機能障害が進行する。CKDにおいて、AMPの感知機構を介さないAMPK活性化方法が、腎不全の抑制につながる。

研究成果の意義

日本における慢性腎臓病患者数は1,330万人と推計され、維持透析患者数は35万人に上ります。腎障害の進行は透析や腎移植等の腎代替療法を要するだけでなく、心血管合併症を引き起こすことからQOLや医療費削減の点で非常に重要な課題です。しかし、現行治療は降圧療法、タンパク質制限等の保存的加療が中心で、CKDの病態に直結した治療方法の開発が急務となっております。今回私たちはCKDにおけるAMPKの「AMP感知障害」と活性低下のメカニズムを明らかにし、これを踏まえた治療戦略が有効である可能性を示しました。

近年、CKDに留まらず、糖尿病や非アルコール性脂肪肝炎、腫瘍性疾患などにおいて、AMPK活性低下との関連が報告されており、これらの疾患においても我々が発見した分子機序の関与やそれを踏まえたAMPK活性化が新規治療となりうる可能性を検討しております。今回明らかになったULK1によるAMPKの「AMP感知障害」の分子機序が他のAMPK関連疾患への関与の解明は幅広い疾患のさらなる治療応用につながることが今後期待されます。

付記

この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団の支援のもとでおこなわれたものです。

用語説明

[用語1]
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK):人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン・スレオニンキナーゼ(セリン・スレオニンリン酸化酵素)の一種で、細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。AMPKは細胞内のエネルギー状態に応じて糖・脂質代謝などを調節し「代謝マスタースイッチ」とよばれています。
[用語2]
ULK1:酵母Atg1の哺乳類でのタンパク質の一つです。これらはオートファジーを進行するために必須なタンパク質です。
[用語3]
AMP:アデノシン三リン酸(ATP)は核酸の合成、タンパク質の合成、筋肉の収縮など生命維持に不可欠な反応に使われる最も重要な高エネルギー化合物です。ATPはアデノシンという化合物にリン酸が3つ結合した構造をしています。このリン酸同士の結合は非常に高いエネルギーを持っているので、結合が切れる時大きなエネルギーが放出されます。ATPからひとつリン酸がとれるとADP(アデノシン二リン酸)、2つとれるとAMP(アデノシン一リン酸)と呼ばれる化合物となります。

論文情報

掲載誌:
Kidney International
論文タイトル :
ULK1-regulated AMP sensing by AMPK and its application for the treatment of chronic kidney disease
著者:
Tomoki Yanagi, Hiroaki Kikuchi, Koh Takeuchi, Koichiro Susa, Takayasu Mori, Naohiro Takahashi, Takefumi Suzuki, Yuta Nakano, Tamami Fujiki, Yu Hara, Soichiro Suzuki, Yutaro Mori, Fumiaki Ando, Shintaro Mandai, Shinya Honda, Satoru Torii, Shigeomi Shimizu, Tatemitsu Rai, Shinichi Uchida, Eisei Sohara

研究者プロフィール

蘇原映誠 Eisei Sohara

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野 准教授
研究分野:慢性腎臓病、腎生理、遺伝性腎疾患、遺伝子解析、嚢胞性腎疾患

菊池寛昭 Hiroaki Kikuchi

東京科学大学病院 血液浄化療法部 助教
研究分野:腎疾患、トランスクリプトーム解析、エピゲノム解析、尿細管生理

柳智貴 Tomoki Yanagi

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野 大学院生
ニューヨーク大学工学部 生体医工学分野 博士研究員

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菊池寛昭

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