ポイント
- 移植医療で完治する患者の免疫の鍵を発見
- 免疫細胞に、エンジニアリングで記憶=白血病を倒すまでの力を持たせる
- 現在は根治が難しいとされる白血病を克服する新しい治療としての期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 包括病理学分野の石川文彦教授(兼 理化学研究所 生命医科学研究センター ヒト疾患モデル研究チームディレクター)、伊藤亜里研究員(研究当時、現 日本医科大学 衛生学・公衆衛生学 助教)、東京科学大学 包括病理学分野のリャン・ミンッガオ講師らによる国際共同研究グループは、新しい免疫細胞のエンジニアリング(遺伝子工学的改変)によって、難治性白血病細胞を強力に制御できることを示しました。本研究成果は、白血病の新しい根治療法開発と、現在の治療法で根治に導くことが難しい白血病の新しい治療法開発に貢献することが期待されます。
今回、Science Tokyo、理化学研究所、虎ノ門病院(東京都 港区)、ジャクソン研究所(JAX、アメリカ)、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR) シンガポールゲノム研究所(シンガポール)からなる国際共同研究グループは、虎の門病院にて臍帯血(さいたいけつ)移植によって完全に治癒したと判定された患者検体を解析し、T細胞と呼ばれる免疫細胞に「記憶(長期間にわたり免疫機能を発揮する能力、免疫記憶[用語1])」が形成されていること、さらに免疫記憶の形成とタンパク質CXCR4の発現が重なっていることを見いだしました。
同時に、白血病細胞の表面にタンパク質CD25およびCD96hがあることを同定し、これらに結合して白血病細胞を捕捉する抗体[用語2]を作製しました。
すなわち、T細胞が白血病を倒すまで免疫記憶を長期に維持する記憶タンパク質CXCR4、白血病細胞の表面に存在するタンパク質を見つけて捕捉する抗体を兼ね備えるエンジニアリングを行うことで、患者由来白血病細胞で病態を再現したモデルマウスにおいて、骨や脾臓(ひぞう)、肝臓などで難治性白血病細胞を死滅させられることを証明しました。
現在の治療では根治に導くことが難しい白血病に対し、本研究は新しい治療法として役立つことへの期待につながります。さらに、「治らない病気」に挑み続ける医療の可能性を広げ、患者さんとそのご家族の未来に希望をもたらす成果です。
また本研究は、基礎科学の知見を臨床へとつなぎ、科学の力で人々の生き方や社会の在り方をより良い方向へ導くことを目指して東京科学大学が掲げ、石川文彦教授がプログラム・ディレクター(PD)を務めるVI(Visionary Initiatives)構想を体現する成果であり、難病の根本療法研究を通じた社会貢献が期待されます。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(現地時間1月26日付)に掲載されました。
背景
白血病は、現在も多くの患者の命を奪う血液がんとして知られています。白血病には多様な種類が存在し、そのうちB細胞というリンパ球が悪性化する急性リンパ性白血病に対しては、近年、T細胞に白血病由来のタンパク質を認識する抗体を組み込んだ免疫細胞のエンジニアリング(CAR-T細胞[用語3])が治療に用いられるようになりました。
しかし、白血病は他の固形がんと同様に、免疫の働きを抑制する複数のメカニズムを有しているため、治療が奏功せず、再発によって命を落とす患者も少なくありません。特に、急性骨髄性白血病においては、有望な治療標的を見いだすこと自体が難しいとされてきました。
白血病細胞は、1ヵ所にとどまることなく血液中を巡り、全身の骨の内部に生着するため、外科手術によって取り除くことができません。このような血液がんである白血病に対して、根治の鍵の一つは、免疫による白血病細胞への攻撃にあると考えられます。
そのためにはまず、生存能力と増殖能力が著しく高い腫瘍細胞に打ち勝つ免疫機能とはどのようなものかを理解することが重要であると考え、本研究を進めました。
研究成果
国際共同研究グループは、まず、正常組織への影響を慎重に考慮しつつ、白血病細胞で高発現する治療標的候補分子の探索を行いました。その結果、正常な血球をすべて産生・供給する造血幹細胞や、心臓や肝臓などの諸臓器に少量存在するタンパク質として、CD25を見いだし、治療標的分子として選択しました。CD25を発現する白血病は、臨床経験から、現在の治療では救命が困難であることが知られていることからも、最初の標的として選びました。
次に、このタンパク質CD25のみを特異的に認識して結合する抗体と呼ばれる免疫分子を樹立しました。これにより、細胞表面のタンパク質を手がかりに白血病細胞を見つけ、捕捉する準備が整いました。
並行して、虎の門病院において臍帯血移植治療を行い、完治した患者の検体を解析し、治療が順調に進んだ理由が免疫にあると想定して検討を行いました。その結果、免疫細胞のT細胞に、「記憶=長く免疫機能を維持できる力(免疫記憶)」が形成されること、さらに免疫記憶の形成とT細胞内のタンパク質CXCR4の発現が重なっていることを見いだしました。
これらの結果から、T細胞において、CXCR4タンパク質と、タンパク質CD25を認識して捕捉する抗体の両方を同時に発現させることで、T細胞が白血病を倒すまで、が長期間にわたり免疫機能を発揮し続けるという仮説を立てました(図1)。
生まれて間もない血液中にあるT細胞が、患者体内に入って白血病細胞などの腫瘍細胞と出合うと「疲弊」して働かなくなることで、病気の再発という結果になる。臍帯血移植と呼ばれる治療で完治した患者のT細胞に多く見つかったタンパク質CXCR4と、白血病細胞を見つけて捕らえる抗体の両者を持たせるエンジニアリングを行い、骨髄・脾臓・肝臓などで患者の白血病細胞を倒せるかを検証した。タンパク質CXCL12は、T細胞のCXCR4タンパク質に結合して免疫が長く作動する機能をオンにする。
国際共同研究グループは、実際に、患者由来白血病細胞で病態を再現した実験動物(モデルマウス)を用い、CXCR4とCD25抗体を有するT細胞を投与したところ、血液中を循環する白血病細胞だけでなく、骨や脾臓、肝臓に浸潤した難治性白血病細胞を強力に制御できることを示しました(図2)。
免疫記憶を形成するCXCR4と抗体を兼ね備える免疫細胞が全ての組織で最もよく白血病細胞を死滅させた。
また、各臓器における治療効果と一致して、患者細胞で病態を再現したマウスの多くが生存できることを確認しました(図3)。
CXCR4と抗体を持つ免疫細胞で治療した場合、患者病態を再現したモデルマウスは生存の可能性が高まった。
さらに、この結果は、CD25という治療標的に限らず、CD96という別のタンパク質を標的として白血病細胞を認識・捕捉し、同じCXCR4を付加して免疫記憶を形成させたTリンパ球を用いることで、白血病細胞を倒す力を強化できることも示しています(図1)。
今後の展開
現在、CAR-T細胞などに代表されるエンジニアリングされた細胞治療は、臨床に応用可能な段階に入っています。今回新たに開発した細胞も同様に、現時点では救命が容易ではない白血病患者を助ける新たな治療手段として期待されます。さらに、白血病に限らず、他の血液がんや固形がんにおいても、免疫記憶が治療効果において重要な役割を果たす点は共通していると考えられていることから、今後、広く応用されてることが期待されます。
このように本研究は、東京科学大学Visionary Initiative (VI)が掲げる「善き生活・善き社会・善き地球」というビジョンのうち、特に「善き生活」──重い病とともに生きる人々の時間と尊厳を守ること──に直結するインパクトを持っています。今回の研究成果が、治療が難しいとされてきた白血病に対し、再発を防ぎ、長期的な寛解や治癒を目指す道筋を示したことは、医療の持続可能性や社会的負担の軽減という観点からも、大きな意義を有します。
今後は、基礎研究・臨床・社会実装を、産業界や世界と一体となって進めるVIの枠組みのもとで研究をさらに深化させることで、治療の選択肢を広げ、誰もが安心して生きられる「善き社会」の実現に貢献していきたいと考えています。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「予後不良白血病に対する個別最適化治療の提案(研究代表者:石川文彦)」、セコム科学技術財団による助成、理化学研究所戦略的推進課題を受けて行われました。
用語説明
- [用語1]
- 免疫記憶:ヒトの白血球の細胞は、分化によって多様な運命をたどるが、感染症に罹患(りかん)したときや、それを模倣するワクチンを注射したときに、タンパク質の一部を認識して覚える。その覚え方が長期にわたるために、記憶と呼ばれて、同じ感染症が個体に侵入したときに、記憶を呼び覚まし、すぐに白血球が対応するために、感染症にかかりにくくなり、悪化しない。白血球のうち、T細胞における免疫記憶を、白血病に応用した研究が今回の成果である。
- [用語2]
- 抗体:細胞が持つタンパク質の一部を認識して、その存在を捕らえる生体分子。B細胞というリンパ球がつくる分子で、乳がんや悪性リンパ腫では、抗体医薬というカテゴリーで治療にも使われている。
- [用語3]
- CAR-T細胞:キメラ抗原受容体(CAR)を遺伝子導入によって発現させたT細胞のこと。抗体の遺伝子とT細胞の活性化を支える遺伝子の両者をつなぎ合わせる遺伝子をT細胞というリンパ球に持たせることで、相手を強く認識して捕まえ、腫瘍など病気の細胞を攻撃する、二つのメリットを兼ね備える。CARはChimeric Antibody Receptor細胞の略。
論文情報
- 掲載誌:
- Nature Communications
- タイトル:
- CXCR4 induces memory formation over exhaustion in CAR-T cells to achieve durable leukemia targeting
- 著者:
- Ari Itoh-Nakadai*, Minggao Liang*, Michiho Shindo, Chen Bibi, Mariko Tomizawa-Murasawa, Saera Fujiki, Akiko Kaneko, Emi Kanamaru, Mari Hashimoto, Hiroshi Kajita, Yoshinari Ando, Miki Kojima, Jonathan Moody, Makoto Iwasaki, Shinsuke Takagi, Ryo Nakagawa, Saumya Agrawal, Hanae Amitani-Iijima, Kaori Sato, Yuriko Sorimachi, Nahoko Suzuki, Takehiro Fukami, Takehisa Matsumoto, Mikako Shirouzu, Yuho Najima, Keiyo Takubo, Chung Chau Hon, Naoyuki Uchida, Shuichi Taniguchi, Yukihide Momozawa, Piero Carninci, Leonard D. Shultz, Yoriko Saito, Michiel de Hoon, Jay W. Shin, Fumihiko Ishikawa
(* equally contributed authors)
研究者プロフィール
石川 文彦 Fumihiko Ishikawa
東京科学大学 医歯学総合研究科 包括病理学分野 教授
(兼務:理化学研究所 生命医科学研究センター ヒト疾患モデル研究チーム チームディレクター)
研究分野:白血病など血液がんの再発理解と根治療法開発
コメント:骨髄移植や臍帯血移植などの移植医療でどのようにして患者が助かっているかが分かりませんでしたが、今回の研究で、免疫の中での「記憶=長期に生存できる力」が形成されていることを発見しました。その免疫記憶を人工的に免疫細胞に持たせて新しい治療の提案ができました。新しい治療効果の検証について、白血病の病巣である骨髄や脾臓などの組織の中で、実際に白血病再発で苦しむ患者から得られた細胞に対して、どの程度であるかを確認することもできました。
リャン・ミンッガオ Minggao Liang
東京科学大学 医歯学総合研究科 包括病理学分野 講師
研究分野:遺伝学、腫瘍性疾患