メカノケミカル処理により高性能な抗ウイルス材料を創出

2026年8月24日 公開

処理前後で最大5,000倍以上の抗ウイルス活性増大を実現

ポイント

  • マンガン系複合酸化物を合成し、エタノール中でボールミルによるメカノケミカル処理を実施
  • メカノケミカル処理により単位面積当たりの抗ウイルス活性が、最大で5,000倍向上
  • 低コストかつ高性能な新規無機抗ウイルス材料の開発に向けた新たな設計指針を提示

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の宮崎孝太郎大学院生(研究当時、現AGC株式会社)と中島章教授らの研究グループは、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)次世代ライフサイエンス技術開発プロジェクトとの共同研究で、エンベロープ型ウイルス[用語1]に対するマンガン(Mn)系複合酸化物[用語2]の抗ウイルス活性が、エタノール中でのボールミル[用語3]粉砕によるメカノケミカル処理[用語4]により大幅に向上することを発見しました。

本研究では、高い抗ウイルス活性を有する新規無機材料の開発を目指して各種Mn系複合酸化物(ZnMn2O4、CuMn2O4、YMnO3、BiMn2O5)に着目しました。これらの粉末試料を合成し、その後エタノール中でボールミル粉砕したところ、粒子径の減少だけでなく、粒子表面のさまざまな物理化学的性質が変化し、その結果として比表面積[用語5]の増加の影響だけでは説明できないほど高い抗ウイルス活性が得られました。活性向上の程度はMnと組み合わせる元素に依存し、特にCuMn2O4では単位面積当たりの抗ウイルス活性が粉砕前の5,000倍を超える大幅な上昇となりました。

詳細な検討の結果、これはボールミル粉砕の過程で試料に導入されたルイス酸点[用語6]の増加が主因であると考えられました。ウイルスはルイス酸点を介して材料表面に固定され、溶出イオンやMars–van Krevelen機構[用語7]により脂質やタンパク質が分解・変性されることが示唆されました。また、CuMn2O4ではCu系材料特有の現象として、処理過程で生成する表面エトキシ基も抗ウイルス活性の向上に寄与していることが明らかとなりました。これらの結果は、エタノール中でのボールミル粉砕がMn系複合酸化物の抗ウイルス活性を効果的に増強する有用な手法であることを示しています。

本成果は、7月16日(現地時間)付で英国化学会の「RSC Mechanochemistry」誌に先行公開されました。

図1. 本研究のイメージ。メカノケミカル処理を行わない状態(左図)ではウイルスはMn系複合酸化物表面に固定化されず、不活化されにくい。メカノケミカル処理後(右図)ではルイス酸点にウイルスが固定化され、不活化されやすくなる。

背景

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行を受け、感染症リスクを低減するための技術開発が急速に進んでいます。中でも抗ウイルス材料は、接触感染の抑制や衛生環境の向上に貢献する有効な手段として注目されています。特に無機抗ウイルス材料は、単一の材料で幅広いウイルスに効果があり、ウイルスに耐性が生じにくいという特長を有しています。しかしながら、従来の代表的な材料である銀や銅、光触媒などには、高コスト、変色や酸化による性能劣化、さらには光照射が必要といった課題があり、実用化に向けた制約となっていました。これらの従来材料の課題を克服する材料として、希土類元素を含む複合酸化物が、暗所でも高い抗ウイルス活性を示すことが知られていましたが、希土類元素は資源の偏在に起因する供給リスクに課題があり、地殻に豊富に存在する元素を用いた新たな無機抗ウイルス材料の開発が渇望されていました。

研究成果

東京科学大学の中島章教授を中心とする研究グループは、身近な元素とマンガン(Mn)からなる複合酸化物であるZnMn2O4、CuMn2O4、BiMn2O5に着目し、これらの粉体に対してエタノール中でボールミルによるメカノケミカル処理を行い、得られた試料について物性を測定しました。また、エンベロープ型ウイルスに対する抗ウイルス活性への影響を評価するとともに、比較対象として希土類であるイットリウム(Y)を含むYMnO3の抗ウイルス活性についても調査しました。

評価の結果、粉砕後の試料では結晶性が低下し、比表面積が最大で約50倍増加することが確認されました。さらにMnの価数分布が大きく変化し、不均化反応やエタノールの酸化分解を伴う還元反応が生じていることが示唆されました。これらの結果は、メカノケミカル処理が単なる粒子径の低下(図2)にとどまらず、各試料の結晶性や電子状態に影響を与え、表面の反応性を変化させることを示しています。実際に、モデル反応として用いた2-ナフトールの分解において、メカノケミカル処理をした試料は顕著に高い活性を示しました。この結果は、メカノケミカル処理によりMnのMars–van Krevelen (MvK)機構に基づく酸化能が増強され、有機物分解反応が促進されることを示唆しています。

図2. CuMn2O4のメカノケミカル処理前(左)後(右)での電子顕微鏡写真

そこでこれらの試料の表面特性と吸着挙動の特徴を明らかにするため、各種の吸着試験を行いました。その結果、ZnMn2O4およびCuMn2O4はメカノケミカル処理の前後で、表面の電荷が負から正へと反転することが確認されました。正の表面電荷はウイルスの吸着に効果的であることが知られています。さらにピリジン吸着測定により、メカノケミカル処理によって酸化物表面にルイス酸点が新たに生成・増加することが確認されました(図3)。ルイス酸点は酸素空孔や配位不飽和金属種に由来することから、メカノケミカル処理の際にエタノールがMnのMvK機構により酸化されることでMnの価数低下と結晶性の低下が生じ、ルイス酸点の生成・増加に影響したと考えられます。

図3. CuMn2O4のメカノケミカル処理前(CuMn2O4)、および後(CuMn2O4_Milled)でのピリジン吸着試験の結果

次に、エンベロープ型ウイルスであるバクテリオファージφ6に対する抗ウイルス活性の評価をISOの手法を参考にして行なったところ、メカノケミカル処理を行った試料は全体的に抗ウイルス活性が向上することが明らかとなりました(図4)。特にCuMn2O4の単位面積当たりの抗ウイルス活性は、処理前の5,000倍以上という大幅な上昇を示しました。活性の向上は比表面積の増加だけでは説明できず、表面の物理化学的変化が重要な役割を果たしていると考えられます。検討の結果、溶出イオンの寄与は限定的であることが示唆され、また、ZrやYの微量混入、ボールミルポット由来不純物、pH変化などの影響も小さいことが確認されました。

図4. エンベロープ型ウイルスを各試料とガラス板(Control)に接触させ、6h経過した後に培養を行った結果。プラーク[用語8]画像およびその減少数率の対数グラフを示している。Milledの表記があるものは、メカノケミカル処理を行なった試料で得られた結果である。

ルイス酸点は、電子供与性分子や官能基を強く捕捉することが知られています。ウイルスのタンパク質には電子供与性部位(カルボニル基やペプチドの酸素など)が含まれており、Mn系複合酸化物のルイス酸点と配位的に相互作用することで材料表面へのウイルスの吸着・固定化を促します。これにより、ウイルスに対してMnによるMvK機構に基づく酸化反応が効率的に進行する環境が形成されます。ルイス酸点によるウイルスの捕捉と、Mnの酸化還元サイクルが協働することで、ウイルス表面の脂質やタンパク質が酸化的に分解され、不活化が促進されると考えられます。すなわち、「吸着(固定化)」と「酸化(不活化)」の連携が抗ウイルス機構の中核を成していることが示唆されました。さらに、Zn、Cu、Biといった共存元素の違いにより、ルイス酸点の性質や密度が変化し、ウイルスとの相互作用や酸化反応の程度に影響を与えることが明らかとなりました。

また、CuMn2O4ではCu系材料特有の現象として、処理過程で生成する表面エトキシ基も抗ウイルス活性の向上に寄与していることが明らかとなりました。

これらの結果から、Mn系複合酸化物のメカノケミカル処理は単なる物理的粉砕にとどまらず、ルイス酸点の生成・増強を通じてウイルスの捕捉能を高めるとともに、Mnの酸化機構と組み合わせることで抗ウイルス機能を大きく向上させる有効な手法であることが明らかとなりました。

社会的インパクト

本研究で示されたMn系複合酸化物は比較的安価で資源的にも豊富な原料から合成することができ、さらにボールミルという簡便な処理によって高い抗ウイルス活性を付与できる点が大きな利点です。特に、ルイス酸点によるウイルスの吸着固定化と、Mn種による酸化分解の相乗効果という作用機序は、新しい抗ウイルス材料設計の指針を与えるもので、単なる不活化ではなく「捕捉して破壊する」高機能表面の開発につながります。本研究は安全性・経済性・持続性を兼ね備えた次世代抗ウイルス材料の実現に向けた基盤を提供し、社会全体の公衆衛生面でのレジリエンスの向上に貢献すると期待されます。

今後の展開

本研究成果は新規抗ウイルス材料の設計指針構築に貢献するものです。今後は、ルイス酸点とMnによる酸化作用の協働機構をさらに精緻化し、材料設計へ体系的に展開していくことを考えています。本研究成果を元に、新たな無機抗ウイルス材料を設計し、今後も発生が懸念されるパンデミックへの備えを強化することを目指していきます。

付記

本研究は、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(B) 23H01680の助成を受けたものです。

用語説明

[用語1]
エンベロープ型ウイルス:表面が脂質膜で覆われているウイルス。代表的なウイルスはインフルエンザウイルスやコロナウイルスである。
[用語2]
複合酸化物:2種類以上の金属元素を含む酸化物。
[用語3]
ボールミル:容器の中に粉末と多数のボール(通常は金属やセラミックス製)を入れて回転・振動させ、ボール同士や容器壁との衝突によって強い機械的エネルギーを与え、粉末の粉砕や混合を起こす装置。
[用語4]
メカノケミカル処理:物質に粉砕・衝撃・摩擦といった物理的エネルギーを加えることで、結晶欠陥の生成や化学結合の変化を誘起し、物質の性質(反応性や表面状態など)を変える処理。
[用語5]
比表面積:粉の単位重量当たりの表面積のことで、単位はm2/gである。微細な粉末ほど比表面積が大きくなる。
[用語6]
ルイス酸点:電子対を受け取ることができる固体表面の活性な部位。
[用語7]
Mars–van Krevelen機構:固体中の酸素が反応に直接使われ、あとで外部から補われる酸化還元機構。Mnはこの機構が室温近傍の低温で起こることが知られている。
[用語8]
プラーク:ウイルスが細胞に感染して増殖した結果、細胞が破壊されてできる透明な斑点(抜けたように見える領域)のこと。

論文情報

掲載誌:
RSC Mechanochemistry
タイトル:
Mechanochemical activation of Mn-based complex oxides by ball milling for enhanced antiviral activity against enveloped viruses
著者:
Kotaro Miyazaki, Yasuhide Mochizuki, Toshihiro Isobe, Satoshi Ishikawa, Keiichi Kobayashi, Takeshi Nagai, Hitoshi Ishiguro, and Akira Nakajima*

研究者プロフィール

宮崎 孝太郎 Kotaro Miyazaki

東京科学大学 物質理工学院 材料系 修士課程学生(研究当時)
現AGC株式会社

中島 章 Akira Nakajima

東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授
研究分野:無機材料科学、表面界面科学

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