ポイント
- 複合酸化物La2CuO4とY2Cu2O5を合成し、その高い抗ウイルス活性を確認
- 材料表面モデルを構築するソフトウェアを開発し、第一原理計算により抗ウイルス機構を検討
- 高い抗ウイルス活性の機構を実験と計算科学により初めて解明し、今後の材料研究への新たな研究スキームを提示
概要
東京科学大学 物質理工学院 材料系の桐林龍寿大学院生(博士課程2年、日本学術振興会特別研究員DC2)、望月泰英助教と中島章教授らの研究グループは、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC) 次世代ライフサイエンス技術開発プロジェクトとの共同研究で、ノンエンベロープ型ウイルス[用語1]に対して極めて高い抗ウイルス活性を示す複合酸化物[用語2]を発見しました。
代表的な無機系抗ウイルス材料であるCuとCu2Oは時間経過とともに抗ウイルス活性が低いCuOへと劣化してしまう課題がありました。本研究ではCuやCu2Oの劣化の課題を克服する目的で、低活性であるCuOをLa2O3やY2O3と複合化しました。設計した複合酸化物はエンベロープ型ウイルス[用語3]とノンエンベロープ型ウイルスの両方に抗ウイルス活性を示し、いずれの複合酸化物もノンエンベロープ型ウイルスに対して4 hで99.999%以上のウイルス不活化率を示しました。このウイルス不活化率は単独の酸化物(CuO、La2O3、Y2O3)の活性を凌駕する値でした。
高い抗ウイルス活性は、静電相互作用による吸着やタンパク質不活化能力が強化されたことに伴って発現した可能性が高いことが、実験により明らかとなりました。第一原理計算[用語4]を用いた評価により、静電相互作用による吸着やタンパク質不活化能力の強化に関する機構を検討しました。さらに、世界で初めて酸化物の表面におけるジスルフィド結合[用語5]の切断の評価を第一原理計算で実施し、ノンエンベロープ型ウイルスの不安定化を示唆する結果も得られました(図1)。複合酸化物のうち、La2CuO4の長期安定性試験を実施したところ、1年半経過後も抗ウイルス活性が大幅に低下せず、Cu2Oよりも長期安定性に優れていることが確認されました。
本成果は、10月21日付(米国東部時間)に米国化学会のACS Applied Materials & Interfaces 誌に掲載され、Supplementary Coverに選出されました。
背景
コロナウイルスのパンデミック以来、ワクチンに頼らない感染症予防策として、抗ウイルス材料の研究が盛んに行われています。とくに無機系の抗ウイルス材料はウイルスが耐性を持ちにくいため、注目が集まっています。現在使われている代表的な無機系の抗ウイルス材料の一つとして、Cu系材料(金属Cuや、Cu2O)が挙げられます。Cu系材料は、普及しているAg系材料に比べ安価であり、酸化チタン光触媒のように活性発現に光を必要としない強みがあります。しかしながら、CuやCu2Oは大気中で容易に酸化されCuOに変化し、抗ウイルス活性が著しく低下する欠点があることが知られています。Cu系材料の課題克服のために、CuやCu2Oの状態を長期的に維持できる材料設計や、CuOの抗ウイルス活性を向上させる材料設計が求められていました。
研究成果
東京科学大学の中島章教授を中心とする研究グループは、Cu系材料の課題を克服するために、CuOの低活性を改善する方針で材料設計指針の検討を試みました。検討の結果、酸化ランタン(La2O3)や酸化イットリウム(Y2O3)をCuOと複合化し、複合酸化物La2CuO4およびY2Cu2O5にする材料設計指針を打ち立てました。研究グループは、暗所でも利用可能な新規抗菌・抗ウイルス材料となる複合酸化物に関する研究の過程で、La2O3やY2O3を含む複合酸化物が単独の酸化物以上の抗ウイルス活性を示すケースがあることを突き止めていました。
研究グループは、液相法および固相法によりLa2CuO4とY2Cu2O5それぞれの単相粉の合成に成功しました。これらの酸化物は、エンベロープ型ウイルスのバクテリオファージ[用語6] φ6とノンエンベロープ型ウイルスのバクテリオファージQβに対し、CuO以上の抗ウイルス活性を示すことが確認されました。特にノンエンベロープ型ウイルスに対し、4hで99.999%以上の抗ウイルス活性を示しました(図2)。
ウイルスが不活化されていない状態にあるときは、ウイルスによって宿主菌が破壊された領域である溶菌域(プラーク)が形成されます(図2(c))。一方、La2CuO4とY2Cu2O5に接触させたウイルスは不活化しているため、プラークの形成が見られませんでした(図2(a), 2(b))。図2(d)は、形成されたウイルスプラークの数から算出されたウイルス減少数の対数グラフであり、1目盛り分はウイルス数が1/10になったことを示しています。すなわち、La2CuO4とY2Cu2O5と接触させることでウイルス数が1/100,000以上にまで減少することがわかり、99.999%以上のウイルス減少率が示されました。
吸着試験とタンパク質不活化試験の結果、抗ウイルス活性の発現には、静電相互作用やリン酸親和性によるウイルスの吸着と、吸着後のタンパク質不活化が寄与している可能性が高いことが明らかとなりました。特に、今回設計した複合酸化物は、それらが強化されたことが確認されました。静電相互作用とタンパク質不活化の強化の評価にあたって、研究グループは表面モデルを構築するソフトウェアを開発し、固体表面に関する系統的な第一原理計算を実施しました(図3)。図3において、赤色と青色の棒グラフはそれぞれ酸素リッチ[用語7]、酸素プア[用語8]な状態での表面エネルギーを表しています。大気中には、比較的酸素が多いことから、酸素リッチな状態で安定な表面構造を選出し、理論検討した結果、 (1)CuOの表面エネルギー(図3(d))がCu2O(図3(g))よりも安定であること、(2)複合酸化物表面が金属イオンの多い状態で安定化すること、(3)複合酸化物の最表面のCuがCu+に近い状態となって安定化していることの3点が明らかとなりました。
さらに研究グループは、世界で初めて、第一原理計算を、酸化物表面におけるジスルフィド結合切断の評価にも適用しました。その結果、Cuを含む酸化物表面でジスルフィド結合の切断が起きうることが明らかとなりました(図1)。この結果から、複合酸化物表面は、接触したノンエンベロープ型ウイルスの表面を覆うタンパク質を不安定化することで、高い抗ウイルス活性を示した可能性が高いことを突き止めました。
さらに、研究グループは、合成後大気下で1年半経過したLa2CuO4の抗ウイルス活性を評価し、長期的な安定性を有することを確認しました。具体的にはLa2CuO4が、Cu2Oより高い安定性を持ち、高い抗ウイルス活性を長期間維持することが確認されました(図4)。
社会的インパクト
本研究では、Cu系抗ウイルス材料の新たな材料設計指針を提案しました。また、これまで抗ウイルス材料研究において適用されて来なかった第一原理計算が、評価手法として有効であることを先駆けて提示した研究成果でもあります。そのため、今後の抗ウイルス材料に関する学理構築の更なる発展に貢献すると共に、抗ウイルス材料を用いた感染症予防手段の多様化と拡充という社会的なインパクトが期待されます
今後の展開
本研究成果は新規抗ウイルス材料の設計指針構築に貢献するものです。本研究成果を元に、抗ウイルス材料を設計し、再来するパンデミックへの備えを強化することを目指していきます。さらに、抗ウイルス材料研究における計算材料科学の応用可能性を高めるため、第一原理計算を用いた評価のさらなる応用手法や、機械学習を活かした計算手法の応用可能性の模索を行っていく予定です。
付記
本研究は、JST次世代AI人材育成プログラム(Science Tokyo BOOST)、JSPS科学研究費助成事業 特別研究員奨励費25KJ1253、基盤研究(B) 23H01680、基盤研究(B)25K01498、若手研究22K14471の助成を受けたものであり、成果の一部は東京科学大学のTSUBAME4.0スーパーコンピュータの利用により得られたものです。
用語説明
- [用語1]
- ノンエンベロープ型ウイルス:表面が脂質膜で覆われていないウイルス。代表的なウイルスはノロウイルスであり、アルコール消毒が効きにくいことで知られる。
- [用語2]
- 複合酸化物:二種類以上の金属元素を含む酸化物。
- [用語3]
- エンベロープ型ウイルス:表面が脂質膜で覆われているウイルス。代表的なウイルスはインフルエンザウイルスやコロナウイルスである。
- [用語4]
- 第一原理計算:経験的な数値を使わず、量子力学の基本原理に基づいて物質の性質を理論的に予測する計算手法。
- [用語5]
- ジスルフィド結合:タンパク質中に含まれる二つのシステイン残基の硫黄原子間で形成される強固な結合。
- [用語6]
- バクテリオファージ:細菌に感染するウイルス。抗ウイルス試験では実ウイルスの代替として使用。
- [用語7]
- 酸素リッチ:物質・材料の周囲に酸素が多い状態。
- [用語8]
- 酸素プア:物質・材料の周囲に酸素が少ない状態。
論文情報
- 掲載誌:
- ACS Applied Materials & Interfaces
- タイトル:
- Preparation and Antiviral Activity of La2CuO4 and Y2Cu2O5 with Mechanistic Insights from First Principles
- 著者:
- Ryuju Kiribayashi, Kayano Sunada, Toshihiro Isobe, Keiichi Kobayashi, Takeshi Nagai, Hitoshi Ishiguro, Yasuhide Mochizuki*, and Akira Nakajima*
研究者プロフィール
桐林 龍寿 Ryuju Kiribayashi
東京科学大学 物質理工学院 材料系材 博士課程 日本学術振興会特別研究員DC2
研究分野:無機抗菌抗ウイルス材料、計算材料科学
望月 泰英 Yasuhide Mochizuki
東京科学大学 物質理工学院 助教
研究分野:計算材料科学、固体物理学、固体化学
中島 章 Akira Nakajima
東京科学大学 物質理工学院 教授
研究分野:無機材料科学、表面界面科学
関連リンク
地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所 次世代ライフサイエンス技術開発プロジェクト
プロジェクトリーダー 石黒 斉
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