どんな研究?
ドアノブや、電車のつり革、コンビニのタッチパネル。その表面には、目には見えないウイルスが付着しているかもしれません。こまめに消毒する方法はありますが、ずっと続けるのは簡単ではありません。もし「置いておくだけでウイルスを弱らせてくれる材料」があれば、とても心強いと思いませんか。
これまで、光触媒や銀、銅などの無機材料は、ウイルス対策として注目されてきました。中でも銅の酸化物はよく研究されており、特にCu₂Oは高い抗ウイルス活性(ウイルスを弱らせる力)をもつことが知られていました。しかし、実は大きな弱点もあります。Cu₂Oは湿気などの影響で、安定だけれど活性の低いCuOへと変わってしまいます。つまり、2週間から1か月ほどで効果が大きく下がってしまうのです。
一方で、光触媒は光が当たると効果を発揮しますが、実際の生活空間には光が十分に届かない場所もあります。たとえば、ドアノブの裏側や室内の隅などです。そこで注目されたのが、暗い場所でも効果を示すランタン(La)やイットリウム(Y)を含む酸化物です。ところが、これらを銅と組み合わせた「三元系酸化物」をきちんと評価した研究はほとんどありませんでした。また、材料とウイルスが原子レベルでどう相互作用するのかも、よく分かっていませんでした。
そこで東京科学大学(Science Tokyo)の中島章(なかじま・あきら)教授、望月泰英(もちづき・やすひで)助教、博士後期課程2年の桐林龍寿(きりばやし・りゅうじゅ)さんらを中心とする研究チームは、La₂CuO₄やY₂Cu₂O₅という新しい組み合わせの三元系酸化物に挑戦し、その効果としくみを実験と計算の両面から丁寧に調べました。
ここが重要
Cu₂Oの弱点はすでに分かっていました。問題は、どうすれば「強さ」と「長持ち」を両立できるかということでした。これが研究チームにとって最大の壁でした。中島教授らは、表面だけを工夫するのではなく、結晶構造そのものを設計し直すという決断をしました。結晶構造とは、原子の並び方のことです。この並び方を工夫することで、銅が活性の高い状態を保ちやすくなると考えました。
研究の結果、La₂CuO₄とY₂Cu₂O₅が、アルコール消毒が効きにくいこともある、膜をもたないタイプのウイルスに対して、単体の酸化物よりも強い効果を示すことを明らかにしました。この効果を生んだ理由は、計算によって裏付けられました。La₂CuO₄とY₂Cu₂O₅では、材料の表面が電気的にプラスの性質をもち、マイナスの性質をもつウイルスを引き寄せる力があることが分かったのです。さらに、表面の銅がCu⁺という特別な状態を保つことで、ウイルスのタンパク質の構造を壊し、不活化に関わっている可能性が示されました。
そして何より驚くのは、その持続力です。La₂CuO₄は1年半後でも、最初の70%以上の活性を保っていました。従来のCu₂Oと比べると、はるかに長持ちします。
今後の展望
この材料は暗い場所や湿気のある環境でも働き、細胞毒性がないことも確認されています。たとえば、ドアノブや手すり、医療機器の表面コーティングなどに応用できれば、触れるだけでウイルスを減らす仕組みづくりにつながる可能性があります。
また、複数の元素を組み合わせて性能を引き出すという考え方は、新しい抗ウイルス材料を設計するうえでのヒントになります。
研究者のひとこと
固体表面とウイルスと計算。一見すると共通性が乏しく見える科学の3つの領域を繋ぐことで、新しい真理に辿り着きました。自然科学の理はいつも神秘に満ちています。一緒にそれを探してくれた学生や共同研究者と彼らのパッションが、神秘への扉を開けてくれました。
(中島章:東京科学大学 物質理工学院 教授)
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