ダイヤモンド量子センサで微弱磁場計測を短距離・高感度化

2026年7月23日 公開

脳磁場計測に向けた低発熱ラムゼー磁力計を開発

ポイント

  • ダイヤモンド中の窒素―空孔中心を用いた、低レーザー出力で高感度な磁気量子センサを実現
  • 光閉じ込めダイヤモンド導波路と基板型マイクロ波アンテナの組み合わせにより、温度上昇の抑制と、センサ・試料間距離の短縮に成功
  • 100–400 Hz帯で2.93 pT/√Hzの高感度を達成し、脳磁計や心磁計などの生体磁気計測への応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系の荒木裕太大学院生、関口武治研究員、波多野睦子特命教授、岩﨑孝之教授、物質・材料研究機構(NIMS) 電子・光機能材料研究センター 半導体欠陥制御グループの寺地徳之グループリーダー、量子科学技術研究開発機構(QST) 高崎量子技術基盤研究所 量子機能創製研究センター(QUARC)の大島武センター長、株式会社デンソー 先端技術研究所の柴田貴行担当課長らの研究グループは、ダイヤモンド中の窒素―空孔中心(NVセンタ)[用語1]を用いたラムゼー干渉法[用語2]に基づく高感度量子磁気センサを開発しました。

脳磁図(MEG)[用語3]で観測される磁場はピコテスラ(pT:10-12テスラ)以下と微弱であり、その計測のためには、室温で動作し、生体近傍で利用できる高感度磁気センサの開発が必要です。本研究では、光閉じ込めダイヤモンド導波路[用語4]技術と基板型マイクロ波アンテナを組み合わせ、低レーザー出力でも高感度を維持しながら、センサ・試料間距離を2.0 mmまで短縮することに成功しました。これにより、100–400 Hz帯で2.93 pT/√Hzの高感度を達成するとともに、温度上昇を約13 ℃に抑えた、生体適合性の高い短距離計測を実証しました。さらに、脳磁信号を模したドライファントム[用語5]を用い、平均化なしで77.7 pTの微弱磁場検出にも成功しました。本成果は、室温動作・低発熱・短距離計測・小型化を同時に実現した点で、ダイヤモンド量子センサによる生体磁気計測の実用化に向けた重要な前進と言えます。将来的には、ウェアラブル型の脳磁計や心磁計など、医療・ヘルスケア分野への展開が期待されます。

本研究成果は、7月22日付(現地時間)の学術誌「Applied Physics Letters」に掲載されました。また、本論文は Featured Article に選定されるとともに、AIPの科学ニュース記事「Scilight」でも紹介されました。

背景

脳活動に伴う神経電流が生み出す磁場を計測する脳磁図は、てんかんなどの脳機能診断や脳科学研究に不可欠です。しかし、脳磁場の測定値はピコテスラ以下と極めて微弱であるため、現在は主に液体ヘリウムで冷却した超伝導量子干渉素子(SQUID)による測定手法が用いられています。SQUIDは高い感度での測定が可能ですが、冷却機構が必要なため装置が大型化し、コストも高く、頭皮近傍に柔軟に配置することが難しいという課題があります。

こうした背景から、室温で動作し、小型化が可能なダイヤモンド量子センサが次世代の生体磁気センサとして注目されています。中でも、ダイヤモンド中の窒素―空孔中心(NVセンタ)は、光とマイクロ波を用いて量子状態を制御することで、室温で高感度な磁場計測が可能です。これまで、NVセンタを用いた磁気計測では、連続波光検出磁気共鳴(cw-ODMR)法[用語6]が広く用いられてきましたが、より高い感度を得るためには、パルス計測手法であるラムゼー干渉法への移行が重要とされてきました。

一方で、従来のラムゼー型ダイヤモンド磁力計では、高感度化のために数ワット級の高出力レーザー励起が必要で、センサ温度が大きく上昇してしまうことが問題でした。また、マイクロ波印加に必要な部品が大型であるため、センサと試料の距離を十分に縮めることができず、距離とともに急激に減衰する生体磁場を高感度に捉えるうえで大きな制約となっていました。

研究成果

研究グループは、低発熱と短距離計測を両立する新しいラムゼー型ダイヤモンド量子磁気センサを開発しました。

本研究ではまず、励起光の利用効率を高めるため、光閉じ込めダイヤモンド導波路技術を採用しました。ダイヤモンド内部で励起光を全反射させながら伝搬させることで、光とNVセンタとの相互作用を高め、低いレーザー出力でも十分な蛍光信号を得られるようにしました。その結果、先行研究(~4 Wレベル)と比較して、210 mWという低レーザー出力でありながら、高い蛍光検出効率を実現しました。

さらに、コンパクトな基板型マイクロ波アンテナを開発し、センサと試料の距離を最短2.0 mmまで短縮することに成功しました(図1)。これにより、先行研究のラムゼー法に基づくセンサと比較して3倍以上距離を短縮しました。生体磁場のような微弱な磁場は発生源から離れるほど急激に弱くなるため、この短距離化は感度の実効的な向上に大きく寄与します。

図1. (a)磁石アレイを含むダイヤモンド量子センサ全体図。(b)センサヘッドの拡大図。センサと測定対象間の最短距離は約2.0 mmであり、これはマイクロ波アンテナおよび誘電体ミラーの厚さによって決定されている。210 mW、532 nmのレーザー光をダイヤモンドに入射している。挿入図は、ダイヤモンド内部におけるレーザー光の多重反射を示している。

計測手法には、
二重量子4-ラムゼーシーケンス[用語7]
とロックイン検出を組み合わせた方式を採用しました。これにより、ノイズの影響を抑えながら、100–400 Hz帯において2.93 pT/√Hzの高感度を実現しました(図2)。また、センサ動作時の温度上昇は約13℃に抑えられ、動作温度は生物学的安全性の指標となる42℃を下回りました。

図2. (a)ロックイン検出を用いた二重量子4-ラムゼーシーケンス。(b)マイクロ波離調に対するラムゼー信号応答。(c)磁場感度評価。オレンジ色のスペクトルは共鳴マイクロ波を用いた磁場感度であり、青色のスペクトルは非共鳴マイクロ波を用いた磁場感度なしのスペクトルに対応している。

加えて、脳磁場分布を模したドライファントムを用いた評価では、センサから約2.5 mmの距離において、平均化を行わずに77.7 pTの微弱磁場を高い信号雑音比(>4.3)で検出しました(図3)。脳磁信号のような、サブピコテスラ(<10^-12T)の微弱な磁場信号を検出するにはさらなる積算処理などが必要ですが、生体計測を想定した近接配置で今回のファントム計測に成功したことで、本技術が実用化に向けて有望であることが示されました。

図3. (a)ドライファントムを用いた実験セットアップの概略図。(b)メインパネルは、測定されたノイズスペクトル(水色)、デジタルフィルタリング後の磁場信号(オレンジ色)を示している。挿入図は、デジタルフィルタリング後の信号とフィッティング曲線を示しており、周波数77 Hzにおける磁場振幅が77.7 pTであることを示している。

社会的インパクト

本研究成果は、ダイヤモンド量子センサを用いた実用的な生体磁気計測の実現に向けた重要な前進です。高感度化を追求する場合、従来は高出力レーザーによる発熱や装置大型化が問題となっていましたが、本研究では、短距離で計測できるセンサ設計と低発熱動作を両立することで、生体近傍に配置できる高感度磁力計の実現可能性を示しました。

将来的には、脳磁計(MEG)や心磁計(MCG)などの医療診断機器への応用が期待されるほか、小動物の神経活動や筋活動の非侵襲計測といった基礎生命科学や創薬分野への展開も見込まれます。室温で動作する小型・高感度な量子センサは、これまで大型設備に依存していた生体磁気計測のあり方を大きく変える可能性があります。

今後の展開

今後は、ダイヤモンド結晶のさらなる高品質化によるコヒーレンス時間の延長、NVセンタの電荷状態制御の高度化、参照光に由来する雑音の低減などを進めることで、より高感度化を目指します。また、温度変動に起因する共鳴周波数シフトへの耐性を高め、長時間安定に動作する計測系の確立を進めます。

これらの改良により、短距離計測を維持したままサブピコテスラ感度(<10^-12T/√Hz)を達成し、実際の脳磁場や心磁場の計測へとつなげていくことが期待されます。

付記

本研究は、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(JPMXS0118067395)および(JPMXS0118068379)、科学技術振興機構(JST)ASPIRE(JPMJAP24C1)、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「先進的量子技術プラットフォームの社会課題への応用促進」の支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
窒素―空孔中心(NVセンタ):ダイヤモンド中の炭素原子の一部が、窒素原子と空孔が隣接する形で置き換わった点欠陥を指す。緑色光の照射により赤色蛍光を発し、マイクロ波印加による量子操作と組み合わせることで、室温で高感度な磁場計測が可能になる。なお、本研究では磁気計測に有効な負電荷状態のNVセンタを主に用いている。
[用語2]
ラムゼー干渉法:第1、第2のマイクロ波パルスの時間的間隔を利用して量子状態を自由歳差運動させ、その間に蓄積される位相変化から磁場を高感度に読み出す計測手法。連続波光検出磁気共鳴法に比べて、より高感度な磁場計測が可能である。
[用語3]
脳磁図(MEG):脳の神経活動に伴って発生する極めて微弱な磁場を、頭部の外側から非侵襲的に計測する手法。脳機能の解析や脳疾患の診断に用いられる。
[用語4]
光閉じ込めダイヤモンド導波路:ダイヤモンド内部で励起レーザー光を全反射させながら伝搬させる構造。光とNVセンタとの相互作用を高めることで、低出力レーザーでも高効率に蛍光信号を得ることができる。
[用語5]
ドライファントム:脳の神経活動などに伴う微弱な磁場信号分布を電気回路で人工的に再現した固体の磁場信号源。磁場センサの性能を実証・評価するために用いられる。
[用語6]
連続波光検出磁気共鳴(cw-ODMR)法:レーザー光とマイクロ波を連続的に印加し、蛍光強度の変化から磁場を読み出す代表的なNVセンタ磁気計測法。実装しやすい一方、より高感度な計測にはラムゼー干渉法などのパルス手法が有利とされる。
[用語7]
二重量子4-ラムゼーシーケンス:NVセンタのスピン状態を利用したラムゼー型計測手法の1つで、環境変動に対する耐性を高めながら高感度計測を実現するためのシーケンスを指す。

論文情報

掲載誌:
Applied Physics Letters
タイトル:
A Highly Sensitive Diamond NV Magnetometer Using Ramsey Interferometry with a Short Sensor-to-Sample Distance
著者:
Yuta Araki, Takeharu Sekiguchi, Yuji Hatano, Naota Sekiguchi, Chikara Shinei, Masashi Miyakawa, Takashi Taniguchi, Tokuyuki Teraji, Hiroshi Abe, Shinobu Onoda, Takeshi Ohshima, Takayuki Shibata, Mutsuko Hatano, and Takayuki Iwasaki

研究者プロフィール

岩﨑 孝之 Takayuki Iwasaki

東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:ダイヤモンド量子センサ、量子光源

波多野 睦子 Mutsuko Hatano

東京科学大学 理事・副学長(研究担当)、工学院 特命教授
研究分野:半導体デバイス、ダイヤモンド量子センサ

関口 武治 Takeharu Sekiguchi

東京科学大学 工学院 電気電子系 研究員
研究分野:量子センシング、ダイヤモンドデバイス

荒木 裕太 Yuta Araki

東京科学大学 工学院 電気電子系 大学院生
研究分野:ダイヤモンド量子センサ、量子磁気計測

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