建築と医学の力で、「老化しにくい家」を

VI-Researcherインタビュー:Well-Vitality Visionary Initiative

2026年9月24日 公開

海塩 渉 助教(環境・社会理工学院)

海塩渉助教(環境・社会理工学院)

2025年4月に導入したVisionary Initiatives(VI)は、現行の医学、歯学、理学、工学、情報学、物質理工学、環境・社会理工学、生命理工学、リベラルアーツといった分野別縦割りの研究体制を、分野横断型へと大きく変革する仕組みです。研究者はいずれかのVIを選択し、異分野融合研究を加速していきます。

海塩渉助教が担当するWell-Vitality VIは、世代を超えて人々がつながりを保てるような環境、健康を支える技術や治療法の発明や加齢メカニズムの解明を通して、各人が心身ともに豊かで活動的な人生を送れるようにすることを目指しています。

「なぜこのVIを選んだのか」「異分野研究者との出会いでこれから何が生まれるのか」、研究者一人一人のエピソードを紐解きます。

建築環境から、人生100年時代の健康長寿を支える

私たちが日々を過ごす住宅や職場は、単なる「器」ではありません。温度や湿度、光、音、空気といった環境は、健康や働きやすさ、さらには人生の質にも影響します。「劣悪な住宅環境が原因で亡くなる方を一人でも減らしたい」という思いを原点に、建築学と医学を横断しながら、人の健康を支える建築環境を研究する海塩渉助教。病気を防ぐだけでなく、暮らすことで心身の活力を保つ「老化しにくい家」とは――。Well-Vitality VIで広がる研究の可能性について聞きました。

――専門分野と、現在の研究テーマを教えてください。

私の専門は建築環境工学と公衆衛生学です。「人生100年時代の健康長寿を支える建築環境の創造」をテーマに、住宅の温熱環境と血圧、循環器疾患との関係などを研究しています。

健康づくりというと、食事や運動が注目されますが、人は毎日の多くの時間を建物の中で過ごしています。建築は、暮らす、働く、学ぶ、治療を受けるといった活動の基盤であり、すべての人の健康とウェルビーイングを支える社会インフラです。建築から人の一生を支えたいという思いが、私の研究の根底にあります。

――なぜ建築と医学の二つの分野を研究するようになったのでしょうか。

原点には、身近な方をヒートショックで亡くした経験があります。暖かい部屋から寒い脱衣所や浴室へ移動したときなど、住宅内の急激な温度差は血圧を大きく変動させ、循環器疾患などを引き起こすことがあります。この経験から、「住宅内で亡くなる方を一人でも減らしたい」と強く思うようになりました。

そのためには、建物の断熱性能や温熱環境を扱う建築学だけでなく、人体への影響や疾病との関係を明らかにする医学、公衆衛生学の知見が欠かせません。そこで二つの分野を学び、それぞれの言葉や研究手法の違いをつなぎながら、建築環境が健康に与える影響を科学的に示す研究を進めてきました。研究成果が医学系のガイドラインに引用され、「健康日本21」にも住環境の重要性が盛り込まれるなど、研究を社会の仕組みへつなげる取り組みも進んでいます。

――建築環境の改善は、どのように健康へつながりますか。

夏には熱中症による救急搬送の多くが住宅内で起こり、熱帯夜は睡眠の質にも影響します。冬には、入浴事故、寒さによる血圧上昇、夜間頻尿などの問題があります。温度や湿度、断熱性能を適切に整えることは、こうした健康リスクの予防につながります。

研究対象は住宅に限りません。オフィスの温熱・光・音・空気環境は、働く人の集中力や快適性を左右します。東京科学大学病院の集中治療部との医工連携研究では、ICUの光や音の環境が、医師や看護師の環境満足度や集中のしやすさと関係する可能性を示しました。医療従事者が健康に、集中して働ける環境をつくることは、医療の質や安全性を支えることにもつながります。

――なぜWell-Vitalityを選んだのでしょうか。

人が心身ともに健やかに、活力を持って暮らし続けるための環境をつくるという私の研究は、Well-Vitalityが目指す方向と重なります。特に魅力を感じたのは、医学、生命科学、情報科学など、自分だけでは出会えなかった知見とつながれることです。

VIの活動を通じて、遺伝子などの情報を扱う研究者と意見を交わしたことをきっかけに、新たな共同研究も始まりました。異分野の研究者が集まり、互いの発表を聞いて、「この研究と相性がよいのでは」と気軽に声をかけ合える。そうした柔軟な環境が、新しい研究の種を育てていると感じます。

――今後、Well-Vitalityを通じて実現したいことを教えてください。

これまでは、住宅内の事故や病気を防ぐという「マイナスを減らす」研究に取り組んできました。これからはさらに一歩進み、建築によって日々をより前向きに、活力を持って生きられることを示したいと考えています。

現在、遺伝子やタンパク質などを網羅的に捉えるマルチオミックス情報と、温度、湿度、光、音、空気質などの建築環境データを組み合わせる研究を進めています。目指しているのは、住環境が人体や老化の過程に与える影響を解明し、「老化しにくい家」を実現することです。住宅を、病気になってから対処する場所ではなく、毎日暮らすことで健康を守り、老化や疾病のリスクを抑える予防の場へ変えていきたいと思います。

異分野を学ぶことは、新しい発想の入口になります。自分の専門を軸に、もう一つの分野の知見や研究者の考え方に触れることで、これまで見えなかった課題や可能性が見えてきます。Well-Vitalityに集まる多様な知を結び、建築環境によって、生涯にわたる健康と活力を支える仕組みを社会へ提案していきたいです。

海塩渉助教(環境・社会理工学院)

プロフィール

海塩 渉(うみしお・わたる)

東京科学大学 環境・社会理工学院 建築学系 助教。博士(工学、医学)、一級建築士。専門は建築環境工学と公衆衛生学。建築環境工学と公衆衛生学を融合し、住宅等の温熱環境が血圧や疾患へ与える影響の解明、マルチオミックス情報を活用した「老化しにくい家」の実現など、生涯の健康と活力を支える建築環境の創出に取り組んでいる。

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