発光強度の変化でタイヤ添加剤とアルブミンの結合を「見える化」

2026年9月28日 公開

生体内挙動の解析や環境モニタリングにつながるイメージング技術

ポイント

  • アルブミン(生体内タンパク質)と特異的に結合して可視光を放つ発光インジケーターを開発
  • 生体内に取り込まれたタイヤ添加剤を、発光インジケーターの発光強度の変化から検出・可視化する技術を確立、生体内挙動解析が可能に
  • 紙ベースセンサーに実装することで、大型の分析機器を必要としない簡便・迅速なスクリーニングが可能、環境モニタリングへの応用に期待
概要図. タイヤ摩耗粉塵由来の化学物質と生体内アルブミンの結合を利用した生体イメージング。発光インジケーターはアルブミンと特異的に結合して可視光を放つが(右図:写真中央)、タイヤ添加剤に用いられる化学物質がアルブミンに作用すると、この発光が弱まる様子を示す(右図:写真右)。

概要

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系の古田忠臣助教、産業技術総合研究所(以下「産総研」)環境創生研究部門の金誠培主任研究員、電気通信大学 環境安全衛生管理センターの北田昇雄准教授、情報理工学研究科 基盤理工学専攻の牧昌次郎教授、慶應義塾大学 理工学部 応用化学科のチッテリオ・ダニエル教授、スタンフォード大学のRamasamy Paulmurugan教授らは、アルブミン[用語1]と特異的に結合して可視光を放つ発光インジケーター[用語2]を用いて、タイヤ添加剤として使われる物質を検出・可視化する新しいイメージング技術を開発しました。本技術により、発光インジケーターが化学物質の存在量に応じて示す発光変化を指標として、対象化学物質を迅速に可視化することが可能となりました。

さまざまな動物のアルブミンに特異的に結合し、特有の色と強さの光を放つ複数の発光インジケーターの分子構造を最適化しました。生体イメージングへの応用により、生きたマウスに経口投与した際、タイヤ添加剤6PPD[用語3]が肝臓に到達し、アルブミンと結合する様子が20分以内で観察できました。さらに、本手法は紙ベースのセンサーとしても実装可能であり、アルブミンを塗布した紙片に検体と発光インジケーターを滴下するだけで、簡便かつ迅速に化学物質のアルブミンへの作用を可視化することができます。本技術は、大型の分析機器を必要としない簡便・迅速な手法であることから、環境モニタリングへの応用が見込まれます。化学物質とアルブミンとの作用を紙片やマウス個体で可視化できる点に特長があり、今後、生体内で多様な化学物質の生理活性[用語4]を可視化・シミュレーションする技術へと発展することが期待されます。

なお、この研究成果の詳細は、2026年9月28日に「Environmental Science & Technology」に掲載されました。

背景

タイヤの劣化を抑えるための添加剤として用いられる6PPDは、オゾンや酸素によって酸化され、6PPD-Q[用語3]を生成することが知られています(図1左)。6PPDや6PPD-Qは、タイヤ摩耗粉塵に含まれるほか、大気、水、底質(河川や海などの水底に堆積した泥や有機物など)など広く環境中から検出されており、特に6PPD-Qについては、一部のサケやマスなどの魚類に対する深刻な毒性が報告されています[参考文献1]。マイクロプラスチックのうちタイヤ摩耗粉塵は、環境中への流出量が多いと考えられていますが、特に都市部ではこれが河川に流入することで魚類の大量死を引き起こすことも指摘されています。また、食物連鎖により生体に取り込まれた6PPDや6PPD-Qが、動物やヒトの体内でどのように蓄積し作用を引き起こすのか、といった実態の解明は十分に進んでいません。このような化学物質の環境中および生体内での挙動を把握するためには、実環境や生体内で評価できる手法が必要ですが、従来の分析手法では迅速かつ簡便に評価することが困難であり、新たな手法の開発が望まれていました。

図1. タイヤ添加剤とその酸化物および今回使用した代表的な発光インジケーターの構造式

研究の経緯

これまで産総研では、化学物質生理活性の発光可視化に関して幅広く研究を進めてきました。アルブミンはヒトの血液中に最も多く存在するタンパク質であり、全身への栄養分やホルモンの運搬など、生命維持に不可欠な役割を担っています。また、微量元素や脂肪酸、酸素、薬物などさまざまな物質と結合することが知られており、各種疾患の指標として医療現場で広く利用されています。このような背景を踏まえ、本研究では、アルブミンに特異的に結合し、特有の色と強さの光を放つ発光インジケーター(セレンテラジン(CTZ)誘導体[用語5]からなる発光性の分子、図1右)を開発することで、アルブミンと6PPDなどのタイヤ添加剤との結合を、簡便かつ迅速に「見える化」することを目指し、分子イメージング[用語6]基盤技術の開発に取り組みました。

なお、本研究開発は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)の科研費 基盤A「紙ベースバイオセンサーによる革新的な化学物質の高速生理活性評価基盤の創製」(JP25H01207、2025~2028年度)、国際共同研究加速基金(海外連携)「発光細胞アレイを用いた化学物質のホルモン様活性・健康リスク評価基盤の創出」(JP23KK0101、2023~2028年度)、挑戦的研究(萌芽)「マイクロプラスチックによる生理活性の包括的な評価基盤の開発」(JP25K22883、2025~2027年度)による支援を受けています。

研究成果

「光が消える」ことで化学物質の存在を検知する新しい検出原理

研究チームは、従来の発光基質(CTZ)の構造を少しずつ変えた複数の「CTZ誘導体」を合成しました(図1右)。アルブミンと結合した発光インジケーターは強い発光を示しますが、化学物質がアルブミンの薬物結合部位(DBS;Drug-Binding Site)[用語7]に作用すると、この発光が変化し、「発光が弱まる(消える)」という現象が起こります。この特有の発光色と発光強度の変化を測ることで、6PPDや6PPD-Qなどのタイヤ添加剤がどの程度存在しアルブミンと結合しているかをイメージングすることに成功しました。特に、「TS2」「G6」「K2」と名付けた発光インジケーター(図1右)は、ある種のアルブミンにおいて、6PPDなどのタイヤ添加剤が存在した場合に特に発光の変化が大きく、今回の手法を開発するに当たって有用なインジケーターとなりました。

実際に試験を行った結果、「K2」と名付けた特定の構造を持つ発光インジケーターは、さまざまな動物の血清アルブミンと結合して発光を示しました。最も高い発光強度を示すウサギの血清アルブミンをはじめ、ヒトやブタの血清アルブミンは、6PPDなどの存在下で特異的に反応し、発光強度が大きく変化する様子が観察されました(図2)。本手法により、体液などの生体サンプルで簡便かつ迅速に6PPDや6PPD-Qの存在をイメージングできたことに加え、従来の濃度測定では捉えにくかった、生体内における化学物質の空間分布や濃度変化を可視化することも可能となりました。なお、本研究では魚類由来アルブミンを用いた評価には至っていませんが、今後は魚類アルブミンの調製を進めることで、魚類に対する6PPD関連物質の評価も目指します。

図2. K2と名付けた発光インジケーター(CTZ誘導体の一つ)による各種アルブミン発光の様子(写真最上段)と、6PPDおよび6PPD-Qの存在による発光変化

また、研究チームは、開発した発光インジケーターと6PPDおよび6PPD-Qについて、アルブミンとの結合様式を構造モデリングにより解析しました(図3)。その結果、6PPDは発光インジケーターとともにアルブミンの薬物結合部位に存在することが示唆された一方で、6PPD-Qは同部位に入り込まないモデル結果が示され、本手法で観測された発光変化の違いと整合する結果を示しました。

図3. ウシ血清アルブミンの薬物結合部位における、タイヤ添加剤6PPDまたは6PPD-Qと発光インジケーターの隣接した結合モデル。「G6」と名付けた発光インジケーターを使用した場合の一例を示す。6PPDは薬物結合部位(DBS II)で発光インジケーター「G6」の近傍に存在し(中央)、6PPD-Qは同部位に入り込まない(右)モデル結果を示す。

「紙ベースセンサー」により、どこでも検査が可能に

この技術を紙ベースのセンサーに応用しました。まず、特殊な加工をした紙の上にアルブミンをスポットした「ペーパーマイクロプレート」を開発しました。検査したい体液などの生体サンプルを発光インジケーターと混ぜて紙に垂らすだけで、6PPDが存在しているかを発光により簡単に判定でき、他の高価な装置が不要です(図4)。安価かつ持ち運びが可能である点から、高濃度で検出される現場でのクイックチェック(迅速簡易測定)としての利用が期待されます。また、本技術はアルブミンを指標とした評価方法であることから、将来的には尿などの体液を用いた診断支援技術への応用も期待されます。

図4. ペーパーマイクロプレート上でのタイヤ添加剤6PPDの発光強度比の比較。6PPD存在下で、ヒト血清アルブミンより、ウシ血清アルブミンで発光の変化が大きいことがわかる。

生きているマウスの体内での生体イメージングへの応用

さらに、この発光反応を生きているマウスの肝臓でも観察することに成功し、生体内においても本発光技術が適用可能であることを実証しました。6PPDを摂取したマウスでは、肝臓での発光が明らかに抑制されることが確認されました。これは、タイヤの添加剤が体内のアルブミンと結合する様子を視覚的に明らかにした世界初の成果です(概要図右)。

今後の展開

本研究で開発した化学物質とアルブミンとの結合の可視化・評価技術は、環境モニタリングに加え、医療・創薬分野への応用も期待されます。具体的には、アルブミンへの結合特性を指標として、薬物候補化合物の体内動態(分布・輸送特性)を評価する新たなスクリーニング手法としての活用が考えられます。

また、本技術は生体内で検出される濃度でアルブミンを簡便に検出・評価できる特長を有することから、体液中(血液、唾液、尿など)のアルブミン状態を指標とした簡便な診断キットへの応用も考えられます。例えば、アルブミン量の変化を捉えることで、健康状態の変化を診断するツールとしての活用が期待されます。

さらに本手法は、混ぜて発光強度を確認するという簡便な測定系であるため、現場での迅速スクリーニングやハイスループット解析への展開も見込まれます。今後は、より多様な化学物質への適用を進めることで、汎用的な環境診断プラットフォームとしての確立を目指します。

参考文献

[参考文献1]
Tian et al. Science, 371(6525), 185-189 (2021)

用語説明

[用語1]
アルブミン:血液中のタンパク質の約6割を占める主要なタンパク質で、ホルモン、栄養分、脂肪酸、薬物などを運搬する役割を担う。
[用語2]
発光インジケーター:特定の分子と相互作用したときに発光し、その変化(強さや色)によって対象の存在や状態を示す分子。本研究では、アルブミンと結合すると発光し、他の化学物質が結合部位に作用すると発光が変化するよう設計されている。
[用語3]
6PPD、6PPD-Q:6PPDはタイヤ添加剤の一種で、タイヤのゴムを長持ちさせるための酸化防止剤。6PPD-Qはその酸化生成物で、水生生物への高い毒性が懸念されている。
[用語4]
生理活性:生体内で化学物質が酵素や受容体を介して、特定の生理的調節機能に影響を与える性質のことをいう。生理活性を持つ化学物質は、生理活性物質と呼ばれる。
[用語5]
セレンテラジン(CTZ)誘導体:発光生物(ウミホタルなど)の発光基質であるセレンテラジン(CTZ)を模して合成された分子。特定のタンパク質と反応して発光するように設計できる。
[用語6]
分子イメージング:本稿では、試験管内(in vitro)や生体内(in vivo)における分子の挙動や分布を外部から可視化する技術を指す。
[用語7]
アルブミンの薬物結合部位(DBS;Drug-Binding Site):アルブミン上にある2カ所の薬物結合部位。タイヤ添加剤(6PPDなど)やその酸化物(6PPD-Qなど)、発光インジケーターがこの部位に結合して作用し合うことで、発光強度が変化する。

論文情報

掲載誌:
Environmental Science & Technology
タイトル:
Imaging the Adverse Effects of Tire-Derived Contaminants via Coelenterazine-Facilitated Albumin Luminescence In Vivo
著者:
Sung-Bae Kim, Tadaomi Furuta, Ryohei Nihongi, Shuma Kinugasa, Nobuo Kitada, Suresh Thangudu, Arutselvan Natarajan, Shojiro A. Maki, Daniel Citterio, Ramasamy Paulmurugan

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